第二十七話 アメア・カリングの秘密
アレン・ケイムの唐突な話に、カタリーナは呆気に取られてしまったが、
「何故私がアメアを救わなければならないの? そして、私にそんな事ができるの?」
二つの疑問をアレンにぶつけてみた。アレンはフッと笑い、
「確かに、お前が閣下を救う義務はないな。しかし、閣下を救える可能性があるのは、お前かジョー・ウルフしかいない。ここまで言えば、お前が何故閣下を救えるのかも理解できよう?」
立ち上がって、カタリーナを見下ろした。カタリーナもベッドから立ち上がり、
「私はともかく、ジョーが何故アメアを救えるの? それは理解できない」
するとアレンは、
「閣下の人格の一つがお前だからだ」
その言葉にカタリーナは目を見開いた。
「人格の一つが私? やっぱり、アメアは多重人格者なのね?」
カタリーナは自分が抱いていたアメアの印象が当たっているらしいと思ったが、アレンは目を伏せ、
「いや、多重人格とはやや違う。閣下は三つの人格が無意識レベルで繋がったり離れたりしているのだ。だから、このままだと主人格が崩壊して、閣下は精神を破綻されてしまう」
「三つ? アメアと私と、もう一つは……」
カタリーナはその人格に思い当たり、息を呑んだ。アレンはカタリーナを見て、
「ナブラスロハ・ブランデンブルグだ」
カタリーナは聞きたくない名前を言われ、唇を噛み締めたが、
「アメアは、その、私とブランデンブルグの遺伝子を引き継いでいるのでしょう? だとしたら……」
違和感を覚え、直接的な言い方を控えて喋ったが、遂に詰まってしまった。
「確かに、閣下はお前とブランデンブルグの遺伝子を受け継いでおられる。だが、生物学的に言えば、お前は閣下の母ではないし、ブランデンブルグも父ではない。むしろ、閣下はお前の遺伝子を主としたクローンに近く、ブランデンブルグの遺伝子はそれに移植されたものだ」
アレンの話は、カタリーナをある意味ホッとさせたが、別の意味で驚愕させた。
「お前が一番不安に思っている事は、閣下がお前とブランデンブルグの間にできた子供だという結論だと思うが、それは違うという事だ。少しは安心したか?」
アレンは皮肉っぽい言い回しで告げた。カタリーナはムッとして、
「安心なんかしてないわよ。私は卵細胞を取られて、それを使われたのよ。アメアが私の娘ではなくても、私とつながりがある事に代わりはないのでしょう?」
そこまで話して、ある事に気がついた。
「でも、クローンとは言っても、同じ人間ではないから、記憶や性格などは同一にはならないはずでしょう? 何故、アメアは私の人格を持っているの?」
カタリーナは恐る恐る尋ねた。しかし、アレンは首を横に振り、
「それはわからない。ブランデンブルグが、閣下をどのように完成させたのかまでは、私は知らない。そしてお前の記憶と人格をどうやって閣下に写し取ったのかは、解明されていない。その技術は、ブランデンブルグの死と共に消滅した」
カタリーナはそれを聞いて項垂れた。
「只一つだけわかっているのは、ブランデンブルグがお前の遺伝子を欲しがったのは、対ジョー・ウルフのためだったという事だ」
アレンの不思議な言葉にカタリーナは眉をひそめ、
「どういう事?」
探るように尋ねた。
「お前と同じ顔をしていれば、ジョー・ウルフは決して攻撃できないと考えたようだ。ジョー・ウルフを倒せるのは、お前しかいないと判断したのだ」
アレンの言葉がまた心を抉るように浸透して来るのを感じ、カタリーナは寒気がした。
「どうしてそうまでして、ジョーを殺そうと思ったの、ブランデンブルグは?」
カタリーナは涙声でアレンに怒鳴った。アレンは無表情のままで、
「怖かったからだろう。何よりもジョー・ウルフという存在が」
カタリーナは言葉を失った。
(ブランデンブルグという男が、全く理解できない……)
するとアレンが、
「今はとにかく、閣下に会ってくれ。閣下を救うために」
カタリーナはアレンを見上げて、
「アメア・カリングがジョーにとって敵である以上、助ける事なんてできないわ」
するとアレンは、
「それは違う。閣下を救わなければ、それこそジョー・ウルフは殺されるのだぞ」
「ええ? 意味がわからないわ」
カタリーナはアレンが自分を丸め込もうとしていると考えた。
「閣下の主人格はお前の人格を基本にしている。その人格が崩壊するという事は、閣下がブランデンブルグの人格に乗っ取られるという事だ。そうすれば、閣下はジョー・ウルフ抹殺のみを考える人間になってしまう」
アレンの説明を聞き、カタリーナはそれを鼻で笑い、
「何言っているの? 貴方にとっても、ジョーは敵でしょう? だったら、その方がいいんじゃないの?」
「違う。閣下は閣下であって欲しいのだ」
アレンは真剣な表情で言い返してきた。カタリーナはまた眉をひそめた。
「貴方は一体何を望んでいるの?」
アレンは一瞬目を伏せたが、もう一度カタリーナを見て、
「私が望んでいる事は、閣下の治世が続く事だ。閣下がジョー・ウルフを倒す事ではない。もちろん、閣下の治世をジョー・ウルフが邪魔するのであれば、それはまた別の話になるが」
カタリーナはしばらくアレンを見ていたが、
「なるほどね。貴方はアメアを愛してしまったのね?」
