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月花  作者: きーん
第1章 日常に潜む影
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17年前の真相(5)

 





「17年前に、この軍で仲間同士の殺し合いがあったという噂を聞いたのですが……それは本当なんですか?」


 一瞬の間を置いた後、境月きょうげつ教官が答えた。


「……あぁ、事実だ」


 返事は肯定だった。

 少なからず否定されることを期待してた俺は、思わず声をだした。


「まじすか………」


 軍に入隊したのが、正義のヒーローみたいでカッコイイという理由の俺は、軍に裏切られたように感じた。

 とはいっても、この中央政府軍が国の中で一番人々を救っているのには変わりないのだが、なんだか腑に落ちない。


「だが仲間同士の殺し合い、とは少し違う。あれは………当時1番隊に所属していた248人の内、たったの60人が起こした一方的な虐殺だ」


「そ、そんな…っ」


 口に手を当て、米井がか細く言った。


「1番隊ですって!?」

 花深月が身を乗り出した。

 国内で地位、実力共にトップである中央政府軍の中で、隊の階級としては一番上。エリート中のエリートとも言われるのが1番隊である。軍内外から尊敬され、子供からは憧れの存在とされる1番隊隊員がそんな事件を起こしたなど……この国で生まれ育った者にとって、到底信じられるものではなかった。

 かく言う俺も同じだ。


「嘘だろ……」


「60人は何の前触れも無く、中央政府軍の隊員562人を殺戮した」


「ーーーっ!」


 嫌なものが胃から上がってくる様な感じがした。仲間が突然殺しを働く…そんな状況を想像し俺は身体を強張らせた。

 しかも事件を起こしたのが超エリート集団だ、明らかに他の隊の隊員とは実力の差がありすぎる。死亡者が多いのも1番隊だからだろう。


「…いったい何のためにそんなことっ!」


 怒気をにじませ花深月はなみづきが境月教官に言った。


「動機は未だに不明だ……その事件の首謀者である4人以外は全員、隊員との戦闘中に死亡した」


 そこで俺はふと、ある考えに至った。


「境月教官は、1番隊だったんですか…?」


 恐る恐るそう聞いてみると、境月教官はコクリと頷いた。


「……あぁ」


 境月教官は表情から何も読み取れなかった。いったいその時、どんな想いだったのだろうか。仲間が突然襲ってくるという異常事態、もし俺が同じ目に逢ったとしたら二度と思い出したくない記憶になるはずだ。それこそトラウマになるほどだろう。

