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第三話 苦悩と娯楽

 五十嵐 龍貴達が住む共鳴(ハウル)島地(フィールド)は、東西南北で四つの地区に分かれている。大地の(グランド)憤怒(パニッシャー)で元神奈川県だった島は内部までメチャクチャになってしまったのだ。だから一通り整備し、元の神奈川県だった部分も残しつつ、そういった区画に分かれている。

 治安機関テミスの組織としての建造物は一つしかなく、その本拠地は南地区、"元"小田原市に位置する場所に存在する。

 そしてその内部、機関長室。ここに二人の少年と一人の中年男性が居る。少年のうち一人はケロリと無表情で、もう一人は苦々しい顔をしており、中年男性も困ったように頭を抱えてデスクに座っていた。


「………何か用スか?俺買い物に行きたいんですけど」


 少年、龍貴が言った。

 頭を抱えている中年、陰陽寺(いんようじ) 中庸(ちゅうよう)が返した。


「…大した用事じゃないよ。ただ、」


「いや大した用事だよ!」


 声を荒らげ、もう一人の少年である熊本(くまもと) 秀平(しゅうへい)が口を挟む。


「お前さん!ターゲットは出来るだけ"生かして"、そんで可能なら"連れて帰る"のが原則だろ!その為の人員ならいくらでも割くし、必要なら車でも何でも引っ張ってってやるよ!」


「いや、流石にそこまでフリーダムじゃないんだけど…」


「なのになんだこの報告書!?」


 バシン、と突っ張った音が機関長室に響き渡る。音源である2,3枚のA4サイズ印刷紙は床に散らばってしまった。そこには以前、秀平が龍貴に指示した共鳴者(ハウリンガル)専門の人身売買組織の"殲滅"についての諸々が書かれていた。五十嵐 龍貴は無意味な遠回りや「手順を踏む美学」というものを嫌っている。つまりその報告書には、彼が手がけた仕事について"何もかも正直に"書かれているのである。

 龍貴はため息をつくと、報告書を面倒そうに拾い上げる。


「なんだって………ただの報告書じゃねぇか」


 社会において、レポートや報告書というのは嘘偽り無く、簡潔に分かりやすく書くのが常識である。それをこの歳でこなすというのは以上だが、それを抜きにしても龍貴の意見ややり方は至極真っ当である。

 だが秀平は吼えるのをやめない。


「そうじゃねぇよ!「抵抗され、反省の意思も見られないので一人残らず殺害する。絶命の確認も行った」って、明らかに原則に反してるじゃねぇか!」


「だから抵抗されたんだってば」


「しかも報告書の、本拠地突入から作戦終了の時刻差!たったの"1時間"じゃねぇか!お前さん本当に意思確認行ったんだろうな!?また前みたいに「面倒だから全員殺しました」なんて言うんじゃねぇだろうな!?」


 以前そういうふざけた本音を隠すため、報告書にそう記載した事のある龍貴。結局問い詰められ、誤魔化すのも面倒になって本当の事を言ったら減給された経歴があった。


「………うるせぇなぁ、ギャーギャーギャーギャー………」


 低い声で唸る。


「…あん?」


「鬱陶しいんだよ。俺がそういうの嫌いだって知ってんだろ?ああ、知っててやってんのかそうかそうか」


「…だったらなんだよ。俺さんも殺すってか?」


「前もそうだったよなぁ?あん時も本当キレそうなのを必死に抑えてたんだぜ?」


 一触即発。そこへ。


「 黙 れ 」


 二人の少年は目を見開き、とんでもない殺意を感じ取った。その根源へ目線を向けると、両手を組み、顔半分が隠れてこちらへ視線だけを向ける機関長、陰陽寺の姿があった。

 まるで、全身に刃を突きつけられているような緊張感があった。頭の天辺から足のつま先まで、ナイフの切っ先が1センチも無い感覚まで迫ってきているような、金縛りにも近い感覚。

