53.悪い夢
前回までのあらすじ。
アマンサが襲いかかって来た。
ギルド運営について会議中。
所持金約1億4657万MA(+貯金3億6800万MA)
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・とある憲兵視点
ここは憲兵詰め所、地下。牢屋が並んでいる場所。
俺が牢屋番をしていると、「闇の屍」ギルドマスターのウヨックさんが現れる。
全身タトゥーで顔に傷だらけの男なので、初見の奴はびっくりしてしまうが、この人かなり良い人なのだ。
例えば、ギルド金庫を無料で貸したり、ギルドの利益を教会に寄付したり、犯罪者逮捕に協力してくれたり、等。
かなり手厚い支援を行ってくれている。
「ウヨックさん、いらっしゃいませ」
「やぁ、ごくろうさま。
アマンサに会いたいんだけどいいかな?」
よほどの重罪人でない限り、牢屋の中の人に面会するのは自由だ。
今回の面会も、特に問題はないため通した。
まあ牢屋の檻越しの面会だが。
「ぐすっ……ごめんなさいお姉ちゃん……
……ギルド……守れなかった……」
「マニィ信者の憩いの場」ギルドマスターのアマンサはオレンジ髪の巨乳魔女だ。
ローブを被り、独り言をつぶやいて泣いている。
酒飲みで捕まる奴に、たまにこういうのがいる。
俺は慣れたものだ。
二日酔い対策に、適当な水と塩を振ったパンを与えてやれば、次の日にケロッとして帰ってくれる。
「やぁ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ウヨックさん。彼女はずっとこんな調子です。
泣き上戸ってやつですかね?」
「ああ君、アマンサと話すから少し黙っててくれないかい?」
言いつつウヨックさんは、俺の手に10万MA金貨2枚を握らせる。
まったく、この人には敵わないぜ。
黙るだけで半月分以上の金が手に入る。
もちろん怪しい動きをしたら応援を呼ばせてもらうが。
「アマンサ、僕だよ。話をしないか?」
「……」
「おーい」
「無駄ですよ。取り調べの時も」
「憲兵君には黙ってと、言ったよね?」
ぞくりとした。ナイフのような冷たい声。
冷や汗が流れる。
怖ぇ。余計なことは言うまい。
黙っているとしよう。
「僕は3度の飯よりも情報が大好きでね。
ギルド「マニィ信者の憩いの場」についても、たくさんの情報を知っているんだよ。
誰よりも、君よりもね」
「嘘だ! お姉ちゃんのギルドを知ってるのは、私だけだー!!」
「岡目八目という言葉を知ってるかい?
当事者よりも第三者の方が、物事を正しく判断できるんだよ」
「お姉ちゃんのギルドを分かっているのは私だけだーー!!!」
アマンサさんが叫んでいるが問題ない。
牢屋同士の防音は魔法によって完全になっている。
罪人同士が結託して脱獄や謀をしないようにするためだ。
「やれやれ。さっきから『お姉ちゃんのギルド』と言っているが、ギルドとは誰のものでもあり、誰のものでもない。
そう、個人の私物では決してないんだよ」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさいーっ!!」
「僕達は弱い。1人の力はちっぽけなものだ。
互いに助け合い、互いに競い合い、互いに笑い合い……支え合って生きている」
「……」
「だからギルドが生まれた。だから結婚なんて制度がある。
だから村、町、国なんて共同体が出来た。
僕達は独りでは生きていけないんだよ」
ウヨックさん、すげぇ臭いセリフだ!
マフィアのボスみたいな顔して言うセリフじゃねぇ!
なんて言ったら殺されるから言わないけどな!
殺されるってのは社会的にだよ!
この人ならそのくらいしてくるよ!
「だからアマンサ。1人で苦しまないで欲しい。
僕を頼って欲しい。佐倉遊角を頼って欲しい。
君はもっと誰かに甘やかされるべきだ」
「私は……苦しんでたの……?」
「自覚がなかったのかい? それは重症だな」
「……本当は……本当は分かってた……お姉ちゃん達はもう、帰ってこないんだって……」
「うん」
「でも、これは悪い夢なんだって……風邪のせいで、悪夢にうなされているだけなんだって……。
……そう自分に言い聞かせていたんだよ……」
「そっか」
泣きながら話すアマンサさんに、ウヨックさんは、ひたすら相槌をうっている。
「佐倉遊角が大岩の竜を倒したって……。
それを聞いて……どう接したらいいのか分からなかった……」
「どう接したらいい、というのは?」
「感謝すれば……お姉ちゃんが死んだことを認めるみたいで……怖かった……」
「なるほど」
「それで、今日ギルドに行ったら……私の知らない場所のような気がして……」
「それで不安が爆発して襲ってしまった、ってところかな?」
「うん」
む? 俺達がアマンサさんを捕えたのは、飲酒による暴動をしたと聞いたからだ。
罪状のねつ造?
なんて考えていると、ウヨックさんが「分かっているね?」とでも言いたげにちらりとこちらを見る。
はいはい、誰にも言いませんって。
賄賂を貰うような人間である俺はもちろん、今の話をチクるほど潔癖ではない。
それに、そんなことすればウヨックさんに恨まれるだろうしな!
「迷惑かけてごめんなさい……」
「いいんだ。迷惑なんて誰だってかけるものだよ。
ま、君が謝るべき人間は僕ではないことは確かだ」
「遊角達に、ちゃんと謝るよー……」
「うん。それがいい」
「……ありがとう」
いつの間にかアマンサさんは泣きやみ、ウヨックさんと世間話するようになった。
アマンサさんは大岩の竜の被害者の遺族だったらしい。
彼女の心の傷は、簡単には塞がれないだろう。
だが、時の流れが新たな出会いをもたらしてくれる。
大切な人を失って心に空いた穴は、別の大切な人が現れることで、少しずつ埋められてゆく。
ウヨックさんとアマンサさんの様子を見る限り、彼女の悪い夢はもうすぐ醒めそうだ。
俺はそう思った。




