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海底少女  作者: 星谷菖蒲
第一章 レムリア、学術国家の使者
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第二話 フェリーチェ、訪ねる

 アトランティス帝国の国民は、満十五歳を以て成人となる。

 成人するまでは教育機関に通って勉強するのだけれど、最後の一年間は自分がやりたいことを探す時間として充てられる。もっとも誰もかれも、そんな直前になってから自分の将来を考えるわけもなく、実際には幼いころから興味のある職業や分野について調べたり、勉強しているものだ。

 もちろん私も例外ではなく、外の――海底に沈む帝国以外の――世界を見てみたいという夢から、一時期は外交官になることまで考えた。さすがにそれは無理だったので、海上世界は諦め、せめて国外に出ようと城壁巡査隊を志望するようになったのが、二三年前のこと。夢かなって意気揚々と配属初日から気合を入れてきたものの、まさかこんなことになるとは。


「報告書、私より先輩が書いたほうがいいんじゃないですか?」

「発見者はお前だろ。始末書ってわけじゃないんだから、書類に慣れる意味も兼ねて書いておけ」

「……はーい」


 先輩が漂流者を搬送するために城壁を出て行ってしまってから、残された私とレベッカは、すぐに上司の指示を受けて帰還した。戻ってからベテランの人たちが巡回を続行したとも聞かされた。先輩を待ちながらニュースを見ていると、ちょうど国外のニュースになったところで先輩が帰ってきた。

 そして今回の件について、報告書を書かされることになったのである。


「でも何書けばいいんですか? 結局誰なのかわからないし……」

「まあ、帝国民ではないことは確かだ。あれは絶対に、アトランティスの耐圧スーツじゃない。詳しくは俺も教えてもらえなかったから……まあ、とりあえず空欄でもいいぞ」

「あの人、何者なんでしょうねえ」

「さあな。その辺のことは病院の人間や、入国管理局が調べるさ。俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」


 手が止まってるぞ、と注意されて慌てて報告書を埋めていく。つらつらと文字を重ねながら、意識は帝国病院に搬送された漂流者へ向けられる。顔も見れなかった。体格からして男だとは思うけれど、国外に出られるということは軍人の可能性もある。それにしては装備が薄い気もしたけれど、アトランティス付近は潮の流れが穏やかでも、他国からアトランティスに至るまで急流がないわけではない。うっかりすれば帝国の海中調査隊でさえ事故に遭うのだ。他国の人間ならば、いくら軍人でも無事では済まないだろう。


「まだ終わらないのか? 今日はそれ書いたら終わりなんだから、さっさとしろよ」

「初日からこれだけって……はあ」

「そういうな。言っちゃなんだが、ラクロワも俺もあの漂流者を完全に見逃してたんだ。お前が見つけなかったら、助からなかっただろう。手柄だぞ、マンハイム」


 にっと笑った先輩の言葉で、返答に詰まる。

 褒められているのはわかる。上司にも褒められたくらいだし、逆にその上司が先輩を叱っていたのも見た。城壁巡査隊として立派に務めを果たせたことくらい、自分でもわかっているし、もちろん嬉しく思っている。

 けれど数年前から憧れていた仕事にようやく就けたのに、巡回は途中で中止。詳しく知らされないまま書類だけ書いてさっさと帰宅。……心境的には複雑だ。


「……報告書、できました」


 先輩のアドレスに報告書を送り、確認してもらってから上司に提出する。端末の電源を落として、帰り支度をすませた。


「……じゃあ、お先に失礼します」

「おう、お疲れさん」


 挨拶を返してくれた先輩は、その後すぐに連絡がかかってきたのか端末に向かってしまった。仕方がないので、静かに帰途についた。






 配属初日から早々に帰ってきたからか、母親には随分と心配された。漂流者の話をするわけにはいかないから、適当にお茶を濁しておいたけれど。

 暇だけど、することはない。することがないから暇というのだろうか。どちらにせよ昼寝する気分でもないし、どこかへ出かけるような時間でもない。ニュースでも見ようかと思いリビングへ向かうと、訪問者を告げるベルが鳴った。

 ちょうど玄関が近かったので端末で応対すると、耳をつんざこうかという大きな声がスピーカーから聞こえてきた。


『ラウラ! ラウラー!! 巡査隊の仕事は厳しくなかったかい上司に意地悪されなかったかい元気にやっていけそうか――』

「フィル、うるさい」


 これでもかと早口でまくしたてるよく知った相手を遮ると、そのまま端末の電源も落として玄関へ向かう。わざわざ手動で開ける必要もないのだけれど、相手が相手だから入ってすぐにまた騒ぎかねない。面と向かって注意するのが一番だ。


「……あのね、フィル、いつも言ってるけど玄関先で騒ぐのは――」

「ラウラーっ!!」


 小言を口にしながら開けたのに、訪問者はまったく聞いていないかのように抱きついてきた。


「すぐ抱きつかない!」


 ひえっ、と情けない声を出して離れた幼馴染のフェリーチェ・ヴァハラを黙って睨む。私の視線にたじろいだフィルは、ようやく静かになった。これでも二つも年上で、帝国軍の科学技術開発部に配属されているのだから人間わかったものじゃない。


「それで、何の用なの?」

「あ、用っていうか、今日がラウラの配属初日だって聞いてたから、心配で……」

「フィル、あんた私の保護者?」


 呆れながら言うと、フィルは眉を下げて微笑みを浮かべた。

 そもそも、私が城壁巡査隊を目指すといったときに一番反対したのは両親でも親戚でもなく、このフィルだった。私よりも先に成人して仕事に就いたフィルは、帝国軍人として働くうちに巡査隊とはいえ、国外に出ることの危険性を知った。科学技術開発部の成果でもある耐圧スーツは自慢の一品とはいえ、まったく事故がないわけではない。そんなことがないように日々開発に臨んでいるらしいのだけれど、それでも一抹の不安があるから、と猛烈に反対していたのだ。


「だって聞いたよ。他国の漂流者を見つけたんだろう? スーツは無事だったというけれど、潮の流れだけであんなに傷つくはずはないってうちの主任も言ってた。国外に出る以上、いつどんな危険に襲われるかわからないんだよ」

「それは誰でも一緒。フィルだって、開発しているときは結構危ないことしてるんでしょ? そうして私たちの生活は豊かになっていくんだから、それも覚悟の上よ」

「だけど……」

「そういえば、私が早く帰ったからって今日は夕飯が早いの。フィルも食べていかない?」

「え? ああ、それは嬉しいけど……ラウラ、そうじゃなくて僕は、」

「おかあさーん! フィルも夕飯食べていくから、準備してね!」


 どこか納得していないようなフィルの言葉を遮って、大きな声で母親に伝える。これ以上は何も言えまい、とフィルを振り返ると、彼は困ったように笑っていた。私が多少わがままな振る舞いをしてもこうして笑ってくれるのは、何だかんだフィルのほうが大人だからなのだろう。それを心地よいと感じるくらいにはフィルを信頼しているのだけれど、恥ずかしいから本人には決して言わない。

 それと、フィルには言えないことがもう一つある。

 私が国外への憧れを抱くようになったのは、彼のおかげであるということだ。

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