32.わがまま王女
前回までのあらすじ。
吸血鬼の屋敷を買い戻すために、2億3000万MA溜めることにした。
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夜、宿屋にて。
ローライレ用に、部屋を新しく取るつもりだったが、無駄遣いはやめるのじゃ、と断られた。
そのローライレは、俺達の部屋にドヤ顔で居る。
畳6枚分の部屋に5人+バグログで、いよいよ狭くなった。
1人寝たら畳1枚分のスペースを取ると考えたら、どれだけ窮屈か分かってもらえると思う。
今日の宿代を払い、手持ち1068万MAくらい。
「狭いわね」
「狭い方が落ち付くですよ」
「中は窮屈ですわ」
「だったら何で同じ部屋で泊まるんだよ?!」
部屋を複数借りても同じ値段なのに、意味が分からん。
「夫と同じ部屋で寝るのは当然じゃ。
そこのエルフ3人も、遊角を好いておるのじゃろ?」
ローライレは水色の髪を櫛ですきながら言う。
「別に?」
「遊角といた方が安全だからですよ」
「さすがのわたくしも、リョナは勘弁ですわ」
実は、俺の居ない間に何度か、ガラの悪い奴に狙われたらしい。
返り討ちにしたみたいだが。
エルフの肉は高値で売れる。
だから狙われる。
宿でエルフだけの部屋など、強盗からすれば宝物庫のようなものだ、ということらしい?
「分かった。エルフだけだと危ないからってのは分かった。
だがローライレ、お前は別の部屋でもいいだろ?」
「嫌じゃ! 遊角と一緒に寝るのじゃー!」
転がって手足をバタつかせる。
ガキか。
「あら熱い仲ね」
「遠慮せずに、いちゃついてくれて構わないですよ」
「そうですわ! 遠慮せずヤってくれて構わないですわ!」
「テメェらちょっとは黙れよ?!」
その後、騒がしいと宿の店主に怒られたので、おとなしく寝ることにした。
ローライレには、布団を新たに転移魔法で作ってあげた。
だというのに、彼女は何度も俺のベッドに忍び込もうとした。
そのたび追い出した。
結局俺の眠気が限界で、彼女とベッドで一緒に寝ることになった。
手は出していないはず。うん。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。異世界に来て六日目。
王様が報酬をくれるまで、あと11日。
俺は3人のエルフに、あの屋敷の土地を買うつもりだと宣言したが、彼女らの反応は微妙だった。
「ふーん? 私は寝られたらどこでもいいけど」
「もっと安い土地や家があるはずですよ。無駄遣いですよ」
「宿でギシギシアンアンする声を盗聴する方が楽しいですわ」
「いや、イフリア。いつまでも宿屋暮らしは出来ないぞ?」
「だから、もっと安く住める所を探したらいいですよ」
グノームの言うことはもっともだ。
ただ住みやすい物件を探すだけなら、いくらでもあるだろう。
だが、あの屋敷は必要なものだ。
「ローライレの大切にしていた場所だ。取り戻さなきゃダメだろ」
「ぽっ(頬を染める)」
「はいはい夫婦乙」
シルフィーンが呆れて手をパタパタこちらへ向ける。
お前はご近所のオバサンか。
「やれやれ。よくもまあ、そんな臭いセリフが言えるですよ」
「ローライレさんの大切な場所……股間にあるアレですわね!」
「お前ら、いい加減にしろよ?」
話が進まない。
「ともかく! 今日1日、俺は本気で金を稼ぐ。そして屋敷を買う。
狭い宿屋ともお別れできて一石二鳥ってわけだ」
「2億3000万MAを1日で? いや、いくら何でも無理でしょ。無理無理」
「遊角は世間を舐めすぎですよ」
「舐めるのはわたくしだけで十分ですわ!」
「待つのじゃ! 舐めるならライレを舐めるのじゃ!」
「一体何を言ってるんだよ?! ってか、話を脱線させるな!」
ハーレムが5人になると、こうも制御困難になるとは。
これ人数増えたら大変なことになるんじゃ?
まあ深くは考えまい。
「と・に・か・く!
