第二十八話 誤算
総統領執務室に向かう廊下で、アレン・ケイムはヤコイム・エレスからの連絡を受けた。
「何だ?」
急いでいたアレンは、不機嫌そうに携帯端末に言った。
「たった今、ルイ・ド・ジャーマンの承諾を得ました。共和国軍元帥の職に就いてくれるそうです」
ヤコイムの得意げな声にアレンは歯軋りをして、
「わかった。すぐに事務方に手続きをさせよう。閣下には、私からお話ししておく」
「畏まりました」
アレンは端末をポケットにねじ込むと、再び廊下を大股で歩いた。
(何?)
カタリーナには会話の内容は聞こえていないので、眉をひそめた。やがて二人は執務室の前に着いた。
(どうしたの、一体?)
廊下には書類や調度類が散乱してままだ。カタリーナが唖然としているのに構わず、アレンは執務室に入って行った。
「閣下、母上様をお連れしました」
アレンは、回転椅子に腰掛けて窓の外を眺めているアメア・カリングに告げた。
「そうか!」
アメアはそれを聞くと、先程とはまさに別人としか思えない上機嫌な顔で振り向いた。アレンはカタリーナを促して、部屋の奥へと進ませた。
「母上、もうお加減はよろしいのですか?」
アメアは嬉しそうにカタリーナに歩み寄り、彼女の右手を包み込むように握りしめた。
「ええ、もう疲れは取れたわ。話の続きをしましょうか」
カタリーナはアレンをチラッと見てから言った。アレンはアメアを見て、
「閣下、ルイ・ド・ジャーマンが共和国軍元帥に就任する事を承諾しました」
アメアはその話にはまるで興味がないようで、アレンを鬱陶しそうに見ただけで返事もしなかったが、カタリーナは驚愕した。
(ルイが? 彼はアンドロメダに行ったのでは? 戻っていたの?)
カタリーナはその先を知りたかったが、アレンはアメアに敬礼をして、
「では、その準備をしますので、失礼致します」
さっさと退室してしまった。
(閣下が一番安定されるのは、カタリーナと会われている時なのか。ならば、どうする?)
アレンは眉間にしわを寄せて、廊下を足早に歩いた。
「母上、ではおかけください」
アメアはニコニコしてカタリーナの手を引き、ソファに並んで腰を下ろした。
「貴方の父親の話だったかしら?」
カタリーナは苦笑いをして言った。アメアはカタリーナの表情を見て何かを感じたらしく、
「やはり、お話いただけないのでしょうか? もし、母上にとってお辛い事であれば、もうお尋ねしません」
寂しそうな顔で俯いた。カタリーナはアメアが気の毒に思えたが、
「そうね。できれば、思い出したくないの」
アメアの頬に右手手を当てて告げた。アメアはカタリーナを見て、
「申し訳ありません、母上。私の気持ちばかりで動いてしまって」
頬に当てられたカタリーナの右手に自分の左手を重ねた。
(ああ……)
カタリーナは次第にアメアを愛おしく思っていく自分に驚いていた。
ジョーにもルイにもよい返事をもらえなかったエレン・ラトキアは、ヤコイムが自分より先にルイに会えたのは、ゲルサレムの管理長であるゼモ・ガルイが協力したからだと考え、彼を探した。近くにいた管理人を問い詰めても、皆知らないと言われ、エレンの苛立ちが頂点に達しようとしていた時、宇宙港から戻ったゼモが姿を見せた。
「ガルイ管理長! お尋ねしたい事があります」
エレンの表情と語気の強さにゼモは何かを察したのか、
「申し訳ありません。ヤコイム・エレス様は、ラトキア様より先にお約束がありまして」
後退り気味に応じた。しかし、エレンには付け焼き刃のような言い訳は通用しなかった。
「ふざけないで! あなた方は、仮にも永世中立星の管理者でしょう? 何故、武器商人であるヤコイムに肩入れするのですか!?」
エレンはゼモに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。ゼモは両手でエレンを制する仕草をして、
「肩入れなどしておりません。ラトキア様がエレス様より先にお話くだされば、ラトキア様とジャーマン様を先にお引き合わせしていました。只単に、時間的な前後というだけです。他意はありません」
エレンはゼモを睨みつけたままで、
「わかりました。私がヤコイムに隙を見せてしまったという事なのでしょうね」
それだけ告げると、背を向けて、宇宙港へと歩き出した。
(このままでは済まさないわ、ゼモ・ガルイ。絶対にね)
エレンは歯噛みをしつつ、歩を進めた。
ジョーとサンド・バーは、ルイがヤコイムと宇宙港に行ってしまったらしいのを管理人の一人を締め上げて知ると、エレンより先に宇宙港に着いていた。しかし、すでにヤコイムの艦もルイの専用艦のジャーマンも、飛び立った後だった。
(死の商人のヤコイムは一体何を企んでいる?)
