第六話 フェリーチェ、探る
帝国軍科学技術開発部も、朝からてんやわんやだった。
いつもより早めに出勤したフィルは、すでに慌ただしく仕事に取り掛かっている職場を見て、自身もすぐに仕事へ取り掛かった。
「主任、解析結果出ました」
「レムリア製だな?」
「はい」
「どんどん次が来ている。今日届いた分は今日終わらせろ!」
「はい!」
責任者であるジュゼッペの元へ、機械から吐き出されたばかりの解析結果を手に駆け付ける。
朝から待ち受けていたのは、城壁巡査隊や国営調査点検隊が発見した物質の山。レムリア国の物である可能性が高いことはわかっていたし、アトランティスの技術力を以てすれば分析は容易い。フィルたちは片っ端から解析にかけた。
「あ、おいフィル、手空いてるか?」
「はい、今は……何か?」
「解析済みのやつ、管理部に持って行ってくれ」
「わかりました。すぐに」
材質解析班のブースに戻ろうとして呼び止められる。先輩から大きな箱を受け取ると、フィルはその意外な重さに驚かされた。中を覗き込むと、大小さまざまな部品が収められている。
これらはすべてレムリア国製のものだ。アトランティス帝国やムー大陸のものと比べて強度は落ちるが、深海の水圧には十分耐えられる。それがこうも粉々になっているのだから、何かただならぬことがあったのだと容易に想像がつく。
ワンフロア丸々占有している開発部を後にして、フィルは足早に管理部を目指す。すれ違う人に挨拶をしていた彼は、前から近付いてくる見知った人物の名前を呼んだ。
「ナッキー!」
「……馴れ馴れしく呼ぶなと何度言えばわかるんだ、ヴァハラ?」
「同期なんだからいいじゃないか。ナッキーも僕のことフィルって呼んでくれたらいいよ」
「よかない」
フィルの呼びかけに足を止めた人物は、切り揃えられた黄金色の髪の下で眉を寄せた。銀縁眼鏡の奥は明らかにフィルを歓迎していない。
彼、ナシオ・エアハートが着ているのはフィルと同じ制服だが、所属を表すバッジの色は違う。その色が示すのは、フィルの目的地でもある管理部だ。
「それ、管理部に持っていくものか」
「そうそう。よかったら頼めないかな?」
「ああ……まあ、いいだろう。貸せ」
「ありがとう、助かるよ!」
ナッキーはフィルの抱えている箱を覗き込んで中身を確認すると、憂鬱そうにため息を一つついて、それを受け取った。
「あ。でもナッキーも用事があったんだよね? ごめん」
「構わん。お前のとこの主任に、今日は帰れると思うなよと伝えておいてくれ。うちの主任からだ」
「うえっ、あのザッパローリ主任にそれ言うの?」
「言伝だけだから楽だろ。じゃあな」
苦い顔をしたフィルを置いて、ナッキーはくるりと踵を返した。颯爽と去って行く後ろ姿をしばらく見つめていたが、やがて我に返ると、彼も慌てて自分の部署へ戻る。
「主任」
手元の書類から目を上げたジュゼッペは疲れた顔をしていた。眉間のしわをこりほぐすように指先でついてから、ようやくフィルと目を合わせる。
「管理部の主任から言伝です。『今日は帰れると思うなよ』とのことです」
「…………ハァ」
ナッキーからの言伝を一言一句違わずに告げれば、彼は深々とため息をついた。昨日も残業だったが、今日は残業どころか泊まり込み覚悟かもしれない。ジュゼッペは根っからの研究肌で仕事も好きだと公言しているが、同じくらい知れ渡っているのは大の残業嫌いだと言うことだ。よほどのことでない限り、仕事が残っていようが構わず定時であがる。トップがそうだから、この科学技術開発部の職員もみな同じような考えを持っている。
ところが、ジュゼッペと親交のある管理部の主任は仕事嫌いだが、物事が片付かないことをもっと嫌う。適宜残業で仕事を片付けることから、二人は、広く言えば二つの部署はよく比べられる。
《あー、管理部からのお達し。今日は帰れると思うなよ、とのこと。各自休憩の後、仮眠シフトを組んで業務にあたるように》
「……うわあい」
「ご苦労だったな。お前も休憩行ってこい」
