第三十九話 多くの謎
思いもしないアメア・カリングの発言で、ジョーとカタリーナは顔を見合わせてしまった。
「どういう意味なの、アメア?」
カタリーナはアメアに言われた事を整理しようと彼女を問い質した。アメアはカタリーナとジョーを見て、
「言葉通りです、母上。ニコラス・グレイは、そのビリオンスヒューマン能力により、五百年という時さえ超越した存在なのです」
その言葉にカタリーナは戸惑い、ジョーを見た。ジョーはアメアを見て、
「何故それがわかる?」
するとアメアは目を伏せて、
「わからない。何故そう思えるのか、何故そう言い切れるのか、わからないの。でも、そうなの」
今度はジョーがカタリーナを見た。アメアは、
「教えてくれたの。私の妹が」
更に意味不明な事を言い出した。
「私の妹? 誰なの? どこにいるの?」
カタリーナがアメアの両肩を掴んで尋ねる。アメアはカタリーナのせり出してきた腹を見て、
「ここにいます、母上」
カタリーナは驚愕した。ジョーはハッとした。
(まさか、カタリーナの中にいる子もビリオンスヒューマン?)
アメアのその発言により、ジョーはいくつかの疑問を解消した。
「そうか、そういう事なのか。あの時、カタリーナのイメージが頭の中を過ったのも、アメアが攻撃をやめたのも、この子のお陰なのか」
ジョーは感慨深そうにカタリーナの腹を見た。
「そう。そして、ジョーに対して、邪な思いを抱いているあの女の事を私に教えてくれたのも、妹です」
アメアのその発言には、ジョーは面食らった。逆にカタリーナは合点がいった。
「そうなのね。貴女がその女に怒りを抱いた事に私が同調したのは、この子のお陰なのね」
カタリーナは腹を愛おしそうに撫でながら言った。そして、
「ジョー、誰なの、その女は?」
キッとしてジョーを見た。ジョーはビクッとしてしまったが、
「もしかして、エレン・ラトキアの事なのか?」
アメアに尋ねた。アメアは首を横に振って、
「私には女の名前はわからない。でも、その女がジョーに対して邪な気持ちを持っているのは間違いない。妹が教えてくれたから」
「エレン・ラトキア? 帝国の事務方の幹部に同じ名の女がいたわね。そいつなの、ジョー?」
カタリーナが嫉妬剥き出しになって詰め寄ってきたので、ジョーは苦笑いをして、
「恐らくそうだ。しかし、あの女は俺を政治的に利用しているだけだと思うんだが?」
救いを求めるようにアメアを見たが、アメアもジョーを咎めるように睨んで、
「違う。その女は間違いなく、ジョーを男として見ている」
ジョーは追い詰められる形となってしまった。
「ジョー、どうなの!?」
カタリーナの目がつり上がっているのを見たジョーは、
「勘弁してくれ。俺がそんな男かどうかは、カタリーナが一番よく知っているだろう?」
カタリーナはそう言われて、少し冷静になり、
「それはそうだけど……。エレン・ラトキアって今はどこにいるの?」
自分の感情の昂りを恥じたのか、顔を赤らめた。ジョーは咳払いをして、
「エレン・ラトキアは反共和国同盟軍の最高司令官の補佐官だ。だから、俺に、味方になれないのなら、敵にはならないで欲しいと頼んできた」
「それで、その女とどこかで会ったの?」
カタリーナは嫉妬はしないと決めたが、つい気になって訊いてしまった。ジョーはカタリーナを見て、
「ゲルサレムで会って、書類にサインをした。敵対行動は取らないとな」
「その時、その女がジョーに対して邪な行動を取ったのです、母上」
アメアがまた話を蒸し返すような事を言い出したので、カタリーナは、
「何があったのか、全部話して、ジョー」
また詰め寄った。ジョーは思わず後退りしながら、
「確かに、エレンがにじり寄ってきて、俺の手を握ったが、それだけだ。そんな行動に俺が動かされるはずがないだろう?」
自分が何故か言い訳めいた事を言っているのに気づき、溜息が出そうになった。
「手を握った!?」
カタリーナは今までジョーに恋心を抱いている女性を幾人も見てきたが、行動に出たのを見た事はなく、そういう話を聞いた事もない。それは、その女性達がカタリーナの経歴を知っていて、彼女の怒りを恐れて何もできなかったからなのだ。それをカタリーナは知らない。
「そ、そうなの」
大声を出してしまった事を恥じたカタリーナは、俯いた。それよりも、アメアがお腹の子の事を「私の妹」と言うのが気にかかっていたので、
「アメアはこの子が女の子だとわかるの?」
自分の腹を摩りながら尋ねた。アメアは大きく頷いて、
「はい。はっきり、自分でそう言いました。私の事を『お姉様』と呼んでくれています」
「ええっ!?」
それには、ジョーとカタリーナは異口同音に叫んでしまった。
「イメージとして伝えてくるのではなく、はっきりと言葉で会話をしているのか?」
ジョーが訊くと、アメアはジョーを見て、
「そうよ。ジョーには妹の言葉が聞こえないの?」
不思議そうな顔で尋ね返された。ジョーはカタリーナをチラッと見てから、
