第二十四話 伏兵
惑星ゲルサレムに降り立ったジョーとサンド・バーは、ゲルサレム特有の掟により、携帯していた銃全てを取り上げられてしまった。
「どうぞ」
管理長のゼモ・ガルイに通されたのは、窓と調度類が一切ない真っ白な壁と天井と床の部屋だった。
「お相手のエレン・ラトキア様のご到着が遅れております。それまで、こちらでお寛ぎください」
ゼモが言い終わらないうちに、護衛の男が分厚い鉄製の扉を閉じてしまった。電子ロックがかかる音がした。
「薄気味悪い連中だな。全く感情がないように見えたぜ」
サンド・バーが吐き捨てるように言うと、ジョーは白い床にしゃがみ込んで、
「確かにそうだが、敵意はなかった。交渉相手を待つしかねえよ」
サンド・バーは納得しかねる顔をしていたが、
「そうだな。武器を全部取り上げられた今は、それしかないか」
ジョーから少し離れた床に寝転がった。
ジャコブとエレンが乗るエアカーは、長い地下道を走り続けて、ようやくジャコブの工場の入り口に到着した。それは高さが十メートル程ある鉄格子の門だった。
「さあ、着いたぞ」
ジャコブが言うと、エレンはエアカーから飛び降り、門の前に駆け寄った。するとジャコブが、
「それはダミーの入り口だ。触れると感電死するぞ」
ニヤリとして言ったので、エレンはビクッとして退いた。
「こっちだ、お嬢ちゃん、じゃなかった、エレン」
ジャコブは愉快そうに告げると、門に向かって左へと歩き始める。
「もう、前もって教えておいてください!」
エレンはムッとしてジャコブを追った。ジャコブは門の横に長々と続く岩の壁の沿って歩いていたが、
「着いたよ、エレン。わしの工場へようこそ」
そう言って、岩の壁の一部を押すと、そこが奥へと引っ込み、更にその周囲が左右に分かれて、鋼鉄の扉が現れた。
「この扉はわしにしか開けられん。わしの顔と掌の静脈と右手の五指の指紋を登録してあるのでな」
ジャコブは扉の中央に現れたモニターに顔を写し、右掌を当てた。
「そんな事を私に言ってしまっていいのですか?」
エレンが言うと、ジャコブは笑って、
「わしを殺して顔と掌と指紋を照合しようとしても、顔認証には顔全体の血管も識別条件に入っているから、無理だぞ」
エレンは苦笑いをして、扉を開いて中に入っていくジャコブに続いた。そこは巨大な倉庫になっており、数々の武器が納められた棚が並んでおり、小型艇やエアカー、修理用の機材が置かれている。ジャコブはそこを素通りして、倉庫の端にある制御室に案内した。そこは、ジャコブが「銀河の狼」と通信していた場所である。
「適当に座ってくれ。コーヒーでも飲むかね?」
ジャコブはエレンに簡易椅子を差し出して示し、コーヒーメーカーに近づいた。
「いえ、お構いなく。ゲルサレムでジョー様がお待ちですので」
エレンは真顔で応じた。ジャコブは肩をすくめて、コーヒーメーカーから離れ、自分専用の椅子に腰を下ろした。
「じゃあ、あんたの考えを聞かせてもらおうか」
ジャコブは腕組みをしてエレンを見た。エレンはジャコブに正対して、
「私の考えは、先程こちらに来る途中でお話しした通りです。ジョー様には、お味方になっていただけないのであれば、せめて敵にはならないでいただきたいのです。その場合に、どうしたらいいのか、貴方にお尋ねしたいのです、ジャコブさん」
ジャコブは椅子に座り直して、
「ジョーは自分から敵対行動を取る事は滅多にない。共和国に対してそうなったのは、ストラッグル一族が拉致監禁されたからだ。敵になって欲しくないのであれば、ジョーに敵意を見せない事だ」
そこまで話してから、
「だが、あんたのボスがそれを破っちまったからなあ。かなり難しいと思うぞ」
エレンは頷いて、
「確かにそうでしょうね。ブレイク・ドルフは、それなりに人脈もあり、資金も持っているので、反共和国同盟軍の最高司令官の地位に就けていますが、追い落とす事は可能です。もし、ジョー様が、そうしなければ敵と見なすという事であれば」
綺麗な脚を組んで言った。ジャコブはニヤリとして、
「ほう、あんたも結構な策士なんだな、エレン。そうまでして、その先どうするつもりなんだね? まさか、本気で帝国の復活を考えている訳でもなかろう?」
エレンはフッと笑って、
「帝国復活は、共和国に敵対するための方便です。旗印は別に何でも構いません。打倒アメア・カリング。それさえなせれば、共和国のままでも一向に差し支えありませんわ」
それを聞いて、ジャコブは笑い出した。そして、
「なるほど、よくわかった。あんたを信用しよう。ジョーと敵対するつもりはないとよくわかったよ」
「ありがとうございます、ジャコブさん」
エレンが微笑んで礼を言うと、ジャコブは、
「一つだけ訊いていいかな?」
エレンは不思議そうに首を傾げて、
「はい、何でしょうか?」
ジャコブはニヤリとして、
「あんた、ジョーに惚れてるのかね?」
その言葉を聞いたエレンは赤面して、しばらく何も言わなかった。
