第二十六話 それぞれの焦り
銀河共和国の正規軍の最高位である元帥の職を追われたバーム・スプリングは、極秘でラルミーク星系に差し向けたアーマードソルジャー隊が全滅したのを知り、再度部隊を編成させて、エレン・ラトキア拉致を画策したが、予想以上にエレンの動きが早くて行き違いになってしまったのを知り、また激怒していた。
「女はどこに行ったのだ!?」
バームは握りつぶさんばかりにマイクを持ち、怒鳴った。
「惑星ゲルサレムです」
「何だと!?」
アーマードソルジャー隊の隊長の返答にバームは右の眉を吊り上げた。
「そこでジョー・ウルフと会うつもりなのか?」
バームが尋ねると、隊長の声は、
「はい。すでにジョー・ウルフもゲルサレムに降り立ったようです」
「ほお。ジョー・ウルフもか」
バームの顔が狡猾に歪む。
「それから、これは確実な情報ではありませんが、ルイ・ド・ジャーマンもいるようです」
隊長の声が言い添えた。バームの顔が喜色に輝いた。
「ルイ・ド・ジャーマンもいるのか? ならば、ゲルサレムに艦隊を差し向け、ラトキアとジョー・ウルフ、ルイ・ド・ジャーマンの引き渡しを要求しろ。もし、逆らうのであれば、星ごと破壊すると脅せ!」
バームは如何なる為政者も出さなかった恐るべき命令を下した。
「しかし、ゲルサレムは永世中立の星です。そこを攻撃すれば、反乱軍ばかりではなく、日和見をしている勢力まで敵に回す事になります」
隊長が怯えた声で異を唱えた。しかし、バームは、
「うるさい! そのような事は後で考えればよい! すぐに実行に移せ! 時間がないのだ」
苛立ちを隠し切れずに怒鳴り散らした。
「了解しました!」
隊長の声は慌てた様子で応じ、通信を終えた。
(エレン・ラトキアを捕縛して、ジョー・ウルフは処刑し、ルイ・ド・ジャーマンは我が軍に加える。そうすれば、また元帥に返り咲く事もできよう)
バームは壮大な皮算用を妄想していた。
「あのバカ者が、そんな事を企んでいるのか?」
死の商人と呼ばれているヤコイム・エレスは、すぐにバーム暴走の情報を掴んでいた。
「この銀河系には愚か者が多くて困るな」
ヤコイムは携帯端末を操作して通話を開始した。
「私です、アレン様。バーム・スプリングが愚かな事を考えついたようでして……」
通話の相手は近衛隊長のアレン・ケイムである。ヤコイムが詳細を伝えると、
「それは私が何とかしよう。それよりも、ルイ・ド・ジャーマンがゲルサレムにいるのは確実なのだな?」
アレンが尋ねた。ヤコイムはニヤリとして、
「間違いありません。もうすぐ到着しますので、吉報をお待ちください」
「わかった。ルイの方はお前に任せる」
ヤコイムは通信を切り、もう一度端末を操作した。
「私だ。ルイ・ド・ジャーマンとエレン・ラトキアを会わせるな。私が先にルイに会う」
ヤコイムは通話の相手にそれだけ告げると、通信を終えた。
アレンは通信を終えると、もう一度総統領執務室に入った。先程まで激怒していたアメア・カリングは、落ち着きを取り戻したらしく、椅子に腰を下ろしていた。
「どうした、アレン?」
アメアはアレンを見て尋ねた。アレンは頭を下げて、
「はい。惑星ゲルサレムに反乱軍のエレン・ラトキアとジョー・ウルフ、そして、かつてジョーと戦った事のあるルイ・ド・ジャーマンがいるようです」
ところが、アメアは興味がないのか、
「それがどうした?」
ジョーに対して激怒していたのも忘れたのか、反応が薄い。アレンは拍子抜けしそうになったが、
「ゲルサレムに対して、バーム・スプリングが強行姿勢を示そうとしております。三人を引き渡さなければ、惑星ごと破壊すると通告するつもりです」
バームの企みを伝えた。
「好きにさせておけ。バーム如きにジョー・ウルフが殺せるものか。奴には失望した」
アメアは座っていた椅子を回転させて、アレンに背を向けた。
「はっ!」
アレンは唖然としながらも、敬礼で応じて、退室した。
(不安定過ぎる。どうすればいいのか?)
