第十一話 刺客サンド・バー
ジョーは成り行きで連れて来た総統領近衛隊の隊員達を巡洋艦から降ろし、「銀河の狼」のメンバー達に引き渡した。
「こいつらをどうするもあんた達に任せる。しばらく、俺は銀河を離れるんでな」
ジョーは手錠をかけられた近衛隊員を見ながら告げた。近衛隊員達はその言葉に顔を引きつらせたが、
「俺達は殺戮集団じゃないですからね。ジョーさんが戻るまで、捕虜として丁重に扱いますよ」
男の一人が答え、他の者もそれに同意するように頷いた。
「当たり前よ。殺されたら殺し返すなんて考えを持っていたら、私達も近衛隊と同じになっちゃうわ」
メンバーの中で最年少のエミーが言い添えた。ジョーはエミーの頭を撫でて、
「じゃあ、留守を頼むぜ、エミー・ウルフ」
「もう、それやめてよ! 凄く恥ずかしいんだから!」
エミーは頬を膨らませて不機嫌そうに応じた。ジョーは苦笑いして、
「よろしく頼む」
もう一度エミーの頭を撫で、他のメンバーを見渡すと、アジトの裏手にある洞窟に向かった。そこにはジョー専用の小型艇が隠されていた。
(アメア・カリングの秘密を探るには、カタリーナに話を訊く必要がある)
ジョーはある事を思い出していた。
ジョーが洞窟の奥から車輪付きのカタパルトに載せた小型艇を移動させて出て来ると、タトゥーク星の上空に共和国の駆逐艦級の船が現れた。
「ジョーさん、大変だ! 近衛隊の連中が、捕虜と貴方の引き渡しを要求してきた!」
メンバーのリーダー格の男が慌てた様子で走ってきた。
「何?」
ジョーはカタパルトから離れ、アジトに戻った。フロアは緊迫しており、ジョーが入っていくと、全員が一斉に彼を見た。エミーも泣き出しそうな顔でジョーを見つめている。
「ジョーさんと話がしたいと言っている男がいる」
通信をしていた男が振り向いて告げた。ジョーは頷き、通信機に近づいた。
「ジョー・ウルフだ。話とは何だ?」
ジョーが尋ねると、
「俺はサンド・バー。近衛隊隊長のアレン・ケイムから貴様の抹殺を言いつかった。お前のそばにいる連中ごと焼き尽くされたくなければ、俺と戦え。そうすれば、銀河の犬っころとかいう連中の命は保証する」
完全に挑発めいた事を言ってきた。「銀河の狼」のメンバーはバカにされた事に憤ったが、それ以上にジョーを抹殺にきたと言われた事に驚愕していた。
「大方、監獄から解放するから、ジョー・ウルフを殺せとでも言われたんだろう? そんな話を鵜呑みにするなんて、お前は相当なバカだな?」
ジョーは全く怯まずにサンド・バー以上の挑発をした。
「うるさい! 俺の事情は貴様には関係ないだろう! 要求を飲むのか? 飲まないのか?」
サンド・バーはジョーの言葉に激昂したのか、声を荒らげて言った。
(サンド・バーは確かに手を焼いた荒くれ者だが、ジョー・ウルフの敵ではない。時間を稼げればいいだけだ)
アレン・ケイムは、大型の戦艦に乗り込み、惑星アラトスを飛び立っていた。
(お前の考えている事は想定内だ、ジョー・ウルフ。私はお前の一歩も二歩も先を行っている)
アレンはニヤリとした。
ジョーはサンド・バーとのやり取りをしばらく繰り返して、エミー達非戦闘員をアジトの奥の避難壕に移動させた。
「そろそろいいか」
ジョーは避難が完了したのを確認して、
「お前の言い分は了解した。今から外に行く。その代わり、お前も一人で降りてこい。同行者は認めない。もし、お前以外の者がいるのがわかったら、容赦なく船ごと撃ち落とす」
最後通告並みの脅しをかけた。すると、
「いいだろう。俺一人で降りる。それは約束しよう」
サンド・バーの冷静な声が応じた。ジョーはそれを聞いてニヤリとし、
「取り敢えず、お前の言う事を信用する。待ってるぜ」
ストラッグルの弾薬を確認すると、ホルスターに戻し、外に出た。空を見上げると、駆逐艦がゆっくりと降下して途中で停止し、後方のハッチが開いて、小型艇が発進した。ジョーはストラッグルに手をかけ、警戒したまま小型艇の動きを注視した。小型艇は不審な動きをする事なく、ゆっくりと降下し、地面に着陸した。前面のフードが上がり、巨躯の男がヌッと立ち上がった。顔は面長で敵意に満ちた吊り上がった目でジョーを睨んでいる。ベルトには奇妙な形の銃を下げていた。グリップの部分がオウム貝のようである。
(見た事がない銃だな。何だ?)
