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月花  作者: きーん
第1章 日常に潜む影
8/12

17年前の真相(1)

「ということで!」


 バンっと俺は机を叩いた。

 ここは食堂に隣接している娯楽室である。ビリヤードやダーツに加えて、棚には本や卓上ゲームなどがたくさん置かれている。軽く100人位が入るくらい広く、ブラウンで統一された室内はかなり居心地が良く、今日もたくさんの隊員達が思い思いの過ごし方をしている。

 そんな部屋の窓際に並んでいる机と椅子に座っているのは、俺を含めた第18班全員だ。


「明日の訓練で境月きょうげつ教官を何としても倒すぞ!」


 右手を振り上げ、おー!という掛け声を待っていると、


「そんなの無理に決まってるじゃない、バカね」


 テンション高めに言った俺に水を差すように冷たい声が割り込んできた。


「いままであの人に一回でも攻撃が当たったことがあった?」


 花深月はなみづきがつまんなさそうに自分の爪を見ている。ちらっと他の3人も見てみたが、どうやらノッてくれるやつはいないらしい。

 俺は右手の行き場を無くし、虚しく下に下ろした。このテンションどうしてくれる。


「うぐぐ……そうだけど…。でもこれしか噂の真相を知る方法が無いんだよ……」


 軽く項垂れてそう言った。





 隠し部屋から帰った次の日に、俺と咲花は噂の事、隠し部屋の事、中にあったファイルと本のことを自分の班の仲間にだけ伝えたのだった。本当は俺と咲花と美涼樹みすずきだけの秘密にしようと思っていたのだが、同じ班ということもあって一緒に居る時間も長く、きっと隠しておくのは無理だということになったのだ。話をした最初こそ花深月にそんなの偶然に決まってるだの、規則違反のことを説教されたりと大変だったが結局は噂の真相は知りたいらしく、規則違反を犯さない程度なら何かするなら協力すると言ってくれた。


「あ、あのえと、ごめんなさい!えー、と、なんで明日教官を倒す必要があるのな…?」


 こちらを伺うように上目づかいで引きつった笑いを浮かべながら米井よねいが言った。そういえば、明日やる作戦を米井と花深月には話していなかった。


「えーとな…」


 俺は1週間前の境月教官との会話を思い出しながら話した。







「境月教官!」


「あぁ?なんだよ」


「いま暇っすか?」


「ん、なんか用か?」


「ちょっと話したいことがあるんですけど…」


「悪いな、俺はこれから大事な用事があるんだ」


「なんで⁉︎」




 また別の日には、




「境月教官!」


「うるせぇぞ神弥」


「まだそんなしゃべってないっすけど⁉︎」







「てことがあってな…」


「そこまで避けられるって事は、神弥から変なオーラでも出てたんでしょうね」


「出てねーよ!」


「え、そうだったんですねぇ!それで…?」


「いやオーラは出てないけど…、まぁそれで普通に行っても話を聞いてくれなさそうだから、強制的に話さなきゃいけない状態を作ったら良いんじゃないかと思ってな!」


 俺は一息置いて、嬉々として言った。


「だから明日、教官との実戦訓練で交換条件をつけるんだ!もし俺らが勝ったら質問に答えてくれってな!」


 そう、それがあの一件から考えついた案だった。

 実戦訓練とは境月教官と各班が1対5で戦う訓練のことで、日によって使う武器を変えて、軍敷地内にある様々なシチュエーションに対応した訓練場で、教官になんらかの攻撃を与えるという訓練だ。だがしかし、メンバーにかなり恵まれている俺の班でさえ、今だに境月教官に攻撃が当たったことは無かった。いったい何個目があるんだって位に、すぐ隠れている所が見つかるのだ。

 あんなにボケーと立っているのに、ちょっとでも近付くと境月教官の愛用している刀でぶん殴ってくるのである。もちろん鞘付きではあるが、あれは正直かなり怖い。一瞬で間合いを詰められいい笑顔で攻撃されるのだ、既に隊員の中にはあの笑顔がトラウマになった奴がいる。

 ちなみにその鞘から刀が抜かれた所を俺はまだ見たことがない。


「なら、なら頑張らないといけないね!私も足手まといにならないように、頑張るね!えへへへへ」


「おう!!頑張ろうぜ米井!」


 米井の笑い方が移って俺までえへへへと一緒に笑っていると、咲花に足蹴りをくらった。


「なんで!?」


「いえ、何かラブコメ的な雰囲気を感じたのでイライラして」


「そんな理由!?」


 というかいったいどこにラブコメ要素があったんだ。最近咲花の暴力が増えている気がする…。


「ちょっと良いかしら?」


 花深月が話を切るように強い口調で言った。


「境月教官が17年前のことを知ってる保証はあるの?あなたから聞いた話だと、隠し部屋に行った日に居た教官は、隠し部屋の存在すら知らないようだったけど?」


「き……気付いたか」


 そうなのだ。境月教官が知ってるとは限らない、それ以前に俺たちは17年前にこの軍に居たのかすら知らないのだ。


「普通気づくわよ。……まぁあんたがそのことちゃんと解ってるなら良いのよ」


「ん?どういうことだ?」


 俺がポカンと口を開けていると、珍しく目を逸らして花深月が言った。


「期待しすぎると、何もなかった時に…落ち込むでしょ?…特にあんたみたいな単細胞は一瞬で落ち込むだろうと思って…」


「単細胞だと⁉︎」


 最後の方の声が小さくて聞こえなかったため、俺の耳には単細胞という単語だけ残っていた。単細胞とは失礼な!


