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第三十四話 入り乱れる悪意

 アレン・ケイム近衛隊長は、ジョーと戦っていたルイ・ド・ジャーマンが戦場を離れ、惑星マティスに戻ってきた事を知り、ルイが搭乗していた小型艇が着陸したドックに出向いていた。

「ジョー・ウルフは仕留めたのですか、元帥?」

 アレンは皮肉交じりの笑みを浮かべ、ルイに尋ねた。ルイは脇に抱えていたヘルメットを放り出して、

「弾薬が尽きた。お前に持たされたこれのせいで、ストラッグルが使えんので、引き上げるしかなかったのだ」

 ルイは小さなチップをアレンに放った。アレンはそれを受け取り、

「なるほど。ジョー・ウルフのストラッグルの攻撃を防げる代わりに、貴方自身のストラッグルの射撃も封じてしまうのですね。それは失礼しました」

 ほんの少しだけ頭を下げた。ルイはそれを無表情に見ていたが、

「弾薬を供給したら、すぐに出る」

 踵を返すと、小型艇に向かって歩き始めた。

「閣下はその後どうだ?」

 アレンは視線はルイに向けたままで、隊員に尋ねた。

「落ち着かれています。もはや、エレン・ラトキアの事は忘れてしまわれたかのようです」

「そうか。戻るぞ」

 アレンは同行してきた隊員五名を伴い、軍本部の建物に引き上げた。

(エレン・ラトキアの名を聞いて、何故あそこまで激昂されたのか、わからん。これはまずい事態だ)

 アレンは眉間にしわを寄せたままで歩いた。周囲を歩いている隊員達は、アレンが険しい顔をしているので、戦々恐々としていた。


 小型艇で惑星マティスの宙域を離脱したジョーは、ルイが貼り付けたと思われる透明なケースに入れられたメモリーカードを取り出した。

「何だ、それは?」

 副操縦席から覗き込んだサンド・バーが尋ねる。ジョーはカードを見つめて、

「ルイがこんな真似をするという事は、緊急事態だという事だけは確かだ。あいつも俺と同じで、群れを嫌う。そのルイが、共和国軍として仕掛けてきたのには、それなりの理由があるはずだ。カードの中に入っているものを見れば、それがわかる」

 ジョーはカードを小型艇に備え付けられたコンピュータに挿し入れた。モニターにファイルが表示された。ジョーはモニターをタッチして、ファイルを開いた。

「む?」

 それは銀河の画像であった。

「これは……」

 ジョーは眉をひそめた。ファイルの中にあるのは、この画像が一枚だけだ。

「これはどこの銀河だ?」

 一目見て、それが自分達がいる天の川銀河ではない事はすぐにわかった。

「渦巻銀河だな」

 ジョーはコンピュータにある銀河のデータとのマッチングをして見た。答えはすぐに出た。

「アンドロメダ銀河、か」

 ジョーはコンピュータの解答を見て右手を顎に当てた。

「それだけなのか? どういう意味だ?」

 覗き込んでいたサンド・バーが言った。ジョーはしばらく無言でいたが、

「そういう事か」

 通信機を操作した。

「どうした? ルイとの戦いはすんだのか?」

 相手はジャコブ・バイカーであった。ジョーはニヤリとして、

「済ませるために、ちょっと頼みがある」

「頼み? 厄介な事か?」

 ジャコブの声が低くなった。ジョーは、

「いや。アンドロメダにも取引先はあるんだろう?」

「もちろんだ。むしろ、今はあっちの方が売り上げは多いぞ」

 ジャコブの声が得意そうに言う。ジョーはサンド・バーと顔を見合わせてから、

「なら、話は早い。探して欲しい人間がいる」

「探して欲しい?」

 またジャコブの声が低くなった。


 バーム・スプリングの旗艦にあるバームのプライベートルームに案内されたエレンは、その豪華さに目を見張った。

(反共和国同盟軍なんて、いつでも潰せるのではないかしら?)

