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第二十一話 ジャコブ・バイカー

 銀河共和国総統領であるアメア・カリングに共和国軍元帥の地位を奪われたバーム・スプリングは、やり場のない怒りを抱えたまま、作戦会議室を出た。他の幹部達は自分に火の粉が飛ぶのを恐れたのか、誰一人としてバームに慰めの言葉をかける者はいなかった。皆、近衛隊の隊長であるアレン・ケイムの目が怖いのだ。しかも、アメアによって、アレンは元帥の職も兼任する事になった。彼に睨まれれば、一溜まりもない事は明らかだった。

「ぬ?」

 そんな立場に追い込まれているバームの前に立ちふさがったのは、他でもないアレンであった。

「何でしょうか、元帥?」

 嫌味と皮肉と怒りが入り混じった声音で、バームは尋ねた。自分でも顔が引きつっているのを感じている。

「先程の総統領閣下のご提案ですが、共和国軍の艦船はお好きなだけお使いください。私は名ばかりの元帥です。軍の方々に信頼が厚いのは、スプリング様です。今まで通り、ご随意に」

 アレンは真顔で告げた。バームは彼を訝しそうに見たが、

「畏まりました。では、そのようにさせていただきます、元帥」

 敬礼をして応じると、そこから歩き去った。アレンの真意が読めない以上、言われるままにするしかない。何か罠があるとしても、元帥の地位を剥奪された自分には、もはや失うものは何もない。あるとすれば、退職金とその後の年金くらいであるが、それすらもアメアの権限で、なかった事にされるかも知れないのだ。

(今は戒厳令下なのだ。全てが総統領閣下のお考えのまま。すなわち、アレン・ケイムの思い通り、という事だ!)

 しかし、今のバームは拳を握りしめるしかなかった。そんなバームをアレンが無表情のまま見つめていた。


 バームは総統領府を出ると、共和国軍の本部ビルに幹部用のリムジンで向かった。

「私だ。アーマードソルジャーの方はどうなっているか?」

 バームは携帯端末を出すと、通話を開始した。

「は、ラルミーク星系の第四番惑星に配備した者達は、いつでも展開可能です」

 通話の相手が応じた。バームはニヤリとして、

「ならば、反乱軍の補佐官の女を確保させろ。恐らく、その女は反乱軍の賊長であるブレイク・ドルフの愛人だ。女の生死を握ってしまえば、能なしのドルフはたちまち降参する」

「了解しました」

 バームは満足そうに笑みを浮かべると、携帯端末を軍服のポケットにねじ込んだ。


 そのラルミーク星系第四番惑星に、バームの標的であるエレン・ラトキアが一人で小型艇に乗り込み、降下した。エレンが降り立った宇宙港は、共和国軍の侵攻によりその大半が破壊され、わずかに復旧した三つの港が機能している。しかも、エレンをラルミーク星系まで送り届けた巡洋艦の艦長が言っていた通り、うろついているのは、どう見てもならず者にしか見えない連中だけである。そのため、誰もが振り返るような美貌とスタイルのエレンが姿を見せると、辺りがどよめいた。

「よお、姉ちゃん。こんな星に何しにしたんだ? 観光するなら、もっと別の星に行った方がいいぜ?」

 一人の大男が声をかけたが、エレンはまるでその大男が存在しないかのように無視して、大男とは反対の方向に歩き始めた。

「このアマ!」

 大男とその仲間達五人は、エレンを取り囲むように追いつき、立ち塞がった。

「へえ、こいつは上玉だなあ。是非、お近づきになりたいんだけどな、姉ちゃん」

 右目に眼帯をした五人の中でも一番小さい男がニヤニヤしてエレンに近づいた。すると、

「急いでいるので、後にしてくれない?」

 エレンは眼帯の男を押しのけて先に行こうとした。

「待てよ、姉ちゃん。愛想が悪い女は、長生きできねえぜ」

 背後から近づいた大男がエレンの軍服の襟を掴んだ。

「くっ……」

 そのせいで、喉を締め付けられる格好になったエレンが呻いた。

「おっと、こんな危ないおもちゃを持ってると、怪我するぜ」

 エレンがスーツの下に隠し持っていた銃に気づかれ、取り上げられてしまった。大男は更に襟を強く掴み、エレンの抵抗する力を奪っていく。

「いい匂いがするなあ。近くで見ると、ますます可愛いのがよくわかるぜ」

 眼帯の男がエレンの顔を舐めるように見る。男の息が臭いので、エレンの眉間に皺が寄った。

「この星は、見ての通り、男ばっかでよ。あんたみてえな綺麗な姉ちゃんが来ると、嬉しくなっちまうんだよ。取って食おうって訳じゃねえんだから、そう怖がるなよ。仲良くしてえだけなんだからよ」

 大男がエレンの長い髪を引っ張って顔を後ろに向かせた。エレンの顔が苦悶に歪む。

「その辺にしとけ、バカ者共が」

 大男の後方から声が聞こえた。

「何だと!?」

 六人が一斉に振り返ると、そこにはジャコブ・バイカーが立っていた。彼は腰のベルトにホルスターを提げており、両脇に拳銃が入っている。

「げ、ジャコブのジジイか……」

 あれ程強気になっていた六人が六人共、老人一人にすっかり意気消沈してしまっている。エレンは大男の力が緩んだのを悟り、すぐさま手を振り払うと、ジャコブに駆け寄って、その背後に隠れた。

