9.得たもの=金
前回までのあらすじ。
ギルド「マニィ信者の憩いの場」に帰ってきたら、何故か強襲されたので返り討ちにした。
俺は悪くねぇ。
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「おいバグログ。
この異世界の魔王はずいぶんと恨まれているらしいな」
俺のスキル【転移魔法(魔王特製)】を知っているらしいオッサンから奇襲を受けた。
スキル名に魔王特製とあるので、魔王の部下とでも思われたのだろう。
『それは、魔王ベルセリオの悪評のせいバグ』
「ベルセリオ? あの人形魔王、そんな名前だったのか?」
前に名前を聞いたとき、自分には名前がないとか言っていた気がするが。
『違う違う、魔王違いバグ。
獅子王にして魔獣の王、ベルセリオ。
それが彼らの言う魔王のことバグ』
「なるほど、魔王が複数いる設定か」
『設定言うなバグ』
異世界物のネット小説ではよくある話だ。
「つまり、俺はベルセリオとかいう魔王の手先だと勘違いされている。
そして俺の知っている魔法王、というか人形魔王は世間一般では知られていない、ってことか?」
『理解が早いバグね』
「まあな。それより、オッサンどもの誤解はどうやって解くんだ?」
『魔王ベルセリオの配下には顔に特徴的な紋章があるバグ。
それがないことを証明すればいいバグ』
丁度オッサン達が起き出した。
俺のスキルは、ベルセリオとは違う魔王からもらったことを説明した。
顔をくまなくチェックしてもらい、特徴的な紋章がないのを確認させた。
そして彼らは自分らの勘違いに気が付き、態度を改めた。
それまでおよそ2時間。
「本当に申し訳ない!」
「勇者の集い」ギルドマスター、ヒュルトーンと隣のオッサン3人は土下座を見せてくれた。
『謝罪の次は慰謝料を要求するバグ』
『(ちょっと黙ってろ)』
バグログに話の腰を折らないように命令。
「あんたらがやったのは、正義感に基づいた行動だ。
俺が悪い魔王の関係者だって勘違いも理解できるし、実際こうしてお互い無傷なんだし、いいよもう」
誰だって間違いや勘違いくらいするものだ。
それをいつまでも責めるほど俺は心の狭い人間じゃない。
「それでは私の気が済まない!
なんだってする! この首を差し出せと言われれば喜んで差し出そう!
だが、罰は私だけにしてもらえないだろうか?!
私の可愛いギルド員だけは見逃して貰えないだろうか?!」
「そんな、ヒュルトーン様!」
「止めちゃ駄目よ~、ガイアンちゃ~ん。
これはギルドマスターの誇りの問題なんだから~」
「どこまでもついてゆくぞヒュルトーン。
たとえ死の旅路になろうとも」
暑苦しい……勘違いが解けたなら、さっさと帰れよ。
いつまでもオッサン連中の相手とかしたくねぇよ。
『(バグログ、この連中を追い出す方法を考えてくれ)』
『だから慰謝料を要求すればいいバグ。
このオッサン共が謝罪したいって言ってんだからバグ』
『(そうか。とりあえずの軍資金も必要だし、ちょうど良い機会だな)』
「よし、それじゃ……お金くれ」
俺はピースを見せる。
オッサン4人は? といった目で見る。
「お金だよ、これだけくれ」
「2……でいいのだろうか?」
「ああ。現金で、すぐに頼む」
ここの通貨の単位はMA。町の定食屋が1食800MAだったから、
多分日本円とあまり変わらないと思われる。
2万MAもあれば、数日は持つだろう。その間に宿舎を見つけて、
クエストで小銭稼いで……そういえばドラゴン討伐の報酬ってどうなるんだろ?
まあいいや。とりあえず目先のお金だ。腹減った。
夕食が食べたい。ついでに宿代も欲しい。野宿は嫌だ。
「了解した。すぐに準備しよう」
オッサン一行が走り去る。やれやれ。
「ところでさー」
「おう?」
アマンサに話しかけられた。何でしょ。
「ママンに手紙書いたからさー、転移魔法とやらで送ってくれないー?」
無気力なギルドマスター、アマンサに手紙を渡される。
えーと、ノウディンの村、第3ストリート11番地のポストに転移、っと。
地図を見ながら俺が転移魔法を使うと、手紙は消失した。
上手くいったのかどうかは不明だ。
「うひょーマジで転移しやがったよーコイツ」
「お前が頼んだんだろうが」
「しかも初対面でタメ口だよー信じらんなーい」
「初対面じゃねーし、許可貰ったよな? うわ何するやめろ」
アマンサがそのオレンジの髪を両手に持ち、俺の顔をつついてくる。
せっかくの女の子の髪なのに、まともに洗ってないのか、臭う。
『そんな時こそ転移魔法バグ』
「あぁ?」
『髪や頭皮についてる余計な油、細菌、よごれ、を転移するバグ』
「そんなこと出来るのか? いや、物は試しだテレポート」
その瞬間、いやな悪臭は消え、本来の髪の香りが……アレ?
「香りがねぇ」
バグログ『油を飛ばし過ぎバグ。それにまともなシャンプーを
使ってないみたいだし、香りなんて出るはずがないバグ』
「人の髪の毛をクンカクンカするなー」
微調整は間違えたが、狙ったことが出来て満足だ。
「お待たせした!」
「早ぇよ、まだ5分も経ってねーよ」
ハゲのおっさんが再びやって来た。
ドスン! とスイカ大の革袋が置かれる。
「2000万MA入っている。確認願いたい」
「おいおい、嘘だろ?!」
ここの物価はぱっと見たところ1MA≒1円なので、
2000万円を速攻で持ってきたようなものだ。
「何?! 2とはひょっとして2億MAだったのか?!
