第二話 それぞれの思惑
突然正体を明かしたジョー・ウルフにすっかり怯えてしまった総統領近衛隊分隊長は、顔を引きつらせた状態のまま、包帯男に戻ったジョーと共に監禁室前の廊下へと戻ってきた。隊員達は興味津々の表情で分隊長を迎えたが、分隊長は彼らと視線を合わせないように俯いたままで、
「この方、あ、いや、こいつも監禁室にお通ししろ、じゃなくて、ぶち込んでおけ」
ジョーに対する恐怖が強過ぎて、どうしても丁寧な言葉で言ってしまいそうになりながら、命令した。
「はあ」
隊員達は先程とは全く様子が違う分隊長に首を傾げつつ、言われるままに包帯男を「銀河の狼」の他の幹部達を入れた監禁室に乱暴に押し込んだ。分隊長はそれを冷や汗を垂らして見ていたが、包帯男はおとなしく中に入ったので、ホッと安堵の溜息を漏らした。
「一時間後に緊急会議を行う。全員、会議室に向かえ」
分隊長は物欲しそうな隊員達の視線を完全に無視して告げ、サッサとその場を立ち去ってしまった。
「どうしたんだ、分隊長は?」
隊員達は分隊長の不自然な振る舞いに口々に疑問の声を上げたが、誰もそれに対して答えを持ち合わせていないので、仕方なく、会議室へと歩き出した。
「おい、一体どういう事だ?」
包帯男が監禁室に入り、隊員達が立ち去った途端、他の幹部達が一斉に口を開き、彼を質問責めにした。
「どういう事って、どういう事です?」
包帯男は穏やかな口調で尋ね返した。すると幹部のうち、分隊長に顎を蹴られた男が、
「さっき、ジョーさんの居場所を知っているって言ったんだってな。ちょうど俺はあのクズ野郎に蹴られて気を失っちまっていたんで、後で聞いたんだが、その事だよ」
まだ蹴られた顎がガクガクするのか、さすりながら言った。すると包帯男はその幹部を見て、
「ああ、その事ですか。それはですね、方便ですよ」
「方便?」
尋ねた幹部だけではなく、他の五人の幹部達も異口同音に叫んだ。
「そうですよ。ああでも言わないと、我々全員があの場で射殺されるんじゃないかと思ったんですよ」
包帯男は名案でしょうと言わんばかりの調子で言ってのけたので、
「そんな事をして、嘘だとばれたら、間違いなく殺されるじゃないか!」
別の幹部が泣きそうな顔で包帯男に食ってかかった。他の幹部もムッとした顔で包帯男を睨んでいる。しかし、包帯男は、
「いや、嘘は吐いていないんですよ。あくまで方便ですから」
「そんなの詭弁だろ! お前はジョーさんの居場所なんて知っていないんだろ?」
涙目幹部は事もなげに応じた包帯男に更に詰め寄った。すると包帯男は、
「知っているっていうのは、本当ですよ。只、今でもそこにいるのかは、保証の限りではないんですけどね」
「嘘を吐くな! もし、本当に知っていたのなら、どうして今までずっと黙っていたんだよ!?」
今度は顎を蹴られた幹部が涙目幹部を押しのけて詰問した。
「皆さんの身の安全を思って、黙っていたんです」
包帯男は声のトーンを低くして答えた。その声の迫力に涙目幹部と顎を蹴られた幹部は思わず後退りし、他の幹部達もピクンと身を強張らせた。
「もし、皆さんがジョー・ウルフの居場所を知ってしまったら、それを教えるまで拷問されますよ。そして、拷問に堪え切れずに死んでしまうかも知れませんし、死なないうちに居場所を話したとしても、生きて帰れるかわかりません」
包帯男の低い声とその話の内容に幹部達は身を縮ませて互いの顔を見た。
「そして、もし仮に生きて帰れたとしても、居場所を喋った事をジョー・ウルフが知れば、只ではすまないと思ったからですよ」
言い終わってから、怯え切っている幹部達を見た包帯男の目は射るように鋭く、そして冷たかった。
「わ、わかった。そこまで言うなら、お前に任せよう」
他の幹部達は互いに顔を見合わせてから、包帯男に告げた。包帯男はニヤリとして、
「了解です。万事、私にお任せください」
そして、くるりと踵を返すと、
「分隊長の取り調べがかなりきつかったので、疲れました。ちょっと休ませてもらいますね」
サッサと監禁室の隅に行き、横になってたちどころにいびきを掻き始めた。
「おい、あいつ、誰が引き入れたんだっけ?」