「な、何を言うのですか、ジャコブさん! 私は別にジョー様にそのように大それた感情を抱いた事はありません……」
エレンは否定してみせたが、最後の方は言葉が聞き取れないような小声になった。
「そうかね? ワシはまた、ジョーを助けるために共和国に戦争を仕掛けるつもりなのだと思ったんだが、勘繰り過ぎかな?」
ジャコブが目を細めて更に問い詰めると、エレンは火照った顔を扇ぎながら、
「ジョー様には、カタリーナ・パンサーという奥様がいらっしゃるのですよ。仮に私がジョー様に惚れているとしても、どうしようもないではないですか」
「惚れてしまったら、女房がいようが、子供がいようが、関係ないと思うけどな。違うのかね?」
ジャコブは立ち上がってエレンに歩み寄った。エレンはハッとしてジャコブを見上げると、
「違います! 私はそれ程倫理観のない女ではありません!」
ジャコブはまた笑って、
「悪かったな、エレン。からかつもりはないんだが、何となくそう思えてな。あんた、確か、帝国にいた事があるよな? いくら調べても、それ以上の事はわからなかったんだが」
エレンはジャコブを睨みつけるようにして、
「それは私が意図的に情報を抹消したからです。帝国が事実上滅んだ時、私に関する全てのデータを帝国のホストコンピュータから消しました」
ジャコブはピュウと口笛を吹いて、
「なるほど、そういう事だったのか。それで、ブレイク・ドルフを利用するために必要なデータも入手したって訳か」
エレンの顔が強張った。彼女は簡易椅子から立ち上がって、
「何故それを知っているのですか?」
ジャコブから距離を取るように後退った。ジャコブは肩をすくめて、
「そう警戒しなさんなって。自分のデータを消すだけで終わる訳がない。だからそうじゃないかと思ったまでだよ。あんたの事は、実際には何もわかっちゃいないよ」
しかし、エレンは訝しそうにジャコブを見て、
「本当ですか?」
ジャコブは両腕を広げてみせて、
「本当さ。だからこそ、あんたと会おうと思ったし、ここまで連れてきたんだよ。信用できないかね?」
エレンは溜息を吐き、簡易椅子に戻って、
「信用します。貴方と決別したら、ジョー様に会えませんから」
そう言ったので、ジャコブは、
「やっぱり、あんたはジョーに惚れとるんだな?」
「違います!」
エレンの顔がまた朱に染まった。
部下であるはずのエレンの勝手な行動に憤ったブレイクは、捜索隊を組織させると、すぐにラルミーク星系へと向かわせた。
(ジョー・ウルフがここへ攻め込んでくるかもしれない事態なのに、何をしているのだ、エレンは!?)
自分で勝手にジョーを抹殺しようとしてしくじり、反撃される可能性を作ったにも関わらず、エレンにその怒りを向けるブレイクは、あまりにも身勝手である。
「あの男の居場所はまだわからんのか!?」
ブレイクは更にそばにいた部下に八つ当たり気味の言葉を投げかけた。部下は汗を拭いながら、
「まだです」
ブレイクはその言葉を聞き終わらないうちに部下の襟首を掴んだ。
「何としても、見つけ出せ! 絶対に共和国に先を越されるな!」
「は、はい!」
部下は涙ぐんで応じた。
死の商人とも呼ばれている銀河系一の武器商人であるヤコイム・エレスは、共和国近衛隊の隊長であるアレン・ケイムに半ば脅されて、対ジョー・ウルフの一手を探していたが、ある筋からの情報で意外な場所に潜伏しているのを突き止めた。
(流石だ。そこは誰も探しはしない)
ヤコイムは膝を叩いて感心し、すぐにその隠れ場所に自分の艦を向かわせた。
(ブレイク・ドルフの間抜けも探しているようだが、絶対に見つけられはしないだろう)
ヤコイムは念のためにブレイクの部下達に偽の情報を流しておいたのだ。
(ブレイクに裏切った事が知られても、別に怖くはないが、アレン・ケイムは恐ろしいからな)
ヤコイムも、アレンの非情さと情報網の広さを知っているので、何としてもアレンに告げた「次なる一手」を探し出さなければならないと思っていた。
ジョーとサンド・バーは、全てが白い部屋に長時間いて、次第に気が滅入ってきていた。
「何もない部屋って、こんなに苦痛なものなんだな。ここよりも、惑星アラトスの監獄の方が遥かにましだったぜ」
苛つきが激しくなったサンド・バーが立ち上がった。横になったジョーは煙たそうにサンド・バーを見上げて、
「落ち着けよ。イライラしたって、エレン・ラトキアは来ねえよ」
「それはそうなんだが……」
サンド・バーが髪の毛を掻きむしった時、扉の電子ロックが鳴った。
「む?」
ジョーとサンド・バーがほぼ同時に扉を見ると、それはすっと開き、一人の男が入ってきた。
「これは驚いたな。こんなところでお前と再会するとはな」
旧帝国の軍服を着た男が言った。サンド・バーは男の言葉に眉をひそめたが、ジョーはスッと立ち上がり、男を見て、
「俺もだぜ。久しぶりだな、ルイ」
ニヤリとした。入って来たのは、かつてジョーと何度も戦った事のある奇妙な関係のルイ・ド・ジャーマンであった。




