コンビ結成!
「ふぁ〜わふ〜、うにゃあ〜ねふ」
猫の様な声を出し先ほど倒れた少女は起き上がる。そして天井から差す日光を身体一杯に受けるためか、大きく伸びをし、天に向かって両手を上げ、
何ということだ!?ここで大事な事…………いや違う!大変な事に気が付いてしまった。
僕は少女のそんな姿を微笑ましい気分で眺めていたのだ。そこまではいい。ここまでは何処にでもいる様な可愛い少女である。しかし問題は少女が両手を真上に掲げた時だった。
少女の服装を思い出して欲しい。…………さきほどと変わらず漆黒のマントである。そんな事は分かっている。
しかし問題は着ている服がそ・れ・だ・けという事だ。しかも何処かの吸血鬼よろしく喉のところで結び目を作っているわけではなく、ただ羽織っているだけなのだ。
もう分かっただろう。そんな状態で両手を上げようものなら、少女の体を後ろから包み込んでいたマントは上げられた両手によって後ろに追いやられるはずで、実際に少女の最後の防塞線であるマントは、ヒラリと宙に舞い地面に落ちる。それは儚げで僕の心は不思議とそれに釘づけになるのだが!
今はそれよりも大切なことがある!
なぜなら僕の眼前には先程と違い、腕で隠しているわけでもなく、両腕を頭上で組んでいる文字通り素っ裸の少女がいるはずで、僕は未だに床に投げ出された最後の砦を凝視していた。
しかしついにこの時がきてしまったようだ。何という僥倖…………いや、違う何という不幸。
僕は倫理的にアウトなレベルの事をしてしまうようだ。しかしそんな事は構ってられない。人間にはどんな壁があろうとも超えてゆかなければならない時があるのだ!
そして僕はついに視線を少女のつま先から上へシフトして行き…………少女を刮目する!!
「ぐわっ!」
何だこの光は!?
夢の世界を見るはずだった僕の眼は何という事か、荒ぶる神光によって穿たれていた。聖なる光はまるで年端もいかない少女をいかがわしい眼で見ようとする、僕の眼を焼き尽くそうとしているかのようだ。
僕はこのすべてを喰らう暴力的な光を防ごうと、顔を腕で覆う。そしてその両腕の間から気合と根性だけで眼を開けようとするのだが、
開けたら眼が死ぬ!
と言っているかのように僕の生存本能は必死に開眼を妨害する。
無理だ。この偉大なる神の力には敵わないとでも言うのだろうか…………夢は眼の前に広がっているのに!
僕は愕然とした。まさか全てを諦める、という選択肢を選択しなければならないのか……ここまで来て…………
しかしふと新たな力が天から降りてきたような気がした。突然現れたこの力を僕は何故だか知っていた。それは全てを呑み込む漆黒の邪眼、まさに神光に抗うべく生まれたワイルドカードだ!
お待たせしました僕のリビドー。ついにこの時が来たんです!
そして僕は流れてくる神光を全て受け入れるべく開眼する。そして僕の視界は黒から白へと移り変わる。
…………嘘だろ、
僕の邪眼はたしかに少女の姿を捉えている。捉えているのだが、何という神の悪戯!光は何処か、あのちょっとHな少年誌のように、少女の大事な箇所を隠していた。しかもそこだけ!!
この見えそうで見えない微妙なライン。その曖昧さが僕を焦らしてくる。しかしそんな僕の心境を知ってか知らずか、光のシールドは全てを遮っていた。
しかもいかに光を呑み込む邪眼と言えども、眼が焼けているように熱い!
これが神の力と言うものなのだろうか……とても勝てる気がしない。邪眼は負けたのだ。
僕は愕然とした 。ここまできてこの仕打ちは無いだろう。僕は世界の終わりを悟った気がした。そしてそのまま妙な脱力感に苛まれその場に膝みこむ。
もう、いいや…………諦めよう。
「うっ、うまた、裸だぞ、グスン、マント羽織れ」
「えっ、本当だ……」
少女は顔を再度これでもかというくらいに朱に染める。それから「きゃあ」っと声を上げながら、頭上にある両腕を振り下ろし、自分の身体を包み込む。当然肌色は漆黒に塗りつぶされた。
そして眼に涙を溜めながら、足元に落ちているマントを即座に拾い上げ、今度こそ完全に身体を包みこむ。急いで首元で結び目を作ろうとするのだが、なかなか上手く行かないのか、「うっ、うん」とか言いながら、潤った眼から涙が零れ落ちそうになるのを必死に我慢して結んでほどくを繰り返す。
あーこれを見ているだけで幸せだ!
