13.違法な奴隷商
前回までのあらすじ。
奴隷商の老人の店から出ると、
怪しい男に声をかけられた。
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ターバンの男は、ニヤニヤしつつ、こちらを覗っている。
俺の気にいる品を、と言ってることから、俺に奴隷を売ろうとしているのだろう。
怪しい。これ以上ないくらい怪しい奴だ。
「だがそれがいい! それでこそ異世界だろ!」
『遊角って、ちょくちょく変なスイッチが入るバグね……』
「で、その品について詳しく」
「(その前に、これから先はお連れ様には見せない方がいいと思うっすよ?)」
男は俺に耳うちしてくる。
というわけで、バグログ、お前はしばらく透明化でよろしく。
『(いいけど、遊角が犯罪者になったら俺様まで犯罪者だから、ヤバイ取引なら直前で止めるバグよ?)』
「(ま、その時はその時だ)」
頭の中でバグログに声をかけ、自分から離れる(ように見せかける)ように指示。
「じゃ、お前はその辺でお茶でもしててくれ。
俺は野暮用を済ませてくるから」
『了解バグ』
バグログは角を曲がり見えなくなった。
そこで透明化するつもりなのだろう。
「では、こちらっす。旦那様……」
俺は怪しい商人について行く。バグログも透明化して付いてくる。
20分くらい歩き、路地裏から地下へ続く階段を下り、
金属質のドアの前でとまる。
怪しい商人がドアに言う。
「お客さんだ」
すると扉の向こうから声が聞こえる。
「お前は誰だ」
怪しい商人が返事する。
「名前はまだない」
「よし、通れ」
ドアを挟んでの暗号のやりとりが終わり、俺を中へ通す。
薄暗い部屋、そして筋肉質な男や切り傷だらけの怪しい男など数人がいる。
「旦那様、怪しい行動をしたら、手を上げる短気もいますので、注意してくださいっす」
「おい、その男は誰だ、ベッコ」
「さぁ? 名前なんて重要ではないと思うっすよ?
あと、コードネームとはいえ一般人の前で名前を明かすのは愚策なのでやめるっす」
「名前じゃない、何者かどうかを聞いてるんだ。もし冒険者なら……」
「俺達を殺しにきた冒険者とでも言うっすか?
仮にそうだとしても、ここにはSランク相当が3人いるし、魔法使用不可の結界も貼ってある。
問題ないっすよ」
「この場所のこと、そんなにベラベラ喋って大丈夫なのか?」
「あっしらのことを、少しでも信頼してもらえればっす」
にしても魔法使用不可の結界、ね。
試しに手持ちのMA金貨を左から右に転移させてみる。
……問題なく転移したが、これいかに。
「さぁ、この部屋っす」
これまた薄暗い廊下に出て、奥から2番目の部屋に案内される。
そこの鍵を商人が開ける。俺達は中へ入る。
「んー! んんー! んむむー!」
おお! 長耳だ! エルフだ! 本物だ!
エルフの女の子が3人ほど鎖に繋がれ、口を塞がれている。
『(アウトォオオオ、バグ! ギルティ! 有罪!)』
「エルフの集落を見つけましてね。
生きのいいのを、いくらか捕まえたっすよ。
残りの連中には逃げられたっすけどね」
「なかなか上物だな……」
『(遊角?!)』
俺はバグログを無視し、商人と互いにサムズアップ。
透明なバグログに頭を叩かれるがダメージはない。さすが転移魔法様。
「エルフ1体の値段っすが、本来ならMA金貨500枚は下らないところを、特別に金貨100枚にまけるっす」
「高っ?!」
割引しても、日本円にして1000万以上?!
「……旦那、エルフは、その死体だけでも薬や武器、防具、魔道具作成、様々な使い道があるっす。
その価値はMA金貨700枚相当といっていいっす」
「死体を利用?!」
俺にとってはエルフの女の子は愛玩対象なのだが、彼らからすれば人間の格好をした魔獣同然なのだろう。
そうでなければ、死体を利用するなんて発想出てくるものか。
俺は異世界と自分の元の世界の価値観の違いに、改めて驚いていた。
「それが100枚っす! 破格もいいとこっす!
出血大サービスっすよ!」
「むむむ……魅力的な提案なのだが、ただいまの手持ちは金貨18枚なんだよな」
こんなことならお金預けずに持っとけばよかった。
『(やめろバグ! 犯罪者になりたいバグ?!)』
「(バグログ。いい名言を教えてやろう)」
『(何バグ!)』
「(バレなきゃ犯罪じゃないんですよ?)」
『(このクズバグ! お前の母ちゃんが悲しむバグよ?!)』
「(既に他界してるんだよなぁ……)」
『(あ……ごめんバグ)』
「(いいって。物心ついたころにはいなかったんだ。それはもう気にしてない。
だから俺のことは黙って見守っておけ、な?)」
『(分かったバグ。
可哀そうな遊角、ここは大目に……見過ごせるかあぁぁぁぁバグ?!)』
「(ちっ)」
俺が脳内喧嘩をしていると、商人はいいえ、と言い、
「あなたは、その手にとても高価な杖を持ってるじゃないっすか」
俺を指差す。ふむ。
「そうか、俺の聖剣エクスカリバーで払えってか。だが男相手なら断る」
「股間を隠しながら何言ってるっすか?!
