第十八話 野望のその先
銀河共和国総統領近衛隊の隊長であるアレン・ケイムは、カタリーナを部屋に案内した。そこはまさに貴賓室と呼べる豪華さで、カタリーナは思わず目を見開いてしまった。
「閣下が、母上様のために自ら指揮をして誂えさせた調度品だ。ありがたく使うのだな」
アレンは皮肉なのか、心底そう思っているのかわからない口調で告げた。カタリーナは彼を一睨みしてから、
「では、仰せの通りにさせてもらうわ。シャワーを使いたいから、出て行ってくださらない、隊長?」
皮肉のお返しをした。しかし、アレンは、
「では、ごゆっくりお寛ぎください、母上様」
カタリーナの皮肉をものともしない作り笑顔で応じ、退室した。
(どこまでも気に食わない奴!)
カタリーナはアレンの背中を睨みつけてから、クイーンサイズのベッドにゆっくりと腰を下ろした。一人になると、忘れようとしていたブランデンブルグの事を思い出してしまう。
(私は、ブランデンブルグの配下の医師達に卵細胞を摘出された。少しは気遣いがあったのか、医師は女性だったけど、それでも屈辱的な処置だった)
時間を追う毎に記憶が鮮明になってくる。カタリーナは目を閉じて項垂れた。
(彼女達が何をしようとしているのか、予想はついた。ブランデンブルグは、本気で私を自分の妃にするつもりだった。それも、強引に)
『自殺をされると困るのでね。記憶を少しいじらせてもらうよ』
ブランデンブルグが、処置が終わった後、そんな事を言っていたのも思い出した。
(忘れていたんじゃない。忘れさせられていたんだ)
より悔しさが増すカタリーナであった。
一方、カタリーナが苦しんでいる事を知らないジョーは、反共和国同盟軍への連絡をするために、「銀河の狼」のアジトの通信機の前に座っていた。その後ろでは、彼を取り囲むように組織のメンバー達が固唾を呑んで見守っていた。
「こちらは『銀河の狼』だ。指定されていた時刻と回線に通信を行っている。応答されたし」
ジョーがマイクに語りかけた。しばらく、雑音が聞こえていたが、
「こちら、反共和国同盟軍、通信部。連絡をお待ちしておりました、ジョー・ウルフ様」
凛とした若い女の声が応じた。
「連絡をよこした人物です。エレン・ラトキアと名乗っていました」
アジトのリーダーが振り向いたジョーに囁いた。ジョーはまたマイクに向かい、
「エレン・ラトキアさんか? よく俺がジョー・ウルフだとわかったな?」
するとエレンは、
「当然ですわ。貴方の声紋は我が軍にデータがあります。照合した結果、すぐにわかりました」
やや笑いながら応じた。ジョーは苦笑いをして、
「なるほど。俺の情報は、元帝国軍の方々がよくご存知って事か?」
「その辺りはご想像にお任せしますわ」
エレンは被せるように言ってきた。ジョーの後ろで聞いていたエミーがイラッとしたのを周囲のメンバーは察していた。
「何よ、この女、ジョーをバカにしたような喋り方して!」
エミーは腕組みをして不満そうに呟いた。ジョーはエミーをチラッと見てから、
「用件に入ろうか。共同戦線を結びたいと聞いたが、具体的にはどういう事だ?」
「言葉通りです。共通の敵である共和国と戦いましょうという事ですよ」
エレンの声はあくまで事務的だった。ジョーはマイクを握り直して、
「目的は何だ? 俺達と組んでも、あんたらにはメリットがないように思えるんだが?」
更に探りを入れようと尋ねた。しかし、エレンは、
「メリットは大いにありますよ。貴方という恐るべき存在が、少なくとも敵ではなくなるのですから」
手の内を明かさないように答えを返してくる。
「その言い方だと、俺を信用しているのか? 共同戦線を張るふりをして、裏切るかも知れないぞ?」
ジョーは鎌をかけてみた。
「もちろん、私達も性善説を信じている訳ではありませんから、保険はかけてあります」
エレンの応答はジョーの予想と違っていた。
「保険? どういう意味だ?」
ジョーは眉をひそめて尋ねた。
「初代総統領であったケント・ストラッグル、その妻のアルミス、妹のカミーラの幽閉先。協力を約束してくだされば、お教え致します」
