第三十七話 動き出した悪意
アメア・カリングを救出するために出航したアレン・ケイムは、アメアがジョーを自分が乗っていた戦艦に招き入れたのを知り、驚愕していた。
(どういう事だ? あれ程憎んでいたジョー・ウルフに対して、一体何があったのだ?)
アレンは部下からの報告を受けて、眉間にしわを寄せた。
(カタリーナ・パンサーの影響か? 閣下の中の人格の占有率が変化しているというのか?)
アレンは今更ながら、アメアとカタリーナを会わせた事を後悔した。
「閣下に連絡を取れ。状況が掴めないままでは、こちらも動きようがない」
アレンは苛立ちを隠しつつ、通信兵に命じた。
「はっ!」
通信兵は敬礼して応じると、機器を操作した。
ジョーはアメアに導かれるまま、ブリッジに上がった。
「この戦艦を一人で出したのか?」
そこまで一人の人間にも会わなかったので、まさかとは思ったが、尋ねてみた。するとアメアはニコッとして、
「ええ、そうよ。凄いでしょ?」
ジョーに顔を向けた。
「あ、ああ、そうだな」
ジョーは顔が引きつるのを感じた。
(やはり並外れた感覚の持ち主なのは間違いない。だが、感情の起伏の激しさ、子供のように純真な表情を浮かべたり、統治者としての顔を見せたりと、この女は一体?)
アメアという人間がどのように誕生し、どのように形作られてきたのか、ジョーは何も知らないので、全てが疑問だった。
「突っ立ってないで、座りなさいよ、ジョー。何も心配要らないから」
アメアの口調がカタリーナに似てきているのを感じたジョーは、
「そうだな」
苦笑いをして、操縦席に座ったアメアの隣の席に座った。その時、通信が入った。
「何だ?」
途端にアメアの顔が統治者の顔になる。
「こちらは近衛隊の艦です。閣下、そちらの状況をお知らせください」
通信兵の声が言った。するとアメアは、
「これより、ジョー・ウルフを共和国政府の賓客として迎える。その準備をしろ」
ジョーも仰天してしまう事を命じた。
「おい……」
ジョーが声をかけたが、アメアはそれを無視して、
「命令が聞こえなかったのか?」
通信兵はその言葉に慌てて、
「申し訳ありません! 直ちに準備に入ります!」
「急げよ」
アメアはそれだけ告げると、通信を切ってしまった。そしてまたニコッとしてジョーを見ると、
「ね、何も心配要らないでしょ?」
唖然としているジョーに言った。
「ああ、そのようだな」
ジョーはそれだけ言うのが精一杯と言うくらい驚いていたが、
「一つ訊かせてくれ」
アメアはジョーを見て、
「何?」
嬉しそうに微笑む。ジョーは前を向いて、
「あの時、何故攻撃を止めたんだ?」
するとアメアも前を向いて、
「母上が見えたの」
「え?」
意外な返事にジョーはアメアを見た。アメアもジョーを見て、
「そして、母上がやめなさいって言うのが聞こえたの。だから、やめたの」
「カタリーナ、が?」
その時、ジョーはカタリーナをイメージしていた。そして、彼女の身体の中で成長している新しい命が輝くのを感じたのだ。
「そして、わかったの。貴方は母上がこの宇宙で一番愛している人だと」
アメアが真っ直ぐな目で自分を見てそう言ったので、ジョーは気恥ずかしくなった。
「だから、貴方を憎んではいけないと思ったの」
アメアは前を向いた。ジョーもそれに合わせて前を向いた。
「そもそも、俺は何故あんたに憎まれているのかわからないんだが、理由を教えてくれないか?」
ジョーが尋ねた。アメアはチラッとジョーを見て、エンジンを始動した。
「わからない。わからないの。貴方を憎めと誰かに言われた気がするだけで、どうして憎まなければならないのかは知らない」
アメアの説明にジョーは目を見開いた。アメアは、
