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第四十三話 オリジナルビリオンスヒューマン

「何だ?」

 アメアは走るのをやめて、廊下の先を目を細めて見た。

「何か、来るな」

 ジョーも前方から迫ってくる脅威的なパワーを感じていた。

「ニコラス・グレイ……」

 先程まで昂っていたアメアが急に萎縮し、後退りした。ジョーも接近してくる力に恐れを抱きかけた。

(何だ、この威圧感は? ストラード・マウエルとも、ブランデンブルグとも違う……)

 ジョーは震えるアメアの肩を抱き、自分の後ろに退がらせた。アメアは小さな女の子のようにジョーの背にしがみついた。

「まさかこれ程早く私の正体に気づくとは思わなかったよ。さすがと言っておこうか」

 廊下の先から姿を見せたのは、ヤコイム・エレスであった。しかし、それはジョーが知っているヤコイムではなかった。

「てめえがニコラス・グレイか? 何故死神の姿をしている? 訊くまでもないだろうが、死神は生きてはいないんだろうな?」

 ジョーがホルスターに手をかけて尋ねると、ヤコイムの姿をした男は立ち止まり、

「この姿を選んだのは、どこへ現れても不自然ではないからだよ。それ以上の理由はない。条件が合えば、子供でも女でも構わなかった。そして、お前の推測通り、ヤコイムはすでに死んでいる。だが、私の高尚な実験のためにその薄汚い人生を捧げられたのだから、光栄に思って欲しいくらいだよ」

 ジョーは眉をひそめて、

「高尚な実験、だと?」

 ヤコイムの姿をしているニコラス・グレイは一歩前に踏み出し、

「お前もビリオンスヒューマンの端くれであるから、私がどういう存在なのか、多少は知識があるだろう? 宇宙で最初のビリオンスヒューマンが、この私、ニコラス・グレイだという事を」

 ヤコイムの皮をビリビリと破り捨てると、その下からヤコイムとは似ても似つかない長身で金髪の若い男が現れた。男は銀色のつなぎのようなものを着ていた。

「それが化けの皮が剥がれた後の顔か? もっとジイさんかと思っていたぜ」

 ジョーはフッと笑って言った。ニコラス・グレイはヤコイムの皮を廊下の端に投げ捨てると、

「私は自分の遺伝子の研究を進めて、ビリオンスヒューマンが何故生まれたのか、解明した。そして、不死の遺伝子も創り出す事に成功した。だから、こうして五百年という年月を超えて存在しているのだ」

「なるほどな」

 ジョーはそれがどうしたという顔で応じてみせた。ニコラスはその切れ長の目を細めて、

「お前は私が五百年生きていると知っても、然程驚かないな? 自分自身でも、ビリオンスヒューマンの老化のスピードが通常人より遅いのを理解しているからか?」

 ジョーはアメアをチラッと見てから、

「ああ。ある程度、年齢を重ねてみて、それは感じているよ。それに、ブランデンブルグも復活の椅子っていう代物を使ってはいたが、普通の人間より若かったし、長生きしていたからな」

 ニコラスを睨みつけた。ニコラスはニヤリとして、

「であるのなら、我が実験はほぼ成功したという事だ」

「何?」

 ジョーはまた眉をひそめた。ニコラスはまた一歩ジョーに近づき、

「私が何故今の時代にいるのか? それは、ビリオンスヒューマンを人工的に創り出す実験をしたからだ。何世代にもわたって、ビリオンスヒューマンをゲノム編集によって生み出し、それを交配させて手を加えなくともビリオンスヒューマンが生まれるようになる事を見届けたかったのだよ」

「交配、だと? 人間を使って、実験をしたっていうのか?」

 ジョーはニコラスを睨めつけた。しかし、ニコラスはジョーの視線を全く感じていないかのように嬉しそうに笑い、

「当然だろう? 動物では意味がない。人間そのものを実験体として使い、ゲノムを編集し、繋ぎ直して検証を重ねる。そうしなければ、我が願いは成就しない」

 ジョーは歯軋りをして両の拳を強く握りしめ、

「一体どれ程の人数を犠牲にしたんだ?」

「実験体の数量をいちいち把握する意味はなかろう? これは聖なる実験なのだ。人類がより神の領域に近づくためのな」

 ニコラスがジョーを嘲るように笑った時、ジョーはストラッグルを抜いていた。

「ふざけるな!」

 ストラッグルが吠え、廊下を焼き尽くしそうな太さの光束がニコラスに向かった。

「無駄だ。ストラッグルなど、前世紀の遺物だよ」

 ニコラスの声が聞こえた直後、光束がニコラスにぶち当たった。

「む?」

 しかし、光束はかき消え、無傷のままのニコラスが立っていた。

「わからん奴だな。共和国に武器弾薬を供給していたのは、エレスコーポレーションだぞ」

 ジョーは舌打ちしてストラッグルを下げた。ニコラスは真顔になり、

「しかし、実験は完全に成功とは言えんな。生まれてくるビリオンスヒューマンは、決して私に敵意を向けられないように編集しているはずなのだが、お前は私に銃を向けたばかりか、撃ってきた」

「何だと?」

 ジョーは目を見開いた。

(実験するだけではなく、そこまで弄んでいたのか? 人間のする事なのか?)