そんな粗末なものに興味はないっす! その金メッキの杖っすよ!」
「この信者の杖のことか」
隠さずにそのまま持ち歩いていたが、どうやら俺の信者の杖目当てらしい。
「ここのエルフ3人と交換、ってことでどうっすか?」
「ちなみに断ったら?」
「残念ながら、旦那様の命はここで終了っす」
いつの間にか商人の周りに男が2人いた。
残り2人の男は見張りと予備ってところか。
「もう一度提案っす。このエルフ3人と旦那の粗末でない方の杖の交換っす」
もはや提案というより脅しである。
さらに、その商談に乗ったところで、後で背中から刺されるビジョンまで見える。
衝突は避けられない。しかし相手の戦力が不明だ。
戦うのは得策ではない。逃げに徹するべきだと判断。
逃げるならできるだけ遠く、相手の届かない場所へ。
「おい、こいつ、絶対俺達の言うこと聞かないって目してるぜ」
「そうは言っても、Sランク相当のあっしらに喧嘩を売るほど頭の回らない旦那とは思わないっす」
「ああ、俺も自分の実力を、そんなに買い被ってねーよ」
転移魔法無双ができるのは、せいぜい雑魚相手だろう。
この商人達がその雑魚である保証はない。
考えすぎだろうか?
不穏な空気を感じたエルフ達は、ガタガタと震えている。
おそらく同じような光景で、殺された人もいるのだろう。
「もういいだろ! とっとと殺るぞ!」
「待つっす! あの方の命令は……!」
そして商人の停止を聞かず、俺に襲いかかる男。
本気で殺しにくる目だ。怖い。
俺は恐怖で反射的に杖を構えるが、そんな素人同然の防御が男に
通じるはずもなく、男は短剣を俺に刺す。
……俺の腹を貫通するかと思われたそのひと突きは、代わりに男の右腕を消し飛ばしていた。
自動的に転移魔法が守ってくれたらしい。
そして男の腕から大量の出血。
「ああぁぁぁぁぁああああ?!」
男は叫び、失血のせいか倒れた。
「「……?!」」
商人と他の男は驚いた顔をする。
あれ? こいつらひょっとして……
「今何が起こったっす?!」
「刃物もなしに、腕が切られたぞ?!」
切られた。確かにそう言った。
そっか。
俺はてっきり、こいつらが俺の転移魔法のことを知りつつ、それでも俺を襲って勝つ算段があるものかと思っていた。
だが実際は、俺が転移魔法を使うことを知らないらしい。
「勇者の集い」のギルドメンバーがやけに俺のスキルを知ってるみたいだったので、てっきりその類かと思ったが。
なら、転移魔法無双してもいいよな?
俺は、この建物の男の体力と魔力を飛ばすイメージをいつも通り行い、テレポートを念じる。
「な?! 体から力が抜ける……」
「く……魔法……? いったいどうなっ……」
男たちは倒れる。ついでに出血してる男の腕を転移で元に繋げる。
俺のスキルで死なれるのは後味が悪いからな。
もっとも、世間的には死んでくれた方が良いのかもしれないが。
「あーあ、面倒くさ。テレポート」
男5人を町の憲兵詰め所に転移させ、俺も転移した。
彼らに対して手配書が出回っているらしく、
憲兵さんに対して俺が詳細を説明するまでもなく、
彼らは連れて行かれた。
◇ ◇ ◇ ◇
ブラック奴隷商達が目覚めたのは、それから3時間後だった。
一体何が起きたっす、と思っていると、なぜか牢屋にいた。
他の4人も無事だった。
捕まったのかっす、とブラック奴隷商は考えた。
あの少年が、自分達を憲兵に突き出したのだろう。
殺されなかっただけ、マシだったっす。
エルフ3人を手放したのは痛いっすが。
それにあっしらには心強い味方がいらっしゃるっす。
「くくくく、お疲れ様だね。さぁ、佐倉遊角について、知りえた情報を、言い値で買おうじゃないか」
牢屋の外の、「闇の屍」ギルドマスターのウヨックはそう言うと、牢屋の鍵を開け、ブラック奴隷商達を解放したのだった。
憲兵の誰1人にも気付かれることなく。