第三話 針路変更
実はジョー・ウルフである包帯男を乗せた銀河共和国の護衛艦は、最初の目的地である総統領府がある惑星マティスには向かわず、総統領近衛隊総司令部がある惑星アラトスに向かう事になった。
共和国にとっては反乱分子に当たる「銀河の狼」のアジトを急襲し、幹部七名を捕縛した近衛隊第一大隊所属の第十二中隊第一分隊の分隊長は、胃に穴が開きそうな思いに苛まれていた。
「お前達の訊きたい事はよくわかってはいるが、今はそれには答えられない。我々はこれより近衛隊総司令部があるアラトスに向かう。そして、ジョー・ウルフの居場所を知っている男を第十二中隊に引き渡した後、残りの反乱分子を連れて、予定通りマティスに向かう」
分隊長は隊員全員が集まると相当窮屈な会議室で問答無用の口調で言い切った。隊員達は皆不満そうな顔で分隊長を見ていたが、誰も問い質す者はいなかった。
(ジョー・ウルフは、マティスに到着する前に護衛艦を占拠してマティスに強行着陸すると言っていたが、状況が変わってきた。どうすればいいんだ?)
分隊長は右手で胃の辺りを押さえたままで、
「ジョー・ウルフの居場所を知っている男を総司令部に連行する事は当然の事ながら他言無用だ。同じ分隊の別行動を取っている班の連中にもだ。これは極秘任務扱いとなる」
隊員達一人一人を見て告げた。隊員達の間に途端に緊張感が走った。
「以上だ。各自持ち場に戻れ」
分隊長は徐に立ち上がると命じた。隊員達は弾かれたように立ち上がると、敬礼して応じた。
「もう一度、あの男を尋問する。プライベートルームに連れて来てくれ」
会議室を出ると、分隊長は副隊長に言った。
「はっ!」
職務に忠実は副隊長は直立不動で応じ、監禁室へと廊下を急いだ。
(俺は平穏無事に職務を全うしたいだけなのに……)
我が身の不運を嘆く分隊長であった。
「おい、そこの包帯を巻いた奴、分隊長がお呼びだ。来い」
包帯男が実はジョー・ウルフ本人とは夢にも思っていない副隊長は横柄な言葉遣いで命じた。
「はい、わかりました」
包帯男はニコニコした顔で起き上がると、鉄の扉に近づいた。
(何かあったのか?)
顔では笑いながらも、ジョーは考えていた。
「出ろ」
副隊長は扉のロックを解除すると、包帯男を廊下に連れ出した。包帯男は両手首を磁力線の手錠で固定されたままなので、副隊長は全く無警戒だ。
(元々の計画では、隙を見て艦を乗っ取り、マティスに乗り込むつもりだったが、状況が変わったようだな)
分隊長には、緊急事態発生以外は呼び出すなと厳命していたのだ。
「先に行け」
副隊長はベルトに備え付けのホルスターから銃を取り出すと、包帯男の背中に押し付けた。
「はいはい」
包帯男はヘコヘコしながら廊下を進む。
「何かあったんですか?」
包帯男は前を向いたままで尋ねた。しかし、副隊長は、
「余計な事を言わなくていい。黙って歩け」
銃口をグイと背中に食い込ませた。
「痛いですよ」
包帯男は苦笑いして振り返った。その時の眼光に副隊長はビクッとしたが、
「うるさい!」
それでも口調を強くして包帯男を突き、前進を強制する。
(何だ、今の眼つきは?)
