29.吸血鬼の屋敷・夜の部
前回までのあらすじ。
昼間に無人の屋敷の調査を行ったが、成果はなかった。
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夜になった。
エルフ3人を連れて、俺は例の黒い屋敷の前にいた。
「趣味の悪い屋敷ですよ」
「そうね。芸術センス0ね」
「ですわ」
「えー、俺はかっこいいと思うがなぁ」
目の前の建物は、見た目が魔王の城っぽくて好きなのだが、エルフの視点から見ると微妙らしい。
「さて、屋敷に入るか」
依頼文によれば、夜には不思議な力で追い出されるらしい。
「夜分に失礼しまーす」
巨大な赤い木の扉を開ける。
昼間ですら暗かった廊下は、この時間帯だと真っ暗闇だ。
今は月明かりがあるからかろうじて見えるが。
「そういえば、この異世界にも星や月はあるのか」
『ないバグよ』
俺の独り言が一刀両断される。
「え、じゃあ夜空で光ってるアレは何だよ」
明りのスイッチをつけつつ、バグログに聞く。
『星のように光って見えるのは、地獄で生産されたエネルギーが貯蔵されている場所バグ。
月に見えるアレは、地獄だバグ』
「え、地獄って夜空に浮かんでるのか?」
『地獄だけじゃなく天国も浮かんでるバグ。
お前は太陽と勘違いしてたみたいだがバグ』
「天国と地獄は、星に存在するってことか?」
『んー、俺様もよく知らないバグ』
「太陽に見えてた天国(?)が楕円形なのは?」
『ああ、それは簡単だバグ。天国が2種類あるんだバグ』
「2種類?」
『風の神がダダをこねて、自分用の天国をもう一つ作り、そこに住んでいるんだバグ』
「……どうしてお前はそんなことを知ってるんだ?」
『俺様が風の神によって生み出されたって、言わなかったかバグ?』
言っていたような、言われなかったような。
「あら? あそこが光ってますわ」
喋りつつ廊下を歩きながら、部屋を開けて中を確認しているとイフリアが何かに気付いたみたいだ。
階段のすぐそばの壁が光っていた。
近くまで寄ってみる。壁のレンガに触れる。
壁のレンガが埋まり、ゴゴゴゴゴゴと音を立てて、壁が変形する。
隠し部屋があった。
他の部屋とは違い、本棚、ベッド、机、クローゼットなどの家具が揃っている。
そして椅子には、水色ロングの透き通った髪を持つ、マントを着た見た目18歳の女の子がいた。
彼女は腕を組み、不敵な笑みで俺達を見ていた。
「よく来たのじゃ。ライレの名は、ローライレ・エドガー・クラム・ソリドル・ビュレシ・アスト・ネクロムデュ・マーレイ……」
「長い名前だなオイ!」
「何じゃ、まだ半分も言っておらんというのに」
敵かと思ったが、どうも調子が狂う。
「とりあえずローライレでいいか?」
「お主の好きに呼ぶといいのじゃ。して、おぬしの名は?」
「佐倉遊角だ」
「ふむ、変わった名じゃ。まあよい」
屋敷の主と思われる人物、ローライレは、いきなり俺達に襲いかかったりはしないみたいだった。
いや、油断は禁物か。
「黒い髪、童顔、低身長。
ああ、遊角、お主はライレの好みなのじゃ」
ローライレが立ち上がり、俺に近付いてくる。
そして、俺に抱きつき、首をガブリ。
「ちゅー」
「……何してんの?」
『血を吸われているぞバグ。その女は吸血鬼バグ』
転移魔法による防御はどうした?