微笑んで言うと、アレンは目を細めて、
「くだらん推測だ。とにかく、一緒に来い」
踵を返すと、部屋を出て行った。カタリーナはクスッと笑って、アレンを追いかけた。
(でも、何か複雑。私と同じ顔のアメアを、あの男が愛しているなんて……)
カタリーナは悪寒が走るのを感じた。
「さて、それでは、ルイ様には、銀河共和国軍の元帥に就任いただけるという事でよろしいですかな?」
不敵な笑みを浮かべて、ヤコイム・エレスが尋ねる。
「そうすれば、マリーは解放してくれるのだな?」
ヤコイムを睨みつけたままで、ルイが問い返した。ヤコイムは腹をさすりながら、
「もちろんです。マリー・クサヴァー様には、賓客として共和国政府がおもてなし致しますよ」
ルイは目を細めて、
「もし、その言葉に偽りがあれば、お前は細胞一つ残さずにこの宇宙から消える事になるぞ」
「わかっておりますよ、ルイ様。私はこの年になっても、まだ命は惜しいですからね」
ヤコイムはニヤリとして応じた。
(忌々しいジジイだ)
ルイは心の中で毒づいた。
「では、参りましょうか、ルイ様」
ヤコイムは部屋のドアを押し開けて告げた。ルイはそれには応じずに、ヤコイムを押しのけて廊下に出た。
「ヤコイム・エレス! 貴方がどうしてここにいるのですか!?」
ヤコイムは背後から金切り声で呼びかけられて、ビクッとして振り返った。そこには、目を吊り上げたエレン・ラトキアが立っていた。ルイもエレンを見た。
(以前、軍の廊下で見た時より、顔が精悍になったな。修羅場をくぐり抜けてきたか?)
ルイはエレンが何に怒っているのか、察しがついていた。
「これはラトキア補佐官。奇遇ですな、このようなところでお会いするとは」
ヤコイムは白々しい態度で応じると、エレンに歩み寄った。するとエレンはヤコイムを無視してルイに駆け寄ってしまった。
「ルイ様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
エレンは満面の笑みでルイに話しかけた。ルイは苦笑いをして、
「元気ではないがな。ジョー・ウルフと会ったそうだな?」
エレンは微笑んだままで、
「はい。でも、手酷く振られてしまいました」
肩をすくめてみせた。ルイはチラッとヤコイムを見てから、
「それで、私に何か用か?」
「はい。我が軍にお迎えしたいと思いまして」
エレンはヤコイムを睨みつけてからルイを見て言った。ヤコイムはそれを聞いて勝ち誇った顔でニヤリとした。
「そうか。すまないが、それは無理だ。たった今、共和国軍の元帥に迎えてもらえる事になったのでな」
ルイは真顔になって言った。エレンの目が大きく見開かれた。
「何ですって!?」
エレンは再びヤコイムを睨みつけた。ヤコイムは勝ち誇ったままの顔で、会釈をしてみせた。
「では、参りましょう、ルイ様」
ヤコイムはエレンを押しのけて、ルイと共に廊下を歩いて行った。
「ルイ様!」
エレンが叫んだが、ルイは立ち止まりもせずにヤコイムと廊下の角を曲がった。
(あのジジイ!)
エレンは歯軋りをして、彼らとは反対方向へと大股で歩き始めた。
(このままでは、またブレイクに上に立たれてしまう!)
エレンは、自分の反共和国同盟軍の中での地位を失うかもしれないので、焦っていた。
ジョーは、いつまで待ってもルイが現れないので、しびれを切らして廊下に出た。するとそこへエレンが大股で歩いてきた。
「どうした?」
ジョーはエレンのただならぬ様子を見て声をかけた。エレンはジョーに気づくと顔を赤らめて立ち止まり、
「いえ、何でもありません」
そのまま小走りに通り過ぎようとしたが、
「ルイを見なかったか?」
ジョーが更に尋ねたのでまた立ち止まり、
「ルイ様はヤコイム・エレスと行ってしまわれました」
「ヤコイムと?」
ジョーは眉をひそめてサンド・バーと顔を見合わせた。
「どういう事だ?」
ジョーが訊いたが、エレンは、
「さあ。私はそこまでは存じません」
嘘を吐いて、駆け去ってしまった。
「何があったんだ?」
サンド・バーが独り言のように呟いた。ジョーは眉間にしわを寄せて考え込んだ。
ヤコイムと宇宙港に戻ったルイは、管理長のゼモ・ガルイからストラッグルを返してもらっていた。
「ルイ様は、ラトキア補佐官とお知り合いなのですね?」
不意にヤコイムが言った。ルイはストラッグルを腰のホルスターに納めながら、
「婚約者だったテリーザの同期で、何度か顔を合わせた事がある。それだけだ」
「なるほど」
ヤコイムは嫌らしい笑みを浮かべて応じた。そして、ルイにカードを渡して、
「この座標にジャンピングアウトしてください。そうすれば、共和国政府から通信が入るはずです」
「わかった」
ルイはカードを受け取ると、自分の艦であるジャーマンに向かって歩き出した。ヤコイムはそれを見届けると、
「ジョー・ウルフ達には内密にな」
ゼモに小声で言い、自分の艦に向かった。ゼモは黙って頭を下げた。
その頃、バーム・スプリングは集められるだけの艦隊を率いて、ゲルサレムに恫喝を行うために惑星マティスを発進していた。
(これで私はまた共和国軍の最高位に戻れる)
バームは窓の外に見える宇宙空間を見つめて右の口角を吊り上げた。




