第十二話 第三勢力
ジョーは迫り来る光球から逃れるため、アジトの建物の反対側へと走った。
(奴が誘導しているのであれば、死角に入れば、追えなくなるはず)
そうは思いながらも、それ程単純な方法をサンド・バーという男が採っているのだとすれば、近衛隊長のアレン・ケイムが刺客として選ぶ事はないだろうとも思っていた。
「くっ!」
ジョーの悪い予感が的中した。光球はサンド・バーから見えない位置にジョーが入り込んでも、確実に追跡してきていた。
「ダメか!」
ジョーは光球の接近をすれすれのところでかわし、その先にある貯水池へと向かった。
(この光球、前にどこかで見た事がある)
その記憶が正しいか確かめるために、彼は貯水池に飛び込んだ。ジョーが水の中に入ると、光球は標的を見失ったようにその辺りを旋回し始めた。
(やはり、そうか。それなら、全て合点がいく)
ジョーは水中から光球に狙いをつけて、ストラッグルを放った。光球はその光束をかわす事ができず、消滅した。
「ジョー・ウルフ、さすがだ。光球の秘密に気づいたか。しかし、気づいたところで、いつまでも水の中に潜っている事はできないぞ」
サンド・バーはニヤリとして歩き出し、アジトの裏手に進んだ。
「ジョー!」
エミーは我慢できなくなり、建物から飛び出してジョーのところに駆け出した。
「エミー、危ない!」
アジトのリーダーと五人の男達がそれを追いかけた。
カタリーナはアレン・ケイムの誘導に従い、共和国軍の戦艦に乗り込まされていた。
「私を盾にして、ジョーと戦うつもり? やめた方がいいわよ」
近衛隊員に銃を突きつけられても、カタリーナは怯まなかった。するとアレンは、
「私はそれ程愚かではないよ、カタリーナ。お前をジョーに対する盾にするつもりはない。お前には、共和国総統領閣下の役に立ってもらうつもりだ」
カタリーナはアレンの意外な言葉に目を見開いた。
「どういう事?」
彼女は眉をひそめてアレンを見た。アレンはフッと笑い、
「お前は今まで、ジョー・ウルフに隠している事があるだろう? 決して奴には話せない秘密を持っているだろう?」
カタリーナの顔が引きつった。
「どうしてそれを貴方が知っているの?」
カタリーナは先程までの強がりを封印したかのように震え出した。
「私はブランデンブルグ軍の生き残りだ」
カタリーナの目が大きく見開かれた。
「まさか、総統領のアメア・カリングって……」
カタリーナは首を横に振りながら、後退りした。
「丁重に扱えよ。その方は、共和国総統領であるアメア・カリング閣下のお母上であるのだからな」
アレンの衝撃的な言葉に打ちのめされたカタリーナは、よろけて転びそうになったが、近衛隊員に支えられて、ブリッジの賓客席に座らされた。
(そんな……。私、どうしたらいいの……?)
カタリーナは眩暈がして、肘掛に寄りかかった。その反応を見て、アレンはニヤリとした。
ジョーは次第に息苦しくなっていく中、サンド・バーの放つ光球への対策を考えていた。
(奴はまた光球を三発発射した。どうする?)
息が続く限り、ジョーは水中に潜んでいようと思っていたが、それも許されない事となった。サンド・バーが貯水池の脇まで歩を進めてきたのだ。
「いつまで隠れん坊を続けるつもりだ、ジョー・ウルフ?」
サンド・バーは奇妙な形の銃をホルスターに戻し、ベルトから別の銃を取り出して、貯水池に向けて撃った。
(何!?)
それは水中でも推力を失わずに突き進めるボーガンだった。
「くそ!」
ジョーはそれをかわすために水上に顔を出した。そこへ光球が急降下してきた。
「そらそら、こっちも狙っているぞ!」
サンド・バーが愉快そうにボーガン銃を構えて撃ってくる。ジョーはそれをかわして、大きく息継ぎをすると、もう一度水中に身を隠した。
(くっ……)
水中に入っている事で、傷口が塞がりづらくなり、出血が酷くなってきた。
(仕方ねえな)
ジョーはサンド・バーがいるのとは反対側の端へと潜水し、貯水池から出た。
「逃がさねえぞ!」
サンド・バーがボーガン銃を連射する。光球もジョーに急降下してくる。
「はあっ!」
ジョーはストラッグルを撃たずに水平に振った。すると、ジョーに一番近くまで接近していた光球がかわし切れずに当たり、弾け飛んだ。
「何だと!?」
それを見たサンド・バーがほんの一瞬怯んだのをジョーは見逃さなかった。ストラッグルが吠え、ボーガン銃を弾き飛ばした。
「ぐっ!」
サンド・バーは思わず右手を押さえた。ジョーは残り二発の光球から逃れるため、また走り出した。
(光球の秘密はわかった。ならば!)
