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第十六話 死の商人

「申し上げたはずですよ、ドルフ様。侮るなかれと」

 シートに沈み込むように座っていたブレイク・ドルフの背後に現れた人物が言った。ブレイクは忌々しそうな顔でその人物を睨みつけた。

「総統領アメア・カリングは得体の知れぬ女です。調査もせずに大艦隊で押し寄せるのは危険ですとも申し上げました」

 ブレイクに睨みつけられても、身長が彼の半分程しかないその人物は全く気後れする事なく、言葉を続けた。身長は半分程しかないが、体重はそれ程開きはないであろうと思える程、横幅がある老人である。軍服は着ておらず、紺のつなぎの作業服を着ている。

「何れにしても、貴様の組織はこれで笑いが止まらない程の利益が生まれるという事だな、ヤコイム」

 ブレイクはニコニコしている老人から顔を背けて言い放った。ヤコイムと呼ばれた老人は身体を揺らして笑い、

「手厳しい事をおっしゃいますな、ドルフ様。確かに、我がエレスコーポレーションは、反共和国同盟の武器弾薬を一手に引き受けておりますが、薄利多売で協力させていただいておりますので、ドルフ様がお考えになる程は、利益はないのですよ」

 その物言いに苛つきを募らせたブレイクは再びヤコイムを睨みつけて、

「やかましい! 消えろ!」

 掴みかからんばかりの形相で怒鳴りつけた。ヤコイムは大袈裟に目を見開いてから肩を竦め、

「これは失礼致しました。では、お貸しいただいた部屋に戻っているとしましょう」

 続いて深々と頭を下げると、ブリッジから出て行った。

「死神め!」

 ブレイクはヤコイムが退室してから、扉に向かって毒づいた。


 一方、ブリッジを出たヤコイムは作業服の胸のポケットから通信端末を取り出して、

「私だ。ブレイク・ドルフには見切りをつける。撤収の準備を急げ。やはりここは、共和国に擦り寄った方が得策だ」

 目を細め、陰湿な表情になって告げた。そして、端末をポケットに戻すと、またにこやかな顔になり、廊下の反対側から歩いてきた士官に会釈をしてすれ違った。

(それにしても、予想外だったのは、アメア・カリングの行動だ。まさか単独で出てくるとはさすがの私も思わなかった。あの女、只の操り人形ではなさそうだな)

 ヤコイムは思案顔になり、自室の扉の暗証番号を入力すると、中に入った。


 カタリーナが乗せられている近衛隊の戦艦は宇宙港に着陸を完了していた。

「私に何をさせるつもりなの?」

 ブリッジから出るように促されたカタリーナは、アレン・ケイムを睨みつけて尋ねた。するとアレンはフッと笑い、

「お前には、母親としての役目を果たしてもらう」

 カタリーナは「母親」という言葉にキッとなって、

「アメア・カリングは成人の女性でしょう? 私の子供だなんて、あり得ないわ。私を何歳だと思っているのよ?」

 するとアレンはカタリーナを睨み返し、

「そのような強がりも、閣下に謁見すれば、愚かな主張だったと思い知る事になる」

 ぐいとその顎を掴んだ。カタリーナはその握力の強さで顔を歪めた。アレンは顔を近づけて、

「お前は理解しているはずだ。ブランデンブルグに囚われていた時、そこで何をされたのか。現実から目を背けても、何も自分を利する事はないぞ」

「……」

 カタリーナは歯を食い縛ってアレンを見たが、何も言わなかった。だが、抵抗の意思を示すために彼の手は振り払った。

(思い出したくもなかった事をこいつのせいでどんどん思い出してきている……。私があのおぞましい城の中でブランデンブルグに何をされたのか……)

 カタリーナは自分の意思に反して解きほぐれていく記憶の糸に堪え切れなくなり、俯いてしまった。

(ジョー、助けて……)