『痛みや貧血は防いでるみたいだし、彼女に殺意がないからいいんじゃないかバグ?』
「いや、吸血鬼に吸血されると、吸血鬼になるって話じゃ?」
『それはデマだバグ。
人間は、狂犬病にかかった奴を吸血鬼呼ばわりした歴史があるバグ。
噛まれて狂犬病をうつされたのを吸血鬼に変えられたと勘違いしたんだろバグ』
「狂犬病?」
『風邪みたいな症状から始まって、最後は頭を侵される病気だバグ』
「へぇ」
異世界にはそんな病気があるのか。恐ろしい。
『いやいや、お前のいた地球にも普通にあるバグ』
「マジかよ。おっかねーな」
『野犬やコウモリみたいな野性動物がたまに持ってるバグ』
「へぇ。ところで、おい」
「ちゅー」
「いつまで吸ってんだよ?! やめろよ!」
俺は水色髪の吸血鬼に怒鳴ると、彼女は吸血を止めた。
「あーむ。うぬ、美味であったのじゃ。
にしても遊角とやら、これだけ血を吸っても平気とは驚きじゃ」
「死ぬまで吸う気だったんじゃないだろうな」
「まさか。相手の体調を覗いながら吸って、貧血手前で止めるのが一流の吸血鬼じゃ。
なのに遊角、お主まったく血が尽きる様子がなかったのじゃ。
10Lも1人の人間から吸うとは思わなかったのじゃ」
「吸い過ぎだろー?! 2Lペットボトル5本分って多いわ!」
大丈夫なのか俺の体。
「ところで遊角、アレはお主の知り合いか?」
「? アレってエルフ達の事か?」
「違う、今向かってきておる存在じゃ」
何だそれは、と言おうとした所で、ドサッと音がする。
イフリアが倒れた。
「イフリ……」
シルフィーンとグノームも倒れた。
ガキイィィィィィイイイイン!
金属音がぶつかり合ったような音が響く。
「ほぅ、ライレにここまでさせるとは、お主はただものではないのじゃな」
「借り物の姿とはいえ、わたくしを止められるとは思わなかったでございます」
ローライレは透き通る短剣で、侵入者の拳を止めていた。
その侵入者は……
「マニィ?! どうしてここに?!」
『あわわわわ……やばいバグ。まさか遊角の血を吸収してローライレが状態異常:【不老不死化(解除不能)】【超耐性(解除不能)】になるとはバグ。
それがまさかあのお方の逆鱗に触れるとはバグ……』
「あなたでございますか?
わたくしに喧嘩を売るような肉体改造を施しているお方は」
金髪の金の神、マニィは俺に対して言う。しかし様子がおかしい。
というか、
「お前は誰だ?」
「知り合いではないのじゃな?」
「知り合いだが、多分何者かが乗っ取っている」
「ほぅ?」
ローライレは言いつつ、マニィへの剣撃を止めない。
「マニィの一人称は「私」、語尾は「ですます」調だ。
「わたくし」も「でございます」も使わない。
……マニィを操ってるお前は誰だ?」
『そこまで気がついて、まだ気がつかないバグ?!
とんでもないお方がマニィを操ってることに?!』
「まさか、4神か4王の誰かが?!」
「そこの魔王臭い人間は、わたくし達を知っているのでございますね?
そこの精霊体は、風の神の臭いがございます」
マニィはローライレへの追撃を止め、俺にターゲットを切り替え、切りかかって来たらしい。
らしいと言うのは、俺の目で追える速さではなく、マニィの拳が既に止められていたからだ。
突然現れた、人形魔王によって。
「やれやれ、こんなことで怒るとは、短気であるぞ冥王よ」
マニィは倒れた。
その体から黒い煙が湧き出て、女性の形へと姿を変えた。
「邪魔をするのでございますか魔王?
いくらあなたといえど容赦しないのでございますよ?」
「警告も説明も無しで処罰するという噂は、本当だったのであるな冥王。
そこの遊角も今の状況に混乱しているのである」
「これから地獄へ行く彼に、説明など必要ないのでございます」
「【不老不死化(解除不能)】とかいう状態異常を持つ者が増えすぎると、地獄へ行く魂が減る。
そうなる前に元凶を止めに来た、というところであろう?」
「そのとおりでございます」
「なら彼に、今後その状態異常を与えないよう約束させればいいだけなのである」
人形魔王と、冥王とかいう全身影の女性が言い合っている。
俺は話について行けてない。
『つまり、状態異常【不老不死化(解除不能)】は冥王にとって不利益な存在バグ。
これを世界中に広めるのはやめろってことバグ』
「俺はそこまでするつもりはなかったんだが」
『遊角にそのつもりがあろうがなかろうが、これ以上は見逃せないってことだろバグ』
俺が安全策にと思って付けた状態異常が、冥王を怒らせるとは思わなかった。
『さっさと謝らないと、エルフの魂が、そのまま持ってかれるバグよ?』
「え?! 3人は死んでるのか?!
