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第十七話 対面

 銀河共和国総統領近衛隊隊長のアレン・ケイムに連行されたカタリーナ・パンサーは、共和国の中枢である総統領府の中に入り、巨大なエレベーターで最上階に向かっていた。その最上階には、総統領アメア・カリングがいる執務室がある。アレンの言葉によれば、母娘おやこの対面をするのだという。だが、カタリーナはどうしてもそれを認めたくなかった。今、彼女の身体の中では、ジョーとの愛の結晶である命が育っている。それを考えると、かつて銀河系を席巻したナブラスロハ・ブランデンブルグに何をされたのか、鮮明に思い出してしまう自分の記憶が嫌になった。

(ブランデンブルグは直接は何もしていない。只、あいつの命令で幾人もの医療技術者達が私の身体を調べ、血液検査をしたり、DNAを採取したりした。そして……)

 そこまで思い出して、カタリーナは身震いした。

「どうした? 寒いのか?」

 不意にアレンに声をかけられ、カタリーナはハッと我に返った。そして、アレンを睨みつけると、

「違うわ。貴方達の考えている事を想像したら、寒気がしたのよ」

 咄嗟に思いついた皮肉を言った。するとアレンはフッと笑い、

「なるほど」

 それだけ言うと、扉が開いたエレベーターを降りた。

「さあ、降りろ。閣下がお待ちだ」

 アレンの抑揚のない言い方にカタリーナはビクッとしてしまった。


 アメアに出迎えを拒絶され、アレンにあっさりと着陸をされてしまって、面子を潰された形となった共和国軍元帥のバーム・スプリングは、奥歯が折れてしまうのではないかと周囲の者が思う程の歯軋りをしていた。しかし、いくら悔しがったところで、アメアはおろか、アレンにも何も嫌がらせはできはしない。それどころか、自分の地位を狙っている軍内のライバル達が、バームの失策に付け入って、追い落としを図る可能性すらあるので、下手な事をする訳にはいかない。

「おのれえええ!」

 怒りに任せて、目の前にあるテーブルを拳で叩いた。頑丈なテーブルは揺れはしたが、壊れはせず、バームの拳に痛みを残すだけとなった。周りにいた者達は、何も見ていなかったように仕事を続けていた。

(軍の内部にいる反対派を抑え込むためには、アレン・ケイムとの連携も止むを得ないのか)

 どこまでも計算高くずる賢さでは軍内一のバームは、ニヤリとした。


 カタリーナは執務室の中へと足を踏み入れていた。ワンフロアの大半を使っている広い部屋だ。以前、ジョーが破壊した転送機があった箇所には金属製の囲いが設置されており、その先がどうなっているのかはわからない。アメアがひびを入れた窓ガラスはすでに交換されていて、どこにも傷は残っていなかった。

(あれが、アメア・カリング?)

 カタリーナは、窓ガラスの手前にある大きな机の反対側に背中を向けて立っている漆黒の軍服姿の長い黒髪の女を見て思った。

「閣下、母上様をお連れ致しました」

 アレンがうやうやしく頭を下げて告げたので、カタリーナはまたビクッとした。

「そうか。待ちかねていたぞ、アレン」

 アメアはそう応じると、ゆっくりと振り返った。

「……!」

 カタリーナはその顔を見て息を呑んだ。誰に聞いても同じ答えしか返ってこないと思うくらい、アメアの顔は自分にそっくりだとわかったのだ。

「母上!」

 アメアの顔が喜色に輝いた。彼女は机を軽々と飛び越えると、一気にカタリーナの前に駆け寄った。そのあまりの身のこなしの速さに、カタリーナは思わず一歩退いた。アレンが手で合図をすると、近衛隊員達は敬礼をして、執務室から出て行った。

「お会いしとうございました!」

 アメアは、身長がわずかに低いカタリーナに抱きついた。思ってもみなかったアメアの行動に、カタリーナはすっかり面食らってしまい、危うく倒れてしまうところだったが、何とか踏み留まった。

