第九話 脱出
アレン・ケイムはしばらく近衛隊員の遺体を見下ろしていたが、
「ジョー・ウルフは惑星アラトスに向かった。近衛隊全隊を以ってこれを迎え撃ち、必ず仕留めよ」
目を細め、ごく冷静な声で命じた。
「はっ!」
そこにいた隊員達は直立不動になって敬礼し、すぐさま各所に散っていった。
(ジョー・ウルフめ、我が理想郷の建設を邪魔するなら、もはや死あるのみ。総統領閣下のご意向など関係ない)
アレンは右の拳を強く握りしめると、廊下に出て大股で歩き始めた。
「閣下は落ち着かれたか?」
アレンは廊下の先で彼に気づき、跪いている侍女を見て尋ねた。侍女は顔を上げ、
「はい。只今、お眠りになっています」
震える声で応じた。アレンはそれには何も言わず、廊下を更に進んだ。
(理想郷建設には、閣下の『お力』は何としても必須。しかし、ジョー・ウルフを瀕死にすると発作を起こしてしまうのは、如何ともし難いな。サンプルがまずかったのか?)
アレンは歯ぎしりをしてジョーを追いつめながらも止めを刺せないアメア・カリングの複雑な感情を思い出した。
(一つだけ気がかりなのは、ジョーが死んだのを知った時の閣下のご反応だ。あの不安定な情緒がどうなるか……)
アレンは、近衛隊員達にジョーを殺すように命じたが、彼らにその任務が遂行できるとは思っていない。
(奴を殺せるのは銀河系には私だけ。もちろん、閣下が安定されれば、ジョー・ウルフなど物の数ではないがな)
アレンはエレベーターの前まで来ると、扉が開くのを待った。
一方、惑星マティスの総統領府から転送機で脱出したジョーは、惑星アラトスの転送機に到着した。
(血は止まったか)
ジョーはアメアに斬られたところを軍服をずらして確認した。傷はすでに塞がり始めており、開く心配はほぼない事が確認できた。ビリオンスヒューマン能力のなせる業である。
(外には敵兵が集まっているんだろうな)
ジョーは取り囲まれているのを想像し、苦笑いした。
「口で言っても退いてくれないだろうからな」
ジョーは両手でストラッグルを構えた。
「通らせてもらうぜ!」
ストラッグルから銃口の何倍もある太さの光束が吹き出し、転送機の扉を打ち抜くと、転送機を取り囲んでいた近衛隊員達を一瞬にして消し炭にしながら、更にそのままの勢いで進み、近衛隊総司令部のロビーを抜けると、重厚な金属製の扉をも吹き飛ばして、外へと飛び出した。そして、その先にある何基もの小型艇を爆発炎上させ、最後は巡洋艦級の船の先端を吹き飛ばしてようやく消滅した。
「おあつらえ向きの船があるな」
ジョーは焦げ臭くなった司令部の中を駆け抜け、腰を抜かしている一般職員達を尻目に、一直線に巡洋艦へと走った。
「早速見送りの連中が来やがったか」
ジョーは四方から接近してくる無数の車両やエアバイクをチラッと見て呟いた。
「見送りは遠慮するぜ」
ジョーは威嚇射撃をしてくる近衛隊員達を無視し、ストラッグルの光束がかすめたせいで、ブスブスと焦げ臭い煙を吐いている巡洋艦の艦底のハッチを開くと、中へ飛び込んだ。
「逃がすな!」
近衛隊員達は巡洋艦のハッチが閉じるのを確認すると、爆発を免れた小型艇で発進し、巡洋艦の離陸を阻止する行動に移った。
「そんな物で止められる程、お前らの艦は柔じゃねえだろ」
焦りで意味不明な行動に出ている隊員達を哀れみながら、ジョーはブリッジで発進準備を進めた。
「む?」
メインスクリーンに一部のハッチが外から強制的に解放された通知が表示された。
「そういう事か」
ジョーはオートパイロットにセットすると、ブリッジを出た。巡洋艦はゆっくりと宙に浮かび、上昇を始めた。ジョーは艦内の見取り図を確認できる端末を見ながら、狭い通路を走った。
「まずはこっちか」