ジョーはアジトの裏手へと走り、立てかけられていたスコップを手に取った。そして、ストラッグルをホルスターに戻すと、スコップを構えて光球を待ち受けた。
「おのれ!」
サンド・バーは、ジョーが光球の正体に気づいたのを知り、弾かれたボーガン銃を取りに走った。しかし、ボーガン銃はエミーがすでに持っており、彼女を庇うようにリーダーと五人の男が立ち塞がった。
「ちっ!」
サンド・バーは歯軋りした。その間にジョーは、迫ってきた光球をスコップで叩いて地面に激突させた。そして、残りの一つは遥か彼方へと叩いて飛ばした。
「思った以上に頑丈な奴だな」
ジョーはスコップがへこんでいるのを見て呟いた。そして、地面に開いた穴に近づき、光球の正体を取り出した。それは一見昆虫のように見える羽を持ち、鋭い角が先端にある生き物だった。六つ足で、スコップを変形させる程の強度を持つ甲羅のような硬い殻で覆われている。
「以前、聞いた事がある。自ら発光し、獲物をその硬い身体で仕留める節足動物がいるってな。見るのは初めてだぜ」
ジョーは恐る恐る近づいてきたエミーに差し出したが、エミーは真っ青になって逃げてしまった。
「……」
サンド・バーは観念したのか、地面にしゃがみ込み、微動だにしない。ジョーは節足動物の死骸を地面に放ると、サンド・バーに近づいた。サンド・バーはそれに応じてジョーを見上げた。
「爆弾か?」
ジョーがサンド・バーの首に巻かれたチョーカーを見て尋ねた。リーダーと五人の男達がギョッとしてサンド・バーを見た。
「そうだ。お前を殺さないと、爆弾が爆発して、辺り一帯が廃墟になる仕掛けさ」
サンド・バーは自嘲気味に言った。次の瞬間、ジョーのストラッグルが吠え、チョーカーを跡形もなく吹き飛ばしてしまった。サンド・バーは何が起こったのかわからず、瞬きも忘れて固まってしまった。
「虚仮威しだな。あんたを思い通りに動かすための偽物だ」
ジョーが言うと、サンド・バーはようやく我に返り、自分の首に傷一つないのを確認した。
「一つ教えてくれ。あの虫は、一体どうやって俺を追いかけ回したんだ? まさか調教した訳じゃねえだろ?」
ジョーが尋ねると、サンド・バーは、
「調教なんかできねえよ。お前が惑星アラトスに残した血を嗅がせて、覚えさせただけさ。だから、どこまでも追いかけたんだよ」
今更解説させるなという顔で話した。ジョーはニヤリとして、
「なるほどな。派手にやり過ぎたからな」
そう言ってから、空を見上げた。先程までいたはずの共和国軍の巡洋艦はいつの間にか姿を消していた。
「勝負がつく前にいなくなっていたようだな。何か知っているか?」
ジョーはもう一度サンド・バーを見た。
「俺は時間稼ぎだと言っていた。それだけだ。それ以上は何も知らない」
サンド・バーは忌々しそうに地面を拳で叩いた。それを聞いたジョーの顔色が変わった。
「アレン・ケイムはどうした?」
ジョーの声のトーンが変化したのに気づいたサンド・バーはハッとしてジョーを見た。
「確か、戦艦クラスの艦に乗り込んで、アラトスを出たはずだ」
ジョーはその言葉を聞き終わらないうちに、自分の小型艇に走り出していた。
「ジョー、どこへ行くの?」
珍しく慌てているジョーを見て、エミーが尋ねた。ジョーはエミーを見ずに、
「奴らの狙いがわかったんだ」
「え?」
ジョーの謎の言葉にエミーはキョトンとした。ジョーは小型艇に飛び乗り、
「カタリーナだ」
言うや否や、発進していた。
「カタリーナさん?」
エミーは一度も見た事がない、ジョーの妻の顔を想像していた。
「あんたはどうする? 俺達の敵になるなら、容赦はしないぞ」
エミーからボーガン銃を受け取ったリーダーがサンド・バーに狙いを定めて訊いた。
「俺も共和国のお尋ね者だよ。どちらかと言うと、あんたらに近い」
サンド・バーは苦笑いして言った。リーダーはボーガン銃を下ろし、サンド・バーに手を差し出した。
「ようこそ、『銀河の狼』のアジトへ」
サンド・バーはその手を握り、ニヤリとした。
タトゥーク星とは銀河の反対側にある恒星系に、たくさんの戦艦クラスの艦が集結しつつあった。
「戦乱の象徴であるジョー・ウルフが銀河系に戻ってきた事が確認された。今こそ、我らの決起の時である」
通信機を通じて、全ての艦に呼びかけている黒髪の総髪の男。彼は純白の軍服を着用している。
「共和国を打倒し、銀河帝国を再興するために諸君の力を貸して欲しい」
総髪の男は力強く呼びかけた。
銀河に新たな火種ができかかっていた。