不老不死になってたんじゃないのか?!」
『不老不死になったのは体だけだバグ。
魂を引っこ抜かれた今は、死なないけど動かない、植物人間ならぬ植物エルフだバグ』
「マジかよ?!」
それじゃ、死んでるのと変わらないじゃないか!
俺は、魂返せ! と怒鳴ろうとして思いとどまる。
相手は格上だ、それも絶対に敵わない。
下手に、下手に……
「冥王さん……あの」
「?」
「ごめんなさい! あんたを怒らせるつもりじゃなかったんだ!
わざとじゃない! 不老不死の力なんて、もういらない! だから!
だから3人を返してください!」
俺は土下座をする。
無様と言われようとかまわない。
俺のせいで動かなくなったエルフのために出来ることは、これくらいしかないのだから。
「いらないと言っても、解除不能の状態異常でございます。
魂を閉じ込める以外、譲渡を防ぐ手段がないのでございます」
「冥王よ、頭が固いのである。解除不能の能力なら、改造すればいいだけの話である」
人形魔王が俺にポンと触る。
「これで遊角の【不老不死化(解除不能)】は、【不老不死化(解除・贈与不能)】になったのである。
他のエルフと吸血鬼にも同様のことを行うのである」
「なるほど、しかし彼には、この状態異常を与える能力があるのでございます」
「転移魔法で作ったらしいのである。
今後は冥王の機嫌に触れる使用は控えるように、スキルに言い聞かせたのである」
「スキルに言い聞かせるって……まるで自由意思があるみたいな言い方でございます」
「スキルには多少の人工知能が存在するのである。
我の与えたスキルは、我並みの思考回路で魔法を再現するのである」
人形魔王はエルフ3人とローライレにも、触る。
「さあ、これで冥王の危惧することはなくなったのである」
「そうでございますか? 今後、わたくしに喧嘩を売るようなら、今度こそ容赦しないのでございます」
「喧嘩を売るような使い方は、やりたくても出来ないようにしたのである」
「それならば、安心でございます」
冥王を名乗る女性の影は、消えていった。
「ふむ、エルフの魂が抜けたままなのである。
冥王が持ち帰ったみたいである」
「えー?! そんな!」
「コピー、テレポート。……よし、ばれなかったのである」
人形魔王がつぶやくと、3人のエルフがもぞもぞと起き出す。
「……あれ? ここは……」
「……どうしてこんな床で寝てるですよ?」
「あら?」
「シルフィーン、グノーム、イフリア!」
エルフ達が起き出す。
「冥王の持ち帰った魂とそっくりのコピーを作り、テレポートで入れ替えたのである。
本物の魂は、元にもどしてやったのである」
『さすが魔王様バグ!』
「……それってバレたら怒られるんじゃ」
「気付かない方が悪いのである」
さすが俺が知ってる中で最強の存在。
やることがデタラメだ。
「さて、我も帰るのである」
「待ってくれ! その……ありがとう!」
「なに、冥王にせっかくの娯楽が潰されるのは興ざめだったから、助けてやったのである」
「娯楽? 娯楽って何だ」
「地獄では、お前の活動が、テレビのようなものによって24時間放送されているのである」
「何でそんなことを?」
「ある者は人間観察の参考資料に、ある者は酒のつまみに、ある者は次に遊角がとる行動を予測を立てて賭けごとをしたり。
またある者は夜のオカズにしたり……」
「……最後のは聞かなかったことにする」
「ではまたな」
人形魔王が消える。
またな、って、また会う気かよ。
いや、悪い奴じゃないからいいんだけど。
「ふむ、ライレには何が何やらさっぱりじゃが、もう危険は去ったとみてよいのじゃな?」
「ああ。もう大丈夫だ」
俺にだって、何が起こったのかよく分かっていない。
ただ一つだけ分かったことは。
4神と4王を敵に回すのは、やはり危険だということだけだった。




