第二十九話 再会
死の商人の異名を持つヤコイム・エレスの企みにより、ルイ・ド・ジャーマンは銀河共和国の正規軍の最高位である元帥に就かされた。それは、亡き婚約者であるテリーザ・クサヴァーの妹のマリーを守るためであった。
「この先にいらっしゃいますよ」
不敵な笑みを浮かべて、ヤコイムが告げる。ルイはそれには何も言わずに廊下を歩いた。
「む?」
ルイは、廊下の先に立っている金髪の男を見た。
(この男、以前会った事がある気がするが、誰だ?)
ルイは眉間にしわを寄せ、その男を睨んだ。
「お待ちしておりました、ルイ・ド・ジャーマン様。私は共和国総統領近衛隊の隊長のアレン・ケイムです」
男は自己紹介をし、敬礼した。ルイは警戒心を解かないままで、
「待っていた? どういう事だ? マリーはどこにいる?」
ルイは途端に罠だと感じ取った。すると、ヤコイムが、
「そう警戒されなくても大丈夫ですよ、ルイ様。マリー様はご無事です。アンドロメダで貴方の帰りをお待ちですよ」
背後から声をかけた。ルイはキッとしてヤコイムを睨みつけて、
「貴様、最初から騙していたのか!?」
ストラッグルに手をかけたが、ホルスターから抜く事はできなかった。それよりも早く、アレンが動き、ルイの右手を自分の右手で抑え込んでいたからである。
「ルイ様、貴方の大切な方はアンドロメダにいらっしゃいますが、我ら近衛隊の監視下にあります。あまり強気にならない方が、マリー様のためですよ」
アレンは無表情な顔でルイに言った。
「くっ……」
ルイはそれでも抗おうとしたが、アレンの握力は強大で、右手を握り潰されそうになっていた。
「中へどうぞ。総統領閣下がお待ちです」
言葉は丁重だが、アレンはルイの右手を捻じ上げて、無理やり部屋の中に押し込んだ。そして、
「総統領閣下、本日、新たに共和国軍の元帥に就任したルイ・ド・ジャーマン様がお見えになりました」
ルイを突き飛ばすように奥へと進ませて告げた。
「ルイ?」
その声に反応して、ソファから立ち上がったのは、カタリーナだった。ルイは意外な人物と再会して目を見開いた。そして、その隣に立ち上がった黒尽くめの軍服の女を見て、更に驚いた。
(この女が、アメア・カリングか? カタリーナに似ているというレベルではない。カタリーナそのものではないか!?)
ルイは惑星ゲルサレムで、ジョーからアメアがカタリーナと瓜二つだと聞いてはいたのだが、そこまでそっくりだとは思わなかったのだ。
「本当だったのね、貴方が元帥になったというのは?」
カタリーナが悲しそうに言ったので、ルイはハッと我に返り、
「何故お前がここにいるのだ? ジョー・ウルフとは会っていないのか?」
語気を強めて尋ねた。すると、
「ルイ・ド・ジャーマン、何のつもりか!? 私の母上にその強圧的な態度、許さぬぞ!」
アメアがいきなり凄まじい気を放ち、ルイを睨みつけた。
「ぬ?」
この反応には、アレンもヤコイムも驚いてしまった。カタリーナはアメアが怒りの感情を見せたのを初めて見たので、
「いいのよ、アメア、この人は私の友人なの。怒らないで」
今にも掴みかからんばかりのアメアを後ろから抱きしめた。
(母上、だと?)
