第三話 アレクセイ、感謝する
「おいしい」と繰り返しながらおかずを頬張るフィルを見ながら食事を進める。料理を作った母親は、そんなフィルを見て嬉しそうに微笑んでいる。
「……そういえばフィル、さっき『聞いたよ』って言ったけど、なんであれを知ってたの? 企業秘密のはずなんだけど」
お母さんがおかわりを用意しに席を立ったとき、小声でフィルに話しかける。確かにフィルは身分としては国軍に所属しているけれど、研究と開発が主な仕事である科学技術開発部が、漂流者――それも他国――のことを知っているはずがない。そう思って訊ねたのだけれど、驚いたことにフィルはきょとんとした顔をしていた。
「え? もしかしてラウラ、知らないの?」
「何を?」
「いやだから、漂流者のニュ――」
「はい、おかわり!」
あまりのタイミングの悪さに、思わず母親をジト目で見る。すぐさま料理に夢中になって話を忘れるフィルもフィルだ。
「ああ。そういえばラウラ、今日の巡回でレムリアの漂流者が見つかったんですって? もしかしてその関係で帰ってくるの早かったわけ?」
「……は?」
「漂流者なんて久しぶりじゃない? お母さんびっくりしちゃった。フィルの部署はあまり関係ないんだったかしら?」
「そうですね。直接は関係ないんですけど、今日はその漂流者のスーツを解析して所属を特定しました」
「あら、それってすごいんじゃない」
「僕がっていうか、僕のいるチームがですね」
驚きの余り言葉をなくしていると、そんな私に興味をなくしたのか今度はフィルに話しかける。そんな母とフィルの間で交わされる会話に、私はさらに言葉を失った。
――漂流者がレムリア国の人間?
――その特定をしたのがフィルのいるチーム?
何ひとつ私の知らない情報だ。話していることが確かなら、フィルが今回の件を知っていても不思議はない。
「ちょ、ちょっと待ってよ、二人とも」
しかしお母さんが知っている理由がわからない。
「フィルはともかく、なんでお母さんが漂流者のことを知ってるの?」
「あー、あんた見てないのね。さっきニュースでやってたわよ」
「ええ!?」
大きな声を出すと、夢中で食事をしていたフィルが喉を詰まらせた。しかしそれを気にしている余裕はない。夕飯もそっちのけでニュースをつける。どのチャンネルを見ても同じ話題で持ちきりだ。
《――城壁巡査隊によって城壁外付近で発見された漂流者が、レムリア国のスーツを着ていたことがわかったと、帝国軍により発表されました。軍は帝国議会と協力して、レムリア国へ通信を取り詳しい身元の確認を――》
「……ほんとだ」
「あんた、城壁巡査隊なのに知らなかったの。まあ、配属初日の新人なら仕方ないか」
好き勝手言ってくれる母親は、のんびりとフィルにお茶を注いでいる。
「いや、ていうか見つけたの私だから! フィルたちの特定が私の退勤までに間に合わなかっただけでしょ!」
「えっ、発見したのラウラだったの!?」
「そうよ! ……あー、もう、自分の仕事なのにニュースで知るなんてショックすぎる……」
《ここで、速報が入りました》
肩を落として落ち込んでいると、つけていたニュースに緊急速報が入った。
――漂流者の身元が、レムリア国からの正式な使者であったと判明したという。
「えっと……先輩、なんで私なんですかね」
「俺が知りたいわ。……じゃ、俺はここまでしか許可されてない。軍の警護がついてるみたいだから、とにかく丁重に、細心の注意を払っていけよ」
「ええー。ちょっとこれ、新人には荷が重すぎるんじゃありません?」
「いいから行け!」
「……はーい」
帝国病院の特別病棟の入り口で、先輩に喝を入れられてようやく踏み出した。後ろを振り返るたび、先輩が早く行けというように手を振っている。前を向くと、大きな溜息を吐いて歩き出した。
特別病棟は、アトランティスの医学でも治せない重度の病人や一般人と同じ病棟には入れられない軍や議会の人間が入る場所だ。滅多にないけれど、今回のように他国の使者のような政治的要人も特別病棟の個室に入れられる。普通の人はまず足を運ばないところだ。
どうしてそんなところに私が来ているのかというと、率直に言えば仕事だ。昨日、初めての巡回で発見した漂流者が保護され、意識を取り戻したのがマンハイム家の夕食時。レムリア国からの正式な使者であると語った漂流者は調子が万全ではなかったらしく、発見してくれた人間に礼を述べたうえで目的を話したい、と言って眠りについたのだとか。
――そこで私が呼ばれたのだ。
「すみません。城壁巡査隊のラウラ・マンハイムです」
とある病室の前で足を止める。いかにも、な風貌をした警備の人に身分証を見せて名乗ると、無言のままひとつ頷いたその人は壁の端末を操作して扉を開けた。促されて、中に入る。
「失礼します。城壁巡査隊三等兵、ラウラ・マンハイム参上しました」
深々と頭を下げながら入室する。緊張で声が震えているのがわかった。ここにいるのは他国の使者だけではない。巡査隊のトップやら国の偉い人やらもいるはず。国外に憧れる身としては件の使者も気になるけれど、一国民としては身近な上司のほうが恐れ多い存在だ。
「マンハイム三等兵、顔をあげなさい」
「はい」
ゆっくりと顔を上げると、ベッドから身を起こしている青年とベッドの横に立っている男性が視界に映った。
くすんだ銀髪とは対照的に爽やかなターコイズブルーの瞳が優しげな表情を作っている。使者というから、髭を生やした渋いおじさんかと思っていた。けれどこの青年はフィルと同い年くらいに見える。若いのに立派な人なのだ、と上司に挨拶するのも忘れてじっと見とれていた。
「この方がレムリア国からの使者であらせられる、アレクセイ・フィアルカ殿。……我が国の城壁付近で漂流していたところを保護したのだと伝えたところ、発見者であるマンハイム三等兵に話がしたいと仰られたのだ」
「はい。その旨は伺っております」
「すみませんが、彼女と二人にしていただけませんか?」
「いくらフィアルカ殿の仰ることでも、巡査隊の三等兵と二人きりは看過できません」
「はあ……まあ、そうですよね。では私と彼女、そして貴方のほかには絶対に誰も病室へ入れないようにお願いします」
「ええ。……マンハイム三等兵、立って話をするのも失礼だろう。そこの椅子にかけなさい」
「あ、は、はい」
一度病室の外の警備に話をしに行った上司を見送り、言われた通りそばにあった椅子に腰を下ろす。アレクセイさんを見ると、彼も私のことをじっと見つめていた。何となく気恥ずかしくなって顔を伏せる。上司が戻ってくるまでの短い時間が実際よりも長く感じられた。
「――まずはマンハイム殿、我が命を助けていただいたことに感謝します。本当にありがとうございました」
「い、いえ、私は仕事をしただけですから……」
「その仕事ぶりに助けていただいたのです。私はあのまま潮の流れによって広い海に投げ出されていてもおかしくなかった。耐圧スーツが破損して死んでいたかもしれなかった――貴方は職務に忠実だっただけかもしれません。それでも私は、今ここに生きている。ただひとえにそのことを感謝したいのです」
そう言ってアレクセイさんは微笑んだ。