「母上、お元気そうで何よりです」

 アメアは目を潤ませてカタリーナの顔を見た。カタリーナはどういう反応をすればいいのかわからず、只黙ってアメアの顔を見つめた。

「閣下、母上様は長旅でお疲れのご様子。別室でお休みいただいては如何でしょうか?」

 アレンが提案すると、アメアは残念そうに彼を見て、

「わかった」

 カタリーナから離れ、頭を深々と下げた。

「母上、気遣いができぬ子で申し訳ありません。どうぞ、ゆっくりとお身体をお休めください」

 カタリーナは苦笑いして、

「ありがとう。そうさせてもらうわ」

 カタリーナが声を発したのが嬉しかったのか、アメアはニコッとして、

「また後でお話致しましょう。私達が会えなかった日々を埋めるために」

 カタリーナの手を握ると、そっと撫でた。

(え?)

 カタリーナはその時、アメアから何かを感じた。それは紛れもなくブランデンブルグのものだった。

(やはり、アメア・カリングはブランデンブルグと私の……)

 あまりのおぞましさにその先を考えるのをやめた。

「では、ご案内致します、母上様」

 アレンが言うと、アメアは名残惜しそうにカタリーナの手を放した。カタリーナは抵抗する事なく、アレンの誘導によって、執務室を出た。アメアはカタリーナの姿が見えなくなるまでその後ろ姿を見送っていた。


 銀河帝国の首府星であったタトゥーク星の軌道に入ったジョーの小型艇は、次第に進路を修正して、タトゥーク星の大気圏へと降りていった。そこまで辿り着く間に、ジョーは色々と「銀河の狼」のメンバーから情報を得ていた。

(反共和国同盟軍という組織がそれだけのものならば、放っておいてもいずれは消滅する。だが、その背後にあの死神がいるのであれば、話は違ってくる)

 ジョーは、銀河系がまだ帝国に支配されていた頃から存在している武器商人であるヤコイム・エレスが組織の設立に関わっていると聞き、一筋縄ではいかないと判断した。かつて、行動を共にした今は亡きフレッド・ベルトによると、ヤコイムは利益至上主義の商人で、そのためには平気で裏切り、騙し、陥れるという。

(しかも、ヤコイムのジイさんは、共和国軍にも武器弾薬の供給をしている。戦争が長引く程、奴は儲かるという事だからな。始末が悪い)

 ジョーは大気圏に突入し、摩擦熱が引き起こす炎に対して、冷却剤と大気制動装置バリュートを使って降下をした。

(何れにしても、障害は全て取り除くしかないけどな) 

 そして、無事に着陸をした小型艇にアジトのリーダーと数人のメンバーが駆け寄ってきた。その中には、組織最年少のエミーもいた。

「どうした?」

 皆が一様に深刻な表情なので、ジョーが尋ねた。すると、リーダーが、

「たった今、反共和国同盟軍から、共同戦線の申し入れがありました」

「何!?」

 ジョーは想定外の答えに目を見開いた。

「どうしますか、ジョーさん?」

 リーダーはすがるような目でジョーを見ている。他のメンバーの多くもそうだったが、一人エミーだけは、

「冗談じゃなわいよね、ジョー? 応じないでしょ?」

 ジョーの右手を握りしめて涙ぐんだ目で見ている。ジョーはエミーの頭を左手で撫でて、

「返事はどうする事になっている?」

 リーダーは小型の端末をジョーに渡して、

「この回線に銀河標準時の十八時に連絡する事になっています。あと四時間後です」

 ジョーは端末に示された回線のコードを見て、

「そうか、わかった。俺が連絡しよう。答えはすでに決まっているけどな」

 不安そうな顔でジョーを見上げているエミーにニヤッとして言った。

「さすがジョー! 大好き!」

 エミーは大喜びでジョーに飛び上がって抱きついた。ジョーは左手でエミーを抱き止めると、

(反共和国同盟軍の考えなのか、それともヤコイムの入れ知恵か? それ次第で情勢は変わってくる)

 戦局が大きく変わるかも知れない選択を迫られ、ジョーはカタリーナの事をしばらく忘れるしかないと思った。

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