「はい。失礼します」
フロア全体へ伝令した彼は、書類を机に重ねると、フィルに休憩を促した。フィルは頭を下げて自身の所属へ戻る。解析中の機械はそのままに、みながぞろぞろと休憩室へ入って行った。
「船の残骸の解析だけなら、何も泊まり込みにはならないよな?」
「よっぽどでかいのが見つかったんじゃないか」
「それか、新たな漂流者か」
「うわ、一番それっぽい」
「休憩の後で主任の機嫌が最悪になってるに一票」
それだ! と大きな賛同が沸き起こる。これからハードワークが控えているにも関わらず、職員たちは明るく楽しげだ。
一人フロアに残っているフィルを目に留めた彼の同僚が声をかける。
「フィル? 休憩行かねえのか」
「ああ、うん。行くよ。でもちょっと調べものがしたくて……」
「あー、書架か。でも先に飯食っとけよ。なくなるぞ」
「うん。ありがとう」
親切な同僚の言葉に礼を述べると、フィルは彼と反対の方へ歩いて行った。足早に向かうのは知識の宝庫だ。研究職でもない限り触れることのない、紙にまとめられた書籍が小さな部屋に所狭しと並べられている。それらが専門書であり、フィルの求めているものではないことは想像に容易い。彼が求めているのは、そこにある膨大な情報を収めたデータベースである。
休憩に入ったばかりだが、書架には誰もいなかった。先程まで資料を繰っていた痕跡がテーブルにはある。目当ての物を見つけたフィルは、すぐにデータベースを収めた端末の前に腰を下ろす。
漂流者はよくいるわけではないけれど、滅多にないわけでもない。年に一人か二人。たいがいは保護されても亡くなってしまうか、すでに果てている。フィルはもちろん、レムリアからの正式な使者も珍しい例だ。因果関係があるとは思えないが、漂流者と聞いた時から妙に気にかかっていたのだ。
「僕は……どうしたいんだろう」
検索をかけていた手がぴたりと止まる。これまで発見された漂流者のニュース記事が画面に並んでいる。キーワードで絞り込んでいくと、いくつかの関連記事を残して画面が整理されていく。
――漂流者の少年、保護される。
――少年、意識回復せず。
――身元不明の少年、正式に帝国民認定。
覚えのある文面に、目の奥が痛みを訴える。ぼんやりと画面を眺めていたフィルは、やがて時間を確認して立ち上がった。
「やばっ、休憩終わる!」
端末の電源を落とすと、慌ただしく書架を出ていく。休憩室へ滑り込むと、残り少ない食事をかき込んだ。
漂流者と聞いて、フィルは真っ先に自身のことを思った。アトランティスで保護されてから、かれこれ十年以上経っている。今更故郷だとか親だとか、ルーツを知りたいと強くは思わない。
しかしフィルの心の中には、幼いころからずっと同じ不安が巣食っていた。
――僕はこの国にいてもいいのか?
国民管理表に存在が記されていなかったことから、フィルがアトランティス帝国民でないことは明白だった。しかしムーやレムリアから捜索願も出ていなかったため、彼はアトランティスに迎え入れられることになった。学校も出た。仕事にも就いた。今や帝国を支える、立派な国民の一人である。
それでもフィルは、自分はよその国に生まれた人間で、本来ここにいるべきではないという思いが拭いきれなかった。幼馴染が城壁巡査隊を目指すと言い出した時、城壁の外……手の届かない海へ行ってしまうことを不安に思ったのも、過去が関係しているのだろう。
「……ル……、フィル! ぼーっとしてんなよ」
「えっ? あ、はい!」
「なんだ? ほんとに考え事か」
「すみません……」
「そろそろ仮眠シフト組むから、それ食ったら戻れよ」
「はい! すぐに!」
考え込んでいたフィルの肩を、同じ所属の先輩が叩く。慌てて残りをかき込むと喉に詰まって咳き込んだ。先輩が苦笑しながら休憩室を出ていくのとほぼ同時に、彼は食器を片付けて職場へ戻る。
今更自分のことを調べるなんて、彼自身なぜかはわからない。ただ、知らなければならない。そう思ったのだ。