そして諦めたのか結局体全体を覆うようにマントを被せ、小さな両手で端とはしを抑えるという形で落ち着いた。
「ウタまた何かしたの!?」
もともと小さくか弱い声。それに精一杯の怒気を含めて、僕を涙に濡れた蒼眼で睨んでいた。
「いや!今回は違う。今回はそ、その事故で」
「うそっ!さっきジロジロ見てたくせに!」
はっはー、それが見えてないんだよねー。
…………こんな事をしていると、少女が急に倒れてどうするべきかと慌てふためいていた自分がアホらしくなるな。
…………まあ、とにかく元気になったみたいなので良いのだけれど
しかし 僕が何も行動を起こさなかったということは、あれから少女が意識を取り戻すのにそう時間はかからなかったらしい。気を失っている時間を考えてみても、こんなにあっさりとした失神があっていいのだろうか?
朝の優しい日差しと心地よい温度という、最高の睡眠促進タイムも終わり、夏特有の鬱陶しい暑さを僕の肌は感じ始めていた。
変わらず公園は僕ら以外誰一人としておらず、静寂に包まれている。…………まあ、この状況、誰かに見られるのは非常にまずいので重畳と言うべきなんだろうけど。
「そういえば君さっきウタって何?」
僕は先程気になった事を聞いて見る。
「あなたのことよウタ」
少女は目頭に浮かんだ涙をマントで拭きながら答える。蒼眼は依然として僕を睨んでいていたが、怒気が抜けているのが不思議と分かった。
それはそうとして、もしかしたら転寝からのウタということなのだろうか?
…………あだ名など付けられたことが無いので正直とても嬉しい。
「ありがとね」
「なんでお礼なんて言うの?」
そういって可愛らしく首を横に倒す少女。それにつられて少女の長いスカイブルーの髪がなびいていく。その顔は本当に不思議そうだった。
ならばこちらも名前を付けてやらないといけない。さすがにいつまでも君では失礼な気がする。
何かいい名前は…………
その間も少女は首を傾げながら、僕の顔を凝視していた。二つの蒼眼が僕を捉える。
「よし、それじゃあよろしくな!黒凛!」
「何それ?」
「何それって、そりゃあ君の名前だよ」
「…………それは相当微妙な名前を付けられたものね」
怪訝な表情を浮かべ首を傾げる黒凛。そのポーズはやっぱり最高だ!
ちなみにこの名前は、少女が首を横に傾げた時にコクり、という擬音が聞こえてきそうな気がしたのでそのまま付けた。なかなかいい名前だと思ったのだが、どうやら不服らしい。しかし嫌がっている素振りは見せないのでこのままで大丈夫だろう。
「ところでこれからどうするの黒凛?帰るところあるのか?」
「そんなもの……ない」
小さな声をさらに小さくして言う黒凛。そしてそのまま俯いてしまう。
「なら警察……」
「いやっ!」
「ならどうするの?」
「また何処か寝られる場所探すの」
「一人でか?」
「…………うん」
黒凛は寂しげに頷く。何日もの間一人でこの街を彷徨ってきたのだろう。
…………一人の寂しさは僕がよく分かっている。
「ったく、しょうがないな。一緒に来るか黒凛?」
黒凛は驚いたのか、もともと大きな眼を精一杯開いていた。
「でも、悪いし……」
「心配するな。ちょうど今僕も風来坊になっていて、帰る場所がないんだ。何もないけど一緒に来るか黒凛?」
「で、でもっ………………う、あうん、ありがとう」
赤くなった顔を俯かせボソッと呟く。その声は申し訳なさそうにしているのだが、透き通るような蒼眼だけは、正直に喜びの色を浮かべているように見えた。
こうして僕の人生初の子育ては始まった。