分隊長は虚勢を張っただけなので、包帯男の眼つきの鋭さに内心はビクビクしていた。
(仮にこいつが何かをしでかそうとしても、手錠をしている限り、行動は制約される)
副隊長は何とか自分の方が圧倒的に優位なのだと思い込もうとした。
「入れ」
ノックに答えた分隊長の声は心なしか上擦っていた。
「失礼します」
副隊長が包帯男を乱暴に部屋に押入れたのを見て、分隊長は気が気ではない。
「ご苦労。もういい。下がれ」
分隊長が、部屋から出て行こうとしない副隊長に苛つき、大声で命じたので、
「あ、はい!」
その声の大きさにびっくりした副隊長はハッとすると、慌てて退室した。彼としては、包帯男が暴れたりした場合を考えて、同席しようと忖度したつもりであったが、裏目に出てしまったのだ。
「部下が申し訳ありません」
副隊長が退室すると、分隊長は包帯男を気遣うように低姿勢になった。ジョーは暑苦しい包帯を解きながら、
「気にするな。あの男は職務に忠実なだけで、悪い男ではない」
「そうおっしゃっていただけると、ホッとします」
分隊長は顔を引きつらせたままで応じた。ジョーは解いた包帯を首から下げて、
「何があった?」
鋭い眼つきで分隊長を見た。分隊長はビクッとしながらも、
「この艦の目的地が変わりました。総統領府があるマティスではなく、近衛隊の総司令部があるアラトスに向かいます」
「アラトス?」
ジョーは眉を吊り上げた。
「別名、監獄惑星と呼ばれている、アラトスか?」
ジョーに詰め寄られて、分隊長は思わず後退りをし、
「そうです」
「何故だ?」
更にジョーは距離を詰めた。分隊長は壁に背中を押し当てて、
「理由はわかりません。上からの命令ですので、何とも……」
そこは察して欲しいという目をしている。ジョーは一歩退いて腕組みをし、
「気づかれたか?」
思案顔になった。分隊長はそれよりも、ジョーが手錠をしているにも関わらず、自由に腕を動かしているのにようやく気づき、
「あの、手錠……」
そこまでしか声が出ない程、今の状況に恐ろしさがこみ上げてきてしまっている。
「ああ、これか? 磁力線は切ってある。不自由なふりをするのも、これで難儀なんだぜ」
ジョーが事も無げに言ってニヤリとしたので、分隊長は縮み上がりそうだった。
(一体どうやってなどとは怖過ぎて訊けない……)
全身から大量の冷や汗を噴き出して、引きつり笑いしかできない。
「まあいいか。何とかなるだろう」
ジョーはそう言うと、首にかけた包帯をまた巻き始めた。
「ええと、私はどうすれば……」
分隊長はオロオロして尋ねた。ジョーは包帯男に戻ると、
「普通にしてればいい。他のメンバーは脱出用の小型艇で逃がした上で、アラトスに向かう」
分隊長は涙ぐみながら、
「了解しました」
敬礼をして応じた。
「予定時刻は?」
ジョーはドアに近づきながら尋ねた。分隊長は深呼吸をしてから、
「艦内時間三時間後です」
「わかりました、分隊長さん」
包帯男のキャラに戻ったジョーがニコニコして応じたので、分隊長は気の抜けた笑いを口から漏らしてしまった。
銀河共和国の中枢にあるバンデア星系第五番惑星マティスには、共和国の最高位である総統領の執務棟であり、住居でもある総統領府がある。地上百二十階、地下十階の巨大な建築物で、行政府の全てがこの建物内にあり、権力の集中の象徴ともなっている。
「ジョー・ウルフはまだか……」
総統領府の最上階には総統領の執務室がある。その執務室の一人用の大きな黒革貼りのソファに長い黒髪の女が座っていた。女は顔の半分を白い仮面で覆っており、その風貌の全部はわからない。僅かに見えている口元は血のように赤いルージュが引かれており、見えている肌は仮面の白と然程差がないくらい白い。着ているのは漆黒の軍服で、それは取りも直さず、総統領が共和国軍の最高司令官を兼任している事を表していた。
「もう少し時間をください、閣下」
女の目の前にはガラスのテーブルがあり、その上に三次元映像で浮かび上がっている金髪の男が言った。彼は近衛隊の第十二中隊長と話していた男である。
「早く会いたいぞ、我が仇敵に……」
女は謎めいた言葉を発した。そして、
「次こそは息の根を止めてやろうぞ」
そう言い放つといきなり立ち上がり、身体中から陽炎のような紫色の気を発した。
「お待たせして申し訳ありません、アメア・カリング総統領閣下」
金髪の男は深々と頭を下げ、そのまま消えた。
「殺したい程愛しい男……」
更に謎の言葉を発するアメア・カリングである。