俺は今日は一人で出かけるから、お前ら今日は自由行動ってことでよろしく」
「分かったわ。ならお小遣いちょーだい」
「王都の図書館で本が読みたいですよ。
あと調理用魔道具と、調味料を買うですよ」
「わたくしも王都で薄い本が読みたいですわ」
「ちゃっかりしやがって……。
分かった、お小遣い渡しておくよ。
それで、王都へ転移させてやる」
3人のエルフに20万MAづつ渡し、彼女らを王都へテレポートさせた。
手持ちの残りは1008万MAくらい。
「ライレは遊角と居たいのじゃ」
「遊びに行ったりしたくないのか?」
「魔王ベルセリオが支配する世界なぞ、見るのも苦痛なのじゃ」
ローライレは毒づく。
「……? そうか? この町にしても王都にしても、
ベルセリオとやらの影響はそんなになさそうだが」
『風の大陸には大岩の竜がいたから、ベルセリオ配下は早々に引き揚げているバグ。
竜が死んだから、そのうちまた来るバグ』
「今はいないってことか」
『ま、きたら連中は自分から知らせてくれるバグ』
「自己顕示欲が強い奴らなわけか。
ってことで、王都なら多分大丈夫だと思うぞ?」
『む……そこまで言うなら、行くのじゃ』
「おう」
ローライレにも20万MA渡し、王都へ転移させた。
所持金残り988万MAくらい。
「で、バグログ。一攫千金になる手段って、何が思いつく?」
『あれだけ大見得切って、何も策が無かったのかバグ?!』
「んん? 俺が何も当てがなかったこと、気づいてなかったのか?
バグログ、お前俺の頭の中を覗けるんじゃないのか?」
『残念ながら遊角が隠してることは分からないバグ』
「ってことは、俺が隠し事をしている、という事自体は分かるのか」
『いや? 何か隠してるのかバグ?』
今更ながら、バグログとの間にも、きちんとプライベートはあるみたいだ。
「隠し事は今の所無いな。
で、金策だが、ギルドで依頼を受けようと思ってる。
依頼は町役場で貰えばいいんだっけ?」
『せっかくだから、王都の役場で貰えばいいバグ。
高額依頼なら、そっちの方が多いバグ』
「結局、俺も王都へ行くのか」
『ギルドを長期間離れるなら、ギルドマスターに一言残すバグよ』
「長期間は離れないけど、そうするか」
俺は宿屋に備え付けの紙を1枚取り、「しばらく依頼休みます」という文章を書き、ギルドへ転移させようとして
「そういえば、この異世界で日本語以外聞かないし見かけないが、どうなってるんだ?」
『今更すぎるだろバグ。
遊角の体に、1μm(1mmの1000分の1)大の魔道具が埋め込まれているのに気が付かなかったバグ?』
「えっ、何それ初耳だぞ?!」
『その魔道具は、異世界に転移、転生された者が困らないように、言語翻訳機能を与えるバグ。
どんな言葉も聞ける、分かる、書けるバグ』
「それで言葉に困らなかったのか。
でも、ドラゴンの言葉は分からなかったぞ?」
『よほど意識的に聞こうとしない限り、自分と類似の種族、遊角の場合は人間種や類似種以外の言葉は分からないバグ。
でも、注意さえすれば聞こえるバグよ』
「……ほぅ」
俺は耳を澄ます。
小鳥の鳴き声が聞こえる。
それに意識を向ける。
「おい、あっちの家の屋根に集合だってよ」
「何だろうな、行こうぜ」
小鳥は飛んでいった。
「こいつはすげぇな!」
『……マニィは説明しなかったのかバグ?』
「ああ。まったく酷い話だ。
あのヘッポコ女神め」
マニィの説明を最後まで聞かず勝手に飛び出したことなど、俺はすっかり忘れている。
「よし、書き置きをテレポートでギルドに置いたぞ。
次は俺自身が、王都の役場へテレポートだ」
あの厨二心をくすぐる、黒い屋敷を買う金を稼ぐために、俺は王都の役場へと転移した。
◇ ◇ ◇ ◇
吹雪が結界の外で吹き荒れる。
石造りの都市。風の大陸の国王のお膝元。
俺は石造りの建物内部にいた。
王都の役場だ。
受付だけでも25mくらいある。すげぇ。
「ギルドへの依頼の方はこちらでーす!