 エレンは卑屈になった訳ではなく、そう思った。その部屋にはベッドルーム、そしてシャワーだけではなくバスタブもある浴室とトイレまで完備していた。

(大きな戦艦にほんの数カ所しかトイレも浴室もない反共和国同盟軍は、本当に無謀な戦いをしてきたのかもね。そして、この差は、取りも直さず、あの死神のせいだわ)

 エレンは、武器商人のヤコイム・エレスの嫌らしく笑う顔を思い出し、身震いした。

(あのエロジジイへの報復はまた後で考えるとして、今はもう一人のエロジジイを何とかしないとね)

 エレンは制服の襟元を大きく開いて胸の谷間を強調し、スカートのスリットのファスナーを上げて、太ももをより露わにした。その時、ドアがノックされた。

「はい」

 エレンの返事に応じて、バームがドアを開いた。彼はエレンの胸元と脚にすぐに気づき、目を見張った。

(さすが、愛人を幾人も抱えていると噂のバーム・スプリングね。すぐに反応しているわ)

 エレンは心の中で思い切りバームを罵った。

「お待ちしていました、バーム様」

 エレンはこれ以上はできないというくらいの作り笑顔で言った。バームは心なしか顔を赤らめて、

「そ、そうですか」

 引きつったように笑い、ドアを後ろ手に閉めた。

「さあ、バーム様、私をお好きになさってください」

 エレンはバームの右手を取ると、ベッドルームへといざなう。

「え、あ、はあ……」

 エレンの非情な一面を見たバームは、一抹の不安を抱きながらも、その美貌とスタイルに目を奪われ、歩を進めた。

「さあ、お脱ぎになって」

 エレンはバームの軍服のボタンを外し、ベルトを緩めた。バームはエレンの行為に唖然としてしまい、何もできずにいた。瞬く間に彼は上半身裸になった。

「さあ、バーム様」

 エレンはベッドに横になり、バームを手招きする。バームはぼんやりしていたが、

「さあ」

 エレンに強引に引き寄せられ、彼女に覆いかぶさるようにベッドに倒れこんだ。

「バーム様、ごめんなさいね」

 エレンが謎の言葉を呟いたので、バームはハッとした。しかし、遅かった。彼の脇の下にエレンが取り出した薬物注入用の小型銃が押し当てられていたのだ。バームはうめき声すらあげることができず、死に至った。

「重いわね」

 エレンはバームに半分のしかかられた状態から脱出して、ベッドから降りた。そして、自分の制服のボタンを引きちぎって投げ捨て、ブラウスを引き裂いた。スカートもスリットを破り、頬を自分で殴りつけて、傷を負った。

「さてと」

 エレンは壁に設置されたブリッジ直通の受話器を取った。

「エレン・ラトキアです。すぐにバーム様のお部屋にいらしてください。大変な事が起こりました」

 泣いている風を装って告げた。そして、受話器を戻すと、不敵に笑った。


「ジョーの予想通りだったよ。共和国の近衛隊がアンドロメダのある恒星系に現れて、マリー・クサヴァーという嬢ちゃんを拉致したようだ」

 ジョーはジャコブからの早い連絡を受けていた。

「だから、ルイは焦っていたのか。ジャコブ、マリーを救出する事はできるか?」

 ジョーが尋ねると、ジャコブは、

「大丈夫だ。問題ない。一体誰の差し金だ?」

「恐らく、アレン・ケイムっていう近衛隊の隊長と死神だろう。そもそも、ルイが死神と行動を共にしているのがどうにも腑に落ちなかったんだよ」

 ジョーが言うと、ジャコブは、

「ヤコイム・エレスが関わっているとなると、一筋縄ではいかんな。わしがアンドロメダに問い合わせたのも、恐らくあのジジイは掴んでおるだろう。だが、嬢ちゃんの方は任せてくれ。わしは卑怯な真似をする奴が大嫌いだからな」