「うるっさいわね!なんでもないわよ」


 キッと眼を釣り上げてそう言われ、あからさまに顔を逸らされた。怒ってるようだがいったい俺が何をしたというんだ。

 理由がわからずジーっと花深月を見ているとギロっと睨まれた。ふと花深月に体術訓練の時にボコボコにされた記憶が蘇り、俺は身震いをした。あれは本当に怖かった…。

 俺たちがギスギスしていると今まで黙っていた美涼樹みすずきが腕を組みながら、低くよく通る声で言った。


「いずれにしても、境月教官が17年前のことを知ってる可能性に賭けるしか無い。明日の訓練は今まで以上にチームワークを発揮しよう」


 では、俺は走りに行ってくる。と、そう凛々しく言い、静かに席を立ち部屋から出て行った。

 しばらく後ろ姿を眺めていたが、咲花がさてと立ち上がったのを境にみんな立ち上がった。


「まぁそういうことですから明日は全力で頑張りましょうか」


「はいぃ、足手纏いにならないように頑張りますぅ」


「大丈夫ですよ、足手纏いはこのチビです」


「俺そんなちっさくねぇぞ!」


「明日、あんたが最初に倒されたら許さないわよ」


 まだ怒りから冷めやらぬようで、いつもよりトゲのある言い方であった。


「うぐ…死ぬ気で頑張ります…」






 ーーーー翌日





 性別男、年齢不詳で「ダメ人間」と「鬼教官」の2つのあだなを併せ持つ真夏でもマフラーを手放さない変人、それが境月輝羅きょうげつきら教官である。

 予備隊には境月教官を含めた5人の教官が居るが、その中での代表は境月教官のため訓練のときの指揮などは全て一人で行っている。他の教官はだいたい補佐のような役割のようである。

 そのせいで毎日毎日スパルタな訓練が境月教官の独断で行われ、俺たちは生傷が絶えない日々を送っている。あの人の実戦訓練では女も男も関係なく扱われるため、たとえ米井のようにか弱そうな女子であっても訓練中には境月教官と戦闘することになったときに手加減などはされない。流石に血が出るような事は無い(鼻血はあるが)が、痣が残ることなど日常茶飯事である。これが境月教官が鬼教官と呼ばれる所以である。だが俺としてはその訓練は嫌いじゃないのであまり苦だと感じたことはない。…自分が一番弱いことを訓練の度に実感させられはするが、いちいちその事を気にするような繊細な心を俺は持っていないので問題ない。


「さーてと。そろそろ実戦訓練始めるぞー、今日は18班だな?んじゃそれ以外の班はテキトーに他の班と戦っとけ、サボったりしたら50km走らせるから覚悟しとけ」


「50kmとか無理ですよ!!!」


「言っとくが俺がサボってると思ったらそれがサボりだから気をつけろよ」


「うぇえええ!?どこからどこまでがサボりなんすか?」


「その時の俺の気分で変動するからわからんな」


「ひでぇっす!」


 教官と他の班がよくわからない攻防を繰り広げている中、俺たちは円になって話合っていた。


「それで、今日の作戦はどうする?」


 俺は花深月に聞いた。花深月がこの班のリーダーな為、訓練のときの作戦の指揮をとるのは花深月である。

 全員いつもの訓練着を着ており、なんとなく気持ちが引き締まる。


「ひとつ考えたことがあるの…」


 考え込むように唇に手を当てた。


「なんですか?」


「うまくいくかはわからないけど…、今日はなにも作戦を立てないで行きましょう」


「え⁉︎」


 なんですと!?