一番近くにいる侵入者に向かう。ほんの数秒で両者は出くわした。
「わわ!」
まさかジョーが出てきていると思っていなかったのか、二名の隊員は酷く狼狽えていた。
「すまねえな」
一瞬のうちにジョーは二人を気絶させ、彼らが所持していた磁力式の手錠で近くの配管に括り付けた。
「次はと」
ジョーは端末を見て、最短ルートを検索し、別の侵入者へと向かった。
「いたぞ!」
今度はジョーが出てきているのを情報として入手していたのか、冷静に反応された。
「ぐは!」
だが、所詮はジョーの敵ではない。三人いた隊員はなす術なく倒されて、手錠で手すりに繋がれた。
「おっと、いけねえ」
どこから侵入したのか、もうすぐブリッジに辿り着こうとしている侵入者がいる事がわかり、ジョーは元来た通路を戻った。
「くそ!」
しかし、一歩遅く、ブリッジは中からロックされ、巡洋艦は飛び立った場所へと戻り始めた。
「ふざけやがって!」
ジョーは数歩下がり、ストラッグルを構えて扉を撃った。しかし、小さな穴が開いただけで、扉は開かない。
(さすがに頑丈だな)
ジョーは弾薬を確認した。特殊弾薬を使えば、一撃で破壊できるが、それだけではすまない。
(ブリッジごとぶっ壊しちまうから、それはダメだな)
ジョーは舌打ちし、思案した。その間にも巡洋艦は地上へと降りていく。
「これしかないか」
ジョーは通常の弾薬を取り出すと、ドアに貼り付けた。そしてまた数歩下がり、それを狙撃した。先程よりは強力な火力が得られ、扉はドロッと溶けてしまった。
「はあ!」
ジョーはそれを蹴破り、ブリッジに飛び込んだ。
「うわ!」
突入してきたジョーに驚いた三人の隊員はすぐさま所持していた銃で応戦してきた。
「どこ狙ってるんだよ?」
ジョーはたちどころに三人の銃を弾き飛ばすと、ブリッジを制圧してしまった。丸腰になった近衛隊員達はすぐに降参し、手錠で近くにあった配管に繋がれた。
「しばらくそこでおとなしくしてろ」
ジョーは針路設定をし直し、もう一度巡洋艦を上昇させた。
(アメア・カリングはあの大マゼラン雲で出会った女だった。だが、何故あの時俺に止めをささなかったのかはわからなかった。一体あの女は何者なんだ? そして、どうしてカタリーナにそっくりなんだ……?)
ジョーは大気圏を飛び立つ間、アメアの不可解な謎を考えた。
「おっと、宇宙にも見送りに来ている奴らがいたのか」
ジョーは衛星軌道上に数多くの艦船が集結しているのをメインスクリーンで確認した。手錠で繋がれている隊員達が震え出した。砲撃が始まったからだ。
「味方が乗艦しているのに撃ってくるとは、酷い仲間だな?」
ジョーは哀れむように三人を見てから、
「心配するな、当たりはしないよ」
巡洋艦を回避運動させながら、迎撃ミサイルを発射した。
「こんな物騒な宙域に長居は無用だな」
ジョーはジャンピング航法の操作を開始した。
「ちょっと揺れるぜ」
ジョーは三人の隊員をまたチラッと見て言った。三人は生きた心地がしないのか、蒼ざめた顔でジョーを見ているだけで、何の反応もしなかった。
「あばよ。また来るぜ」
それだけ呟くと、ジョーはジャンピング航法に入った。巡洋艦は忽然とその場から姿を消した。
アレン・ケイムは、エレベーターで一階に下り、ロビーに出たところでジョーがアラトスから脱出したと報告を受けた。
「まあ、いい。しばらくは放置しておけ。奴も総統領閣下のお力に恐れをなし、当分の間、近づく事はなかろう」
怯えて報告をした隊員をフッと笑って見た。
(奴は必ずまた来る。私がここにいる限りな)
アレンは不敵な笑みを浮かべ、総統領府から出ると、空を見上げた。
「ジョー……」
真っ暗な寝室のベッドの中で、アメア・カリングは目に涙を浮かべていた。