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海底少女  作者: 星谷菖蒲
第一章 レムリア、学術国家の使者
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第四話 ジュゼッペ、訝しむ

「どの解析にも引っかからない……新たな鉱石と考えるのが妥当だけど、そんな話聞いてないぞ」


 大きな、けれど乱雑に散らかっていて狭く思える机にかじりついて頭をかきむしりながら、ああでもないこうでもないと唸るような声を上げている男がいる。よれた服の上には対照的にパリッとした清潔な白衣。ただし足元は靴を脱いでいて裸足。くすんだ金髪は好き放題に伸び、背中で無造作に結われている。

 つまりこの男を一言で表すなら、だらしない、であった。


「少なくともアトランティス周辺のものではないが、ならばどこのものだ? 海中を漂流していたというのに、スーツにこれだけこびりついているなんて……」

「主任ー、さっきの結果出ました」

「よこせ! ……駄目だ、これも違う。私が知りたいのはこれが何か、どこで採取されるのかだ。まだやってない検査はあるか?」

「結果待ちのだけですね。できるもんは手あたり次第やりました」

「我がアトランティス帝国が誇る科学力をもってしても解析不可能な物質などあるはずがない! 全部一からやり直せ!」

「げっ、嘘だろ!」


 膨大なデータを含んだ端末を持ってやってきた、はちみつ色の髪をした部下と思しき男に吠え掛かる。嫌そうな表情を浮かべた男の言葉にそれ以上耳を貸さず、再び机にかじりついた。いくつもの異なる端末や、出力された検査結果を見ながら男は考える。

 ――アトランティス帝国軍科学技術開発部。

 ラウラの所属する城壁巡査隊が漂流者を保護して帝国病院に搬送された直後、当人が身に着けていたという耐圧スーツがすぐさまここへ回された。技術開発部内でも複数のチームにわかれているが、男はその全てのチームのトップ。科学分析班と物質研究班を中心に各種の検査を試しているが、海底三国において屈指の科学力を誇るアトランティスでも特定ができないでいた。


「主任、スーツの結果出ました!」

「報告しろッ」


 大小多くの声が入り乱れる広いフロアで、男は自分に対する呼びかけを的確に拾い上げる。それまでの解析結果を全てデスクに叩きつけると、吉報を持ち込んだ部下の姿を探す。


「材質解析の結果、レムリア国製の耐圧スーツと判明! 繰り返します、本日昼過ぎに保護された漂流者の身に着けていた耐圧スーツは、レムリア国製のものと判明!」

「でかした材質班! フィル、すぐに報告書を作れ!」

「はい!」


 報告しに来た琥珀色の髪を持つ青年――フェリーチェ・ヴァハラは、男の命に威勢よく返事すると、解析結果を手渡してすぐに踵を返した。

 フィルの置いていった結果を見ながら、男――ジュゼッペ・ザッパローリはくすんだ金髪の中に手を突っ込んで乱暴にかきまわした。


「それならばアレもレムリアのものか? しかしあれほど慎重な国が未知の物質を付着させたまま帝国付近に漂流するなど、私にはまったく想像もつかないが……」


 レムリア国は、海底に築かれた超古代から続く三大国家の一つである。国土面積や人口などはアトランティスやムーには遠く及ばないが、非常に勤勉な国で、突出した技術などはないものの、かつて滅んだ他の超古代文明の遺跡解読などの前線を張っている。その知識に敬意を表し、アトランティスはもとより地上からの留学生も訪れているのだという。海底の覇権を争う三国の中で最も気性がおとなしく、かつ慎重に事を進めるのがレムリアであった。

 ジュゼッペはさらに考える。

 アトランティスの科学力をもってしても現状解析が不可能な謎の物質は、耐圧スーツの材料ではなく、異物として回収された。

 漂流者が保護されてすぐさま国営調査点検隊が派遣されたと聞いている。しかし周辺に、不審なものや今回検出された謎の物質の大元となるものは発見されなかった。となれば、アトランティス付近の新物質ではなく、レムリア付近の新物質である可能性が高い。レムリアが発見したものでなくとも、漂流者当人ならばある程度の説明も望めるだろう。