涙目幹部が声を低くして誰にもとなく尋ねた。
「お前じゃないのか?」
顎を蹴られた幹部が目を見開くと、涙目幹部は、
「違うよ! 俺は知らない。じゃあ、お前なのか?」
違う幹部に尋ねたが、
「知らないよ。てっきりお前が連れてきたと思っていたんだ」
他の幹部も同様で、誰も包帯男の素性を知らなかった。
「あいつ、もしかして、共和国のスパイなんじゃ?」
涙目幹部が身震いして呟くと、顎を蹴られた幹部はビクッとして、
「怖い事を言うなよ。もしそうだったら、俺達はもっと早く捕まっていたはずだぜ」
「だからさ、信用を得た頃に通報したとか」
涙目幹部は包帯男に睨まれた時の恐怖を思い出したのか、彼に対する信頼度が急降下していた。
「信用も何も、あいつがいてくれたお陰で、何度か助かった事があったろう? 疑うのはよくないぞ」
そこまで全く発言をしていなかった幹部の中でも一番の古株が言うと、
「じゃあ、今回はどうして隠れ家が見つかっちまったんだよ? それ以外、説明がつかないぞ」
涙目幹部はまた涙目になって反論した。古株の幹部はその反論に言い返す気力も失せたのか、ため息だけ吐くとその場から離れ、
「疑うのは勝手だが、もしそうでなかった時は、きちんと責任を取れよ」
捨て台詞のように告げると、壁に背を凭れさせてしゃがみ込んだ。
「責任て……」
そう言われると、涙目幹部は特に根拠がある訳ではないので、急に弱気になった。
「とにかく、あいつに任せる事にしたんだし、それしか方法がないだろう?」
顎を蹴られた幹部が、その顎を撫でながら涙目幹部を宥めた。涙目幹部は振り上げた拳の下ろしどころを失っていたので、
「わかったよ」
さも仕方なさそうに応じた。
その頃、分隊長は、包帯男、すなわち、ジョー・ウルフに監禁室に戻る途中で提案されたーー本人は強制されたと認識しているがーー計画を実行するために、彼が所属している総統領近衛隊第一大隊麾下の第十二中隊の基地にプライベートルームで連絡していた。
「なるほど。その男の言う事は信頼に足るのか?」
超空間通信のモニターに映っているのは、第十二中隊の中隊長である。分隊長は畏まった表情で、
「はい。内容は詳細で、作り話とは思えませんので、信頼できると判断しました」
すると中隊長は顎に手を当ててしばらく考え込んでから、
「わかった。では、ルートを変更し、マティスではなく、近衛隊総司令部があるアラトスに向かえ」
「え? マティスへ向かうのは、総統領閣下の勅命と伺っておりますが?」
分隊長は目を見開いて言った。中隊長は目を細めて、
「何も差し支えはない。アラトスに降下後、マティスに向かうのだ」
「あ、はい、失礼しました!」
分隊長は中隊長が機嫌を損ねたと思い、敬礼して応じた。
「急げよ」
中隊長はモニターから消えた。分隊長はその途端、椅子にぐったりとなり、
(ジョー・ウルフと組織の板挟みで、胃に穴が開きそうだ……)
心の中で愚痴を言った。だが、気を取り直し、
「会議室に行かねば……」
胃の辺りをさすりながら、部屋を出た。
一方、分隊長との通信を終えた中隊長も緊張した顔で椅子から立ち上がり、
「これでよろしいでしょうか?」
振り返って、そこに立っている若い男に尋ねた。男は中隊長より勲章が多く付けられている制服を着ており、髪の色は金髪で、目は三白眼のため、睨んでいるように見える。中隊長が緊張しているのは、そのせいではないのであるが、原因の一端ではあるかも知れない。
「上出来だ。私はこの日が来るのを待っていたのだ」
男の声は成人男子としては若干高かった。中隊長は男の発言に怪訝そうな顔をし、
「それは一体どういう事でしょうか?」
すると男が目を細めて、
「お前に説明する必要があるのか?」
突然低い声で言ったので、中隊長はビクッとして直立不動になり、
「いえ! 申し訳ありませんでした!」
慌てて敬礼した。男はフッと笑って、
「では、私は奥の間で休んでいる。その密告者が到着したら、尋問室に通せ。私が聴取する」
中隊長はもう少しでまた理由を尋ねそうになったが、
「畏まりました!」
何も問わずにもう一度敬礼した。男はチラッと中隊長を見てニヤリとし、何も言わずに通信室を出た。