 だがそれならば、境月教官にとっても17年前の事を語るのはきっと辛いはずだ。


「あの、境月教官っ!」


 俺の言う事をわかってたかのように、手で静止された。ぐっと俺が口を閉ざしたのを見て境月教官は咲花を見た。


「咲花、質問を続けろ」


 境月教官を見据えて、さっきと変わらぬトーンで咲花は口を開いた。


「動機が不明と言っていましたが…生き残った首謀者はいったいどうしたんですか?」


「ーーー逃亡中だ」


 花深月が弾かれるように立ち上がった。

 拳を強く握りしめている。


「逃亡中……!?ならどうしてそんな事実を世間に知らせないんですか?犯罪者がウロウロしているのを軍は黙認しているってことですか!?」


 非難するように鋭い目をして言った。

 正義感の強い彼女にとって、到底我慢できる事ではないはずだ。


「単純な事だ。上から口止めされている」


 境月教官は淡々と答えた。

 それに対し何かを言おうとした花深月を止めるように、ボソリと美涼樹みすずきが言った。


「やはり…隠蔽されていたか…」


 咲花が前に言ってた通り、事件は周囲に知られないよう隠蔽されていたと言うことだ。


「…っていうことは、隠蔽しているのは軍のお偉いさんってことっすか…?」


 境月教官は指揮官だ。軍内の地位で言えば10番以内には入っている。だとすれば、隠蔽したのはそれ以外の地位、各隊隊長もしくは最高指揮官ということになるはずだ。

 しかし帰ってきた返事はそれを否定するものだった。


「いや、違う」


「ならいったい……」


 境月教官の言った上というのは、いったい誰なのだろうか。俺の足りない頭では、やはり最高指揮官くらいしか思い付かない。

 俺たちを見渡しながら、声を潜めて境月教官が言った。



「隠蔽したのは他でも無い、国を統括する政府だ」



「ーーなっ!!」


「そんなはず無いわ!」


「そんな馬鹿な………」


 一同に動揺が走った。

 呆然としたように境月教官を凝視した。


 政府、それは各地に存在する軍基地を統括し、政治・外交・経済すべての指揮を行う、国を動かす最も重要な組織だ。

 その政府が、中央政府軍の不祥事を隠蔽した。ーーーーそれは、この国自身が不正を働いたということに等しい。

 たとえ政府の最も近くに存在し、国の象徴ともいえる中央政府軍で起こった事件だからと言って、国民に隠すべきことではない。加えて現在軍に居る隊員の中で事件があったことを知っている人間は、少なくとも予備隊員の中には一人も居なかった。


「残念ながら嘘じゃねぇ。だが政府が隠蔽したことを知ってるのは、俺を含め20人しか居ない」


「どうしてそんなに少ないんですか…?」


 信じられないというように咲花が言った。

 17年前にどれだけの隊員が居たのかは知ら無いが、膨大な数の隊員が居たはずだ。その中で562人の隊員が死亡したといっても、生き残っている隊員の方が多いはずだ。


「事件が起きたとき、軍に居たのは1番隊と4番隊だけだった……1番隊は当時中央政府軍の暗部の様な扱いだったのに加えて4番隊は入隊したてであまり隊員の顔を知られては居なかった。そんな事が重なったからか、被害に合ったのは居なくなっても他の隊の人間にわからないような者達だった」