ジョーはサンド・バーの銃も気になったが、それよりも目を引いたのは、首に巻かれている犬の首輪のようなチョーカーだった。
「何だよ、他人の事を犬っころ呼ばわりしておいて、お前こそ犬みたいな首輪を付けてるじゃねえか?」
ジョーが皮肉交じりに言うと、サンド・バーはムッとした表情になって、小型艇を飛び出し、
「うるさい! 余計な事を言うな! さあ、銃を抜け。それくらいのハンデは与えてやる」
奇妙な形の銃に手もかけずに言い返した。
「そうかい!」
ジョーは遠慮せずにストラッグルを抜き、サンド・バーを撃った。すると、ストラッグルの光束は彼の前で消滅してしまった。
「わあ!」
ジョーの後ろでその様子を見ていたメンバーの数名が驚きの声を上げた。彼らにとって、ジョーが所持しているストラッグルは、銀河系最強の銃なのだ。その最強の銃が最強の光束を放ったにも関わらず、敵の直前で消滅してしまったのは、衝撃的な事実であった。
「やっぱりな。さすが、アレン・ケイムの飼い犬だ。同じ手を使ってきたのか」
ジョーは余裕の笑みでサンド・バーを見た。
「うるさい! 死ね、ジョー・ウルフ!」
サンド・バーは正確な狙いもつけずに銃を撃った。光球が銃口から飛び出し、ジョーに向かった。ジョーは難なくそれをかわした。ところが、ジョーを通り過ぎた光球がUターンしたのだ。
「くっ!」
光球の行方を目で追っていたジョーは辛うじてそれをかわし、地面を転がった。
「無駄だ、ジョー・ウルフ。その光球からは逃れられない。俺はこの銃で、共和国軍の兵を千人以上殺したのだからな!」
サンド・バーはつり目をより吊り上げて、勝ち誇ったように叫んだ。
「何!?」
ジョーが光球の動きをまた追うと、光球は再びUターンして、彼に向かってきた。
「くそっ!」
ジョーは横に飛んでまた光球をかわした。するとサンド・バーは、
「光球は一発ではないぞ」
別の光球を放った。
「チイッ!」
ジョーは歯軋りしてストラッグルで光球を狙って撃った。しかし、光球は軌道を変え、ストラッグルの光束をかわしてしまった。
「グッ!」
もう一つの光球がジョーの左肩を抉るように命中した。しかし、光球は消滅する事なく、更に旋回してジョーに襲いかかる。
「ぬあっ!」
光束を避けた光球がジョーの右腿を掠めて、軍服を破って皮膚を切り裂いた。ジョーは膝を折りそうになったが、何とか踏み止まり、走り出した。
「逃げても無駄だ、ジョー・ウルフ。その光球からは決して逃れられない」
サンド・バーは高笑いをして言った。
(あの光球は何だ? 小型のミサイルなら、当たった時に壊れるはずだ。一体?)
ジョーは額に汗を滲ませ、走り続けた。光球二つがじわりじわりと距離を詰めていく。
大マゼラン雲の辺境星域にある恒星系。その第四番惑星にジョーとカタリーナの暮らしている家がある。二人の正体を知る者はなく、ジョーとカタリーナは静かに暮らしていた。
(銀河系に政変が起こったっていう噂が流れて、ジョーは行ってしまったけど、どうなっているのかしら?)
家で一人待つカタリーナは、寂しそうに窓の外を眺めた。
(一年前に妙な事があって、ジョーは額に酷い怪我を負って、未だにそれが癒えない。何故なのかしら?)
カタリーナにはいろいろと不思議な事があるのを憂えていた。
「もう昔みたいに一緒に行けないのがつらい……」
カタリーナは少しだけふっくらとしてきた腹部を撫で、ジョーの無事を祈った。
「なるほど。以前であれば、何が何でも同行したお前が、何故ジョーだけを行かせたのか、理由がわかったよ、カタリーナ・パンサー」
そう言ってエントランスに現れたのは、アレン・ケイムと五人の近衛隊員だった。
「誰よ、あんた達は!?」
カタリーナは後退りして、部屋の隅にある戸棚に近づいた。するとアレンは、
「ピティレスを撃つつもりかね? 無駄だぞ、カタリーナ」
「やってみなければわからないでしょ!」
カタリーナは後ろ手に戸棚から愛銃のピティレスを取り出して、間髪入れずに撃った。しかし、光束はアレンの直前で虚しく消滅した。
「おとなしくしろ、カタリーナ・パンサー。腹の中の命が惜しければな」
アレンの言葉に、カタリーナは構えていたピティレスを下げ、床に落としてしまった。