第二十二話 陰謀渦巻く
反共和国同盟軍の幹部であるエレン・ラトキアは、自分が掴んでいたジャコブ・バイカーの工場の位置が全くの誤りだと気づかされた。ジャコブは街外れに行くと思われたが、そうではなく、街の中心にある酒場の裏路地に進んだ。
(まさか、私を始末するつもり?)
エレンは勘繰ってみたが、今自分を殺しても、ジャコブには何もメリットはないと思い、その妄想を打ち消した。
「どうしたね、お嬢ちゃん? わしに襲われると思っているのかね?」
不意にジャコブが立ち止まり、前を向いたままで語りかけてきた。エレンはビクッとして、
「いえ、そんな事は思ってはいませんわ、バイカーさん」
ジャコブは振り返り、
「あんたが掴んでいるわしの工場の位置は街外れなので、どこへ連れていかれるのかと思っておらんのかね?」
エレンはジャコブに心の中を見透かされているので、一歩退いた。
(この老人、食えないどころか、怖いわ)
ジャコブはニヤリとし、
「その通りって顔をしているな、お嬢ちゃん。心理戦をするのに向いとらんようだ」
エレンに一歩近づいて、
「工場のすぐそばから地下に入ったら、情報が漏れるだろう? わしもそこまでお人好しじゃない」
顎をしゃくって、エレンが持っている通信機を示した。エレンはハッとした。
(通信用ではなく、位置情報を発信している?)
彼女は自分が利用されている事に気づいた。
「これは言い訳ではありません。私の関知しない事です」
エレンは通信機を腰のベルトから取り外すと、脇に放り投げた。
「結構。では、先を急ごうかの」
ジャコブはまた歩き出した。エレンは空を見上げて、
(ブレイクの差し金ね。考える事が浅ましいのよ)
本部に戻ったら、横っ面を張り飛ばしてやろうと決意した。
その浅ましい考えをする反共和国同盟軍の最高司令官であるブレイク・ドルフは、他にも浅ましい事を企んでいた。
「ジョー・ウルフが、証書の調印を取り交わす予定の惑星ゲルサレムの軌道に着いたようです」
通信兵からの報告を受け、ブレイクは右の口角を吊り上げた。
「調印などする必要はない。エレンが何を企んでいるのかは知らんが、ジョー・ウルフにはゲルサレムで死んでもらう」
彼は、ジョーが決して組織には従わない人間だと思っている。共同戦線を約束したところで、必ず反故にされると考えているのだ。
(仮にジョー・ウルフが約束を守ったとしても、共和国を滅ぼした後、返す刀で我が方に攻め込んでくるのは必至。ならば、始めから手を組まない方が良いのだ)
当初は、ジョーの協力を取り付けたいと思っていたブレイクだが、エレンがあまりにも嬉しそうに出かける準備をしているのを見ていて、嫉妬心が考えを変えさせてしまったのだ。
「小型艇ごと、ジョー・ウルフを始末しろ。跡形もなく吹き飛ばしてしまえ!」
ブレイクは目を血走らせて命令した。
「了解しました」
通信機の向こうの声が応じた。
ジョーとサンド・バーが乗る小型艇は、指定された恒星系の第三番惑星に接近中だった。
「む?」
レーダーが無数の熱源を察知したのを見て、ジョーは前方を見据えた。
「はめられたようだな」
ジョーがフッと笑って言ったので、副操縦席のサンド・バーは目を見開いて、
「おいおい、大丈夫なのか?」
レーダーを覗き込んで、その数に驚いて尋ねた。ジョーはサンド・バーにヘルメットを放り、
「大丈夫だよ。弾が当たらない限りはな」
笑えない冗談を言った。サンド・バーはベルトの銃を抜き、
「エレン・ラトキアっていう女が、はめたのか?」
「いや。そうじゃなさそうだ。彼女もはめられたのかも知れねえぜ」
ジョーは操縦席を操作して、ストラッグルが撃てる発射台に降りた。サンド・バーがヘルメットを装着すると、
「キャノピーを開けて迎撃してくれ。あんたの銃は虫専用って訳じゃねえんだろ?」
ジョーがストラッグルを宇宙に出しながら訊いた。
「ああ、心配するな。ストラッグル程じゃないが、エネルギー弾も撃てる」
サンド・バーは弾薬を装填しながら答えた。
(ジョー……。今はどこにいるの?)
カタリーナは出された食事を残さず食べた。自分だけなら、絶食でもして抵抗してみせるところだが、新しい命が宿っているので、それはできなかった。
「心配か、ジョー・ウルフの事が?」
食事を運んできたのは、アレン・ケイムである。彼はカタリーナが食べ切るまで部屋にいた。
「当たり前でしょ。私の夫なのよ、彼は。その口ぶりだと、どこにいるのか知っているのね?」
カタリーナはスプーンを置いてアレンを睨みつけた。するとアレンはフッと笑い、
「いや。どこにいるのかまではわからんが、銀河の反対側に行った事までは掴んでいる。そして、ジョー・ウルフを消そうとしている者がいる事もな」
「え?」
カタリーナはピクンとした。アレンは彼女から食器が載せられたトレイを取り上げると、
「無駄話はそこまでだ」
「ちょっと、最後まで話しなさいよ! ジョーはどうしているの!?」
カタリーナはベッドから立ち上がってアレンに詰め寄った。しかし、アレンはそのまま部屋を出て行き、近衛隊員二人が、カタリーナの行く手を阻んだ。彼女は近衛隊員を睨みつけてから、ベッドに戻り、腰を下ろした。
(ジョー、無事でいて……)
カタリーナの右目から、一粒涙が零れ落ちた。
暗く長い廊下を歩きながら、携帯端末を切ると、
(さて、どう動く、アレン・ケイム? このままジョー・ウルフを殺させるか?)