済まないが、さすがにそれだけの大金は直ぐに用意できない。
3日ほど待ってもらえないだろうか?!」
「いやいやいや、2万MAで十分だってば!」
「そんなはした金で許されては私のメンツが立たぬ!
どうか受け取ってもらいたい!」
「は、はぁ……」
『くれるってんだから貰っとけバグ』
俺は2000万MA入ってるらしい袋を受け取る。
「では私はこれで。近々、国王から報酬が与えられるはずなので、
その時にまた会いましょう」
ヒュルトーンはすっきりした顔で去っていった。
「この大金をどうしろと」
『飲みに行こうぜバグ!』
「とりあえず貯金だな。この世界に銀行ってあるのか?」
『無視されたバグ。ちなみに貯金をするならギルドバグよ?』
「ギルドに?」
『自分が最も信頼するギルドにお金を預けて、守ってもらうのバグ。
この町だと「竜を討つ者たち」、「闇の屍」、「勇者の集い」の3択バグ』
「「マニィ信者の憩いの場」は選択肢外なのな……」
『1人ギルドに金を預ける酔狂な人はいないバグ』
「さっきから独り言多いよー? 危ない人なのー?」
「やべ、口に出してた」
バグログとの会話は他の人に聞こえない。
油断してるとつい口に出して会話してしまう。気をつけねば。
「貯金なら、「闇の屍」がお勧めだよー」
「このギルドでは貯金できないのか?」
「金庫番がいないからなー」
そりゃそうか。受付嬢すらいないギルドだもんな。
「んじゃ「闇の屍」とやらに行くとするか」
そこでお金を預けて夕食に出かけよう。
俺はギルドを出て、「闇の屍」へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
ここは「闇の屍」ギルド窓口。
ギルド全体がバーのような、薄暗くも大人びた雰囲気を持ち、冒険者達は広間で酒と食事を楽しんでいる。
「いつもご愛顧ありがとうございます。本日はどういったご用件で?」
受付嬢だ!
やっぱりギルドに受付嬢は必要だよな。
「口座を新規で作って、貯金したいんだが」
「こう、ざ?」
俺の世界の用語で、通じない用語もあるのか。
サイドテールの受付嬢は困った顔をしている。
「ああいや、いいや。お金を預けたい」
「推薦状はお持ちですか?」
「推薦状?」
「Bランク以上の冒険者以外は、Bランク以上の冒険者の推薦状がなければ専用金庫をお貸しすることができませんので」
「ああ、身分証明みたいなものか」
「失礼ですが、お客様は冒険者ではないですよね?」
「いや、冒険者だが。そうか、ギルドカードを見せればいいのか。これでどう?」
俺はギルドカードを提示する。
「ふむふむ、Sランク……Sランク?!」
「何か問題でも? Bランク以上だろ?」
「ちょっとギルドマスターを呼んできます……」
「Oh……」
こっちは空腹だから早く腹を満たしたいというのに、
また別のギルドのギルドマスターを相手にしないといけないのか……。
勘弁してくれよ……。
ぐぅううううう……腹の虫が寂しそうに鳴く。
『俺様も無視されて泣きそうだぜバグ』
「(悪いが相手する元気もない)」
『そう言うなよバグ。
お前は世界でただ一人、俺が話しかけることのできる相手なんだぜバグ』
「(勝手に人に寄生したあげく、孤独を嘆くんじゃねーよ)」
『手厳しいバグ』
「(ま、ドラゴン討伐では世話になったよ)」
『き、急に感謝されると照れるバグね……』
「(寄生虫のくせに照れてんじゃねぇ?!)」
バグログと脳内言い争いをしていると、向こうから全身タトゥーの、いかにもヤバそうな男が、こちらへやって来た。
まだ30代くらいだろうが、その辺の冒険者と格が違う雰囲気を醸している。
隣の受付嬢が、ギルドマスターのウヨック様だと紹介してくれた。
「やぁ。そんな嫌な顔をしないで欲しい。こう見えて僕は割と紳士的なのだから」
「自称紳士にろくな奴はいねぇよ」
「違いない」
「で、ご用件は?」
「うん?」
「こっちは空腹で死にそうなんだ、用があるならはよ」
相手がギルドマスターであることも忘れ、俺は不機嫌をぶつける。
「ははは、そうか。それは悪かったね。君、君」
ウヨックは受付嬢を呼び出す。
「この者は確かにSランク冒険者だ。ギルドカードの偽装もない。
僕が保証するよ。この革袋ごと専用金庫へ」
「かしこまりました」
「あ、ちょっと待って! 200万MAくらい手持ちに残したい!」
「はい。……どうぞ」
俺は、ギルドカードを返してもらい、
10万MA金貨を20枚手渡された。
受付嬢はそそくさと奥へ去っていった。
「ところで、一つだけ聞いてもいいかな?
君が転移魔法使えるって本当?」
「本当だ」
「力を借りたい、と言ったら貸してくれるかい?」
「何か困ってるのか?」
「ククク、いや、困ってない。困ってないとも。
転移魔法に頼らなければどうにもならない状況なんて、想像もしたくないね」
「用は終わりか? 俺はもう行くぞ?」
「ああ、ありがとう。生きる楽しみがまた1つ増えたよ」
俺は「闇の屍」を出た。
「クククク……」
ウヨックは、遊角を見送った後も、堪え切れず笑っていた。