「話を戻すが、お腹の子がニコラス・グレイの事を教えてくれたのか?」
アメアはジョーをジッと見て、
「そうよ。どうして、妹の声が貴方には聞こえないの? 邪な女に取り込まれているから?」
ジョーはまたカタリーナをチラッと見て、
「エレンの事は関係ないと思うんだが? 逆に訊くが、どうしてアメアには聞こえると思う?」
話を戻そうとして訊き返した。アメアはフウッと溜息を吐いて、
「姉と妹だからよ。貴方は父親なのに聞こえないの?」
そう言い返されて、ジョーはギクッとしたが、
「もしかして、聞かされているのではないか?」
アメアを鋭い目で見返した。するとアメアは一瞬怯んだ。思い当たる事があるのかと判断したジョーは、
「その声、ニコラス・グレイの罠、とは考えられないか?」
アメアはジョーの言葉に考え込み、
「そう、かも知れない。ありがとう、ジョー」
ニコッとして、ジョーに抱きついた。
「おい!」
ジョーはまたカタリーナを見た。カタリーナは呆れて、
「ジョー、どこまで私が嫉妬深いと思っているのよ?」
腕組みをしてジョーを見た。ジョーは苦笑いして、
「すまん」
謝罪した。
(でも、何だか複雑な気持ちね。私にそっくりなアメアがジョーに抱きつくと)
カタリーナは嫉妬はしていなかったが、モヤモヤはしていた。
「それはどういう事だ?」
近衛隊長のアレン・ケイムは、アメアとジョーの監視を部下に任せて、ルイが去ってしまって事実上も名目上も空席となった軍の元帥に復帰した形となり、共和国軍の本部に戻っていた。そして、ロビーでラルミーク星系第四番惑星の爆発事故の報告を受けていた。
「まだ詳細については、報告が上がってきていません。これから調査部隊を編成して、降下を開始します」
部下は敬礼して伝えた。アレンはロビーを歩き出して、
「ジャコブ・バイカーの生死を確認しろ。そして、爆発を起こした者が誰なのかも探れ」
部下はアレンを追いかけながら、
「反乱軍の艦隊が付近に留まっているようですが、そちらは如何致しましょうか?」
アレンは前を向いたままで、
「先に手を出す必要はない。敵が仕掛けてきたら、叩き潰せばいい」
「了解しました!」
部下は再び敬礼して、ロビーをアレンとは反対方向へ駆け出した。
(ヤコイム・エレスの鑑が近くにいたとの情報もある。奴の仕業か? だとすれば、我々の関知する案件ではないが)
アレンはエレベーターで地下の中央作戦司令室へと向かった。
(それよりも、閣下の変わりようだ。あれは何を意味する? そして、閣下は何かをお恐れのようでもあった。閣下に恐れを抱かせるものとは一体何だ?)
アレンもまた、アメアの異変に気づいていた。しかし、ヤコイム・エレスの正体には気づけていなかった。
一方、武器調達の要として利用しようと考えていたジャコブ・バイカーと連絡が取れなくなってしまったエレン・ラトキアは、事故の詳細についての報告を待っていた。
(早くしないと、共和国軍が動き出す。ラルミーク星系第四番惑星は、重要監視宙域になっているはず)
エレンは焦っていた。ジャコブと取引ができなければ、共和国には勝てないし、ヤコイム・エレスの報復を受けてしまうからだ。
(好戦的だったバーム・スプリングがいない今、むやみに共和国軍が仕掛けてくるとは思えない。むしろ、警戒すべきは死神)
エレンはヤコイムの動きを探ろうと思った。
(ジャコブとの取引を告げた時、もう少し焦るかと思ったけど、全然その様子はなかった。まるで予期していたかのように落ち着いていた。だから、尚の事、裏がありそうで怖い。今回の一件も、あのジジイが絡んでいるのかしら?)
謀略にかけては引けを取らないエレンは、ヤコイムの行動を見抜きかけていた。
「あれ? ジョーはいないの?」
一人でタトゥーク星に帰還したサンド・バーは、出迎えたエミーにそう言われ、少しだけ落ち込んでしまった。
「エミー、その言い方はないぞ」
アジトのリーダーに窘められたが、エミーはプイと顔を背けて、駆け去ってしまった。
「仕方ないさ。あの子にとって、ジョー・ウルフは希望なんだから」
サンド・バーは肩をすくめて言った。そして、
「ジャコブのジイさんと連絡が取れないって、何があったんだ?」
リーダーは眉をひそめて、
「まだ細かい事はわかっていません。第四番惑星には仲間が何人かいるのですが、ジャコブさんの工場から離れたところに隠れているので、これから情報が送られてくると思います」
「そうか……。気がかりだな」
サンド・バーは腕組みをした。リーダーは頷いて、
「そうですね。我々にとっても、ジャコブさんは大事な人ですから」
そして、
「ジョーさんはどうされたのですか?」
「ジョーは惑星マティスにアメア・カリングと降りた」
サンド・バーの意外な言葉にリーダーは目を見開いた。
「それはどういう事ですか? ジョーさんが捕まったのですか?」
「いや、そうじゃない事は確かなんだが、俺にも詳細はわからない。ジョーとも連絡が取れなくなったからな」
サンド・バーは首を傾げて応じた。