ジョーはハッとしてしまった。何故なら、ケント達を幽閉したアレン・ケイムは、自分以外に三人の居場所を知る者はいないと言っていたからだ。ジョーだけではなく、アジトの一同は、その三人の名と居場所の事を言われて、ざわついた。それだけ、彼らにとって、ケント達の存在は大きいのだ。
「悪いがその情報は信用できないな。俺は、ケント達を幽閉したアレン・ケイムという男に、自分以外は誰も知らないと聞かされている」
「それは、アレン・ケイムのハッタリでしょう。私達がストラッグル一族の行方を知っているのは、紛れもない事実です」
エレンは全く動揺した様子もなく、反論した。
「ならば、俺達が確信を持てる情報をくれ。でなければ、この話はここで終わりだ」
ジョーは、反共和国同盟軍がケント達の行方を知っているとは思えなかったが、一縷の望みをかけて、更に強硬に出た。
「わかりました。確かにそうなりますね。では、情報を出しましょう。この話の発信元は、ヤコイム・エレスです」
エレンの答えにジョーはまた目を見開いてしまった。
「ヤコイム・エレス、だと?」
エミーやリーダー達も互いに顔を見合わせ、ヤコイムの名を反復し合った。
「はい。銀河一の地獄耳と呼ばれた武器商人のヤコイムからの情報です。どうです、信用していただけましたか?」
エレンの声は勝ち誇ったかのようにアジトに鳴り響いた。ジョーはまたマイクを握り直して、
「了解だ。信用しよう」
「ありがとうございます、ジョー様。では、共同戦線締結の証書を取り交わしたいので、こちらの指定場所にご足労願えますでしょうか?」
エレンの提案に、エミーは泣きそうな顔でジョーを見た。ジョーは、
「どこへ行けばいい?」
「通信が長くなりましたので、共和国に盗聴される危険性が増しました。時間をおいて、もう一度こちらから連絡致します」
エレンが言うと、ジョーは、
「わかった。待っているよ」
「重ねて感謝致します、ジョー様。では」
エレンが通信を終えたバチッという音がした。
「ジョー、危険よ! 行っちゃダメ!」
とうとうエミーが泣き出して、ジョーにすがりついた。ジョーはエミーの頭を撫でて、
「心配するな、エミー。ジョー・ウルフの名は伊達じゃねえぜ」
頬を流れ落ちる涙を指で拭った。
「うん」
エミーは弱々しく微笑んで小さく頷いた。
「お見事でした、ラトキア補佐官。さすが、元帝国軍事務方の幹部ですな」
通信機に向かっていた長くてストレートの金髪の女性に賛辞を送ったのは、武器商人のヤコイム・エレスである。
「それはどうも。全て、貴方の書いたシナリオ通りに進めただけですわ、エレスさん」
金髪の女性、濃紺のスカートスーツの制服を着たエレン・ラトキアは不快そうに立ち上がり、自分より身長が低いヤコイムを見下ろした。そこは、銀河系の辺境星域の惑星ミンドナにある反共和国同盟軍の本部の補佐官室である。
「ジョー・ウルフがこの銀河系に舞い戻ったのは、恩人であるマイク・ストラッグルの甥の家族の行方を探るためと言われています。この情報に飛びつかない訳がないのですよ」
ヤコイムは飛び出た腹を撫でながら、下卑た笑みを浮かべて、エレンを見上げた。エレンはヤコイムから顔を背けると、ドアを指差して、
「用事はすみましたので、出て行ってもらえますか、エレスさん」
ジョーに話した時よりも事務的に言い放った。ヤコイムは腹を撫でたまま、
「はいはい、ジジイはすぐに退室しますよ。部屋の空気が汚れますからね」
ドアに向かって歩き出し、
「それでは、ご機嫌よう、補佐官」
更に下卑た笑みを浮かべた顔で振り返り、部屋の外に出た。エレンは大股でドアに近づくと、電子ロックをかけ、ヤコイムがいきなり入ってこないようにした。そして、身震いして席に戻ると、ヤコイムの呼気を全て追い出すように空調の換気を最大にした。
(あの死神、何を企んでいるのかしら?)
エレンは髪を後ろに撫で付けて、薄気味悪い老人の考えを推し量ろうとした。
補佐官室を後にしたヤコイムは下卑た笑みを封印して、長い廊下を歩いていた。
(これで役者は揃った。後は、どれくらい連中がうまく踊ってくれるかだ)
ヤコイムは右の口角を鋭く上げると、歩を早めた。