 ジュゼッペは解析結果にあまり期待せず、帝国からの正式な詳細が発表されることを待つことにした。






 当初に比べれば、幾分か慌ただしさも落ち着いた科学技術開発部のフロアに飛び込んできたのは、一人の通信士だった。解析結果の山に埋もれて少々気を失っていたジュゼッペは、その報告する声にいつも通り跳ね起きた。


「帝国病院に搬送された漂流者が目覚め、自らをレムリア国からの正式な使者と名乗りました。帝国軍が直ちにレムリア国へ確認を取ったところ、間違いないことが判明。繰り返します、本日城壁付近で保護された漂流者は、レムリア国からの正式な使者と判明しました」

「使者? 何で正式な使者が一人で漂流して……護衛は? ついてなかったのか?」

「いえ、詳しいところはまだ……。何せ当人が自らの所属と名前だけ告げると、再び眠りについてしまったようでして」

「レムリアからは?」

「そちらもまだです。使者が思わぬ形での到着となったので、追って書面を出すとのことです」


 通信班の報告を聞きながら、ジュゼッペは首を傾げた。

 正式な使者であるレムリア人が漂流しているところを見つかったのだから、事態はおそらくただごとではない。けれど国家間で使者を出すときは、事前に通告があるのが普通だ。三大国家間において、無許可無告知で領域に近付いた場合、自国防衛の名目を盾に何をされても文句は言えないからである。しかし事前にレムリアから告知があったのであれば、帝国はすぐさまレムリアからの使者ではないかと推測するはずであり、身元の特定にここまで時間がかかるはずもない。つまりこれはジュゼッペの推測であるが、アトランティス側は一切知らされていない、危険極まりない無告知の使者であったのだろう。

 アトランティスならば、場合によりけりだが、無告知の使者も検査を受ければひとまず国内に入ることは可能だ。しかしこれがムーの場合、国からの正式な通知がなければ国内に入ることはおろか、攻撃される可能性さえある。本当に、あまりにも危険な選択なのだ。だというのに、なぜわざわざ危険な道を選んでまで使者を送り込んだのか――ジュゼッペには、その所がいまいち理解できなかった。


「……しかしまあ、身元が判明したんなら仕事は終わりか」


 ぼさぼさに乱れた髪に手を突っ込んで、さらにかきまわす。ジュゼッペは気を失っていた間に届けられていた解析結果に目を通しながら、フロア全体へ伝令する。


《科学技術開発部、各部署へ告ぐ。保護された漂流者の身元が判明したため、本日の業務を終了とする。繰り返す、本日の業務は終了。各自撤退準備を済ませるように。残業は許さん、一人残らず帰宅せよ。以上!》


 広いフロア中に響き渡った指令に、部下たちはざわつきだす。新しい解析結果を持ってきた部下には「デスクに置いとけ」と言い、疑問をぶつけに来た部下には「いいから帰れ」と言い、自身もそそくさと帰り支度を始めてしまった。

 そもそも本来の業務を放り投げて、開発部全体が今日はこの調査にかかりきりであった。本来の業務が半分も片付いていないまま、実はすでに終業定刻も過ぎている。部署が部署だけに残業、徹夜も多いのだが、これだけ慌ただしくしたのだ。どうせ件の使者が目覚めなければ、調査も大幅な進展は見込めない。むしろ明日以降、レムリアや使者本人からの情報によっては今日以上に忙しくなる可能性もある。とにかく、休める時に休むべきだとジュゼッペは判断した。


「先に帰る。いつまでも残ってたら減給するからな」

「そりゃ勘弁。お疲れ様でーす」

「お、主任お疲れです。俺らもすぐ帰りますよ」


 ジュゼッペは出勤時に脱ぎ捨てた制服の上着に袖を通すと、挨拶をしてさっさとフロアを後にした。

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