ルイはアメアの言った一言に驚愕し、カタリーナとアメアを交互に見た。
(やはり、カタリーナと接触している時が、閣下が一番安定している。只、その場合、カタリーナが絶対的な存在になるのがまずい)
アレンは、実験動物を観察しているような目でアメアとカタリーナを見ていた。
「母上がそうおっしゃるのであれば」
アメアは不満そうな顔をしていたが、引き下がった。カタリーナはホッとしてアメアを促して、ソファに座った。
(なるほど、そういう事か)
それを見て、ニヤリとしたのはヤコイムである。
(総統領アメア・カリングの操縦法が見つかったな)
ヤコイムはアレンに近づくと、
「では、私はこれで失礼致します」
腹をさすりながら退室した。アレンはそれを一瞥してから、
「閣下、ルイ様は我が軍の元帥に就任したのです。何かお言葉をいただけませんか?」
アメアを見た。アメアはカタリーナを見た。カタリーナは微笑んで頷いた。アメアはそれを見てから立ち上がると、
「前任者のバーム・スプリングは愚か者で、使えない男であった。お前には期待している。頼んだぞ、ルイ・ド・ジャーマン」
先程までカタリーナと話していたのとも、ルイに激高した時とも違う冷たい表情で言った。
(アメア?)
カタリーナはアメアが変わったのを感じて怖くなった。
(ルイが現れて、アメアの感情が変質した……。何? どういう事なの?)
ルイは深々と頭を下げて、
「畏まりました、総統領閣下。尽力致します」
その豹変にカタリーナが驚いているのを無視して、
「失礼します」
そのまま、アレンと退室してしまった。
「アメア?」
しばらくルイとアレンが出て行ったドアを見ていたアメアにカタリーナが声をかけると、
「申し訳ありません、母上。感情的になってしまいました」
また落ち着いた穏やかな表情に戻ってカタリーナを見た。カタリーナはその時、
(さっきの違和感、もしかして、ブランデンブルグ?)
ルイもブランデンブルグにとって排除すべき存在であった。
(ルイのさっきの話の内容からして、彼はジョーにどこかであったのね。だからなの?)
ルイからジョーを感じたアメアの中のブランデンブルグが反応した。そう考えるとすっきりした。
(でも……)
その考えを突き詰めると、自分に好意的なアメアの反応は、ブランデンブルグに由来する事になり、すなわち、ブランデンブルグがカタリーナに好意を持っていた事になるので、カタリーナは複雑な思いになった。
(あ……)
そして、カタリーナはもう一つの事に気づいた。アレンがアメアに自分の上司として以上の感情を抱いているのだとすると、アレンもまたブランデンブルグのDNAを受け継いでいるのではないかと。
(ルイの動きを封じたあの速さ。ゾッとしてしまう程の冷酷さ。ブランデンブルグにどこか似通っている気がする)
カタリーナは思わず身震いした。
ジョーは、惑星ゲルサレムの衛星軌道上に多数出現したのが、共和国軍の艦艇だと割り出した。
(何をしに来た? もしかして、この星を破壊するつもりだったのか? それで、何があったのか知らないが、たちまち尻尾を巻いて退散しちまったって事か?)
ジョーは管理長のゼモ・ガルイであれば、事情を知っていると思ったが、
(あのとぼけたジイさんが話すはずもない。どっちでも構わねえから、行くか)
小型艇を大気圏離脱用のカタパルトへと進めた。
「もう大丈夫なのか?」
副操縦席のサンド・バーが尋ねた。ジョーは前を見据えたままで、
「ああ。もう大丈夫だ。こんな辛気臭い星は、とっとと出るに限る」
「そうだな」
サンド・バーは苦笑いして同意した。
間もなく、小型艇はカタパルトに乗り、射出された。
(大気圏を離脱したら、訊いてみるか)
ジョーは全速でゲルサレムを離脱すると、早速「銀河の狼」の本部と通信をした。
「ジョー、無事なのね!?」
つながると同時に、エミーの甲高い声がスピーカから鳴り響いた。ジョーはフッと笑って、
「ああ。心配かけたな、エミー」