「ジョー・ウルフは仇。八つ裂きにしても飽き足らない程の敵だと教えられた」
「アレン・ケイムにか?」
ジョーが尋ねた。しかし、アメアは首を横に振り、
「違う。アレンは関係ない。アレンと出会う遥か前から、私はずっと貴方を憎んで生きてきた」
「そうか」
ジョーは黒幕はアレンだと考えていたが、それが否定された。
「ナブラスロハ・ブランデンブルグという男を知っているか?」
ジョーは認めたくない答えが返ってくるのを想像しながら訊いた。ところが、
「名前は知っている。その男がどうしたの?」
予想もしなかった意外な返事が返ってきたので、一瞬言葉を失った。
「いや、何も知らないのなら、いい。それより、カタリーナは無事なのか?」
ジョーの問いにアメアはまた嬉しそうに微笑み、
「ええ。惑星マティスで一番安全な場所にいらっしゃるわ」
「そうか」
ジョーはカタリーナの無事を確認できたので、ようやくホッとして微笑んだ。それと同時に、アメアは戦艦を発進させ、マティスに向かった。
ヤコイム・エレスが乗る艦は、ゆっくりとラルミーク星系第四番惑星に降下していた。
(もし、エレン・ラトキアが言うように、反乱軍に武器弾薬の調達をするつもりであれば、生かしてはおかぬ)
ヤコイムは、ジャコブ・バイカーが自分に敵対するつもりなら、殺すつもりでいた。
(アンドロメダにも太いパイプを持つジャコブが関わってくると、私の計画が大きく狂ってしまう。それだけは防ぎたい)
ヤコイムは、ブリッジの窓に見える宇宙港を見つめた。
(だが、あの男がエレン如き小娘に手を貸すとも思えない。あの小娘のハッタリか?)
ヤコイムはキャプテンシートに身を沈めた。
「いずれにしても、ジャコブの返答次第で対応は決まる」
ヤコイムはフッと笑った。
サンド・バーは、ジョーがアメアの乗艦に入って行ったので、救出に向かおうと思ったが、ジョーからのメールを受け取り、思いとどまった。
「何がどうなっているんだよ?」
ジョーがアメアとマティスに降りると知り、サンド・バーは髪の毛をかきむしった。
(取り敢えず、この宙域に留まっているとやばいから、退くしかねえか)
サンド・バーはジョーの小型艇でジャンピング航法をし、惑星マティスから離れた。
一方、ルイ・ド・ジャーマンは、突然アメアが現れて、自分には目もくれずにジョーに向かい、挙げ句の果てにジョーと連れ立って自分の艦に戻ったのを見て、しばらく考え込んでいた。
(何があったのだ?)
ビリオンスヒューマンであるルイは、アメアとジョーが戦い始めた時、アメアの凄まじさを感じ、ジョーに加勢しようと考えた。しかし、そうする間もなく、二人は戦いをやめてしまったのだ。
(アメア・カリングの恐ろしいまでの敵意が一瞬にして消えた。訳がわからない)
ルイはアメアがカタリーナと瓜二つだと聞かされているので、
(それが理由か?)
推測をしてみたが、
「何にしても、マリーは救われたようだから、ここは一旦離れるか」
婚約者であった今は亡きテリーザ・クサヴァーの妹であり、実質的な新しい恋人でもあるマリー・クサヴァーが、ジャコブの手引きによって、近衛隊の監視から助け出されたため、それを知った近衛隊が今度はルイに仕掛けてくるかも知れないのだ。ルイは、
(ジョー・ウルフが何故アメア・カリングに同行したのかの理由次第か)
出直すしかないと判断した。
そして、ジョーとルイを使って、共和国攻略を進めようと考えているエレンは、ルイが姿を消し、ジョーがアメアの戦艦に乗ったと知り、激怒していた。
(どういう事!? 何故、アメア・カリングと行動を共にしているのです、ジョー様!?)
エレンはその美しい顔を歪め、歯軋りをした。
(この機会を逃せば、共和国攻略は遠のいてしまう。どうすればいい?)
