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第四十一話 引かれ合う者達

 自分の鑑で銀河共和国の首府星である惑星マティスを目指している死の商人ヤコイム・エレスは、不敵な笑みを浮かべていた。

(アメア・カリングが暴走し始めているのか? 想定外だが、差し支えはない。それよりも、気になるのはカタリーナ・パンサーの胎内にいる子だ)

 ヤコイムは椅子から立ち上がると、プライベートルームを出て、ブリッジに向かった。

(最初はアメア・カリングを操るために使おうと思ったが、途中から私の力を妨害するような動きを見せ始めた。成長すれば、必ずや我が野望の邪魔になる存在だ。今のうちに消しておくに限る)

 ヤコイムは眉間にしわを寄せて、その体型からは想像もつかない早足で進んだ。


 無事に大気圏を離脱したアメア・カリングの専用戦艦はマティスの衛星軌道を離れて、バンデア星系も離脱する速度に達しようとしていた。

「カタリーナ、大丈夫か?」

 ジョーは副操縦席を立ち上がり、キャプテンシートのカタリーナに近づいた。

「平気よ。アレン・ケイムに拉致された時は、もっと荒っぽい状態だったから」

 額から汗を滲ませて告げるカタリーナの言葉には、全く説得力がない。しかし、カタリーナが辛そうなのは、身体にかかるGのせいばかりではなかった。彼女の中で成長している新しい命が、迫り来る脅威に反応しているせいもあるのだ。

「来たぞ。二時の方向だ」

 操縦席のアメアが告げた。ジョーは振り返って副操縦席に戻り、

「何隻だ?」

「一隻だけだ。ニコラス・グレイなら、それで十分だろう。どうする、ジョー?」

 そう言って自分を見たアメアがカタリーナに見えてしまったジョーはハッとして、

「この艦には小型艇はあるか? あるのなら、俺が出る」

「ダメだ。貴方には勝てない。私が出る」

 アメアはジョーの返事を聞かず、操縦を自動に切り替えると、ブリッジを出て行こうとした。

「アメア!」

 ジョーとカタリーナがほぼ同時に叫んだ。アメアは扉の前で立ち止まって振り返ると、

「ジョー、母上を守って」

 それだけ告げると、ブリッジを出て行ってしまった。カタリーナが、

「ジョー、アメアを一人で行かせてはダメ! あの子は不安定なの。いつ総統領アメア・カリングに戻ってしまうか、わからないのよ」

「そうだな」

 ジョーは自動操縦を操作して、現在進んでいるのと真逆の方向へ進路を取らせると、

「ちょっと行ってくる」

「必ず戻って来てね」

 ジョーはカタリーナに駆け寄ると、キスをした。カタリーナは嬉しそうに微笑んだが、ジョーは何も言わずにブリッジを出て行った。

(教えて。ニコラス・グレイはアメアとジョーが力を合わせても勝てない相手なの?)

 カタリーナは腹をさすって、アメアが「妹」だと断言した子に尋ねた。


「元帥のおっしゃる通り、惑星マティスに接近する艦があります。ヤコイム・エレスの商用艦です」

 アレンが軍本部の中央作戦司令室に行くと、レーダー係が告げた。

「わかった。共和国と公式に取引があるヤコイム・エレスといえども、許可なくマティスの衛星軌道内に入る事は許されん。すぐに停艦命令を発して、用件を問え」

 アレンは人工衛星から送られて来た超望遠の画像が写っているスクリーンを見て命じた。

「了解です」

 通信兵が機器の操作を開始した。

(ヤコイム・エレス。やはり奴がニコラス・グレイなのか? ブランデンブルグは復活の椅子によって通常の人間の二倍ほどの寿命を手に入れたと聞いている。しかし、ニコラス・グレイは五百年以上も前の時代に存在した人間だ。信じられん。最初のビリオンスヒューマンだとしても、そんな事が現実にあり得るのか?)

 アレンはまだヤコイムがニコラス・グレイだと信じてはいない。

(確かに、ヤコイムの艦から、閣下に匹敵するような凄まじい力を感じるが、だからと言って、それがニコラス・グレイだとは断定できない)

 だが、アメアはニコラス・グレイが接近していると言っていた。アレンは困惑していた。

(まさか、ブランデンブルグが言っていた事が真実なのか? ニコラス・グレイは最初のビリオンスヒューマンで、尚且つ全てのビリオンスヒューマンを超えた存在だと言っていたのが、本当だというのか?)

 アレンの額に幾筋もの汗が流れ落ちた。

「元帥、ヤコイム・エレスの艦が呼びかけに応答しません。如何なさいますか?」

 通信兵が顔を上げてアレンを見た。アレンはチラッと通信兵を見て、

「停艦命令を無視したのだ。最終防衛ラインを展開して、撃沈しろ」

「了解!」

 通信兵はマティスの衛星軌道に展開している艦隊に攻撃命令を通達した。

「元帥、どちらへ?」

 アレンが司令室を出て行こうとしたので、通信兵が声をかけた。アレンは振り返らずに、

「閣下が大気圏を離脱された。閣下をお守りする」

 司令室を出て行ってしまった。言われた通信兵ばかりではなく、周囲の兵達も呆然とした。

(閣下……)

 アレンはアメアに殴られた事も衝撃だったが、それ以上に堪えたのは、アメアが自分の言葉に従わなかった事だった。もう総統領アメア・カリングは存在しなくなったのだとも思ったが、まだ望みを捨てたくはなかった。

(閣下はカタリーナから解放される可能性はある。ヤコイム・エレスが本当にニコラス・グレイであるのなら、そこに一縷の望みがある)

 アレンは足を早め、軍本部を後にした。


「何故来た、ジョー? 母上を守ってと言ったはずだ」

 アメアは憤激してジョーに詰め寄った。するとジョーは、

「その母上から、お前を守ってくれって頼まれたんだよ。どうすればいい?」

 ニヤリとして尋ねた。するとアメアは、

「それなら、仕方ない。母上のおっしゃる事は絶対だから」

 口を尖らせて前を向くと、また走り出した。

(カタリーナの小さい頃に似ている気がする)

 ジョーはふとそう思ったが、

(だが、アメアがカタリーナのクローンだとしても、記憶や性格まで同じにはならないし、できない。どういう事だ?)