依頼をお探しの方は、あちらの掲示板の紙をこちらへお持ちくださーい!」
役場のお姉さんが声を張り上げる。
メガネ三つ編みなお姉さんが言うとおり、俺は掲示板の方へ行こうとしたが、周りがざわざわし始める。
「おい、あれって……」
「ああ間違いない、また無茶言いに来たに違いない」
男たちの視線の先には、黒いドレスを着た、17歳くらいの少女。
肩までの長さの白髪をゆらゆらなびかせながら、受付へきた。
「……第9王女様、本日はどういったご用件で?」
「世のことはドルチと呼べと、何度言えばわかるのぞよ」
「ドルチ様、本日はどういったご用件で?」
受付のお姉さんの笑顔がひきつっている。
「ふむ。世もこの年になり、別荘を建てる許可が下りたのぞよ。
そこで、世の別荘にふさわしく、ポセイドンの神殿にしようと思うぞよ」
「おっしゃっている意味がよく分かりませんが。
ポセイドンの神殿っぽい建物を建てる依頼でしょうか?」
「あれほどの神殿を建てる資材が集まるとは思えんぞよ。
そうではなく、水の大陸の深海にある、主なきポセイドンの神殿、それを持って来て、世の別荘にするぞよ」
「……深海の神殿をサルベージして、この風の大陸のドルチ様の領土へと持ってこい、と?」
「そうぞよ!」
へぇ、さすが異世界。そんな大がかりな依頼もあるのか。
「まただよ、第9王女様の無茶振り……」
「王女様は支払いが良いから依頼受ける人もたまにいるが、今回はなぁ……」
異世界的にも、この王女様の依頼は無茶らしい。
受付のお姉さんが頭を抱え、ため息をつく。
「依頼報酬は世の1年分のお小遣い……8億MAでどうぞよ!」
「駄目です」
「なぜぞよ?!」
ほぅ。8億MAか。なかなかいい額だと思うが、どうして駄目なのだろうか?
「神殿を運ぶ方法ですが、Aランク相当の魔法使い300人が浮遊魔法で、5年かけてようやく出来るかどうか、というところです」
「なら問題ないぞよ?」
「……そのランクの魔法使いも暇人ではありません。
それに彼らの月給が100万MAとしても、推計180億MAかかります」
「むむむ……そんなに払えないぞよ」
「でしょうね。なので諦めてください」
「ふむ、仕方な」
「待て」
依頼の話が無かったことになりそうなのを、俺は2人の間へ割り込み止める。
「すみません、ただいまドルチ様がいらっしゃるので、御用は他のカウンターで……」
「その依頼、俺が受けてやる」
「は?」
「ぞよ?」
二人は、何言ってんだコイツみたいな顔をしてるが、気にしない。
「ほら、依頼だよ。さっきの話、俺が受けるってば」
「失礼ですが、お名前と所属は?」
「佐倉遊角。所属は「マニィ信者の憩いの場」だ」
「失礼ながら、どちらも聞いたことがありませんね」
「……」
俺の名前が知られていないのはともかく、ギルド名すら無名なのか。
大丈夫なのかマニィさん。
「お主、世はこれでも第9王女ぞよ。
世の依頼を受けるということは、王族と約束をすることと同じぞよ。
約束を違えた者がどうなるのか知っておるぞよ?」
「いいから、さっさと依頼文を作ってくれ、女王様」
「王女ぞよ!」
「はぁ、とりあえず依頼文を作られますか? ドルチ様?」
「依頼失敗の罰金は報酬の1割。
さらに王族を騙した罪は、懲役30年は確実。お主の人生は終わりぞよ?」
言いつつ依頼文を書く女王様、じゃなくて王女様。
依頼失敗ペナルティはBランク以下のクエストなのだが、俺の予想ではクエスト難易度はAかSランクだろうから大丈夫だと思う。
「では、この内容でクエストを作ります」
王女様の書いた紙を、受付の奥の魔法石っぽいのにかざす。
あれも魔道具だろうか?
ああいう感じで作ってるのか。なるほど
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「ポセイドンの神殿の移動(SSSランク)」
【依頼主】第9王女ドルチ
【依頼文】世の領土へ、ポセイドンの神殿を移動させるぞよ。
やれるものならやってみるぞよ。
【報酬】8億MA
【期限】6年以内。
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紙に追加で色々書きこまれた。
「……掲示板に貼ります」
「俺に手渡ししてくれよ」
「決まりですので。いいですか?
絶対に受けないでくださいよ? 人生終わりますよ?」
押すなよ! 絶対に押すなよ! ってやつですね分かります。任せとけ!
お姉さんが貼ったクエストの紙を、俺は速効でひっぺがし、クエストを受注した。
「あああ?! 注意したのに?!」
あいつ狂ってやがる、とか、魔法に自信のあるうぬぼれ屋なんだろ、とか愉快犯だろ、とか、外野が好き勝手言うのは気にしない。
「で? どこらへんに移動させたらいいって?」
役場の壁の地図に近付き、俺は尋ねる。
「ここぞよ。このあたりが世の土地ぞよ」
「それで、神殿はどのあたりにあるんだ?」
「このあたりぞよ」
「了解。神殿をテレポート」
神殿内部の魔獣や罠、その他危険な物は削除し、指定の場所に神殿が移動するようイメージした。
神殿内のお宝はサービスで残しておいてやろう。
ギルドカードに、クエスト「ポセイドンの神殿の移動(SSSランク)」を完了した、と表示された。
転移魔法が一瞬でやってくれました。