ジョーは空を睨みつけてから、小型艇へと歩き出した。それをサンド・バーが慌てて追いかけた。
「ルイはあの死神のジイさんと何を話したんだろうな」
サンド・バーが独り言のように言うと、ジョーは、
「さあね。だが、ルイにとって抜き差しならねえ事を言われたんだろうな。そうでなければ、あいつがあの欲の塊のようなジジイと一緒に行くはずがねえ」
同じビリオンスヒューマンだからなのか、鋭い推測をしてみせた。
「何だ?」
ジョーは操縦席に座ると、レーダーが無数の艦影を表示したのに気づいた。
「どうした?」
副操縦席のサンド・バーが尋ねる。ジョーはエンジンを始動させて、
「ゲルサレムの衛星軌道付近に無数の艦影を探知した。今、どこのバカなのか、検索中だ」
レーダーの操作に移った。
「何だって?」
サンド・バーはキャノピーから空を見上げた。
ゼモは、数ある建物のうちの管理棟にいた。管理棟には、ゲルサレムの周囲を隈なく探知するレーダーがある。ジョーよりも先にゼモ達はその存在に気づいていた。
「これはこれは、スプリング元帥様。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
ゼモは感情を読ませない薄笑いを浮かべて、壁にある巨大なスクリーンに映るバーム・スプリングに言った。
「時間がないために、単刀直入に言い渡すぞ」
すでに「元帥」ではないバームは、ゼモが知っていながらわざと「元帥」と呼んだのも知らずにニヤリとして、
「惑星ゲルサレムに、共和国政府の最高位であらせされるアメア・カリング総統領閣下のお命を狙い、銀河系一帯に指名手配中のジョー・ウルフ、並びに反乱軍の幹部であるエレン・ラトキア、そして、かつて銀河系に戦乱を引き起こした張本人の一人であるルイ・ド・ジャーマンを匿っていると聞いた」
するとゼモは、
「確かにお三方はこちらにいらっしゃいます。それで、どうせよとおっしゃるのでしょうか?」
あくまで冷静で丁寧な物言いで応じた。バームはそこまで来てようやくゼモが自分をバカにしているのではないかと思ったのか、
「貴様、わかっているはずなのに、そのようなとぼけた言動をしているのか?」
眉間にしわを寄せた。それでもゼモは、
「滅相もありません。もし、そのようにご不快な思いをさせてしまったのであれば、謝罪致します。誠に申し訳ありません」
いたって平常心で返した。バームは苛立ちを感じながらも、
「それならば、すぐにその三名を我が軍に引き渡せ。さもなくば、この星ごと殲滅する」
威圧感を出すために目を細め、声を低くして告げた。するとゼモは、
「スプリング様、我がゲルサレムは、永世中立星です。もし、それでも攻撃するという事であれば、おやりになってくださって結構です。お三方をお引き渡しする事はできません」
薄ら笑いを封印して、真顔でバームを見た。威圧しているはずのバームがその顔に気圧されてしまった。
「おのれ、貴様、このバーム・スプリングを虚仮にしおったな! ならば望み通り、星ごと殲滅してやる! 覚悟しておけ!」
バームは目を血走らせて怒鳴り、スクリーンから消えた。
「相も変わらず、小さい男だ」
ゼモはニヤリとして呟いた。
大艦隊を率いてゲルサレムの衛星軌道付近にやって来たバームは、怒り心頭だった。
(以前からこの星の連中は気に食わなかった。今日こそ、その鬱憤を全て晴らしてやる!)