 愛するジョーの事を思い出し、泣きそうになったが、アレンが不敵な笑みを浮かべて自分を見ているのに気づき、踏み留まった。


 そのジョーは、限界ギリギリのところまでジャンピング航法を繰り返し、銀河系の端に辿り着いていた。そして、タトゥーク星にいる「銀河の狼」のアジトから、謎の大艦隊が総統領府がある惑星マティス付近に現れたが、爆発が起こり、撤退した事を伝えられた。

「そいつらの素性はわかるか?」

 ジョーが尋ねると、アジトのリーダーの声が、

「確証はないですが、恐らく旧帝国の残党とそれに同調した反乱軍の生き残り達でしょう。アメア・カリングが総統領になってからは、徹底的に駆逐されたのですが、まだ存在しているようです」

「なるほど。それで、どうして爆発が起こったのかはわからないのか?」

 ジョーは顎に右手を当てて更に尋ねた。リーダーの声は、

「ええ。何しろ、共和国軍も混乱しているようで、状況を掴み切れていないようです。こちらとしても、不気味で空恐ろしいですね」

「そうだな。もう少しでそちらに戻れる。迷惑をかけるが、よろしく頼む」

 ジョーが言うと、リーダーの声は、

「何を言っているんですか、ジョーさん。迷惑だなんて思っていませんよ」

 すると、エミーの声が割り込んできた。

「ジョー、カタリーナさんは大丈夫だったの?」

 その問いかけにジョーはハッとした。そして、どう答えようか迷っていると、

「ご、ごめんなさい、私、余計な事を訊いちゃって……」

 エミーが勝手にジョーの心情を解釈して喋り出したので、

「いや、別に構わないさ。詳しい話は帰ってからするよ」

「気をつけてね、ジョー」

 エミーの声が怯えているのがわかったジョーは、

「ああ。ありがとう、エミー」

 できるだけ明るい声で応じ、通信を終えた。

(カタリーナ……)

 エミーには本当の感情を隠したが、ジョーは今までで一番動揺していた。

(カタリーナに危害を加えるつもりなら、連れ去ったりはしない。あのヤロウの目的は、恐らく俺だ)

 そう思えるからこそ、尚の事ジョーは自分に腹が立っていた。

(艦隊に爆発が起こったのは間違いなくアメア・カリングの仕業だ。それもほんの一瞬の出来事だった。ブランデンブルグの気配を感じたのは、あの女と何か関係があるのか?)

 そして、アメアがカタリーナに瓜二つだったのを思い出した。

(何故、アメアはカタリーナにそっくりなんだ? ブランデンブルグの気配がしたのは……)

 そこまで考え、ジョーは頭を強く横に振った。

(色々想像しても仕方がない。アメアにもう一度会い、真相を突き止める。そして、アレン・ケイムにはカタリーナを連れ去った礼をきっちりしてやる)

 ジョーは目の前に広がる銀河系の数千億の星々の煌めきを見た。


 カタリーナはアレン他十数名の近衛隊員に誘導されて、総統領府の建物へと入って行った。

「どこへ行くの?」

 カタリーナが訝しそうに訊くと、アレンは前を向いたままで、

「言うまでもないだろう。母娘おやこの対面をするのだよ」

 カタリーナは「母娘」という言葉にビクッとし、広大なロビーの遥か前方にあるエレベーターの扉に目を向ける。

「この最上階にアメア・カリング閣下がいらっしゃる。どのような心持ちだ?」

 アレンはニヤリとして振り向き、カタリーナを見た。

「何も感じないわ。貴方の言っている事には全然現実感がないから」

 カタリーナは精一杯反抗してみせた。アレンはその反応にフッと笑って前を向くと、

「そうか。残念だな。感動的な再会になると思っていたのだがな」

 カタリーナはそれには何も言い返さず、アレンの背中を睨みつけた。

(どこまでも嫌味な奴!)

 彼女は拘束されている訳ではないので、アレンの背中を蹴り飛ばす事もできる。しかし、今は自分一人の身体ではない事を思い出したカタリーナは、何もせずにアレンの後ろを歩いた。

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