隠し部屋(1)
「ーーはあっ!!」
「………。」
「でやぁっ!!!」
「……。」
「せやぁああーー!!」
「………っ!!」
「ぬぉおおおお!!!」
「ちょ…なにやってるんですか?」
明らかにドン引きした声で咲花が言った。俺は一旦動きを止めて咲花に言う。
「なにって、見ればわかるだろ?剣術訓練だよ」
「見たからわかりましたけど…」
ちらっと俺の向かい側に居る人を見ながら言った。
「美涼樹さんが無口だからですか……。神弥がついに自分の無能さに絶望して一人言を言ってないと死ぬ病気にかかったのかと思ってビックリしちゃいましたよ。いやぁ良かった、まだ正気で。」
「いやいやいや!!そんな事想像するのお前だけだよ!!つか薄々思ってたけど、咲花オレの扱いヒドイよな⁈」
「え?そんな事ありませんよ?僕は博愛主義ですから」
ぱぁっと、まるで花が咲いたような笑顔で咲花は言った。
この男はかなりの美形だ。誰かと話すときはいつもニコニコしているし、口調も優し気である。その外面の良さで女子にも人気があるが、俺はもうこいつの中身を知ってしまったため、咲花が笑顔を浮かべても嘘くささしか感じなくなった。
「その笑顔には騙されないぞ……」
「いやだなぁ、僕はいつだって神弥の味方ですよ」
ふふっとまた嘘くさい笑を浮かべた。
そんな咲花を疑い深い顔で見ながら、俺は汗を拭った。
今日は剣術訓練ということで、予備隊員たちは朝から竹刀を持って訓練場に集まることになっていた。集合が9時なのだが、6時位に目が覚めた俺は一足早く訓練場へとやって来たのだった。そこに偶然にも早く来ていた美涼樹に俺は訓練の相手をしてもらっていた。
俺はふと思いついた疑問を美涼樹に投げかけた。
「美涼樹はいつも起きんの早いのか?」
尋ねられた美涼樹は首を縦にふった。
「あぁ、朝いつもここでに訓練をしている」
なんてことだ。
実力試験で成績1位だったに関わらず、毎朝自主トレをしていたなんて。成績ビリの俺は今まで訓練ギリギリまで寝ていたぞ…。
俺が軽く自己嫌悪に襲われていると、咲花がトドメを刺しに来た。
「流石ですね美涼樹さん!努力を惜しまないその姿、本当に尊敬しますよ!誰かさんとは大違いですね!!」
キラキラとした瞳で美涼樹を褒めまくる。
…俺に一体なんの恨みがあるというのだ。
「いや、これぐらい普通だ」
「美涼樹まで⁈」
「………?」
なんのことだとでも言うように美涼樹が首を傾げた。サラサラとした片方だけ長い髪が揺れる。
「天然ってある意味一番こわいですよねー」
などと咲花が呑気に呟いていると境月教官が訓練場にやって来た。
「お前ら朝から元気だなー」
いつもよりもさらにテンションの低い声で境月教官は言った。
今にも倒れそうなほど眠そうだ。寝癖だらけのボサボサな髪を掻きながら教官は大きな欠伸をした。
境月教官は教官のわりに歳が若い。というよりも年齢不詳だ。20代だと言われればそうだと思うし、30代だと言われれば納得しそうな顔をしている。そのせいで俺はたまにタメ口を使ってしまったりするのだが、この教官は全てにおいて適当人間なのでそれを咎められたことは無い。
「おはようございます境月教官」
「……おはようございます」
「おはようございます。教官も今日は早いんですね?」
この人はいつも訓練が始まる時間ピッタリにやってくる。珍しいこともあるものだ。
「なんか知らんが今日は眼が覚めちまったんだよ。」
不満そうに教官は言った。
再び盛大な欠伸をしたところで俺は境月教官の服装に眼を向けた。
「教官、その格好暑くないんすか?」
「いやぁ、べつに…」
むにゃむにゃとそう言っているが、この季節に黒のコートとマフラーは幾ら何でも暑いはずだ。
「絶対暑いと思うんすけど…」
「俺は体温も血圧も低いんだよ…」
そうこうしている内にわりと早起きな隊員が集まって来たので、俺たちは9時からの訓練を準備を始めた。
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そんな夏の日に、一つの噂が俺たちの間に流れた。
「ーー隠し部屋?」
「そうです」
もぐもぐと食パンを齧りながら咲花は答えた。今は昼食の時間で多くの隊員達が食堂で食事を取っているところだ。テーブルには咲花と美涼樹と俺の3人が座っている。
「で、その隠し部屋がなんなんだよ?」
「この軍の中にあるということか…?」
いつも無口な美涼樹だが、どうやら軍の噂は気になるらしい。
パンを飲み込んだ咲花は水を飲みながら言った。
「ええ、どうやらこの中央政府軍の敷地内に物凄い秘密が隠された隠し部屋があるらしいですよ」
「物凄い秘密⁈⁈」
なんだそれ、めちゃくちゃ気になるぞ!
「ん?つかそんな話初めて聞いたけど、咲花どこで聞いたんだ?」
「今日は僕も朝早く起きたので、軍内を散歩していたらどこかの扉から面白そうな会話が聞こえて来たのでちょっと、ね?」
「盗み聞きかい!!」
「いいじゃないですか、ただの噂話ですし」
虫も殺さぬ顔をしてよく言う…。
「その秘密については何か言っていなかったのか?」
美涼樹が聞くと、ご飯を食べる手を止めた咲花が顔を寄せて小声で囁いた。
「あくまで噂でしかありませんけど……」
「この軍で17年前に大規模な仲間同士の殺し合いが起きたそうで、そのことについての手記がその部屋に隠されているらしい…と」