第三十八話 恐るべき存在
共和国総統領であるアメア・カリングと、その共和国が指名手配しているジョー・ウルフが一緒に乗っている戦艦が、共和国の首府星である惑星マティスに降下しようとしている。
(アメアに何があったのかわからないが、彼女に全く敵意がないのは間違いない)
あまりにも意外な展開に、流石のジョーも困惑していたが、アメア・カリングが芝居をしている様子は感じられないので、流れに任せる事にした。通信で、異議を申し立ててきた近衛隊長のアレン・ケイムですら、アメアの凛とした態度に何も言えなかったのだ。
(アレン・ケイムすら寄せ付けないとはな。操り人形だと思っていたが、そうではなかったのか、それともアメアが変わったのか?)
ジョーは横目で操縦しているアメアを観察していたが、
「チラチラ見ないで、ジョー。気が散るから」
アメアは前を向いたままで言った。ジョーは苦笑いして、
「すまん」
アメアを見るのをやめて、窓に広がりつつあるマティスの全景に視線を戻した。やがて戦艦はマティスの大気圏に突入した。ジョーは身体にかかる重力よりも、アメアから感じる力が気になっていた。
(この感覚は何だ? アメアは何かを恐れているのか? 何だ?)
ジョーは近づいてくるマティスの中枢を眺めながら、アメアから発せられる奇妙な力についていろいろと考えてみた。
そして、戦艦は総統領府に近い宇宙港に着陸した。
「さあ、降りましょう。早く母上のところに」
アメアが微笑んでジョーを促した。ジョーはアメアがカタリーナの事を母上と呼ぶたびに嫌悪を覚えていたが、それが次第に薄まってきているのも感じ始めていた。
ブリッジを出て、エレベーターに乗り、最下層まで降りると、扉の向こうは格納庫だった。ブリッジに上がった時と違うルートのようだ。
「こっちよ」
アメアはジョーの右手を自分の左手で掴むと、走り出した。
「おい!」
その加速は通常の人間であったら、引き摺り回されるくらいのものである。ジョーはアメアの加速についていけたが、面食らっていた。
(何を急いでいるんだ? この星にはアメアに対抗できる人間はいない。あのアレン・ケイムでも、アメアには勝てないだろう。何を恐れているんだ?)
アメアはジョーをカタリーナに早く合わせたいと思っているのだろうが、それだけではない気がするのだ。格納庫の端にある分厚い扉をいとも簡単に押し開けたアメアは、出迎えの近衛隊が待っている出入り口とは別の場所から外に出て、総統領府へと走り出した。ジョーはしっかりと手を握りしめて放さないアメアの握力による痛みに堪えながら、転ばないように必死に走った。
「閣下!」
二人に最初に気づいたのは、やはりアレンだった。彼は隊員に命じて二人を取り囲むように追い始めた。しかし、アメアとジョーの走る速度は、共和国政府のエリートと言われている近衛隊員でも追いつける速さではない。辛うじて、アレンが距離を保って走ってきているだけだ。
「閣下、お待ちください!」
アレンの呼びかけに返事もぜず、アメアは遂に総統領府の中に入ると、奥にある地下に降りる専用のエレベーターを目指した。
「閣下!」
ジョーはアレンの声が遠のいて行くのを感じた。追いつけないと判断し、次の手を考えているのか、それとも何か思うところがあるのか?
(今は奴の事はどうでもいい。カタリーナを助ける事が最優先だ。しかし……)
アメアはカタリーナに合わせるとは言った。だが、彼女を総統領府から連れ出す事に同意してくれるとは限らない。
「さあ、早く」
アメアはエレベーターの開閉ボタンを押して、ジョーを先に押し込み、自分は背後を見渡してから乗り込んだ。
「もう大丈夫」
扉が閉まり切って、フワッと下降を始めると、アメアはジョーを見てニコッとした。
(別人だとわかっていても、な)
ジョーはその笑顔がカタリーナに見えてしまい、顔を引きつらせた。そして、ようやく落ち着いたと判断し、
「アメア、何を恐れている? 何をそんなに焦っているんだ?」
疑問をぶつけてみた。アメアは惚けるかと思ったが、
「ジョーに隠し事はできないわね。恐るべき存在が動き出したのよ」
真顔でジョーを見上げた。ジョーは眉をひそめて、
「恐るべき存在? 一体何だ?」
検討もつかなかったので尋ねた。アメアが口を開きかけた時、扉が開いた。
「着いたわ。この先に母上がいらっしゃるわ」
アメアはジョーの視線を無視するようにエレベーターを出ると、廊下を大股で歩き出した。
「アメア!」
ジョーは答えを聞きたくて、大声で叫んだ。するとアメアは前を向いたままで、
「貴方はビリオンスヒューマンの名付け親を知っている?」
ジョーは意外な事を訊き返されたので、一瞬言葉を失ったが、
「もちろんだ。ニコラス・グレイ。今から、五百年程前にいた人類最初のビリオンスヒューマンと言われている」
しかし、アメアはまた分厚い扉の前に出ると、口をつぐみ、扉を開いた。
「誰? アメア? それともアレンなの?」
長く続く廊下に数多くある扉の一つから、カタリーナが顔を出した。
