65.子猫
前回までのあらすじ。
マニィの浮島の落下が止まった。
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・???
3000年くらい前の話だ。
オイラは生まれたての子猫だったけど、親とはぐれて飢え死にしそうになっていた。
お腹が空いて、にゃーにゃー鳴いてみるけど、誰も相手にしてくれなかった。
今思えば、野性の魔獣に食われなかったのは運が良かった。
飢えたオイラを見つけたのは、親猫じゃなくてケッシーだった。
彼女はゴブリン族の子どもだった。
ゴブリン族は大人でも70cm無いくらい小さい小鬼で、器用な手先とずる賢い知恵を使って生きている魔獣だ。
オイラは最初、ゴブリンに食われるんじゃないかってひやひやしてた。
でも、彼女はオイラを、集落内にある彼女とその家族の家に連れて帰った。
「ギャギャー(パパー、この子飼うー!)」
「ギャギャ(うちにそんな余裕ないよ、捨てなさい)」
「ギャギャ!(やー!)」
どうやら彼女は、オイラをペットにしようとしていたみたいだ。
「ギャギョ(お世話するから!
餌代もお小遣いから引いていいから!)」
「ギャッギャ(仕方ないなぁ。途中で投げ出さず、ちゃんと世話してやるんだよ?)」
「ギャ(わーい! 私ケッシー! よろしくね、ベル!)」
オイラをベルと名付け、ゴブリンの少女ケッシーとの生活が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
最初の方は酷かった。腐りかけの羊乳を飲まされ、何度も下した。
それで死にそうになったけど、ケッシーの父ゴブリンがしょっぱい砂糖水(経口保水液と呼ばれる、下痢に効く水らしい)を飲ませてくれた。
歯が生えてからは、ご飯を分けてもらうようになった。
2歳くらいになり、オイラは恩返しのために小鳥を何匹か狩ってケッシーに渡したけど、微妙な顔をされた。
おいしいのに。
オイラはまだ子どもだったから、自分が猫種だとは知らず、大きくなったら立派なゴブリンになるんだって本気で思っていた。
「ギャギャ(おいで、ベル!)」
「にゃー」
ケッシーに飛び付く。温かい。
里は今日も平和だった。
◇ ◇ ◇ ◇
それはある一日のことだった。
オイラは里の隣の森を散歩してたけど、飽きたから帰ってきた。
しばらく歩いてたら、鼻に違和感を覚える。
……コゲくさい。
家事?
オイラは木に昇って、里を見る。
里全体が燃えている?!
ケッシー達が危ない! 助けなきゃ!
今思うと、オイラが行ったところで何が出来たんだよって話だけど、オイラはまだ子どもだったから、そんなこと分からなかったんだ。
里に着き、ケッシーの家に向かう。
途中、転がっている死体のゴブリンを何体も見かける。
よく見れば、それは殺されたものだったんだろう。
でもオイラの頭はケッシーのことでいっぱいだった。
家にたどり着いた。中から声が聞こえる。
「ギャギャ!(連中がやってくる! ケッシー、早く逃げるんだ!)」
「ギャギャギャ!(ベルも一緒じゃなきゃやだ!)」
「ギャ!(どうせどこか散歩に行ってるんだろう!
そのうちまた会えるさ! さぁ、家を出るんだ!)」
「ギャギャッ!(や! 家で待ってるの!)」
「ギャギャ!(ケッシー!)」
家の中では言い争う声が聞こえる。
普段温厚なケッシーの父には珍しく、怒鳴り声を上げている。
「さーて、害獣駆除はあとこの1軒だけかー」
人間だ。森でたまに見かけたけれど、おっかないから近づかないようにしていた。
冒険者という職種の人間だったのだけど、このときのオイラは知らなかった。
「ゴブリンごときにここまでしなくてもいーじゃん」
「いいえ、彼らは根絶やしにしなければ、新たな悲劇を生みます」
人間の男が3人。そいつらがケッシーの家に入っていった。
オイラは怖いから、隠れてそっと見守っていた。
家の中からどたばたという音が聞こえ、ドアが開き、何かが投げられた。
ケッシーと彼女の父親の死体だった。
「これで仕事完了っと」
「いよっ! 勇者様!」
「よせやい」
男3人が家から出てきた。子どものオイラでも、何が起こったのか理解した。
殺されたんだ、彼らに、ケッシー達が。
「それにしても、ゴブリンを見るとむかむかするな。
汚らわしいったらありゃしない」
男の1人が、ケッシーの元に来て、何度も踏みつける。
やめろ。オイラは飛びだした。
「……猫? どうしてこんな所に?」
「おおかたゴブリンが食料として飼育してたんだろうよ。
さっき羊が繋がれてるのも見たし」
「なるほど」
「猫ちゃーん、これ食べるか? 干し肉だぞー?」
オイラは剣士の男に近付き、干し肉の匂いを嗅ぎ、食べる……フリをして剣士の首に咬みついた。
「痛ぇー! くそ! この野郎!」
オイラは首根っこを掴まれ、地面に叩きつけられる。
そして意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇
オイラは、何もない空間に座っていた。
「力が欲しいか?」
どうして?
「復讐を果たすことが出来るぞ?」
そんなことをしても、ケッシーはもう戻ってこないよ。
どこからともなく聞こえる声に答える。
「憎くないのか?」
憎いに決まってるじゃないか。
「なら、人間を滅ぼす力を与えてやろう」
オイラが憎いのは何も、人間だけじゃないよ。
「ほぅ?」
ケッシーを殺した世界そのものが憎い。
「ならば、この獣王が、世界の理を壊す力を与えてやろう」
オイラに世界を壊せ、と?
「それも楽しそうだな」
やってみるよ。
◇ ◇ ◇ ◇
目が覚めると、男3人と目が合う。
あれは一瞬の出来事だったらしい。
「あれで死んでないとは、お前、魔獣だな?」
オイラは体に力がみなぎるのを感じた。
これは、憎しみだ。
憎しみが体を巨大化させている。
「くそ、本性を見せやがったな化け物!」
盗賊が切りかかってくる。それを爪で切り裂く。
男の死体が出来上がる。あと2人だ。
「フレイムボルト!」
オイラに魔法を打ち込んできた。
獣王から与えられたスキル【スキルキラー】を持つオイラに魔法は通用しない。
その男は、自身の魔法によって真っ赤に燃えた後、黒コゲになり倒れた。
あと1人。
「ひぃっ?! 助けてくれ!」
逃げようとしたけど、爪で貫いた。
もうこの場に誰もいない。
でも、オイラは満たされなかった。
そうだ、魔王を殺そう。
勇者なんてものが生まれたのは、魔王のせいだ。
オイラはゆっくりと立ち上がり、歩きだした。
決して満たされることのない、血ぬられた運命の道を。




