第四十五話 別の火種
ジョーとカタリーナ、そしてアメア・カリングが乗る戦艦は、銀河系の端へと向かっていた。
(ニコラス・グレイについて何も情報がない。何かわかる事はないのか?)
ジョーはアメアの専用艦であるその戦艦の中枢にある資料室で、様々なデータを検索していたが、ニコラス・グレイに関する情報は五百年前に存在した最初のビリオンスヒューマンというものしかなかった。
「無駄だ、ジョー。ニコラス・グレイは、わずか三十歳でその生涯を閉じたと記されているだけで、未だに生きているなど誰も知らなかった事だ。私も知らなかった」
コンピュータに集中していたジョーは、アメアが背後に来ているのもわからない程だった。ジョーはフッと笑ってアメアを見上げ、
「それどころか、奴が三十歳で死んだ理由も残っていない。今に至るまで、ニコラス・グレイは実在の人物だったのか疑問視している学者が多いくらいだ」
「ニコラス・グレイはまさにそれが狙いだったのだ。自分の存在を消し、研究に没頭した。そして、今まさにその成果を観察している」
アメアは歯軋りした。ジョーは椅子から立ち上がり、
「調べてわからない事なら、本人に訊くしかねえよな」
「え?」
アメアはビクッとしてジョーを見上げた。ジョーはアメアの横をすり抜けて、資料室のドアへ歩きながら、
「さっき、感じなかったか? 奴はゲルサレムにいる。しかも、意図的に俺達にそれを教えた。誘ってやがるんだよ」
アメアはハッと我に返り、
「確かにニコラスを感じた。奴はゲルサレムにいる。だが……」
目を伏せて俯いた。ジョーは振り返ってアメアに歩み寄り、
「奴には勝ち目がないと言いたいのか?」
アメアは顔を上げて、
「そうではない。罠だ。行けば、只ではすまない」
「わかってるよ」
ジョーが楽しそうに笑ったので、アメアは目を見開いた。
「どういうつもりだ、ジョー?」
ジョーは再びドアへ向かい、
「何のつもりもねえよ。お誘いは断らないのが、俺の流儀なんでね」
廊下へと出て行った。アメアは一瞬唖然としてしまったが、
「待て、ジョー! 母上はどうするのだ?」
「カタリーナにはタトゥーク星で降りてもらう。あんたもだ」
ジョーは廊下を進みながら告げた。アメアはムッとして、
「母上はそれでいい。だが、私は降りないぞ」
「ニコラスに勝てないと思っているあんたは、足手まといでしかねえ。降りてもらう」
ジョーは立ち止まって言った。そして、アメアを見る事なく、廊下を歩いて行った。
「……」
アメアは何も言い返せず、立ち尽くしてしまった。
「どうしたの?」
そこへカタリーナがやって来た。アメアはカタリーナを見て、
「ニコラス・グレイがゲルサレムにいます」
カタリーナはその名を聞いてギクッとし、
「そうなの? ゲルサレムに向かうの?」
探るようにアメアを見た。
「いえ、タトゥーク星へ行きます。そこで母上と私はこの艦を降ります」
アメアの言葉にカタリーナは、
「私とアメアは降りるって、ジョーは一人でゲルサレムへ行くつもりなの?」
アメアの両肩を掴んで尋ねた。アメアは力なく微笑み、
「私は足手まといだそうです」
「ええ?」
カタリーナは、以前であったら、タトゥーク星に降りるのを同意しなかっただろう。しかし、今は身重の上、ニコラス・グレイの強さをジョーとアメアの話から嫌という程感じている。だから、降りるしかないと思った。しかし、アメアが足手まといだというジョーの判断は間違っていると思った。
「仕方ないのです。ニコラス・グレイに怯えてしまった私は、確かにジョーの足手まといにしかなりません」
アメアが納得しているのを知り、カタリーナは驚いてしまった。
「ちょっとジョーと話してくる」
カタリーナも、アメアが降りるのはいい事だと思ったが、ジョーの判断に一抹の不安を感じた。
「母上!」
アメアはカタリーナを追おうと思ったが、やめた。
(母上には母上のお考えがある)
ジョーとカタリーナの間には立ち入れないと思ったのだ。
その頃、反共和国同盟軍の最高司令官であるエレン・ラトキアは、ジャコブ・バイカーの生存がほぼ絶望的だとの報告を受け、司令官の椅子に沈み込み、
(ようやくこの椅子を手に入れたのに……。死神め、絶対に許さない!)
ヤコイム・エレスの目撃情報も得ていたので、ジャコブを亡き者にしたのはヤコイムだと結論づけていた。
「ジャコブ・バイカーはアンドロメダ銀河との取引をしていました。そのルートの関係者を見つけ出し、アンドロメダとのパイプを造ってください。そうしなければ、打倒共和国も、帝国復興もなし得ません」
エレンはインターフォン命じた。そして、椅子から立ち上がると、
(共和国軍も調査に来ていた事から考えると、死神がジャコブを殺したのは、独断という事? だとすると、その目的は何? ジャコブのアンドロメダとのルートを乗っ取るつもり?)
