第一話 特異能力者はたくましい
一日の授業が終わると、みんなそれぞれの予定のまま行動を開始する。部活動、学校行事の準備、ただ帰宅するだけ、友達と買い食いをする………他にも上げればきりが無い。
五十嵐 龍貴とてそれは同じである。
クラス担任の教員がホームルームを終え、解散の合図をすると、クラス生徒は一斉にかばんを持ち上げ、独自の予定を進める。五十嵐も気だるそうに立ち上がり、かばんを右手で背負い上げ、行儀悪くポケットに手を突っ込んだ。そのまま教室を後にしようと、扉に手をかけた。
ブーッ ブーッ
「あ?」
左太ももに伝わるのは振動。震源は自分が愛用…しているわけではないが、連絡の常套手段である携帯電話。高さ15cm、幅7cm、厚さ1cmのモバイルデバイス。ちなみに最新型の機器である。別に連絡さえ取れればもっと小型の物で良いのだが、”友人”が必要だからと執拗に迫るので、仕方なく持っている。便利と言えば便利なので、手に入れてからそれほど不満は無いのだが。
タッチパネルを指でなぞり、手馴れた感覚で操作する。友人からメールが届いている。内容はこうだ。
『校舎裏に一人居る。メガネをかけて、髪は七三分け。スーツにネクタイは青と黄のストライプだ。正直趣味は悪いね』
またか、とため息を吐く。このまま真っ直ぐ帰宅しようとした彼にとって、面倒な寄り道が出来てしまった。
マナーとして、「たまにはお前がやれ」と返信を送る。ケータイを左ポケットに戻し、メールの内容通り、校舎裏へと足を運んでいった。
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校舎裏には職員用の校門がある。生徒は規則としてここからの出入りは禁止されているが、部活動の終わりなど、一応例外が認められる場合もある。校門に入ってすぐ、右脇には駐輪場が設置されている。左手には体育館が見え、校舎から伸びる渡り廊下と繋がっている。正面には本校舎が存在し、脇を通り過ぎればグラウンドへと続いている。
現在、体育館の外壁に寄りかかる男が一人、さらにその隣にはもう一人男が居る。寄りかかっている男は、スーツを身にまとい、青と黄のストライプのネクタイを締め、メガネをかけて髪は七三に分けている。その隣の男は、スーツこそ着てはいるもののメガネはかけておらず、代わりにサングラスをかけていて、髪はスキンヘッドにそられていた。
メガネの男は、ケータイを右耳に押し当ててなにやらぶつぶつ向こう側と話している。
「ええ、ええ。片鱗も見られませんでしたよ。現在確認されているだけで、450万2331人中1011人。およそ4500人に1人居る計算になりますが、中々見つからないものですね、ハウリンガルというのは」
電話相手から再びぶつぶつと返される。
サングラスの男は、護衛役なのだろうか。辺りをしきりに見回している。
「分かってますよ。あくまで調査。居るのが分かったら、そちらへちゃんとご連絡しますから。はい、はい、では失礼します」
ケータイを耳から話し、通話を切って内ポケットへしまうメガネの男。
やれやれ、と首を回し、大げさに自らの肩を叩く。よくある、「俺疲れたわー」な動作である。
「今日で2日目。教育実習生と言う名目でもぐりこめたのは良いものの、そう簡単に我々の前に姿は現さないか」
「では、本日は切り上げますか、伊東さん」
「ええ、そうしましょう。苦労をおかけしますね、堂坂さん」
ハウリンガルが発見されたのは、今から20年前。しかし当時確認されたのはまだ一人二人。20年経った今でも、1011人だけ。例え離島と化しても、仮にも日本国内の領土、国民の人権を無視し、超大規模な身体検査でも行わない限り、正確な数を確認することは出来ない。だからこうして調査員がやってきて確認作業を行うのだが、中には調査員に扮装した裏の人間がやってくることもある。
この二人は、その裏の筋の人間なのだ。ハウリンガルの数を調査すると見せかけ、誘拐し、その筋に売りに出す。買う人間というのは様々だが、大半は新たな戦術兵器開発のための実験材料として購入する科学者である。
「今回はどなたからの要求で?」
堂坂と呼ばれたサングラスの男が、伊東と呼ばれたメガネの男に質問する。
「いつも通り、科学者からですよ。まぁ我々はお金が手に入れば、それで良いんですがね」
顎に右手を添え、苦笑する堂坂。
