単純バカ
張り詰めた空気が、空間を支配する。
お互いに相手の一挙一動を見逃すまいとし、ピタりとして動かないままでいる。
ーーーー右から仕掛けるか…
俺はじっと相手を見つめた。
こちらの考えがわかったのか、少し身体を左に傾けた時ーーー俺は走り出した。
そこそこ速い足を全力で動かし、俺は一気に距離を詰めた。
身構えた相手に先ずは右手を振り上げ首を狙う。次に左足を狙う、が、すぐにかわされ、次は相手からの足蹴が右足に迫ってくる。
普通ならここで避けるところだが、俺はこれを受け止めた。
「っっ!!」
覚悟はしていたが、これはかなり痛い。
しかし、ジンジンと痺れる足を気にしている暇はない。俺はすぐに蹴られた方の足で相手の腹部を狙った。
流石に攻撃を受けた足で反撃すると思ってなかった相手は、もろに俺の足蹴をくらい、一瞬身体をフラつかせた。
ーーーーーー今だっ!!
すぐさま左足で相手の足を引っ掛け、相手はグラりと身体を傾け……
(……勝った!!)
そう確信した、その瞬間、
相手は素早く両手を地面につけ、逆立ちの状態で俺の身体を両足で蹴りつけた。
完全に油断してた俺はその足を腹にくらい、無惨にも地面に叩きつけられた。
「いってぇえええええ!!」
静まり返っていた2人の空間に、声が響いた。
ゴロゴロとのたうち回る俺を、相手は覗き込んできた。
「すみません神弥、絶対に背中だけは付けたくなくて蹴っちゃいました」
あはっ、と爽やかな笑顔で見下ろしているのは咲花だ。ゲホゲホとむせ込みながら俺は咲花を恨みがましく見上げた。
「今日は絶対勝ったとおもったんだけどな……」
ふぅ、と俺は起き上がって息をつく。
そんな俺を見ながら咲花が言った。
「確かに今日はいつもと違った攻撃の仕方でしたし、僕もちょっとビックリしました」
「でも神弥、考えてみれば僕が神弥の足蹴程度でフラつくはずが無いってわかりましたよね?」
「すっげえムカつくが確かにそうだな」
「えぇ、ですから僕がフラついたのは神弥の次の動きを誘導する為だったんですよ」
「うわぁー、そうだったのかー」
再びバタンと地面に寝そべった俺は絶望的な声で言った。
「戦う時にも頭使わなきゃいけないのか……」
はぁ、とため息をつくと、咲花は苦笑いしながら答えた。
「まぁ、僕も勉強は苦手でですが、戦闘に対しての知識はすぐに覚えられましたし、神弥もきっと身体で覚えていけば直ぐですよ」
「それもそうか!!!」
一気に元気を取り戻した俺はパッと起き上がった。
中央政府軍に入ったからには休んでなんていられない。さらに俺は予備隊の中でもかなり落ちこぼれの分類なので他の人よりも努力をしていかなければ。
「よっしゃあ!!!俺は花深月に戦いを挑んでくるぜ!!!」
バーっと走り去っていった神弥を見て、咲花は呆れたように呟いた。
「やっぱ単純馬鹿ですね」
予備隊の訓練はまずランニングから始まる。距離は教官の気分によって変わるが、普通は10km〜15km訓練場を走り回る。
その後、いよいよ本番、実技訓練が行われる。実技訓練では体術、剣術、射撃、などなどが教えられるが、そのほとんどが予備隊員同士での実際の戦闘で進められ、対戦相手を探しては戦い、探しては戦いを繰り返し、だいだい全員がボロボロになったころに訓練が終わる。
戦っている間に教官と補佐の教官達が、アドバイスやらもっと激しくやれだの、ありがたい言葉や野次を飛ばしてくるといった感じだ。
ただし、この訓練、お互いに本気で戦わなければ意味が無いので、戦闘能力の低いもの達は生傷が絶えないのだ。しかもこの予備隊に入隊しているのは、国の若い人間の中でも知識実力共にトップクラスの人間。知識が飛び抜けていても実技がほとんど出来ない者は、この訓練に耐え切れず辞めていくことが多いそうだ。
「ホント、あんたがなんで予備隊に入隊出来たのか謎よね」