エレンはブレイク・ドルフがつい数時間前まで座っていた最高司令官の椅子に身を沈めて、思索に耽った。
「何年ぶりかな?」
宇宙港に降り立ち、仏頂面のジャコブの出迎えを受けて、ヤコイムは作り笑顔で応じてみせた。
「忘れた。いや、思い出したくもない。そもそも、お前に会った事をいちいち記憶するような暇はない」
ジャコブはヤコイムを睨みつけて言い返した。ヤコイムはやれやれという風に肩をすくめて、
「相変わらず、つれないな。そこまで邪険にしなくともいいだろう?」
ジャコブはそれでも、
「お前と一緒にいるのを知り合いに見られたくない。ついて来い」
踵を返すと、スタスタと歩き始めた。ヤコイムはニヤリとしてその後に続いた。
二人は、エレンがジャコブを訪ねた時と同じ地下通路に出た。
「ここなら誰とも会わない。さあ、用件を言え」
ジャコブは振り返って促した。ヤコイムは微笑んで、
「せめて、お茶くらい出してくれないか?」
「ふざけるな。お前には水だって出したくはない」
ジャコブは今にも掴みかからんばかりに怒鳴った。ヤコイムは苦笑いをして、
「わかったわかった。では、用件を言おうかね」
「さっさと言え。わしも忙しいんだ」
ジャコブはますますヒートアップした。ヤコイムは真顔になり、
「あんたが反乱軍に武器弾薬を調達する事になったとあのお嬢さんに言われて、私はお役御免になったんだよ。それは真実かね?」
ジャコブはそれを聞くと笑い出し、
「バカを言うな。誰が好き好んで、沈む泥舟に手を貸すもんか。あの嬢ちゃん、ハッタリも得意なようだな」
ヤコイムはニヤリとして、
「やはりそうか。私もハッタリではないかと思っていたのだが、あんたの返答を聞くまでは、安心できなくてね」
「わしの返事を聞くまでもないだろう? わしは基本的に負け戦には乗らん。お前のようにどっちにも武器を売って荒稼ぎをするつもりもないしな」
ジャコブは呆れ顔で皮肉を言った。ヤコイムは苦笑いをして、
「まあ、あんたがあのお嬢さんに手を貸す事はないとわかってよかった。失礼するよ」
ジャコブに背を向けて、歩き出した。するとジャコブは、
「ちょっと待て」
ヤコイムはチラッとジャコブを見て、
「何だね?」
ジャコブは眉をひそめて、
「お前と会ったのは、もう何十年も前だ。その時の記憶もすっかり薄れてしまっている」
ヤコイムは面倒臭そうに振り返り、
「それはそうだろうな。私も鮮明には覚えていないよ」
ジャコブはヤコイムを睨みつけ、
「だが、一つだけ言える事があるんだよ」
「一つだけ? 何だね?」
ヤコイムはニヤリとしたが、ジャコブは鋭い目で見たままで、
「お前は断じてヤコイム・エレスじゃない。一体誰なんだ?」
その言葉を聞いたヤコイムは、
「ほお。今まで、誰一人として、気づいた者はいなかった。さすがだ、ジャコブ・バイカー。だが、気づくべきではなかったな」
ジャコブを睨み返した。
「何だと?」
ジャコブはヤコイムの返した言葉に違和感を覚えて眉をひそめた。
「死んでもらおうか」
ヤコイムの目がギラッと光った気がした。
「殺せるものなら、殺してみろ!」
ジャコブは腰の両脇のホルスターから銃を抜くと、間髪入れずに発射した。しかし、光束は虚しく宙を切り、消滅した。そこにはヤコイムはいなかったのだ。
「まさか……」
姿が見えなくなったヤコイムに驚いていると、
「私がヤコイム・エレスではないと気づかれると、いろいろと不都合があるのでね。死ね」
次の瞬間、ジャコブは首の骨を折られて絶命し、地面に倒れ伏した。
「ジャコブ・バイカー、その才覚で時代を渡ってきたのであろうが、最後にはその才覚が仇になったな」
ヤコイムはジャコブの遺体を蹴り、地下通路を去った。