「カタリーナ」
ジョーは懐かしそうに呼んだ。カタリーナはその聞き覚えのある声に気づいたが、あり得ないと思って訝しそうにジョーがいる方を見た。そして、そこにいるのが間違いなく自分の愛する男だとわかり、
「ジョー!」
身重の身を忘れて駆け出した。
「おい、カタリーナ、走るな!」
ジョーが慌てて駆け寄り、カタリーナを抱き止めた。
「母上、ジョー・ウルフを連れてきました」
アメアが微笑んで近づき、カタリーナに告げた。カタリーナはアメアの存在にそこでやっと気づいたので、目を見開き、
「ど、どういう事?」
ジョーと同じように何が起こったのか理解できずにジョーとアメアを交互に見た。
ジョーとルイの消息が掴めなくなったエレン・ラトキアは、
「ジャコブ・バイカーに連絡を取りなさい。武器取引の正式な契約を交わすために」
インターフォンに言うと、最高司令官の椅子から立ち上がった。
(ジャコブ・バイカーは先進技術を持っているアンドロメダ銀河の技術者と繋がりがあると聞いた。ヤコイム・エレスを出し抜くには、それが一番手っ取り早い方法)
エレンは窓の外を眺めてニヤリとした。
(更に噂では、アンドロメダ銀河には優れたビリオンスヒューマンがいるとも聞いた。もし、そのビリオンスヒューマンがジョー様以上であれば、ジョー様も要らなくなる)
だが、狡猾なエレンは、結論が出ないうちはジョーを見限るつもりはない。
(ジョー様はあの無敵と言われていたストラード・マウエルを倒し、宇宙最強と言われたナブラスロハ・ブランデンブルグも倒した。アンドロメダ銀河のビリオンスヒューマンが必ずしもジョー様以上に強いとは限らない)
そこまで考えた時、インターフォンが鳴った。
「どうしましたか?」
エレンはジャコブとの連絡がそんなに早くつくとは思っていないので、別の何かだと思って尋ねた。すると、
「ジャコブ・バイカーの通信機器が故障しているか、全ての電源を落としてしまったかのどちらかで、繋がらないようなのですが?」
全く想像していなかった答えが返ってきた。エレンは混乱しかけたが、
「どういう事ですか?」
「恐らくですが、ジャコブ・バイカーの工場で事故があったと思われ、大規模な爆発があり、工場の大半が吹き飛んだようなのです」
更に驚愕の状況を告げられ、エレンは目を見開いた。
「たまたまラルミーク星系の近くにいた同盟軍の艦隊に衛星画像を撮影してもらったのですが、爆発は間違いないようです。詳細はまだ不明です」
「わかりました。詳しい事がわかったら、知らせてください」
「了解しました」
エレンは崩れるように椅子に腰を下ろした。
(何がどうなっているの?)
策略家である彼女も、よもやその爆発がヤコイム・エレスの仕業とは夢にも思わなかった。
カタリーナはジョーから事情を聞き、得心はいかなかったが、とにもかくにも、目の前にジョーがいるので、納得した。
「ありがとう、アメア。ジョーを連れてきてくれて」
カタリーナが微笑んで礼を言うと、アメアは恥ずかしそうに顔を赤らめて、
「私は母上のためなら何でもします」
カタリーナは「母上」と呼ばれたので、気まずそうにジョーを見た。ジョーはそれに対して微笑んだだけで、何も言わない。だが、カタリーナはジョーが全てを理解してくれたのを感じて、微笑み返した。そして、意を決して、思い出した事をジョーに全て話した。
「そうか」
ジョーはショックを受けているようだったが、決してカタリーナを責めたりはしなかった。
「半分以上はアレン・ケイムの作り話かもしれないからな」
ジョーは話し終わって落ち込むカタリーナを励ました。
「母上、すぐにこの星を出ましょう」
突然、アメアが口を開いた。カタリーナの話はアメアも聞いていたが、それに関して何の反応もしなかったのだ。そして、全く無関係な話を始めたので、ジョーとカタリーナは顔を見合わせてしまった。
「アメア、恐るべき存在が動き出したと言っていたが、それは何だ? ニコラス・グレイとどういう関わりがあるんだ?」
ジョーは今度こそ聞き出そうとアメアに詰め寄った。するとアメアは、
「ニコラス・グレイに関わりがあるのではなく、ニコラス・グレイそのものが動き出したの」
その言葉にジョーばかりではなくカタリーナも仰天した。
「バカな……。ニコラスは五百年前の人間だぞ。そんな昔の人間がいるっていうのか?」
ジョーは眉をひそめてアメアを見た。アメアはジョーを見上げて、
「そうよ。ニコラス・グレイは今のこの宇宙に存在しているわ」
「確かにブランデンブルグは私達の想像を超えた年数を生きていたけど、いくら何でも、五百年も生きている人間がいるなんて……」
カタリーナが独り言のように言うと、アメアはカタリーナを見て、
「もちろん、ずっと生きていた訳ではありません、母上。ニコラス・グレイは時を超えて存在しているのです」
謎めいた言葉を発した。
「時を超えて存在している?」
ジョーとカタリーナはおうむ返しのように呟いた。