 陰陽寺は二人が沈黙したのを確認すると殺意をしまいこみ、息を吐いて平常時の表情へ戻した。


「…いい加減にしてくれ。君達の(ハウリング)で暴れられたら本社(ここ)が瓦礫の山になってしまう」


 身を乗り出しかけていた二人も、元の姿勢へと戻った。


「ともかく、龍貴君。"生かして"、"連れ帰る"が原則のこの組織に違反しているのは事実だ。君にはペナルティを課すよ」


「………また減給ですか?」


 龍貴は苦虫を噛み潰した。


「いや、始末書だ。今まで君が担当し違反してきた54件分の始末書、1枚も残さず耳をそろえて提出したまえ」


「………うッス」


「期限は付けない。気長にやりたまえ」


 椅子の背もたれに寄りかかり、目を瞑って顎を引く陰陽寺。彼を知っている人間なら誰でも知っている、退室の合図である。龍貴はそれを確認すると、分かりやすく不機嫌に機関室から出て行った。

 龍貴が出て行った出入口を見つめながら、秀平が口を開く。


「…陰陽寺さんは甘すぎですよ」


「だが、彼の性質から考えても今回のペナルティがちょうど良い。………彼の機嫌を必要以上に損ねればどうなるか、君も分かっているだろう」


「………今でも冷や汗が止まらないほどに」


「彼は我々の切り札だが、その高すぎる戦闘能力は核爆弾にも等しい程の危険物だ。取り扱いには細心の注意を払わなければならない。………子供に対する台詞ではない事は、承知しているが」


 陰陽寺が眉間にしわを寄せ、再び頭を抱える。本来は穏やかで、争いを好まない性格で、共鳴者(ハウリンガル)を元の人間として扱えるようにする為に彼は今の地位を手に入れている。だが現状、未だに彼らを戦闘兵器として扱っている自分に嫌気が差している。しかし今取り上げている問題を解決する為には、ハウリングは絶対必要な力なのである。陰陽寺は、その矛盾した事実に板ばさみになって苦しんでいる。

 秀平はそれを重々承知している。"恩人"に無駄に負担をかけたくないし、そうしないように自分の手に終えるものは全て自分で処理している。龍貴の件も同様だが………如何せん、操縦が上手くいっていない。

 何より当の五十嵐 龍貴が、常に"自分自身の"目的を優先してしまっている。彼の望みはたった一つ、「家族と自分が楽に生きられる事」。それ以外は有象無象として、何がどうなろうと知った事ではない。陰陽寺と秀平は当然それを知っている。非常にややこしく、ただでさえ頭を悩ませている事態にこの気難しい人材。二人はいい加減胃潰瘍になってもおかしくないと思いながら、今日の業務に取り組むのだった。


 ………とはいえ解決策が無いわけではない。

 ただそれは、あまりにも無謀で、実現なんてとても不可能に近い。

 丸腰の人間が海中でクジラに敵わないのと同じ事。

 それは………。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――――――――――――――――


―――――――






 数日後。

 再び教室で授業を受ける龍貴だが、前と同じように机に突っ伏して眠りこけていた。鬱陶しいのと同じように、面倒ごとが苦手な龍貴は、さっさと始末書を片付けてしまおうと徹夜で作業していた。とはいえ過去の案件も含めた全ての始末書を書けといわれても、そんな過去の記憶を事細かく思い出すことなど彼には出来ない。いちいち資料を引っ張り出したりしていたせいで、この数日でまだ5件ほどしか終わっていない。

 今日も今日とて教員にしかられ、部活にも入っていないので真っ直ぐ帰宅しようとする龍貴。生徒用玄関を出て、校門へ向かおうと数十歩歩く。

 だが、その後姿を見据えるものが一人。


「………?」


 修羅場慣れした勘が、後方に何かしらの気配を感知する。しかしいちいち構っていられないと思い、帰路へ付く。

 だが。


「…ッ…!」


 背後から聞こえるあわただしい足音。それは徐々に近付いてきていた。

 そして自分のすぐ後ろに付いたかと思うと、痛みを感じるほど肩を強くつかまれ、無理矢理後ろを振り向かされる。

 視界に飛び込んできたのは、龍貴と同じ学校に通う女子生徒だった。端正な顔つきで、短く切り揃えられた髪、運動部を思わせるスレンダーな体型。ただ異様な箇所があり、それは藍色の髪と紫色の瞳と、およそ通常の日本人の遺伝子からは生まれないはずの特徴だった。それは、彼女もまた龍貴と同じ共鳴者(ハウリンガル)である証。