するとエミーの声は、
「別に心配はしてなかったよ。ジョーは宇宙一強いんだもん。負けるはずないし」
強がりを言っているのは、涙声だったのですぐにわかったのだが、
「ありがとう、エミー」
ジョーは素直に感謝の意を表した。そして、
「一つ訊きたい事がある。ルイ・ド・ジャーマンがどうしているのか、情報は入っていないか?」
その問いにエミーがあからさまに不機嫌になった。
「ジョー、ルイなんていう人の事より、カタリーナさんの事を心配しなさいよ! 冷た過ぎるわ!」
「そ、そうか」
ジョーは苦笑いして、サンド・バーと顔を見合わせた。サンド・バーは肩をすくめただけで、何も言わない。
「ジョーさん、さっき、別の惑星の仲間からの連絡が入って、ルイ・ド・ジャーマンが共和国軍の元帥になったと言われました。どういう事なんでしょうか?」
「銀河の狼」のリーダーが逆に質問して来た。
「何だって?」
それは初耳だったジョーは驚愕して叫んでしまった。
「ご存知ではなかったのですか?」
リーダーの声が尋ねる。ジョーは、
「ああ。ゲルサレムでルイと会った時には、そんな話は出ていない。只、ルイがヤコイムとゲルサレムを出たとは聞いた」
「ヤコイムと?」
今度はリーダーが驚いた。ジョーは眉をひそめて、
「あの死神が関わっているのだとすると、ルイも厄介な状況なんだろうな。いずれにしても、面倒な事になりそうだ」
「そうですね。とにかく、ルイの事はあちこちに訊いてみます。ジャコブさんにも訊いた方がいいですかね?」
リーダーが言うと、ジョーは、
「そうだな。あのジイさんなら、ヤコイムの事もわかるかも知れないから、そっちを当たってくれ。ルイは恐らく、共和国政府の中枢がある惑星マティスにいるはずだ」
「わかりました。では、ヤコイムの事を探ってみます」
「頼む」
ジョーは通信を終えると、ジャンピング航法で一気に銀河系の反対側に出た。
「どこへ行くんだ?」
サンド・バーが訊いた。ジョーはチラッとサンド・バーを見て、
「惑星マティスだ」
「ええ? いきなり乗り込むのか?」
サンド・バーが驚いて叫ぶと、
「降りるか?」
ジョーがニヤリとして尋ねた。サンド・バーはムッとして、
「冗談言うな。誰が降りるか。アレン・ケイムに礼をしたいと思っていたんだ」
「なるほどな」
ジョーは操縦桿を握り直すと、進路を惑星マティスに向けた。
その頃、ジョーにもルイにもいい返事をもらえず、ゼモとヤコイムに凄まじい怒りを持ったままでゲルサレムを離脱したエレン・ラトキアは、反共和国同盟軍の本部がある惑星ミンドナに向かっていた。
「大失態だぞ、エレン。ジョー・ウルフはおろか、ルイ・ド・ジャーマンにも袖にされるとはな」
スクリーンに映る最高司令官のブレイク・ドルフは、してやったりの顔で言った。エレンははらわたが煮えくり返っていたが、
「しかし、ジョー様は我が軍には敵対行動はとらない事を文書で約束してくれましたわ。誰かさんの奇襲攻撃があったにも関わらず」
微笑んで見せるだけではなく、ブレイクの失策をちくりと突く事も忘れていなかった。ブレイクはその言葉にムッとした顔を見せたが、
「まあ、いい。今後の事を話し合いたい。一刻も早く、帰還しろ」
それだけ言うと、スクリーンから消えた。
(忌々しいけど、今はまだ、ブレイクを担いでいるしかないわ)
エレンは歯ぎしりをして堪えた。そして、
「共和国軍のバーム・スプリングに連絡を取りなさい」
エレンのあまりにも意外な命令に、ブリッジの一同は驚いて彼女を見た。
「聞こえなかったの!? バーム・スプリングに連絡を取りなさい」
エレンは、ゲルサレムを出る時に、
「先程、衛星軌道上に艦隊を率いて現れたのは、バーム・スプリング様です」
ゼモから聞かされていたのだ。
(あの管理長が何を企んでいるのかわからないけれども、バーム・スプリングは今、共和国軍では厄介者にされていると聞いた。声をかけてみる価値はある)
エレンはニヤリとした。




