第二十話 エレン・ラトキア
共和国最高位の総統領であるアメア・カリングの底知れぬ威圧感に戸惑いながらも、情報部の長官であるネルム・ザキームは説明を続ける。
「反乱軍は、共和国に対して敵対行動をとったジョー・ウルフを自分達の味方に引き入れるために接触したものと思われます。引き続き、監視を行います」
緊張気味のネルムを近衛隊隊長のアレン・ケイムが愉快そうに見ているのを、共和国軍元帥のバーム・スプリングは見逃さなかった。
「アレン、貴様、何か思うところがあるのなら、他人事のような顔をしておらず、発言せよ」
バームの大声が室内に響いた。しかし、アメアはその声がまるで聞こえていなかったかのように、
「では、ザキーム、反乱軍の監視を今まで以上に続けよ」
バームは自分の発言を完全に無視された事に唖然としたが、相手がアメアでは何も言う事ができない。
(おのれ、アレン・ケイムめ! アメア・カリングを己の思うように操っているようだが、いつか追い落としてやるぞ!)
煮えたぎる腹の底は表に出さず、冷静な顔で真正面を向いた。
「畏まりました、閣下」
ザキームは敬礼して応じ、着席した。そして、バームが自分を睨みつけている事に気づき、俯いてしまった。
「他に何かあるか?」
アメアは抑揚のない声で円卓の一同に尋ねた。誰も発言を求めないので、バームが口を開こうとすると、
「ならば、私から言わせてもらう。先般、反乱軍の艦隊がマティス周辺に多数出現した時、軍の展開が非常に遅かった。それについて、何か申し開きをする事があるか、元帥?」
アメアが鋭い視線をバームに投げつけた。バームはギョッとして息を呑んだ。
「敵の出現があまりにも突然だったので、出遅れただけなら、何も問題はない。次からは警戒態勢を練り直せば良い。しかし、遅れた理由に意図的なものがあるとすれば、それは由々しき問題だ」
アメアはバームを睨みつけたままで立ち上がった。バームの顔を幾筋もの汗が流れ落ちた。
「申し訳ありませんでした、閣下。反乱軍の予想もしない出現に出遅れてしまった事、心よりお詫び申し上げます。決して、何かを意図して展開を遅らせたような事はありません」
バームは素早く立ち上がり、敬礼をして申し開きをした。その姿を見て、アレンがフッと笑ったのをバームは気づいていない。
「そうか。それならば、仕方がない」
アメアはあっさりとバームを許したかに思えたが、
「元帥を辞し、ここから出て行くがいい、バーム・スプリング」
思ってもみない言葉を返され、バームは茫然自失の状態になった。
(たったそれだけの事で、やっと掴んだ元帥の座を追われてしまうのか?)
アメアの厳し過ぎると思われる裁定に他の者達も騒然とした。薄笑いを浮かべているのは、アレンだけである。
「聞こえなかったのか、元帥? いや、バーム・スプリング」
アメアは目を細めてバームを見た。バームはようやく我に返り、
「閣下、自分に反乱軍殲滅の機会をお与えください! 必ずや、賊軍を蹴散らしてみせます!」
目に涙を浮かべて訴えた。周囲の幹部達はそれを哀れんで見ており、バームに睨みつけられたネルムだけは冷めた目で見ていた。しばらく静寂が作戦会議室に立ち込めた。バームは全身から汗を噴き出して、アメアの返答を待った。アレンは笑みを封じ、真顔でバームを見ている。アメアはアレンを見て、
「アレン・ケイム、お前に元帥を兼務してもらう。そして、お前の判断で、バームに貸し出す艦隊の規模を取り決めよ」
それだけ告げると、作戦会議室を出るために歩き出した。
「承知しました、閣下」
アレンは歩き去るアメアに敬礼し、バームを蔑むように見た。
「あ、ありがとうございます、閣下」
バームは屈辱にまみれながら、絞り出すように言った。
反共和国同盟軍の最高司令官ブレイク・ドルフの補佐官であるエレン・ラトキアは、彼女の専用艦である巡洋艦に乗り込み、護衛艦五隻と共に同盟軍の勢力圏外にあるラルミーク星系に向かっていた。そこはかつて、ジョーと親交があった銃工のフレッド・ベルトの工場があった第四番惑星がある恒星系だ。
