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第四十二話 ビリオンスヒューマンの秘密

 ヤコイム・エレスの商用艦に見せかけた戦艦の第三ハッチに突っ込んだアメアとジョーが乗る小型艇は、迎撃に来たヤコイムの部下達を機銃で掃討した。次の部隊が到着する間に、アメアとジョーは宇宙服を脱ぎ、艦内に足を踏み入れた。

「こっちだ」

 アメアは迷う事なく長く続く通路を走り出す。ジョーはストラッグルをホルスターから抜いて、彼女を追いかけた。

「どけ。お前らでは相手にならない」

 アメアはベルトに装着していたサンダーボルトソードを抜くと、最大限まで出力を上げて構えた。それを見たヤコイムの兵達はたじろいだが、

「必ず仕留めるのだ。お前達にはそれしか道は残されていないぞ」

 艦内放送でヤコイムが命じた。部下達は顔を見合わせた。どちらにしても死が待っている戦いとは、当事者の覇気を削ぐものだ。部下達はアメアと戦うのを選ばず、銃を投げ出して降伏の意志を示した。

「ならば、その部屋に入っていろ」

 アメアはすぐそばにあったトレーニングルームのような部屋に部下達を押し込め、ドアのロックをサンダーボルトソードで破壊して、開閉できなくした。

「行くぞ、ジョー」

 アメアの顔はすっかり統治者のものになっていたが、ジョーには敵対する様子はなかった。

(アメアはニコラス・グレイに脅威を感じているのか? だから、俺に敵意を見せないのか?)

 アメアの感情が読み取れないので、ジョーは戸惑いながら彼女を追った。


「だらしない連中め。仕方がないがな」

 ヤコイムはキャプテンシートから立ち上がり、

「私が出る。第三部隊はその場で待機するように伝えよ」

 ブリッジを出ようとした。すると、

「共和国総統領近衛隊の隊長であるアレン・ケイムから通信です」

 通信兵が言ったので、ヤコイムは足を止めて、

「アレン・ケイムから? よし、回せ」

 キャプテンシートに戻り、通信を開始して、

「これはこれは、近衛隊長、どうなさいましたか?」

 わざとらしいまでの笑顔でモニターに映るアレンに問いかけた。するとアレンは、

「とぼけなくてもいい。お前がニコラス・グレイなのは閣下がお見通しなのだ。一体どういうつもりなのか、教えろ」

 高圧的な物言いで応じた。ヤコイムはニヤリとして、

「なるほど、さすがブランデンブルグが精魂込めて作り上げたと言われているアメア・カリングだ。私の正体をすでに見破っているのか」

 アレンは目を細めて、

「閣下の事をどこまで知っているのだ? そして、目的は何だ?」

 ヤコイムは右の口角を吊り上げたままで、

「何もかもだ。私は宇宙で最初のビリオンスヒューマンなのだ。そして、只一人のビリオンスヒューマンでもある」

 アレンはその言葉に眉をひそめて、

「只一人だと? どういう意味だ?」

 ヤコイム、いや、ニコラス・グレイは勝ち誇った顔になり、

「その後に生まれたビリオンスヒューマンは全て、私が人工的に創出した実験体なのだ。真のビリオンスヒューマンは私だけ、という意味だよ」

「何だと!?」

 ニコラス・グレイの言葉にアレンは目を見開いた。ヤコイムはまたニヤリとして、

「信じられないのか? まあ、信じなくても構わんがな。お前がどう解釈しようと、真実は変わらぬ。私は自分自身の遺伝子を解析し、ビリオンスヒューマンの成り立ちを解明した。そして、遺伝子をどう編集すれば、ビリオンスヒューマンが誕生するのか、突き止めた私は次にどれだけの時間をかければ、ビリオンスヒューマンをゲノム編集など行わずに生み出せるのか、知りたくなった。だから、数多くのビリオンスヒューマンをゲノム編集で誕生させ、交配させた」

 まるで動物実験の成果を発表する科学者のような言い方に、アレンは嫌悪を覚えた。

(自分が創造主にでもなったつもりなのか?)

 アレンの感情などまるで関心がないニコラスは更に続けた。

「しかし、そう簡単にはいかなかった。私は実験の結果を知るために、自分の遺伝子のゲノム編集を繰り返し、遂に不死の遺伝子の開発に成功した」

 アレンには、ニコラスが誇大妄想狂に見えて来た。

(不死だと? だからこの男は五百年も前から生きているというのか?)

 ニコラスはアレンが信じていないのを理解しているのか、

「私が狂人に見えるかね? それはお前が凡人故に私の研究成果を理解できないからだ。ビリオンスヒューマンであるからこそ、私は不死の遺伝子に辿り着けた。それを真似られぬよう、一切記録に残していない。全てはここに収まっている」

 自分の頭を右手の人差し指で差した。

「そして、将来誕生する見かけは自然発生的なビリオンスヒューマンが、その能力を以って私に反旗を翻さないように遺伝子を編集する時に仕掛けを施した」

 ニコラスが愉快そうに話すので、アレンは無表情になった。

(反吐が出る。この男、本当に人間なのか?)

