第二十三話 暗躍と知略
反共和国同盟軍の最高司令官ブレイク・ドルフの補佐官であるエレン・ラトキアは、ジョー・ウルフと旧知の仲のジャコブ・バイカーに先導されて、街の中にある寂れたバーに入っていた。そこには人気はなく、営業している様子は全くない。
「共和国軍もあんたらも、まさかわしの工場の入り口がこんなところにあるとは思っていなかっただろう」
ジャコブは得意そうにエレンを見た。エレンは苦笑いして、
「確かにそうですわね」
警戒心を解かないままで応じた。ジャコブはそんなエレンの心のうちを知ってか知らずか、
「さてと。時間がないので、急ぐぞ、お嬢ちゃん」
カウンターの一部を押して、隠し階段を出した。エレンはそれに目を見張りつつ、
「お嬢ちゃんはやめてください。私はエレン・ラトキア。反共和国同盟軍最高司令官の補佐官です」
不満そうに言い返した。するとジャコブは大笑いして、
「なるほど、大人の女性にお嬢ちゃんは失礼かな? しかし、あんたとわしの年の差を考えると、お嬢ちゃんと呼ぶ方がしっくりくるんでな」
まるで悪びれる事がない。エレンは溜息をついて、
「わかりました。先を急ぎましょう」
ジャコブは笑うのをやめて、
「そうするか」
隠し階段を降り始めたが、立ち止まり、
「おっと。あんたが先に降りるか?」
エレンのスカートをチラッと見て尋ねた。エレンはそれに気づいて少し顔を赤らめ、
「お気遣いありがとうございます」
言うや否や、階段を駆け下りた。それを見て、ジャコブは肩をすくめた。
エレンの上司であるブレイク・ドルフは、エレンが乗り組んだ巡洋艦に連絡を取らせたが、彼女が通信機に応答しないと返答を受け、激怒していた。
「一体どういう事だ!? エレンはどこにいるのだ!?」
触れるもの全てを捻り潰さんばかりに怒鳴り散らすブレイクを見て、周囲の部下達は恐れおののいた。そして、エレンが予定にはない行動を取っている事を知り、その怒りは更に膨れ上がった。
「何故ラルミーク星系になど立ち寄っているのだ!? 説明しろ!」
ブレイクはモニターに映っている巡洋艦の艦長に掴みかかりそうな勢いで叫んだ。艦長は顔を引きつらせて、
「そ、それが、ジョー・ウルフと面識のある武器商人がおりまして、その者と話をするとおっしゃいまして、お一人で行かれました」
「何だとお!?」
ブレイクの額に幾筋も血管が浮き上がった。
(エレンめ、図に乗りおって! 我が軍の最高位はこの俺なんだぞ!)
ブレイクは、エレンが嬉々としてジョーに会いに行こうとしているのを見て嫉妬しただけではなく、自分の命令を無視する事が多いエレンに苛立ちも覚えていた。
「直ちに捜索隊を編成して、ラトキア補佐官の救出に向かわせろ!」
ブレイクが唾を飛ばして命令すると、艦長は、
「了解しました!」
敬礼をして応じ、モニターから消えた。
(エレンめ。旧帝国の情報を一番多く持っているから厚遇してきたのだという事を忘れるなよ。帰ってきたら、それなりの処分をしてやる)
怒りが収まらないブレイクであるが、エレンの姿を思い出して、何故かニヤついた。そして、そばにいた部下に、
「例の男はどうした? まだ見つからないのか?」
部下はハッとしてブレイクを見上げ、
「はい。アンドロメダから銀河系に戻っているのまでは確かなのですが、どこにいるのかはまだ掴めていません」
ブレイクはその部下に詰め寄り、
「急げ! 一刻も早く居場所を突き止めるのだ。共和国軍も探しているという情報もある。絶対に連中に先を越されるな!」
「は、はい!」
ブレイクの唾を顔に浴びたまま、その部下は敬礼した。
反共和国軍の罠にはまり、それを撃破したジョーとサンド・バーが乗る小型艇は惑星ゲルサレムに降下した。この星は、かつて帝国皇帝ストラードとドミニークス・フランチェスコ三世とベスドム・フレンチ、ブランドール・トムラーの四者が会談した場所である。そのため、如何なる場合においても、この星を戦場とする事は厳禁され、一度も戦火に焼かれた事はない惑星だ。共和制に移行した時には、すでにその記憶は忘れ去られていたが、辺境星域にあったお陰で、争いには巻き込まれなかった。ブランデンブルグ軍が侵攻した折にも、標的にすらされずにすんだ星なのだ。
「旧帝国時代以前の建物が残っている星があるなんて、知らなかったぜ」
キャノピーの外に見える風景を見て、サンド・バーが言った。ジョーはフッと笑い、
「そうだな。俺もこの星は初めて来た。古い建築物が残っていて、大昔の地球を思い出すよ」
建物の多くは石造りで、地球の歴史的建造物を真似て造られたものである。小型艇はゆっくりと降下して、唯一の宇宙港に着陸した。
「お待ちしておりました、ジョー・ウルフ様。私はこの星の管理長のゼモ・ガルイです」
長い口ひげとあごひげを生やした老人が微笑んで告げた。老人の後ろには五人の護衛らしき若者が立っており、全員がフード付きの黒いローブを身にまとっている。
(時間が止まっている星だな)
ジョーは彼らを見て思った。
「この星での戦闘行為は厳禁されておりますので、銃をお預かり致します」
ゼモが言うと、護衛の若者の一人がトレイを差し出した。ジョーはサンド・バーと顔を見合わせてから、
「わかった」
ホルスターからストラッグルを出して、トレイに載せた。
「ジョー様、全てお預けください」