 女子学生は般若を思わせる形相で龍貴に詰め寄った。「美少女」と形容しても良いその顔つきから凄まじい迫力が出ているが、迫力を向けられているはずの張本人はどこ吹く風の様子。


「アンタ!アタシが何の用か察してるんでしょ!?」


「…またお前かよ。本当に鬱陶しいな…」


「あくまで勝者の余裕ってヤツを崩さないつもりね…!上等じゃない!今すぐその態度を悔い改めさせてやるんだから、勝負しろ!」


「それが"お嬢様"の態度かよ?もう少し淑やかに喋れねぇもんかねぇ?」


 少女は勢いよく振り返り、目線で龍貴について来いと命令する。断ったら断ったでまた面倒になることをよく理解している龍貴は、黙って少女、田中(たなか) 百合(ゆり)に付いて行った。


 田中 百合。共鳴(ハウル)島地(フィールド)が成される以前から元神奈川県に住している「田中家」の一人娘。「田中家」とは、呼び名こそ平々凡々であるものの、そこに在する者全員が起業、スポーツ、政経部門とあらゆるジャンルで成功を収めている一族である。その為あらゆる方面で人脈、権力、財力があり、「田中家」の血筋が起業した会社は「田中グループ」として、様々な企業の頂点に君臨している。

 彼女もまた「10年に1人」といわれるほどの才覚と容姿を兼ね備えている。実質、彼女や龍貴達の通う高校、私立北咆(ほくほう)高等学校(こうとうがっこう)では創設以来の天才と呼ばれている。勉学、スポーツは勿論、ハウリング能力も凄まじい成績をたたき出している。

 だが、そんな彼女に唯一黒星をつけたのが、龍貴なのである。

 察しているだろうが百合は自信家である。自分が手を付けたものは何をやっても上手くいったし、この異質な力も完全にコントロール化に置き、実家でも最早崇められているほどに上の立場にある勝者だった。だがただ一人、ただの一回、ただの私事の勝負で、彼女のプライドに大きな傷を入れた男。その上負けたのはただの一回だけではない。彼女が何回挑戦しても、龍貴から白星を勝ち取ることは出来なかった。


 今日こそはお前の首を貰う。

 そんな気概で、百合は龍貴を運動場へ誘う。そして学生カバンと一緒に背負っていた弓袋から、愛用の弓を取り出す。


「…準備は良い?」


「本気でやるのか?ぶっちゃけ目立った行動は、」


「つべこべ言うな!質問に質問で返すな!!準備は良い!!?」


「………ああ」


 龍貴の一言で、百合の持った弓から「ギィン!!」という、何かが鳴り響く音がした。ハウリングである。

 弓は一瞬白く発光したかと思うと、その形状を大きく変化させていた。木で作られていたはずの材質が、エメラルド色に輝く金属に変わり、百合の左手に固定するように纏わっている。中央部には穴が開いており、狙いが定まりやすいようにか、はたまた矢を真っ直ぐ飛ぶようにする為か。その穴から光球が唐突に現れ、伸び、いつの間にか構えを取っていた百合の右手に収まる。弦が引かれ、光矢は射出口に据え置かれ、もう既に狙撃の準備が出来ている。


「………以前より速くなったな」


 対する龍貴は何も構えなかった。学生カバンを降ろし、少しだけ、しかも短く柔軟していただけで彼は道具を取り出すこともせずに百合を見据えている。


 実を言うと、龍貴はこの百合との戦いがいつの間にか好きになっていた。何戦も重ねてきているが、彼女は馬鹿の一つ覚えではなく、しっかりと対策と実力をつけてきているのである。体を動かすのは嫌いじゃないし、そういう輩なら退屈しないで済む。何より"疲れない"。本当に疲労せずに彼女を倒してしまっているのか、それとも楽しくて疲労を忘れてしまうのか。とはいえ龍貴にとってそんな事はどうでも良い。好きなことは好きな時にすれば良い。何事も単純に考えれば彼はそれで納得する。


 何も構えない龍貴に多少苛立ちを覚えるが、百合はいつもの事だと気に留めず、攻撃に移る。


「…喰らえっ!!」


 放たれる光矢。

 それが、龍貴VS(バーサス)百合の、第12回戦目の合図だった。

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