(ジョー・ウルフに会う前に会っておきたい男がいる)
エレンは、帝国時代、ジョーの調査を担当するチームに所属しており、彼が誰とコンタクトを主にしているのか、詳細に把握していた。
(だが、帝国滅亡は必至だった。だから私は、知り得た情報の全ては報告せず、一部を握り潰した)
エレンは携帯端末のモニターを操作し、握り潰した情報を見ていた。
(ジャコブ・バイカー。ジョー・ウルフを知る武器商人。この男は、必ずジョーと接触するはず)
エレンはジャコブの画像を見て、不敵な笑みを浮かべた。
「よろしいのですか、補佐官? この恒星系に立ち寄る事は、予定にはありませんが?」
巡洋艦の艦長が不安そうな顔でキャプテンシートから尋ねた。
「何も問題はありません。今回の事案は、私が全権を任されているのです。貴方があれこれ気にする事はありません」
キャプテンシートの前に設置された特別席にゆったりと座り、エレンは艦長の顔を見ずに応じた。
(何よりも、この一連の行動を陰で操っているヤコイム・エレスの裏をかくためにも、ジャコブには会わなければならない)
エレンは、「死の商人」とも呼ばれているヤコイム・エレスを信用していない。共和国軍にも武器を調達しているヤコイムに背中を見せる事はできないと考えている。
「艦隊は第四番惑星の衛星軌道上に停止しなさい。そこからは私が一人で小型艇で降ります」
スクリーンに投影された第四番惑星を見ながら、エレンは告げた。艦長は仰天して、
「危険です。ラルミーク星系は、現在は共和国軍は駐留しておりませんが、荒くれ者共が集まっている星です。ジョー・ウルフが頻繁に出入りしていた頃とは治安状態が違います。せめて、護衛をつけて降りてください」
するとエレンは微笑んで、
「危険は承知の上です。もし、私が護衛を付けて降下したら、会おうと思っている人物は出て来てくれませんよ。それでは困るので、一人で降りたいのです」
艦長は同盟軍一の美人であるエレンに微笑まれ、赤面して、
「わかりました。但し、通信機はお持ちください。貴女に何かあると、我々も只ではすみませんので」
「ありがとう、艦長」
エレンはウィンクして礼を言った。そのせいで艦長の顔が更に赤みを増した。
アメア・カリングに抵抗しようと集まった者達が作った「銀河の狼」が本部としていたフレッド・ベルトの工場は、共和国軍の攻撃で跡形もなく吹き飛んでしまった。そこからしばらく街とは反対方向に進んだところに、エレンが目指しているジャコブ・バイカーの工場はあった。彼の工場は、地下深くにあり、上空からでは発見できない上、対レーダー装置を備えているので、哨戒機でも見つけられない。エレンはその事を知っているので、護衛を拒んだのだ。敵と見なされれば、ジャコブは姿を見せてくれないと思ったのである。
「衛星軌道に静止している艦隊が、さっき『銀河の狼』から連絡があった、反共和国同盟軍、て訳か」
白髪をオールバックにして、薄汚れた白のつなぎの作業服を着た老人が呟いた。彼こそ、ジョーの事を知る数少ない人物、ジャコブ・バイカーである。ジャコブはインカムを外すと、通信機から離れ、3Dスクリーンがあるテーブルの前に立った。パネルを操作すると、エレンが搭乗している巡洋艦を含む艦隊のCGが投影された。
「わしのメモにも載っていない謎多きお嬢ちゃんだから、警戒せんとな」
ジャコブは手にした携帯端末を見た。
一方、タトゥーク星を飛び立ったジョーが乗る小型艇にエレンの行動がメールで送られてきた。
「ラルミーク星系? エレン・ラトキアは、ジャコブの居場所を知っているのか?」
操縦席でジョーが呟くと、副操縦席のサンド・バーが、
「やばいのか?」
眉をひそめて尋ねた。ジョーはニヤリとして、
「いや、心配ない。ジャコブのジイさんは、百戦錬磨の古狸だ。そう簡単に殺されたりしねえよ」
「なるほどな」
サンド・バーもニヤリとした。