ゼモが笑みをやめて言った。ジョーは苦笑いをして、軍服の襟と袖、裾、軍靴のかかとに仕込んだ小型の銃も取り出して、トレイに載せた。サンド・バーも、別の若者に差し出されたトレイに名残惜しそうに銃を載せた。
「大切にお預かり致しますので、ご安心を」
ゼモはまた微笑んで言った。
エレンは階段を降り切ると、そこに用意されているエアカーに乗った。
「結構距離があるんでね。年寄りにはきついんだよ」
ジャコブは運転席に座りながら言う。
(おとぼけなジイさんね。体力なら、若い男にも負けないくらいの自信があるくせに)
エレンはそう思いながらも、微笑んで応じてみせた。ジャコブはエアカーを発進させて、
「何が知りたくてわしに会いに来た? ジョーの事か?」
真顔になって助手席のエレンを見た。エレンはジャコブを見ずに正面を向いたままで、
「そうです。我が軍は、ジョー様に協力体制を取っていただきたいと考えておりますが、あの方は群れるのがお好きではないようなので、その辺りをお聞かせ願えればと思いまして、貴方に会いに来ました」
ジャコブも前を向いて、
「なるほど。そう思うのなら、どうしてジョーに協力して欲しいと思ったんだね? わしはそれが解せんのだが?」
エレンはチラッとジャコブの横顔を見てから、
「我が軍には、ジョー様に対して敵意はないという事をお見せしたいのです。何としても、アメア・カリングという独裁者を倒したいので、ジョー様には我らの敵になって欲しくないのです」
「味方は無理でも、敵にはしたくないという事かね?」
今度はジャコブがチラッとエレンを見た。
「そうです」
エレンはジャコブに顔を向けて応じた。するとジャコブは作業服の胸のポケットから携帯端末を取り出して、
「だったら、そいつは無理な相談になったと思うぞ」
エレンはジャコブの言葉の意味がわからず、彼から渡された端末を受け取って画面を見た。そして、そこに書かれている情報を読んで、目を見開いた。
「これ、本当ですか? ジョー様の小型艇が、何者かに襲撃されたって?」
エレンは興奮気味にジャコブを見た。ジャコブは前を向いたままで、
「本当だろう。わしの仲間はゲルサレムに出入りしている商人だから、直接戦闘を見たそうだ。動画も送られて来ているから、確認してくれ」
エレンは端末の操作をして、動画を再生した。そこには、ジョーの小型艇を攻撃する多くの艦艇が映っていた。エンブレムこそ掲げていないが、それは紛れもなく反共和国同盟軍の艦隊である事は、補佐官であるエレンにははっきりとわかった。
(ブレイク、どこまで愚かなの!?)
エレンは怒りで端末の画面を叩き割りたい衝動に駆られた。
「あんたが関知していないのは今の表情でわかったよ。取り敢えず、あんたの考えを教えてくれ。わしが納得できたら、ジョーに取り次ぐ事にするよ」
ジャコブが目を細めて言ったので、エレンは少しだけ落ち着く事ができた。
「ありがとうございます、バイカーさん」
エレンはジャコブに端末を返して礼を言った。するとジャコブは、
「バイカーさんはやめてくれ。ジャコブでいいよ、お嬢ちゃん」
何故か照れ臭そうに告げた。エレンは苦笑いして、
「でしたら、私の事も、エレンと呼んでくださいね、ジャコブさん」
「そうだな。申し訳ない」
ジャコブはニヤリとして応じた。エレンは望みが繋がったのを感じて、ホッとした。
反共和国同盟軍の本部がある惑星ミントナを離脱した武器商人のヤコイム・エレスは、その足で共和国の中枢を目指した。
「ブレイク・ドルフの仕掛けた奇襲は失敗しました。奴は恐らくジョー・ウルフの報復を受けて滅びるでしょう。共和国総統領閣下であらせられるアメア・カリング様のご治世は安泰となるでしょう」
ヤコイムはアレン・ケイムにすぐに連絡を取った。アレンはあからさまに愛想笑いをするヤコイムを無表情のままで見ると、
「そんな楽観をしていいのか? 反乱軍が滅んでも、ジョー・ウルフは残るぞ」
するとヤコイムは、
「私に抜かりはありません、アレン・ケイム様。ジョー・ウルフには、次なる一手を考えております」
「次なる一手、だと?」
アレンの右眉が少しだけ吊り上がった。ヤコイムはニヤリとして、
「はい。ビリオンス・ヒューマンには、ビリオンス・ヒューマン。これ以上の一手はないという存在です」
ヤコイムの得意満面の語りにも、アレンは感情を見せずに、
「期待はしていないが、時間稼ぎくらいにはなるのであろうな?」
「時間稼ぎどころか、ジョー・ウルフを抹殺してくれるかも知れません」
ヤコイムは揉み手をしながら言った。アレンは目を細めて、
「それ程の強さの者であれば、その者が次なる脅威になるのではないか?」
ヤコイムはそこまで突っ込まれると思っていなかったのか、一瞬固まってしまった。
「どうした、ヤコイム? 顔色が優れないぞ」
アレンがフッと笑って指摘すると、ヤコイムは慌てて、
「え、いえ、そのような事はありません。その者には野心はありません。そして、何より、ジョー・ウルフを倒す事だけを望んでいる者です」
「そうか。私が想像している者であれば、確かにそうかも知れんな。しかし、もし、想定外の動きをした場合は、お前も連帯責任で死を以て償ってもらうぞ、ヤコイム」
モニターを通しても伝わってくるようなアレンの冷たい口調に、ヤコイムは震え出しそうだった。
「ははっ!」
ヤコイムはそれでも何とか胸に手を当てて応じた。