 ジョーにとってあれ程悪逆非道だと思ったブランデンブルグやストラード・マウエルがまだ善人に思える程、ニコラスの考えは恐ろしいものだった。

「どうした?」

 ニコラスはヤコイムの皮から発信音がしたので、携帯端末を取り出して応じた。

「アレン・ケイムの艦が停艦勧告を無視して接近してきます」

 通信兵からの連絡にニコラスはフッと笑い、

「わかった。すぐにブリッジに戻る。攻撃はするな。あちらも、総統領閣下がいるから、攻撃はしてこないはずだ」

 携帯端末を軍服のポケットにねじ込み、

「という訳だ。お前ともう少し楽しい会話をしたかったが、別の用事ができたので、失礼するよ。好きなだけいてもらって構わないからな」

 ジョーに背を向けると、そのまま廊下を歩き去っていく。

「待て!」

 ジョーが追いかけようとすると、アメアが引き止めた。

「ダメ。今、ニコラス・グレイと戦っても勝てない。あいつは私が思っていた以上に強い」

 アメアは目を潤ませて訴えた。ジョーはまた彼女をカタリーナと重ねて見ていた。

「わかった」

 ジョーはアメアと共に小型艇へと走った。

(見逃してくれたって事か)

 ジョーは屈辱を感じながら、アメアを追いかけた。


 ヤコイム・エレスの商用艦が実は戦艦だったのを知ったアレン・ケイムは警戒しながら接近していた。

「閣下がお乗りになっている小型艇がヤコイム・エレスの艦から離れました」

 監視兵が伝えると、アレンは、

「ヤコイム・エレスは共和国にとって害悪以外の何物でもない。殲滅せよ」

 攻撃命令を発した。

「了解!」

 砲術長が応じ、各部署へと伝達していく。砲塔が展開し、ミサイル発射口が開かれる。

「攻撃、開始!」

 砲術長が伝達した。三つある主砲が吠え、ミサイルが無数発射され、更に途中で拡散して、ヤコイムの艦を四方八方から取り囲むように向かった。

「何!?」

 ブリッジの窓から見ていたアレンは唖然とした。ヤコイムの艦が一瞬にして消えてしまったのだ。

「ジャンピング航法?」

 アレンは眉間にしわを寄せた。

(早過ぎる。何だ、今のは?)

 主砲の光束は虚しく宙を切って消滅し、ミサイルは目標を失って辺りを彷徨い、爆発した。

「何が起こったのか調べろ。ジャンピング航法であれば、行き先も追跡トレースしろ!」

 アレンは焦っていた。

(歯向かってはいけない相手だったのか?)

 額に幾筋もの汗が流れ落ちた。


 ヤコイムの艦が忽然と姿を消したのは、ジョー達も見ていた。

(今のは何だ? ジャンピング航法とは違う。ブランデンブルグも別の空間跳躍法を使っていたが、それとも違う)

 ジョーが考え込んでいると、アメアが、

「母上が心配だ。戻るぞ、ジョー」

「あ、ああ」

 ジョーはニコラス・グレイの余裕ぶりも気になっていた。

(ニコラス・グレイ……。オリジナルビリオンスヒューマンだというのが真実だとすれば、実力は底知れない。勝てるのか?)

 ジョーはホルスターのストラッグルを握りしめた。

「ジョー、すまなかった。私が先走り過ぎた。やはり、ニコラス・グレイには勝てそうもない」

 アメアが急に言ったので、ジョーは、

「どうした、弱気だな?」

 するとアメアは、

「私は銀河系に戻る前、アンドロメダ銀河や大マゼラン雲を渡り歩いて、強いと噂になっている者と戦ってきた。どれ程強いと聞いていた相手を前にしても、決して怖くなったりした事はなかった」

「そうか」

 アメアが身の上話を始めたのも意外だったジョーは話の先を待った。アメアは悔しそうに歯を食いしばり、

「だが、ニコラス・グレイを前にすると、怖気づいてしまった。みっともなくも、お前の背中で震えてしまった」

「それは、奴が言っていたゲノム編集のせいじゃないのか?」

 ジョーが言うと、アメアは首を強く横に振り、

「わからない。でも、怖気づいてしまったのは紛れもない事実。私はニコラス・グレイに圧倒されてしまった」

 ジョーは微笑んで、

「それはどうかな。そういう比較論で言えば、俺はアメアに圧倒された。だが、ニコラスには嫌悪感しかなかった。ニコラスが本当にアメアが太刀打ちできない程強いのであれば、アメアに圧倒された俺がニコラスに圧倒されないのは、理屈が合わなくないか?」

 アメアはハッとしてジョーを見た。

「確かにそうだ。私はジョーには圧倒されてはいない。そのジョーはニコラスに圧倒されていない。そのニコラスに私が圧倒されるのは理屈に合わない」

 アメアは大きく頷いた。そして、

「感謝する、ジョー。私は自分で自分を追い込んでしまっていた」

「そういう事だ。さあ、早く母上のところに帰ろうか」

 ジョーはポンとアメアの右肩を叩いて言った。

「そうだな」

 アメアは前を向き、小型艇をカタリーナが乗る戦艦へと向かわせた。


 その頃、タトゥーク星を飛び立ったサンド・バーが乗るジョーの小型艇は、ジャンピング航法をして、ラルミーク星系の第四番惑星に接近していた。

(途中で入ってきた情報だと、ジイさんの工場は、跡形もない程だという事だった。まずいな……)

 サンド・バーはジャコブ・バイカーがすでに死んでいるのではないかと思い始めていた。

「いや、この目で見るまでは、おかしな先入観は禁物だ!」

 サンド・バーは首を横に振って、妄想を振り切り、第四番惑星への降下を開始した。

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