そこまで推理して、エレンはハッとし、
「ヤコイム・エレスはその後どうしたのか、調べてください。あの男にジャコブのルートを盗られる訳にはいきません」
更にインターフォンに命じた。
(私の計画の邪魔をする者は誰であろうと排除する。決してこのままでは済まさない)
エレンは窓から惑星ミンドナの空を見上げた。
「ジョー、待って」
カタリーナに呼び止められて、ジョーは立ち止まって振り返った。
「何だ?」
ジョーはカタリーナが怒っているのを見て取り、不思議に思って尋ねた。
「何故、一人で行こうとするの?」
カタリーナはジョーに詰め寄った。するとジョーは、
「その事か」
何故かホッとした表情で応じたので、
「その事ってどういう事?」
カタリーナは更にジョーに詰め寄った。ジョーは思わず一歩後退り、
「タトゥーク星で降りろっていう事が納得できないのかと思ったんだよ」
「あ……」
妙な猜疑心を持った事をカタリーナは恥じた。だが、すぐに、
「私はともかく、アメアはいた方が心強いのに、足手まといだって言ったでしょ? 酷過ぎない?」
また詰め寄った。ジョーは今度は後退りせずにカタリーナの両肩に手を載せて、
「かも知れないが、彼女はニコラスに妙な劣等感を植え付けられている。危険だから、降りろと言った」
「でも、言い方ってあると思うの」
カタリーナはジョーに両肩を触られたので、顔を赤らめながら応じた。
「わかったよ。アメアには謝る。だが、連れてはいけない」
「う、うん」
ジョーにまっすぐ見つめられ、カタリーナは納得するしかなかった。
「じゃあ、行こうか、姫」
優しく手を取られてエスコートされたので、
「もう!」
苦笑いをしてジョーと一緒にブリッジへ向かった。
タトゥーク星を同じく目指しているジョーの小型艇に乗ったサンド・バーは、通信が入ったのでギョッとした。
(誰だ? 銀河の狼じゃねえぞ。この回線を知っているのは……)
そこでようやく、ジョーからだと気づき、
「無事だったか? 今どこにいるんだ?」
「アメアの専用艦だ」
「ええ? まだいるのか?」
サンド・バーが面食らっていると、
「今、タトゥーク星に向かっている」
「そうか。俺もラルミーク星系から戻るところだ」
サンド・バーが応じると、
「ラルミーク星系? 何かあったのか?」
「ジャコブ・バイカーの工場が爆破された」
「何だって?」
サンド・バーは歯軋りして、
「ジイさんは恐らく生きていない。念入りに爆破されたようだからな。犯人はどうやら、ヤコイム・エレスらしいぜ」
「そうか。わかった。詳しい話はタトゥーク星に着いてからしてくれ」
「了解」
サンド・バーは通信を終えると、ジャンピング航法で一気にタトゥーク星付近へと飛んだ。
「ジョーとカタリーナさんが?」
ジョーからの連絡を受けたのを聞き、エミーは狂喜していた。
「ああ。それから、もう一人いるんだが」
リーダーが何故か言いにくそうにしているので、エミーは、
「どうしたの?」
首を傾げた。リーダーは皆を見渡して、
「もう一人は、アメア・カリングだ」
「何ですって!?」
銀河の狼のメンバーは皆騒然とした。アメア・カリングは、彼らが戦っている銀河共和国の最高位の総統領である。そして、彼らの親や兄弟、恋人、そして友人が命を落としたのは、アメアのせいだと思っている者がほとんどだ。
「どうして、ジョーとカタリーナさんがそんな奴と一緒なのよ!?」
エミーはリーダーに噛み付かんばかりに怒鳴った。リーダーは皆を落ち着かせながら、
「カタリーナさんは身重で、もうすぐ出産になるらしい。できるだけの準備をしてくれ。それから、アメア・カリングはカタリーナさんの娘だそうだ。確かに憎んでもあまりある相手だが、今はそれは我慢してくれ。これはジョーさんからの頼みだ」
「いくらジョーからの頼みでも、納得できない! まず、ジョーに理由を訊きたいわ!」
エミーは落ち着くどころか、更にヒートアップした。他の者も同様だ。
「ごちゃごちゃうるせえぞ、お前ら! ジョーに惹かれてこの組織を結成して、ジョーのお陰で今があるんだろうが! そのジョーが頼んでいる事を納得できねえのなら、銀河の狼なんかやめちまえ!」
ジョー達より一足先にアジトに到着していたサンド・バーが叫んだ。騒がしかったアジトが一瞬で静まった。
「って、後から加えてもらった俺が言うのも変だけどさ」
サンド・バーは肩をすくめて言い添えた。するとエミーが口笛を吹いて、
「へえ、いい事言うね、おじさん」
サンド・バーはエミーを見ると、
「おじさんはやめてくれ」
顔を引きつらせた。
「でもさ」
そんなサンド・バーを無視して、エミーがリーダーを見上げる。
「何だ?」
リーダーがエミーを見た。エミーは真顔で、
「アメア・カリングがカタリーナさんの娘って、カタリーナさん、何歳なの?」
「それ、絶対にカタリーナさんに訊くなよ、エミー」
リーダーは自分でも疑問に思った事だが、何となく訊いてはいけない事のような気がしたのだ。
(俺も気になる)
サンド・バーも訊いてみたいと思っていた。
「え? どうして?」
エミーは全く気にしていない。
「どうしても、だ」
リーダーはエミーの目の高さまで腰を下ろして、強い口調で言った。