アレンは考え込みながら、その足でカタリーナがいる部屋へ向かった。
ジョーは、エレンに手を握られ、困惑していたが、突如として怒涛のように押し寄せてきた憎悪の念に驚いて、
「何だ?」
エレンの手を振り払うと、アメアがいる惑星マティスの方角を見た。
「ジョー様、どうなさいましたか?」
エレンはジョーが急に手を振り払ったので、びっくりして尋ねた。サンド・バーも何が起こったのかわからないので、ジョーとエレンを交互に見ていた。
「いや、何でもない」
ジョーは説明するのが面倒だと判断して、苦笑いして誤魔化した。
(今のは何だ? ブランデンブルグ? いや、違う。アメア・カリングか? それにしても、悍ましい程の憎悪だった)
ジョーは、アメアの憎悪が自分に向けられたものだと理解したが、何故突然そうなったのかはわからなかった。
「失礼します」
エレンは通信機が反応しているのに気づき、ジョーから離れて通話を開始した。
「どうしましたか?」
エレンが尋ねると、声が、
「ゲルサレムにルイ・ド・ジャーマンがいるそうです。接触して、我が軍に引き入れよと最高司令官がおっしゃっています」
「ルイ・ド・ジャーマンが?」
エレンはジョーをチラッと見た。ジョーはその視線に気づいていたが、何も言わずに席を立った。それに応じて、サンド・バーも席を立った。
「わかりました。後で連絡します」
エレンはジョーとサンド・バーが部屋を出て行こうとしているのを見て、通信を切った。
「ジョー様、お返事をお聞かせ願えますか?」
彼女はジョーの前に回り込んだ。するとジョーは、
「返事は言うまでもないだろう? 俺はあんたらと対立はしないと約束したが、あんたらと組むつもりはない。もしそれが気に食わないのであれば、いつでも殺しに来て構わねえよ」
エレンを押しのけて、部屋を出て行ってしまった。サンド・バーはエレンを威嚇するように睨んで、扉を閉じた。エレンは歯軋りをしてから、持っていた書類をバンと円卓に叩きつけた。
(ルイに会わなければ)
ジョーが拒否するのはある程度想定内だったエレンであるが、
(このままでは、ブレイクを追い落せなくなる)
足早に部屋を出ると、すでにジョー達の姿がない廊下を大股で歩いた。
「どこへ連れて行くのだ?」
その頃、ルイは管理長のゼモ・ガルイに誘導されて、別の廊下を歩いていた。
「会っていただきたい方がいらっしゃいます」
ゼモは微笑んで告げると、その先にあるドアを指差した。
「一体誰だ?」
ルイは眉をひそめた。しかし、ゼモはそれには応じずに、黙ってドアを開いた。
「お初にお目にかかります、ルイ様。武器商人のヤコイム・エレスです」
そこにいたのは、ヤコイムであった。ルイは眉をひそめたままで、
「死神が私に何の用だ?」
ヤコイムはニヤリとして、
「死神とは他人聞きが悪いですな。確かに私が売っている武器で戦争をしている方々がいらっしゃるようですが」
ルイはゼモがドアを閉じて退室するのを待ってから、
「自分は一人も殺した事はないとでも言いたそうだな?」
皮肉交じりに言い返した。ヤコイムは出っ張った腹をさすりながら、
「そう言われますと、言葉に詰まりますな」
苦笑いして応じた。ルイはヤコイムに詰め寄り、
「それで、何の用だ? 私は忙しいのだ」
ヤコイムは真顔になり、
「ルイ様には、是非、共和国軍の元帥として、腕を振るっていただきたく存じまして」
「共和国軍の元帥、だと?」
ルイは眉を吊り上げた。ヤコイムは頭一つ身長が違うルイを見上げて、
「はい。悪い話ではないと思いますが?」
ルイは目を細めて、
「私に何をしろというのだ?」
ヤコイムはまたニヤリとして、
「総統領閣下をジョー・ウルフから守っていただきたいのです」
ルイはフッと笑って、
「私が承諾すると思うのか?」
ヤコイムはニヤリとしたままで、
「貴方はジョー・ウルフを倒したいのではないのですか? それを共和国が全面的に支援するという事です」
ルイは目を見開いて、
「ジョー・ウルフを倒すために組織の力は借りたりしない。況してや、ブランデンブルグと繋がりがある者を守るためにジョー・ウルフと敵対したりはしない」
ヤコイムに背を向け、部屋を出て行こうとした。するとヤコイムは、
「ならば仕方ありません。マリー・クサヴァー様にお願いするしかありませんな」
ルイの足が止まった。
「何だと?」
彼は素早く振り返ると、一足飛びにヤコイムに近づき、その襟首をねじ上げた。
「貴様、どういう事だ?」
ルイはそのままヤコイムの首を捻り潰さんばかりの力で締め上げた。
「言葉通りですよ。我がエレスコーポレーションにお迎えしているマリー・クサヴァー様にお願いして、ルイ様によい返事をいただけるように取り計らってもらうという事です」
ヤコイムは苦しそうな顔で言った。ルイは彼の襟を放して、
「マリーは関係ない。手を出すな」
「はい、手は出しませんよ。貴方が共和国軍に加わってくださるのであれば」
ヤコイムはもう一度ニヤリとした。
ジョーとサンド・バーは元いた部屋に戻ったが、ルイの姿はなかった。
「ルイはどこへ行った?」
そこに姿を見せたゼモにジョーが尋ねると、ゼモは、
「ルイ様にお客様がお見えになって、今はその方とお会いになっています」
「客?」
ジョーは眉をひそめた。
(もしかして、共和国の人間?)
廊下の角で聞き耳を立てているエレンは焦っていた。
「まあ、いい。ここで待たせてもらう。ルイが話を終えたら、伝えてくれ」
「畏まりました」
ジョーとサンド・バーはそのまま部屋に入った。ゼモはエレンに気づいたが、そのまま踵を返して歩き去ってしまった。
(一足遅かった)
エレンは歯軋りをしたが、
(まだチャンスはある)
諦める事はしなかった。
(さっきのは何?)
カタリーナもまた、アメアの憎悪を感じた一人だった。
(アメアがジョーに対して激しい怒りを放っていた。それなのに、何故か私はアメアに同調してしまう)
カタリーナは自分の感情がおかしくなっているのではないかと不安になった。
(まさか、アメアに取り込まれているの?)
カタリーナはアメアの強大な感情の波に恐怖を感じつつあった。
「話がある」
そこへアレンが顔を出した。カタリーナはキッとして彼を睨んだ。
「何?」
アレンはカタリーナのそばまで来て跪くと、
「総統領閣下を救って欲しい」
カタリーナにはその言葉の意味がわからなかった。