 アメアを追いかけながら、アメアという存在の成り立ちに疑問を持った。

(ブランデンブルグは、一体どうやってアメア・カリングという人間を作った? そして、どう育てた?)

 何よりも不自然なのは、アメアの見かけの年齢だ。もし、アメアがカタリーナのクローンだとすれば、どう長く見積もっても、「銀河の狼」の最年少のメンバーであるエミーよりも若いはずだ。それなのに、アメアはすでに成年の女性に見えるし、実際にもそうだろう。

(謎が多過ぎるぜ)

 ジョーは溜息を吐き、スピードを上げて走るアメアを追いかけた。

 しばらくして、二人は格納庫に出た。

「小型艇は二艘ある。一緒に乗るか? それとも別々に乗るか?」

 宇宙服を着込みながらアメアが訊いて来たので、ジョーは、

「一緒に乗ろう。その方が戦える」

「そうだな」

 ジョーは反対されるかと思ったが、アメアはあっさり同意した。小型艇の主操縦席にアメアが乗り、ジョーは副操縦席に乗った。ハッチが自動で開くと、小型艇はフワッと外へ出た。

「敵はもうすぐそばまで来ているぞ」

 レーダーを覗き込んだジョーが言った。アメアは態勢を整えながら、

「わかっている。叩き潰す」

 言うや否や小型艇を急旋回して、ヤコイム・エレスの商用艦へと突き進んだ。


「小型艇が一艘、急速接近して来ます!」

 レーダー係が報告すると、キャプテンシートに座ったヤコイムは、

「撃墜しろ」

 無感情な顔で命じた。

「了解」

 次の瞬間、ヤコイムの艦の甲板にたくさんの砲塔が現れ、側面に数多くのミサイル孔が現れた。そして、一斉に火を噴いた。小型艇は集中砲火の中を掻い潜り、ヤコイムの艦に近づていく。

「敵小型艇、弾幕をすり抜けました!」

 悲痛な報告にも、ヤコイムは全く動じず、

「小型艇如きにこの艦がやられるものか。更に攻撃を集中しろ!」

 ヤコイムの艦から再び放火とミサイルが次々に放たれた。それら全てがジョーとアメアが搭乗している小型艇に迫って行く。

「当たりはしない」

 アメアもごく冷静に小型艇を操り、放火とミサイルを交わした。

「ホーミングミサイルだ!」

 ジョーがレーダーを見て告げる。

「問題ない」

 アメアは操縦桿の先に付いているボタンを押した。すると小型艇の後部から迎撃ミサイルが発射されて、自動追尾して来たミサイルを全て撃ち落とした。

「ジョー、今だ!」

 アメアが叫んだ。ジョーはキャノピーを開いて立ち上がると、ストラッグルを構えた。

「喰らえ!」

 ストラッグルが吠えた。戦艦を三発で沈められる特殊弾薬による光束は、全てを飲み込んでしまうような勢いでヤコイムの艦に向かった。

(これは想定内だ)

 ヤコイムがニヤリとした。

「何!?」

 ストラッグルの光束はヤコイムの艦を貫く事はなかった。直前で弾かれ、消滅してしまったのだ。

「怯むな! このまま突っ込む!」

 アメアはストラッグルが弾かれるのを読んでいたかのように言うと、小型艇をそのまま直進させた。ジョーは副操縦席に戻り、キャノピーを閉じた。

「心配するな。私のサンダーボルトソードがある。あれは無敵だ」

 アメアが言った。ジョーは苦笑いをして、

「そうだな」

 自分の浅はかさを思い知ったので、それしか言えなかった。

(共和国軍の武器弾薬はほとんど全てヤコイム・エレスが調達しているんだったな。だとすれば、対ストラッグル装備も奴の工場のもの、か)

 ジョーは顔を上げて、ヤコイムの艦を睨んだ。

(そして、あの死神こそが、ニコラス・グレイだとアメアが言っている。全部奴が裏で糸を引いていたのか?)

 ヤコイムの艦の側面に彼自身の顔が浮かび上がり、ニヤリとするのが見えた気がした。

「突っ込んでくるつもりか?」

 ヤコイムは小型艇が速度を落とさずに更に近づくのを知り、キャプテンシートから立ち上がった。次の瞬間、衝撃が走り、ブリッジの灯りが明滅し、警報が鳴った。

「左舷第三ハッチに敵小型艦が衝突。負傷者多数!」

 通信係が報告した。ヤコイムは歯軋りして、

「ふざけた事をしおって。誰に対して楯突いているのか、思い知らせてやるぞ」

 ブリッジを足早に出て行った。


「何だ?」

 銀河系の端まで来ていたルイ・ド・ジャーマンは不可思議な感覚に囚われて、振り返った。

「何者だ? ジョー・ウルフ以上の力を感じる。アメア・カリングではない。一体?」

 ルイは眉間にしわを寄せた。


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