バームはマイクを握り締めると、
「全艦隊に告げる。全砲門をゲルサレムに向けよ」
得意満面になって命じた。ゲルサレムを取り囲むように展開している無数の艦が一斉にその砲門を動かし、ゲルサレムに照準を合わせた。
「バーム様、お待ちください。ゲルサレムを攻撃すると、全銀河系を敵に回す事になります。お考え直しください」
バームの一番近くにいた参謀が諫言した。しかし、バームは、
「その昔、時の皇帝ストラード・マウエルと、反乱軍のドミニークス・フランチェスコ三世とベスドム・フレンチ、ブランドール・トムラーが取り決めた事など、全員が死んだ今となっては、なくなったも同然。何を恐れる事がある?」
血走った目を見開いて、参謀に詰め寄った。
「確かにそうですが……」
参謀はバームの屁理屈に言い返す事ができない。バームは鼻息を荒くして、
「過去の亡霊に縛られていては、新しい世は生まれないのだ。今こそ、悪しき遺産であるこの星を葬り去る時なのだ」
マイクを握り直すと、
「全艦、一斉射撃せよ!」
勝ち誇った顔で命令した。しかし、自分が乗っている旗艦ですら、全く射撃を開始しない。
「何をしている!? 早く射撃をさせろ!」
バームはブリッジにいる砲術士に怒鳴った。すると、砲術士はバームを見て、
「ゲルサレムを攻撃するには、総統領閣下のご裁定が必要です。ご裁定で発せられるコードナンバーをお手元のキーボードでご入力ください」
「何だと!?」
バームは自分が全く知らない事を告げられて、頭が混乱しそうになった。
(またアレン・ケイムの差し金か!?)
バームは歯軋りをして悔しがった。
「共和国軍元帥からご連絡が入っております」
通信兵が告げた。バームは血走った目で通信兵を見た。通信兵はその形相に恐れおののき、後退りしてしまった。
(アレンめエエ!)
額に幾筋も血管を浮き上がらせて、バームはキャプテンシートに備え付けられたモニターを操作した。
「む?」
そこにはどこかで見た事がある顔が映った。しかし、アレンではなかった。
「共和国軍元帥のルイ・ド・ジャーマンである。バーム・スプリング、お前の行為は重大なる軍規違反だ。よって、軍法会議を開き、処罰する。直ちに惑星マティスに帰還せよ。以上だ」
それだけ告げると、ルイはモニターから消えた。
「バカな……」
自分が処罰しようとしていた男が、いつの間にか軍の最高位である元帥になっており、自分を罰すると言った。バームは全身の力が抜けたようにキャプテンシートに沈み込んだ。
「お見事でした、ルイ様」
共和国軍の元帥室で、ヤコイムが拍手をした。ルイは通信モニターに背を向けて、嬉しそうなヤコイムを睨みつけた。
「これでいいのだな?」
ルイは低い声で尋ねた。ヤコイムは拍手をやめて、
「はい。では、マリー・クサヴァー様がお待ちのお部屋にご案内致します」
深々と頭を下げた。ルイはそれを目を細めて見た。
ジョーは、艦影が次々に消えて行くのをレーダーで観察していた。
「どういう事だ?」
事情を知らないジョーは眉をひそめた。そして空を見上げて、
(何が起こっているんだ?)
得体の知れないものを感じていた。