アレンにジョーの動向を教えたのは、死の商人ヤコイム・エレスであった。
「どちらにしても、一向に構わんがな」
ヤコイムは携帯端末を作業服のポケットにねじ込むと、目の前にあるドアをノックして押し開いた。
「遅かったな、エレス。どうだ、発注した武器弾薬の調達はできそうか?」
大きな机の向こうの背もたれの高い黒革の回転椅子に腰かけたブレイク・ドルフが尋ねた。
「申し訳ありません、ドルフ司令官。先方と単価の事で揉めまして」
ヤコイムは愛想笑いをして告げる。もちろん、出任せである。ブレイクはフンと鼻を鳴らして、
「ごねるようなら、購入先を変更しろ。金額よりも納期の問題なのだからな」
「畏まりました」
ヤコイムは恭しく頭を下げて、ブレイクに見えないようにニヤリとした。
ジョーの小型艇は、無数の艦艇に取り囲まれていた。前後左右上下、全ての方向を封じられている。
「たった一機の小型艇相手に、戦争でもするかのような配備だな」
サンド・バーが呆れ気味に呟いた。ジョーはフッと笑って、
「まあ、何でもいいさ。戦いは数じゃねえって事を思い知ってもらうだけだ」
その時、レーダーが反応した。
「撃ってきやがったか」
ジョーは舌打ちをし、小型艇を急旋回させた。その頭上を無数の砲火がかすめた。更に自動追尾弾が向かってきた。
「無駄弾撃つなよ」
ストラッグルが吠えた。装填されているのは特殊弾薬だ。戦艦級の船をたった三発で沈めてしまう強力なビームが放たれ、ミサイルばかりではなく、それを発射した艦艇も吹き飛ばした。
「おっと!」
サンド・バーが急接近してきたステルス戦闘艇を銃で撃ち抜いた。彼の銃も火力が艦船の主砲並みで、戦闘艇は跡形もなく燃え尽きた。すると、状況打破のためなのか、全方位から一斉に砲火とミサイルが迫ってきた。
「バカめ、数を増やしても同じ事だよ」
ジョーは発射台を引っ込めて操縦席に戻ると、キャノピーを閉じ、ジャンピング航法に入った。
「荒っぽい事をするな」
慌てて副操縦席に座ったサンド・バーが苦笑いした。
「このくらいで驚いてもらったら困るぜ」
ジョーはチラッとサンド・バーを見て告げた。小型艇は敵艦隊の中心部にジャンピングアウトした。
「一番でかい熱源が旗艦だよな」
ジョーはニヤリとすると、旗艦のブリッジを目指して小型艇を進めた。周囲の艦艇は、旗艦をその向こうにした小型艇の位置のせいで砲塔を使えず、ミサイルも怖くて使えないようだ。
「いきなり襲いかかってきた礼だけはさせてもらうぞ」
ジョーはキャノピーを開いて立ち上がると、ストラッグルで旗艦のブリッジを撃った。そして、すぐに方向転換し、その場から脱出した。次の瞬間、旗艦のブリッジが爆発し、周囲の艦艇を巻き込んで行った。誘爆を逃れようとして動き出した艦艇も、衝突し合って爆発炎上した。
「どうするんだ? こんな連中だと、調印もへったくれもないぞ」
サンド・バーが言うと、ジョーは、
「よく見てみろ。この艦隊、反共和国同盟軍のエンブレムを掲げていない。失敗したら、言い逃れするつもりだったのさ」
サンド・バーはその言葉に目を見開き、周囲を見渡した。
「何て奴らだ。余計に手を組んではいけない気がするぞ」
サンド・バーの正論にジョーは笑って、
「そいつはお互い様だからな。俺も最初から、連中に手を貸すつもりはなかったしな」
サンド・バーは肩を揺らして笑うジョーに唖然としてしまった。
ブレイクは、ヤコイムと軍需品の調達先を話し合っている最中、ジョーを抹殺するために動員された艦隊が全滅したのを知らされた。それを聞いたヤコイムは陰でニヤリとした。
(バカな男だ。ジョー・ウルフは敵意を見せなければ、何もしてこない。それをわざわざ突くとはな。ここまで間抜けだと、一刻も早く、他の金づるを見つけないとならん)
「聞いたか、ヤコイム? ジョー・ウルフは恐らく我が軍を敵と見做したはず。ここを守るためにできるだけ多くの兵器が必要だ」
ブレイクの顔は蒼ざめていた。ヤコイムは腹の底を隠して、
「わかりました。すぐにでも強力な兵器を調達しましょう」
上辺だけ従ってみせた。ブレイクはそれに頷いてみせてから、
「エレンに連絡をしろ。ジョー・ウルフが約束を反故にして敵意を見せてきた。すぐに帰還せよと」
すでにエレンに見限られているのも知らずに通信機に命じた。
「では、私は段取りをするために一旦工場に戻ります」
ヤコイムは出っ張った腹をさすりながら言った。ブレイクは愛する女の命の方が心配なのか、
「ああ、そうしてくれ」
逃げる算段をしているヤコイムにそれ程注意を向けずに応じた。ヤコイムはそそくさと部屋を出ると、廊下を大股で歩いた。
(巻き添えはごめんだ。ジョー・ウルフは動きが早い。すぐにでもここを離れんとな)
普通の人間であれば、走り出すのだろうが、体重があり過ぎるヤコイムには、大股歩きが精一杯であった。