「なにも立てないってことは、チームワークを気にしないでやるってことですか?」


 咲花がどこか嬉しそうに言ったが、花深月は首を振った。


「いいえ、そうじゃないわ。各自が自分で、その場その場で作戦を考えるのよ。そしてそれを無線で全員に知らせる…て言うのはどうかしら?」


 その言葉を聞き、しばしの沈黙が流れた。

 俺はもちろん作戦を立てないのには反対だ。理由は単純明快、俺が成功するはずがないからだ。


「……案外上手くいくかもしれないな。俺は、賛成だ。」


 美涼樹がわずかに口元をゆるませ、楽しそうにそう言った。

 あれ、おかしいな、昨日まではチームワークとか話していた気がするんだけど。


「わ、わたしも良いと思う!かな」


「やってみるのも楽しそうですね」


「俺…上手く出来る気がしないんだけど…」


 作戦を立てても2分の一は失敗する俺が、その場で聞かされた作戦を実行できるわけが無い。俺は実戦も弱ければ、頭も弱いのだ。


「じゃあ決まりね」


 あっさりとそう告げられた。それはまずい、非常にマズイぞ。俺だけ瞬殺される未来が見える…。


「俺の意見は…?」


 ダメ元で聞いてみると、


「気合いでなんとかしなさい」


「冷たい!普通に無理だよ!」


 わかってはいたが、まさか少しも考えてくれないとは。


「神弥なら…出来るって、僕信じてますから。大丈夫ですよね?やるときはやるって言ってましたもんね?」


「お、重い!!」


 完全に面白がってる咲花を睨んだが、いつも通りにこにこ微笑んでこちらを黙って見つめてくる。ふと他の三人の顔を見てみると、全員こっちを静かに見ていた。

 これは、無言の圧力というやつか。

 もうイエスと答えるしか無い雰囲気に持っていかれている気がする。

 しばし無言でこちらも抵抗してみたが、一対四の無言対決、負けるのは当然俺の方だった。

 みんなもヤル気マンマンだし、もしかしたら奇跡的に何かが俺に起きるかもしれないしな…。


「わかったよ!その作戦やってみる!」


「よく言ったな、金崎。それでこそ男だ」


 などと言って何故か俺の頭をポンポンと撫でてきた美涼樹。なんだろう、バカにされてる気しかしない。悪気はないんだろうけど。美涼樹は人間関係ってやつが良くわかってないのか…。

 今にも吹き出しそうな顔で咲花がこっちを眺めているのが横目で見えた。あのやろう、俺の不幸を食い物にしてるぞ絶対。


「おーい、役に立たてねぇ作戦会議は終わったか?」


 のんびりとした口調の声が聞こえた。


「役にたちますよ教官」


 ふらっとこちらにやって来た境月教官に、花深月が冷静にそう言った。この2人はソリが合わないようで、教官がテキトーな発言をするたびに花深月は眉間にシワを寄せている。


「なんだ、いつにも増して機嫌悪いな花深月。そんなんだから姫君だなんて呼ばれんだぞ」


「余計なお世話です。それよりも境月教官はもう少し真面目に教官をやったらどうなんですか?」


「いやぁ、俺はもう歳だから今さら性格は変えれないわー」


 ばちばちと火花が散りそうな勢いで2人が睨み合う。俺たちは完全に蚊帳の外である。このままではこの2人だけで訓練が始まってしまいそうだ。


「教官、突然ですが賭けをしてみませんか?」


 そう切り出したのは咲花だ。さり気無く教官と花深月の間に入り込んでいる。


「あ?」


 意味不明というように、眉を潜めている。

 その様子に笑顔で咲花が説明を加えた。


「もし今回の実戦訓練で僕らが教官に一回でも攻撃を与えられたなら質問になんでも答えて下さい。逆に僕らがいつも通り何も出来なかったら…」


「出来なかったら?」


 なにかを悟ったのだろう、面白そうに境月教官が言った。


「街で大量のお菓子を買って来ます」


 若干の静寂の後…


「いいぜ」


 にやっと歯をのぞかせた。


「お菓子でいいんかい‼︎」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 ここはなんか、こう、もうちょっと見合った条件があると思うんだが。いや、でもまぁもし勝てなくてもお菓子くらいで済んで良かった。

 境月教官がふと首を傾げて言った。


「つか質問ってなんだよ?あ、言っとくけど彼女居ますかは無理だからな。俺の心が砕け散る」


「いや、そんなこと聞きませんよ!てか今の発言でだいたい想像付きますし…」


「俺、彼女作らない主義なんだ」


「別にどうでもいいです。早く訓練を始めましょう」


 冷めた口調で花深月が言った。


「鈴華!もっと教官には、えと、優しくしなきゃだめだよっ」


 珍しく自分から話かけた米井だったが、そんなこと気にせずというように花深月は腕を組んで空を睨んでいるだけだった。

 仕方ない、ここは俺の出番だ。


「花深月……」


「なによ」


「教官、マフラーとったぞ」


「!?!?」


 思わず花深月が境月教官を振り向いたが、そこにはいつも通りマフラーと暑苦しいコートを着ている姿しか無い。


「嘘だぜ!」


 とびっきりの笑顔とウインクを飛ばしたが、


「殺すわよ」


 まるで殺し屋のような表情を浮かべたのを見て俺は作戦が失敗したことを悟った。


「たまには賭けってのも面白いかもな」


 何故か遠くを見つめながら、境月教官が言った。






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