第三十一話 突破
ジョーとサンド・バーが乗る小型艇は、銀河共和国の中枢である惑星マティスの軌道付近にジャンピングアウトした。それにより、付近に配置されていたレーダーが反応した。次の瞬間、無数のミサイルが小型艇を目がけて飛来した。
「レーダーがミサイルの光点で埋め尽くされちまったぞ!」
副操縦席でレーダーを除いていたサンド・バーが叫んだ。しかしジョーはいたって冷静に、
「おいでなすったか」
余裕の笑みを浮かべ、小型艇のスピードを上昇させる。
「おい、どうするつもりだ?」
ジョーの取った行動に仰天したサンド・バーが尋ねた。ジョーは更に加速をして、
「避け切れないから、突破する」
「何!?」
サンド・バーはジョーの無謀とも思える戦術に目を見開いた。もうダメだ。俺は死ぬ。彼がそう思った時である。ジョーはキャノピーを開けると、操縦席から立ち上がった。
「え?」
サンド・バーはジョーが何をするつもりなのかわからず、ポカンとした顔で見上げた。
「取り敢えず、突破口は開かないとな」
ジョーはストラッグルを構えると、すぐにトリガーを引いた。戦艦の主砲クラスの光束が発射されて、前方へと伸びて行く。そして、次々にミサイルを爆破して、小型艇の進路を確保してしまった。
「追尾してくるミサイルを迎撃してくれ」
ジョーは更にストラッグルを発射しながら言った。
「あ、ああ」
サンド・バーは慌てて機器を操作して、後方から迫ってくるミサイルに対して、迎撃ミサイルを発射した。そのミサイルは発射されると次々に分かれ、それを三回繰り返してから、更に破裂して弾幕を作った。小型艇を追尾してきたミサイルはその幕に触れると爆発し、更に周囲のミサイルを巻き込んだ。
「ふう……」
宇宙服を着ているため、顔に垂れた汗を拭う事ができないサンド・バーは溜息を吐いた。
「どうやら、第一関門は通れたようだな。次が来るぞ」
ジョーは操縦席に戻り、キャノピーを閉じた。サンド・バーは再びレーダーを覗き込んだ。
「おい、今度は艦隊だぞ。突破はできない」
サンド・バーが今度こそ終わりだという声で告げると、ジョーは、
「いや、むしろ艦隊の方が突破しやすいよ」
「もしかして、ジャンピング航法で距離を詰めるのか? 反共和国同盟軍がやったみたいに?」
サンド・バーが少しだけ希望を見出して言うと、
「いや。あれは誰かが手引きして、座標を教えてくれないと、無理だ。あの奇襲には、恐らく死神が関わっている」
ジョーは艦隊の方を睨んだままで応じた。
カタリーナはアメア・カリングに先導されて、廊下を歩いていた。
(もしかして、最近、妙に勘が冴えてきた気がするのは、妊娠したせい?)
カタリーナはある事に思い当たった。
(ジョーと私の子供を通じて、私はアメアの事を感じ取っているの? そして、逆にアメアはこの子を通じて、ジョーを感じているの?)
アメアが気を放出した時、下腹部に痛みを感じたのは、そのせいなのではと思った。
「母上、お加減が悪いのですか?」
考え事をしているカタリーナを見て、アメアが尋ねた。彼女の顔は、母親を気遣う娘の表情をしている。そこにジョーに対する敵対心や憎しみは感じられない。
(アメアが発する感情の波を、この子が感じ取って私に伝えてくれているの?)
カタリーナは膨らみを増してきた腹を触った。
「さ、どうぞ」
アメアはカタリーナに肩を貸して歩き出した。
「ありがとう」
カタリーナは心からそう思って礼を言った。するとアメアは、
「いえ。母上をお助けするのは、私の役目ですから」
微笑んで応じた。
その頃、アレン・ケイムとルイ・ド・ジャーマンは軍本部の地下にある中央作戦司令室にいた。
(バームめ、愚かな)
アレンは、通信兵から、前の元帥であったバーム・スプリングが率いる艦隊が進路を変えた事を聞いた。
「如何致しましょう?」
通信兵が恐る恐る尋ねると、アレンは無表情に彼を見て、
「放っておけ。すでにあの者は共和国軍の元帥ではない。軍法会議は被告人欠席のまま開廷し、死刑判決を下すのみ」
「了解しました」
通信兵はアレンの言葉に震えそうになりながらも、何とか堪えて応じた。
(この男、何を企む? そして、何のために動いているのだ?)