「そ、れは、俺が一番聞きたい、わ」
はぁはぁと息を荒げながら俺が答える。
先ほど花深月に戦いを挑んで、一瞬で沈められたところだ。
おわかりかと思うが、今日は体術訓練の日である。
花深月は傷一つない、そもそも全部防がれて俺は指一本触れられないのだ。
「まぁ、わたしも誰も挑んで来ないから暇してたし、何回でも付き合ってあげるけど?」
「ダイジョウブデス……」
いきなりラスボスクラスに挑んだのは流石に失敗だったようだ、身体がさっきの咲花の足蹴と比じゃないくらい痛い……。
身体を抱きしめながら俺はふと思い出したことを言った。
「そいやぁ、俺の予備隊員入隊試験通知に『特別枠での入隊を許可する』って、書いてた気がするな」
「特別枠?なにそれ聞いたことないわよ?」
不思議そうな顔をして花深月が言った。
「俺も知らないんだよな、これが。特に何も書いてなかったし、別に良いかと思って考えてなかった」
「ちゃんと調べなさいよ………」
ジトっと非難するような眼で見られ俺は顔を逸らした。だって入隊出来るなら理由なんてどうでもいいじゃないか。
花深月が、特別枠とはなにかブツブツ想像している様子を痛みに耐えながら見ていると教官がやって来た。
「お、なんだ、取り込み中か?」
「違いますよ!!!」
俺は直ぐさま否定する。
てゆうか仮にそう思ったならなんで来たんだ。
「境月教官、ちょっと質問があるんですが」
花深月が言った。こんな教官にキチンとした言葉使いをする当たり真面目だと思う。
「なんだ?」
「特別枠って、なんですか?この男が自分は特別枠で入ったと言っているんですけど…」
眉を顰めてこちらを見下ろしてくる。
「いや!ガチだから!!なんでそんな急に疑いの眼で見るの!?」
必死で俺が主張すると、境月教官が、思い出したように答えた。
「あー、それか。それなら神弥はれっきとした特別枠だな」
「そうなんですか、本当なんですね…」
「だから言ったじゃねーか…」
ボソッと不平を言ったが目線だけで殺されそうだったのでおれは口を噤んだ。
「それで、特別枠っていったいなんなんですか?」
質問された境月教官は平然と俺が衝撃を受ける一言を言い放った。
「知識も実力もねーけど、なんか面白そうだから入隊させてみたいなぁって思われたヤツが入れる入隊枠だ」
「は?」
「はい?」
「ちなみに、いままで特別枠で入った隊員は5人程度だ。今年は神弥1人だけだな」
花深月でさえ話し着いていけないらしい。
ポカーンとしている俺の方を向き、境月教官はニヤっと笑って言った。
「ま、てことだから、お前は知識も実力もお前よりあるけどそれ以上に実力を持ったヤツらに負けたあげく、面白そうって思われなくて入隊出来なかったヤツの分までシッカリ訓練をしろよ」
そう言って教官はふらっと去って言った。
俺をチラっと見やり、花深月は言った。
「逆に、あんた運良いわね」
「そうだな」
どうやら俺は、この予備隊員の中落ちこぼれの方、ではなく最底辺にいるようだ。
「なんか、あれね、聞かなかった方が良いことだったのかしら」
「ん?なんでだ?」
俺の返事に驚いたのか花深月はビックリしたように答えた。
「だって、そんなこと言われたら傷つくものじゃないの?」
「あー、まぁ俺どうせ入隊出来なかったら田舎帰るつもりだったからな。ちょっと驚いたけど、入隊出来たならラッキーだし、一番ザコなら頑張るしかねーし!!うおー!!なんかやる気みなぎって来たぜー!!!!」
そんな俺を見た花深月は、思わず声を出して笑った。
「あはは!!あんたホントに単純ね!!!そういうことならわたしがミッチリ体術教えてあげるわよ!!」
「いや、それは遠慮しとく……あ、やっぱりよろしくお願いいたします!!」
こうして今日の訓練は俺のやる気を倍増させた挙句、花深月のサンドバックとなって終了したのだった。