「頼む。俺はルイとそんな理由で戦いたくはない」

 ジョーの言葉にサンド・バーは彼を見た。

「ヤコイム・エレスめ。絶対に許さねえぞ」

 ジョーは通信機を戻すと、ストラッグルの弾薬を確認した。


「何という事だ……」

 エレンからの連絡で、バームの側近二人がプライベートルームに駆けつけ、すでに事切れているバームを見て呟いた。エレンは震えながら、

「バーム様は部屋に入るなり、私を無理やりベッドルームに連れてきて、服を裂いて、ご自分も服を脱がれて、私を強引に……」

 そこまで話すと、言葉に詰まり、嗚咽を上げるふりをした。本来であれば、エレンの芝居を見抜いてしかるべきなのだが、バームの普段の行状を知っている側近二人は、バームがエレンを強姦しようとして、脳卒中か心不全を起こして死んだと思っていた。

「ブレイク・ドルフ討伐を成し遂げて、凱旋する予定であったのに、功労者のお一人であるラトキア様に対してこのような事をなさるとは……」

 側近二人は呆れ果てていた。

「ラトキア様、その……」

 側近の一人がエレンに声をかけた。するとエレンは、

「この事は口外しません。それよりも、このままこの宙域に留まっていると、銀河系の各星域から帰還した艦隊に攻撃されてしまいます。一刻も早くご帰還なさってください。私はミンドナに降下して、時間を稼ぎますので」

 制服の乱れを直しながら告げた。

「わかりました」

 側近二人は顔を見合わせてから応じた。エレンはそれに対して小さく会釈すると、プライベートルームを飛び出した。そして、しばらく走ると、声を立てずに笑った。

(あと一息。あと一息で、共和国を潰せる。そして、あの女も消せる)

 エレンはバームの旗艦から自分の専用艦に戻ると、すぐさま反共和国同盟軍の本部がある惑星ミンドナに降下した。

「こちら、エレン・ラトキア。共和国軍の旗艦に監禁されていましたが、ようやく脱出できました。各星域から艦隊が帰還次第、全戦力を以って最高司令官ブレイク・ドルフの仇を討つのです!」

 エレンは涙声を作って、マイクで同盟軍全体に檄を飛ばした。ブレイク・ドルフが戦死して、意気消沈していた反共和国同盟軍の面々は、新たなリーダーになってくれそうな存在に気づき、覇気を取り戻していった。


 黒幕的存在になりつつあるヤコイム・エレスは、ブレイク・ドルフが戦死した事も、ジャコブがアンドロメダ銀河に連絡を取ったのも知っていた。

(ルイ・ド・ジャーマンを使ったのは、ジョー・ウルフの能力を測りたかったからだ。アンドロメダ銀河のマリー・クサヴァーなど、どうでもいい)

 ヤコイムがそれ以上に気になっているのは、エレンの今後の動きである。

(あの女狐め、何をするつもりだ? ここへ来て、突然予想外の行動を取り始めおった)

 ヤコイムは苦々しそうに歯軋りをした。

(バーム・スプリングにも接触して何を企む?)

 流石の死神も、すでにバームが死んだ事は知らなかった。

(そして、ジャコブが本当に反共和国同盟軍に武器の供給をするとなると、奴も野放しにはしておけないな)

 ヤコイムはジャコブにも敵意を向け始めていた。


 総統領府の地下深くにあるシェルターに閉じ込められてしまったカタリーナは、思ったより快適な空間なので、ホッとしていた。

(それはそうよね。このシェルターは、ケント・ストラッグルが総統領の時にはすでにあったのだから)

 カタリーナはあれこれ考えてストレスを溜めると、お腹の子に障ると判断して、落ち着く事にした。

(アメアは何故ジョーを憎んでしまうのか、自分ではわかっていない。でも、ブランデンブルグの面が強く出てくると、全てを打ち消してしまう。もう一息だと思ったのに!)

 その時、アレンが現れて、カタリーナの努力を水泡に帰してしまったのだ。

(あいつ、絶対許さない!)

 そう思ってしまい、

(ダメダメ、胎教に良くないわ)

 子供の事を考えて、アレンへの怒りを頭から追い出した。そして、シェルターの中の一室に入り、簡易ベッドに腰を下ろした。

(ジョー、無事でいて)

 ジョーはルイには負けないと思ってはいても、その身を案じてしまうカタリーナである。

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