「だから、政府が事件を隠蔽しても…2番隊や3番隊の人達は何も気付かなかったなんて言うんですか…?」


 はたしてそんなに上手くいくだろうか…。情報統制を行うのは政府には簡単だったかもしれないが、誰も彼もが気づかないなんて事はあり得ない気がする。

 それこそ咲花みたいな奴はすぐに真相に辿り着きそうだ。

 そう思っていた矢先、疑問はすぐに払拭された。


「いや、流石にそれだけだと勘のいい隊員は気付くはずだ。だからか、その時を狙ったかのように〝最高指揮官〟と〝各隊隊長〟が軍から脱退した」


「ーーーそんなっ!?なんでそんな時に!」


 俺は思わず境月教官を責めるような口調になってしまった。

 事件が起きてただでさえ大変なときに、その軍を指揮する人間が居なくなる。最悪なタイミングでの脱退だ。


「理由はシンプルだ。事件によって死亡した隊員を……任務中に不慮の事故で死亡したと世間に報告し、その責任を取って脱隊という形だった」


「不慮の事故ですって……?」


 信じられないというように、花深月は目を見開いた。

 もしも………自分の仲間や家族がそんな目にあったら、俺はどうするだろうか。隠蔽されたことを知っているとすれば、絶対に政府を許すことは出来ない…と思う。


「当然、軍は混乱の渦だった……だが事件を知っている生き残った隊員は、軍を立て直すのに必死で事件が綺麗に隠蔽されていくのをただ見ている事しか出来なかった」


 しんとした空気が周囲に流れた。

 告げられた真実はあまりに衝撃的で、脳の許容量がパンクしそうだった。

 ただ一つ言えるのは…


「政府は……最悪だっ!」


 俺は拳を机に叩きつけた。


「とんだクソ野郎ですね」


 舌打ちをしながら、吐き出すように咲花が言った。


「まるで……事件に、政府と最高指揮官達が関係しているみたいだな……」


「許せないわ…」


 感情を隠すことなく吐き出す俺たちを見て、苦笑いをしながら境月教官が言った。


「確実に、政府が何らかの形で事件に関与していると俺は考えてる……だが捜査が見つかれば相当な処分を下されるだろう…良くてクビ、悪くて処刑だな」


「そんなのおかしいじゃないすか!!政府がそんな事して許されるはずがない!」


 俺は必死で訴えたが、咲花の冷静な声で現実に戻された。


「ですが…その処分を下すのも政府の役目です…軍は政府の決定に逆らえ無い……」


「なんだよ、それ……」


「じゃじゃあ、私達は、何も出来ないってこと……?」


 八方ふさがりだ。


 黙りこくった俺たちを一瞥し、境月教官は言った。


「質問は終わりか?」


 あっさりと、そう告げた。

 まるでこれ以上話が発展し無いように牽制したかのようだ。

 そしてこれで話は終わりだと言わんばかりに早々に扉に向かおうとしたので、俺は腕を掴んで慌てて引き止めた。


「ちょちょちょ!境月教官っ!」


 面倒くさそうにこちらをチラ見した境月教官に、俺はまとまっていない頭で取り敢えず声を出した。


「ちょっと、ま、待って下さい!」


 なにか、なにか無いだろうか。

 何故か、このまま話が終わってしまえば、一生話を聞ける機会は無くなってしまう気がした。

  形の無い焦燥感に駆られながら、俺は必死に言葉を紡いだ。


「俺たちは………政府に疑いを持ったまま過ごすしかないんですか?」


「そうなるな。だが、お前達は話を聞いても後悔しないって言ったよな?」


 確かにそう言った。

 けど、それとこれとは少し違う。


「ーーー話を聞いた事は後悔してません。…でも、知ってるだけで何もしなかったら、俺たちはきっと後悔します」


「……………」


 無言で境月教官は俺を見た。何かを含んだその視線に、俺は身じろいだ。怒っているのだろうか、それとも呆れられているのか。

 なんの意図も読めない表情に俺が所在なさげに立っていると、咲花が呟いた。


「僕も同意見ですねぇ」


 咲花の発言に口火を切られたように、それぞれが同意の意を示した。


「私もよ」


「俺もだ………」


「わ、わたしもっ!」


 話を打ち切るのに失敗して、仕方なく境月教官は振り返った。微かに舌打ちが聞こえた気がするが、空耳だろう。


「あのなぁ、お前らわかってんのか?働きたくないーなんて駄々こねても無駄なんだよ………それに17年前の調査をしてることがバレたら、ハッキリ言うが…俺はお前らを守りきれる自信はねぇ」


「それでも僕達はこのまま何もせずにこの軍に居る気は無いですよ」


 ニヤリと咲花が笑った。

 俺たち全員から期待の眼差しを向けられ、境月教官は目を逸らした。しばらくの間視線の攻防戦が行われていたが、諦めたようにため息を吐いた。


「〜〜〜わかったよ!なら仕方ねぇ!」


 頭をガシガシとかきながら、吹っ切れたように天井を向いて言った。


「……絶対に口外するなよ」


 全員が頷くのを見届けて、境月教官はゆっくりと口を開いた。


「俺は17年前の事件について独自に捜査を行っている。ーーーどうしてもってんなら参加してもいい」


「やった……「ただし!」」


 歓喜の声を上げようとした口が開いたまま静止した。


「お前達が予備隊をちゃんと卒業するのが最低限の条件だ」


 その言葉を聞いた俺はニヤリと笑った。

 1年間の予備隊員の訓練を根を上げずにやり遂げれば良いのだ。こんなに簡単な事はない。


「絶対に約束ですよ!境月教官!」


 ビシリと境月教官を指差した。


「本当に卒業出来んのかぁ?他はともかく神弥は不安要素しかねぇな」


「なにおう!!俺だってやれば出来る子なんですぜ!」


 やる気だけは人一倍あるつもりだ、キツイ訓練ぐらいで辞めたりなんかしない。勉強はもっと頑張らなきゃいけないけど…。


「全員で絶対3番隊に上がってみせます。ーーー私たちが捜査に協力した暁には……」


 すぅっと息をすって、花深月が強い口調で言った。


「絶対に17年前の犯人を捕まえて、政府の悪事を暴いてみせます」


 同意するように、俺たちは境月教官を見た。


「期待してるぜ」


 そう言って、

 珍しく……本当に珍しく、境月教官が笑ったのだった。





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