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2部

「じゃあ改めて聞くよ。ホワイトデーにはなにがほしい?」

 再び家に向かい歩きはじめると、彼がそう聞いてくる。わたしはあごに手を当てて、ううんと唸って考えた。

 このあいだ教室でした友だちとの会話を思い出す。ある友人は彼氏にブランドもののバッグを買ってもらうと言っていた。もう一人の友人は某大型テーマパークでのお泊まりデートを希望したんだとか。わたしが言うのもなんだが、たったチョコレートひとつのお返しがそれなんてたいそうなものだ。でもまあ、今時の女子高生なんてきっとみんなそうなのだろう。わたしはブランドものにもテーマパークにも興味がないからなんとも思わないが。

 わたしがほしいと願うのは、いつだって『おいしいお菓子』。それだけだ。

「そうだな……。それなら、キャンディがいいかな。見た目もかわいくて、味もおいしいキャンディがほしい」

「キャンディ? 他には?」

「それだけでいい」

 言うと、彼は困ったような表情をした。

「ええと、もしかしてまだ気を遣ってる? ほんと、気にしなくてもいいんだって。ほしいものがあるなら言ってよ」

「気にしてなんかいない」

 首を横に振る。それでも彼はまだ心配そうにわたしを見てくる。本当に気遣っていないのに。

「でもキャンディだけなんて、つまらないんじゃないの?」

「なにを言ってる。ホワイトデーにはキャンディを渡すって相場は決まってる。全国飴菓子工業協同組合の方たちがそう言ってるんだから、間違いない」

 彼はきょとんとした。そして小首をかしげる。

「なにそれ。全国飴菓子……?」

「全国飴菓子工業協同組合。知らないのか?」

「ごめん、ちょっとわからないや」

 頬を掻く彼を見て、わたしはふっと息を吐く。やれやれとかぶりを振った。

「情けないな。いいか、ホワイトデーを発案したのは彼らだぞ。毎年きみからもらうお返しにはキャンディが必ず入っていたからすっかりわかってやっているものだと思っていたが、あれはたまたまだったのか? ホワイトデーにはチョコでもクッキーでもなくキャンディだ。常識だぞ」

 語ると、隣で彼が「へえ」と声を漏らす。

「そうなんだ。勉強不足だったね。でもさすが美夕ちゃん、よく知ってる」

「当たり前だ」

 小さい胸を張ると、くすりと彼が笑った気がした。

 ぽん、と頭に手が乗る。

「わかったよ。それじゃあお返しはキャンディね」

「見た目もかわいくて味もおいしいやつだぞ」

「はいはい、了解」

「楽しみにしておく。ありがとう」

 小さく笑って礼を言う。

 これでお返しの話は終わったと思ったらしく、彼はううんと背伸びをし、のんびりと「いい天気だなあ」なんて空を見ながら言った。つられてわたしも空を見上げる。本当にいい天気だ。鞄の中のチョコレートもそろそろ溶けていることだろう。

「……なあ、きみ」

「うん?」

「少しわがままを言っていいか」

 そう言うと、彼がわたしのほうを見る。わたしは空を見上げたまま、ぽつりと呟いた。

「もうひとつだけ、ほしいものがある」

 意外だとでも言うように目を丸くした彼は、驚きながらもすぐに「うん」とうなずいた。

「いいよ。なんでも言って。俺にできる範囲内ならがんばって用意するよ」

 ぐっとこぶしを握る彼。わたしは口もとだけで笑った。どんなわがままを言われると思っているのか知らないが、さすがのわたしも一粒千円以上の超高級チョコレートをねだろうなんて気はまったくないから安心してほしい。

 こほんと咳払いをする。わたしは足を止め、頬を掻いた。

「ええと、その、なんだ……」

 顔を赤く染めながら、ぼそぼそと小さな声で言う。

「十四日のホワイトデー。……その日は一日、わたしと一緒にいてほしい。朝から晩まで、ずっと。だから、その、つまりだな……。……きみとの、時間が、ほしいんだ」

 顔が熱い。心臓がうるさい。言い慣れていないせりふのせいか、言葉に詰まりながらになってしまった。格好がつかない。恥ずかしい。

 言い終えて、数秒。互いに無言の時間が過ぎる。彼からの返事が聞こえない。照れくさくて顔をそむけていたが、あまりに返事が遅いため隣の彼を見上げる。

 彼は目をまんまるにしたまま、石のように固まっていた。

「……聞いてるのか?」

 目を細めて言うと、彼ははっとした。ぱちぱちとまばたきをして、あたりをきょろきょろと見まわす。それからわたしを見降ろして、頭を軽く掻く仕草をする。

「ああ、うん、ごめん。ちゃんと聞いてるよ。いやあ、美夕ちゃんから甘えてくるなんてめずらしいから、驚いた」

 むう、と頬を膨らまし、そっぽ向く。

 ふん。わたしだってたまには甘えるよ。いつもはただ恥ずかしくて口にしないだけで、心の中ではずっと思ってるんだから。

 彼はくすりと微笑んで、わたしの膨らんだ頬を指でつつく。

「うん、そうだね。一緒にいよう。ずっと」

 耳もとで囁かれる言葉が甘くて、くすぐったい。わたしは恥ずかしくてうれしくて、無言でうなずくだけでせいいっぱいだった。

 彼がわたしの手を握る。それがあまりに自然だったから、いつもは照れて嫌がるわたしでも、同じようにその手を握り返すことができた。

 彼が笑う。わたしも笑う。なんだか体が火照る気がする。とくに頬が熱くて仕方ない。

 たぶんこれは、春の日差しのせいだろう。

「十四日が楽しみだな。美夕ちゃんから言い出したんだから、その日はなにがあっても離さないよ」

「なにがあっても?」

「うん。美夕ちゃんが『もう離せー』って泣いたとしても離さない。絶対に」

「泣かせるようなことをしないでくれ……」

 声を落として呟くと、彼は「あはは」と快活に笑った。

「美夕ちゃんは泣き顔もかわいいからなあ」

「きみは本当に悪趣味だな」

「そうだね。でもそんな俺を好きになったのは、」

「わたし、だろ?」

 先を越してそう言うと、彼は一瞬驚いたような顔をしてから、

「正解」

 とわたしの頭を撫でた。

 なにはともあれ、ホワイトデー当日は相当な気合いを入れておかないといけないな。自分から言ったことだし、今さらあとには引けない。……まあ、引こうとも思わないが。

 だってわたしは、彼のことが大好きなのだから。

 隣の彼を見やる。うれしそうな横顔がそこにはあって、思わずわたしは苦笑した。

「覚悟はしておくが、少しは手加減してくれよ」

 返事はなかったが、その代わりに頬にキスを落とされた。

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