ルイはアレンを訝しそうに見ていた。するとアレンが不意にルイを見て、
「ジョー・ウルフはすでに第一次防衛ラインを突破して、次に首府防衛部隊の艦隊と交戦中です。私が考えていた通り、貴方のお力を借りねばならない状況が迫っています」
ルイもアレンを見た。アレンは更に、
「全能なる総統領であるアメア・カリング様をお守りするためにお力をお貸しください」
深々と頭を下げて言った。ルイは目を細めてアレンを見ると、
「全能なる総統領閣下をお守りする必要があるのか? そんな事をしなくても、総統領閣下はジョー・ウルフを倒してしまうのではないか?」
疑問に思っていた事を言った。アレンは顔を上げて、
「それで構わないのですか、ルイ様? 確かに閣下はジョー・ウルフ如きたちどころに倒せるお力をお持ちです」
「どういう意味だ?」
ルイは眉間にしわを寄せた。アレンはフッと笑って、
「貴方はジョー・ウルフを倒す事を悲願としていると聞いております。そのジョー・ウルフを閣下がいとも簡単に倒してしまっても構わないのですかという事です」
ルイはもう一度目を細めてから、
「別に構わんよ。閣下に倒してもらえばいい」
あっさりと言い放った。ルイはアレンが狼狽えるかと思ったが、
「それでもよろしいのであれば、閣下に言上します。そして、閣下がジョー・ウルフを倒された場合、貴方は閣下のご意向を無視した事になり、貴方はもちろん、我が近衛隊の監視下にあるマリー・クサヴァー様も生きてはいられなくなりますよ」
思ってもいなかった言葉で返してきた。
「何だと!?」
あくまで冷静に対応しようと思っていたルイだったが、アレンのあまりにも非情な言いように感情をむき出しにしてしまった。
「どうされますか、ルイ様?」
掴みかかろうとしたルイからサッと身を引いたアレンは不敵な笑みを浮かべて尋ねた。
「私はどうすればいいのだ?」
ルイはアレンを捻り潰そうと突き出した手を引っ込めて言った。
反共和国同盟軍最高司令官付きの補佐官であるエレン・ラトキアの言葉に乗る形で、共和国軍元帥であったバーム・スプリングは艦隊の進路を変更した。
「これより我々は、偉大なる総統領閣下の御為に反乱軍の本拠地である惑星ミンドナへ向かう。そこを制圧すれば、ブレイク・ドルフなる奸賊を滅ぼし、その他の有象無象も全て共和国にひれ伏させる事ができる。諸君の奮闘を期待する」
バームは上機嫌でマイクに向かって演説していたが、ブリッジの者達はうんざりした顔をしていた。
(これで俺は元帥に返り咲ける。ルイ・ド・ジャーマンなどという旧帝国の遺物など、追放してやる)
バームの妄想は果てしない。
(そして、エレン・ラトキアを妾とすれば、後継の不安も一蹴できる)
バームはもうすぐ五十歳になるが、妻はもちろん、愛人にも子はいない。バームを敵視する者達は「種無し」と陰口を叩く程だ。もちろん、彼は自分が「種無し」ではない事を知っている。子がないのは、妻には作らせたくないからであり、愛人は信用していないからなのだ。
(あの美貌と知性があれば、我が妻にふさわしいのだ)
ゆくゆくは妻を追い出して、エレンを正妻とするつもりである。だが、それはエレンの了解を取るという大前提があっての事だ。それすら判断できない程にバームの思考は暴走していた。
そのバームをハニートラップもどきで操っているエレン・ラトキアは、満足そうな笑みを浮かべて、専用艦のシートに座っていた。
(バーム・スプリングがミンドナを制圧してもしなくても、私は構わない。何れにしても、ブレイクの力は削がれる)
エレンはバームを使って、ブレイク・ドルフの権力に亀裂を生じさせようと企んでいるのだ。
「補佐官、最高司令官からの通達で、全軍ミンドナに帰還せよと入電がありました」
通信兵が慌てた様子で伝えた。しかし、エレンは、
「急がなくていい。この艦は戦闘用に建造されていない。むしろ、遅めに到着するようにしなさい」
キャプテンシートにもたれかかって告げた。エレンからバームとの密約を聞かされていないクルー達は動揺していた。
(一番理想的なのは相討ちね。バームもブレイクも死んでしまうのが理想的だわ)
エレンはニヤリとしてブリッジの窓から見える銀河の星々の輝きを見た。
当事者の一人であるブレイク・ドルフは、降って湧いたような共和国軍の侵攻にまさしく度肝を抜かれていた。
(何故ミンドナの座標がわかったのだ? ここが知れぬようにダミーの惑星をいくつも準備してあったのに!)