「しかし、この島の人間は本当に気の毒ですな。かの大地震で人口が半分ほど減らされ、その上一人ずつ闇に売り出されるんだから」
同じく苦笑する伊東。
「全くですねぇ。中には年端も行かない子供も居るとか。まぁ、新生児からのハウリンガルが9割なので、それも仕方が無いことですけど」
とても同情しているとは思えない声色。彼らは本当にお金が手に入ればそれで良いと思っている。
こういう人間は警察が調査にやってきても中々つかまらない。例えつかまったとしても、決して後を絶たない。ハウリンガルという特異能力者は、それほど貴重であり、希少であるのだ。
それは、今まさにこの二人へ近づいている、この少年も同じ。
「…ハウリンガルを探してるって?」
伊東と堂坂の視線が、声の主へと向けられた。
伊東は目を見開いた。目の前の光景が信じられなかった。恐怖の顔ではない。まるで宝くじの数字がほとんど当たった後の様な、歓喜の表情。
確認されたハウリンガルの中で、群を抜いた高い能力を持つと言われている、史上最強のハウリンガル。
五十嵐 龍貴。
「だったらほら、ここに一人居るぜ」
わざとらしく両手を広げる。右手にぶら下がったかばんが、大きく揺れた。
「………資料で拝見しましたが、実物ははじめて見ましたよ。そうですか…君が五十嵐 龍貴。あの噂の…!」
「何者です?」
堂坂が伊東に再び質問するが、答えを聞くことはかなわなかった。
ドシュッ
「…え?」
刹那。
フラァ ドサッ
垂直に立っていた木が切り倒されたように、堂坂という大男が、仰向けに真っ直ぐ倒れた。左胸の中心部、人間の”心臓”にあたる部分に真っ赤な穴を空けられて。
伊東の視線が堂坂に向けられたのは、彼が倒れてから3秒も経ってからだった。何が起きたのか、まるで理解できなかった。気がついたら、自分の護衛役が息絶えていたのだ。
「ひっ…!?」
思わず後ずさり、反射的に懐に手を突っ込む。だが目的のものは遂に取り出せなかった。
ギラリ、と視界の端で何かが光り、右首筋に冷たいなにかが押し当てられている。この嫌に薄く硬い感触、間違いなく刃物だった。
「何だ、結局自分でやるんじゃん」
五十嵐は視線を”伊東の隣”に向けて言った。
伊東の首筋に刃物を押し当てている張本人である。
「あのなぁ、お前が面倒くさそうな返信を返すときは、すぐに”ヤ”っちまうときじゃねぇか。自分でしっかり確認しないと、生かしてつれて帰れないだろ?」
刃物を持っていたのは、五十嵐と同じくらいの年頃に見える少年だった。
「だってさ、面倒くさいじゃん。何が嬉しくてこんな豚共引きずって帰んなきゃなんねんだよ」
「………頼むからたまにはこっちに貢献しろ。お前は貴重な戦力だから、そういうわがままも少しは通ってるんだから」
伊東は、この少年たちが話している内容が理解”出来てしまった”。
自分たちにとって害でしかない人間を連れ帰る目的なんて、すでに絞られている。
「さて、俺はこれからこいつ連れて帰るから、お前もいつでも出動できるようにしとけよ、龍貴」
「…分かったよ、秀平」
五十嵐は熊本 秀平が伊東を捕らえている光景から背を向け、帰路に着いた。
秀平は伊東にささやく。
「んじゃ、まぁあんたも察しついてるだろうけど、色々と聞きたいことがあるから連行するな。ああ、安心しな、”死には”しないから」
とっさの護身術は身に着けているものの、こんな戦闘のプロに捕らえられてはかなうわけがない。まして自分の護衛役を一瞬で葬ってしまった人間と、どう戦えと言うのか。
伊東は必死の思いで、どうにか言葉をつむげた。
「ば、ばっ…化け物…め…!」
恐怖で呂律はあまり回っては居なかった。
「…よく言われる」
だがそんな必死な言葉も彼らにとっては、害虫が死に掛けているのに飛行しようとしているのと同じくらい、無意味だった。
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「ただいまー」
玄関で靴を脱ぎ、そろえてからリビングへ向かう。自然と視界に入ってきたのは、学校を終えて帰宅している、自分の家族。
食席に座っていた少年少女二人組みが、一斉にこちらを振り向いた。さすがは”双子”、タイミングばっちりである。
「兄ちゃん!お帰り!」
「お兄ちゃんお帰りなさい!」
満面の笑みで兄の帰りを迎える子供たち。五十嵐 龍明と龍希。
兄も満面の笑みで、本日の疲れを癒すのだった。