 アレンは軽蔑を込めてニコラスを見た。しかし、ニコラスは陽気なままだ。

「全てのビリオンスヒューマンは、私に絶対服従するように編集したのだ。これは何世代過ぎようと、必ず伝わる遺伝子情報なのだ。そして悟ったよ。神とはそうあるべきものなのだとね」

 アレンは耐え切れなくなったので、

「貴様と話をして、私なりに納得ができれば、閣下を助けてもらおうと思ったが、無理のようだな」

「アメア・カリングを助ける? 何故? どうして私がそんな事をしなければならんのだ?」

 ニコラスは呆れた顔で言った。アレンはそれには何も応えずに通信を切ってしまった。

「ジョー・ウルフとアメア・カリングが、ブリッジまであと3ブロックまで来ています」

 通信兵が伝えた。ニコラスはフッと笑い、

「問題ない。私が行けば、ゲームオーバーだ」

 今度はブリッジを出て行った。


 ニコラスとの通信を終えたアレンは、

「閣下を邪悪な者からお守りするぞ」

 それだけ告げると、ヤコイム・エレスの戦艦に進路を取らせた。

(ニコラス・グレイは、伝えられている事の大半が誤りだったようだな。歴史上稀に見るエゴイストだ)

 アレンはニコラスとの交渉を捨て、敵対する事に決めた。

(もしかすると、ブランデンブルグが求めていたのは、ニコラス・グレイに対抗できるビリオンスヒューマンだったのかも知れない)

 アレンはブリッジの窓から見える光を見据えた。


 ジョー達の戦いを知る術がないタトゥーク星の「銀河の狼」のアジトでは、ラルミーク星系の第四番惑星からの連絡を待っていた。

「ジイさんの身に何かあったのか?」

 サンド・バーはイライラしながら呟いた。

「情報が錯綜しているようですが、いくつかのルートから、ヤコイム・エレスの商用艦を見かけたという話が入って来ています。今回のジャコブさんとの連絡が取れない事と関連があるとすると、想像以上に厄介な事になっている可能性があります」

 リーダーが悲痛な表情で応じた。サンド・バーは腕組みをして、

「死神が絡んでいるとなると、ジャコブのジイさんとの仕事上のトラブルかな?」

「仲間からの報告を待ってからでも遅くはないでしょ? 何をそんなに焦ってるのよ、おじさん?」

 サンド・バーの事をまだ完全に信用していないエミーは辛辣だ。サンド・バーは苦笑いをしてエミーを見ると、

「おじさんはねえだろ? 俺はまだ二十五だぜ」

 するとエミーは目を見開いて驚き、

「ええ!? ジョーより年下なの、おじさん?」

 更に「おじさん」を口にしたので、

「ああ、そうだよ……」

 サンド・バーは少し項垂れてしまった。

「メールが届きましたよ」

 メンバーの中の若い女性がリーダーに告げた。リーダーはサンド・バーと目配せし合って、コンピュータのそばに駆け寄った。

「現場は、爆発が何度も起こって、酷い状態のようです。ジャコブ・バイカーさんの安否はわからないみたいです」

 女性がメールを読んで言った。サンド・バーはがっかりして、

「まだ時間がかかりそうだな」

 リーダーは頷いて、

「ええ。共和国軍も調査しているようですからね。連中に発見されると、仲間も危ないですから」

 するとサンド・バーは、

「行ってみるしかねえようだな」

「ええ? 無茶ですよ。貴方もお尋ね者なんですよ?」

 リーダーが驚いて反対すると、サンド・バーは、

「心配するなって。俺だって、それなりに危ない橋を渡って来たんだからさ」

 ニヤリとして応じると、アジトから出て行った。

「大丈夫かな、おじさん?」

 エミーが不安そうに言った。リーダーはエミーの頭を撫でて、

「大丈夫さ。あの人も強い人だから」

「そうだね」

 エミーはニコッとしてリーダーを見上げた。


 反共和国同盟軍の最高司令官となったエレン・ラトキアは、未だにジャコブ・バイカーの安否がわからない事に苛立ちを募らせていた。

(共和国軍も部隊を投入して、ジャコブの工場を調べ始めたようなのに!)

 流石のエレンも、ジャコブがすでに死んでいるとは思っていなかった。

(ジョー様はアメア・カリングと行動を共にしているという情報も入って来た。一体何があったの?)

 ジョーがアメアと一緒にいるというのが、エレンを更に苛立たせた。

(アメア・カリングめ、やはり当初の計画通り、悲惨な死に方をさせてやる。私の作戦を歪ませてくれたお礼も兼ねてね。そうでなくても、あの女と同じ顔をしているというだけで腹が立つ!)

 エレンは忌々しそうに机を拳で叩いた。

(カタリーナ・エルメナール・カークラインハルト。お前だけは、絶対に許さない。何としても、ジョー様と引き裂いてやる!)

 エレンはギリギリと歯ぎしりをして、両の拳で何度も机を叩いた。そのせいで、上に乗っていた書類のケースが床に落ちてしまった。


「ううう……」

 自動操縦で、ヤコイム・エレスの艦から遠く離れたところまで来たアメアの専用艦のブリッジで、カタリーナはまた痛みを感じていた。

「何? この嫌な感じは? アメアが感情を昂ぶらせた時と似ているけど、もっと気分が悪くなる感じがする……」

 カタリーナは突き上げてくるような痛みに顔を歪めながら、目を閉じた。

「悪い知らせの前兆じゃないよね?」

 彼女は腹を撫でながら、もうすぐ生まれてくるはずの新しい命に語りかけた。

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