ブレイクはあまりにも動転していて、誰かが情報を漏らしたという発想に至っていなかった。
(エレンはどうしている? 今は戻らないでくれ。君には死んで欲しくはない)
エレンが引き起こした事態であるとも知らず、ブレイクはエレンの身を案じていた。
「高熱源体が接近してきます」
レーダー係が伝えた。ブレイクはビクッとして、
「何だ?」
「巡航ミサイルです。しかし、角度的に海を狙ったもののようで、ここは狙われていません」
レーダー係の説明にホッとしたブレイクであったが、
「どこに落ちるか調べろ!」
すぐに命じた。そして、落ち着きを取り戻して、
(そうだ。何故、ここがわかった? もしや、ヤコイム・エレスか? やはり奴は共和国軍と繋がっていたのか?)
ようやく考えを巡らせる事ができるようになった。しかし、見当違いであった。
「ミサイルは海底ケーブルを狙ったものです。このままでは、同盟軍本部の建物に電力の供給ができなくなります」
レーダー係が告げた。ブレイクは目を見開いて、
「何だと!? すぐに緊急発電を準備させろ! それから、迎撃ミサイルの展開はどうなっているのだ?」
砲術士を見た。
「只今、発射台を準備中です」
呑気な答えが返ってきたので、
「バカ者! 今まで何をしていたのだ!」
ブレイクが怒鳴りつけると、
「地上防衛は後回しでいいと最高司令官がおっしゃったのですが?」
嫌みたらしく砲術士が反論した。
「くっ……」
その通りなので、ブレイクは言葉に詰まってしまった。「攻撃は最大の防御」というのがブレイクの持論で、守備を固めるよりも、敵地への進撃を最優先にしたツケが回ってきたのだ。
「ああ!」
次の瞬間、全ての電源が落ちてしまった。真っ暗闇の中で、
「緊急発電はどうした?」
ブレイクが叫んだが、
「まだ稼働準備中のようですが、停電で通信が途絶えたため、状況が掴めません」
通信兵の声が応じた。
「おのれえ!」
全て自分の失策なので、ブレイクは怒りの矛先がなくて、只叫ぶだけだった。
ジョーとサンド・バーが乗る小型艇は艦隊の防衛ラインを突破して、遂に惑星マティスの衛星軌道付近まで接近した。
「おや、一隻だけ急速接近してくる小型艇らしき機影があるぞ」
レーダーを覗いていたサンド・バーが言った。ジョーは前を見据えたままで、
「出てきたな」
「ルイか?」
サンド・バーは顔を上げた。ジョーはニヤリとして、
「そうだ。いよいよ登場したぜ」
ストラッグルの弾薬を装填した。サンド・バーも自分の銃の弾薬を確認した。
(さてと。面白くなってきたな)
ヤコイム・エレスは自分の艦の一室で、各所の動きを把握し、不敵な笑みを浮かべた。
(どこが残るか、高みの見物をさせてもらおうか)
彼は椅子に腰掛け、大きな腹を撫でた。