「このお嬢ちゃんはわしの客だ。それでも連れて行こうというのであれば、それなりの覚悟があるんだろうな?」

 ジャコブの両手が左右の銃にかかった。

「ま、待てよ、ジイさん。そうと知っていたら、声かけちゃいねえよ。悪かったって」

 大男達は額に汗を滲ませて、低姿勢に応じた。

「じゃあ、わしの機嫌が悪くならんうちに視界から消えろ」

 ジャコブの低い声が辺りに響くと、

「おい」

 大男を先頭に、六人の荒くれ者達は逃げるように港を走り去った。

「ありがとうございました」

 エレンは六人が姿を消すと、ホッとしてジャコブに礼を言った。するとジャコブは、

「あんたも役者だねえ、お嬢ちゃん。実はあんなへなちょこ共なんぞ、一瞬で倒せるのだろう?」

 エレンの足元を見ながら言った。エレンは微笑んで、

「そんな事はありません。私は見ての通り、か弱い女ですわ」

 ジャコブの言葉を否定した。しかし、その目は笑っていなかった。

(食えないジイさんのようね)

 ジャコブは化かし合いもここまでかとばかりに肩をすくめ、

「あんたはわしに用があるのだろう? さっさとすませようか」

 エレンを促して、自分の工場がある方へと歩き出そうとした時だった。

「エレン・ラトキア補佐官ですね?」

 不意に二人の目の前に十人の武装歩兵が現れた。ならず者達とは違って、整然とした並び方をしている。

「何だ、お前らは?」

 ジャコブも先程とは違って真剣な表情で問いかけた。

「我々は、バーム・スプリング元帥直属のアーマードソルジャー隊です。ジャコブ・バイカー様、貴方には用はありません。ラトキア補佐官をこちらに引き渡していただければ、危害は加えませんよ」

 部隊の隊長らしき男が告げた。

「それが人にモノを頼む時の言い方か? それに年上にはもう少し敬意を払えよ、若造」

 武装歩兵十人を前にしても、ジャコブは全く怯んだ様子がない。隊長は呆れたように笑みを浮かべると、

「この状況がおわかりではないようですね、バイカー様。貴方がどれ程の銃の名手かは存じませんが、我ら十人を相手に戦うおつもりですか?」

「そのつもりだよ、若造」

 次の瞬間、ジャコブのホルスターの銃が抜かれ、一瞬にして四人の武装歩兵が後ろに吹き飛んだ。

「何!?」

 隊長が目を見開いている隙に、ジャコブは更に四人を倒し、ようやく反撃の態勢に入った隊長と残り二人もたちまち吹き飛ばした。

「年寄りだと思って、舐めるなよ、愚か者共が」

 ジャコブは二丁の銃をクルクルと回してからホルスターに戻した。彼の後ろでそれを見ていたエレンは、まばたきも忘れる程驚いていた。

「待たせたね、お嬢ちゃん。ここにいると、何かと物騒だから、早くわしの工場に避難しようかね」

「あ、はい……」

 エレンはようやく我に返り、促すジャコブに応じた。


 ジョーは、銀河系の反対側にジャンピングアウトした時、「銀河の狼」から、ジャコブとの連絡がついた事を知らされた。そして、ジャコブが共和国の武装歩兵をあっと言う間に撃退した事も聞いた。

「さすが、ジャコブのジイさんだ。腕は錆びついていないようだな」

 ジョーが苦笑いして言うと、副操縦席のサンド・バーが、

「心配無用って事だな。あんたの知り合いは、皆とんでもないようだな」

 ジョーはチラッとサンド・バーを見て、

「まあな。でなけりゃあ、生き延びられねえのさ」

 フッと笑って言った。


 ラルミーク星系に送り込んだアーマードソルジャーの一個小隊がたちまち全滅した報告を受けたバームは、歯軋りして悔しがった。

「何と役立たずな連中なのだ!? たかがジジイ一人に、何をしているのだ! ならば、もっと人員を増やせ。何としても、エレン・ラトキアを確保するのだ!」

 共和国軍本部のプライベートルームで、バームは携帯端末に怒鳴り散らした。


「閣下、今は反乱軍追討が最優先です。申し訳ありませんが、母上様とのお話は、戦局が落ち着いてからにしてください」

 アレンは、アメアがカタリーナがいる部屋に入ろうとするのを止めて告げた。アメアは恨みがましそうな顔でアレンを睨んだ。アレンは、

「それに、母上様はお疲れなのです。しばらくはお休みになった方がよろしいのです」

「わかった。今は我慢する」

 寂しそうに応じるアメアを見て、

(カタリーナに会わせれば、もっと安定すると思ったが、違ったようだ。それに、閣下と会ったせいで、カタリーナの記憶が甦りつつある。それも好ましくない)

 アレンは今後の事を考えていた。

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