暗闇
月光が静かな道を照らしていた。周りには道の真ん中を一人歩く僕以外誰もいない。路地の間などの狭い所は薄暗く見えにくいのだが、比較的町は明るかった。
これから何処に行けというのだろう。皆目検討もつかない。
ちなみに今の僕の持ち物。
ポケットに入っていた財布(中身1000円、その他カード)
もう二度と役目を果たさないであろう家の鍵
………… それだけだ。携帯電話すらない。朝起きた時ポケットにこれらのものしか入っていなかった。
これでは行く宛もなく夜まで彷徨い続けたのも頷けるだろう。
本当にこのままでは朝のオバハンが言ったとおり、公園に行くしかないのかもしれない。
それだけは絶対に勘弁だ。夏休み真っ最中ともあって気温の方は心配ないだろうが、流石に二日続けて公園は辛い。滑り台のフィット感はそこそこ良いのだが、朝起きた時の体の不快感かどうしても気になる。
日が落ちてからまだ1時間程しか経っていないはずだ。これなら僕が睡魔の襲来によってよからぬ事をするまでの時間的猶予はかなり残されている。
まあ、時間を知ることができるものをなに一つ持っていないので、あまり信用できないのだが。
僕は空を仰ぐ。
そこには雲一つ存在しない。しかしそこにただ一つ満月が己の存在を誇示するように、悠々と眩い光を静かな町に降り注がせていた。
光が強過ぎて、僕は月から目を背けてしまう。
再び地上へと戻った僕の視線は、ビルとビルの間の人二人分の肩幅しかないような路地へと向けられた。
「ここ通っても何も無いか」
構わず元の大通りを行こうとするのだが、妙に路地のことが頭から離れない。知らないものは知りたがる人間の探究心ってやつだろうか。
「まあ、とりあえず行ってみるか、なんか寝床にできそうな物あるかもしれないし」
実のところ全くそんなことは期待していなかったが、どうせ行く当てもないので、狭い路地を進んで行く。
「途中で不良と会わなければいいけど」
まあ、おそらくこの治安が良いことだけが売りのこの町にはそんなものはいないと思うけれど、暗闇は僕の恐怖心を煽ってくる。
「こっちに来たのは間違いだったか?」
不安を誤魔化すために言った言葉は路地という狭い隙間にこだまする。その反響音が僕の鼓膜に響くと同時に背中に寒気が襲って来た。
ここはマズイ!…………早く抜けよう!
恐怖で上手く働くなった頭がそんな答えを弾き出し、僕は前方へと駆けだす。
暗闇で足下が見えにくいが構わない。早くこの暗闇から抜け出すことだけを思考する。
それにしても長い。いつまで走っても明かりは見えてこない。だんだんと恐怖が増していき、走る速度も上がっていく。
「はぁ、はぁ、何処まで続くんだよ」
そして 僅かに眼が明かりを感じ取る。その明かりは徐々に強くなり僕の恐怖を浄化していく様だった。
そして視界いっぱいに光が広がろうとするであろう時。
「やった!でぐ………………」
歓喜のあまり口から出た言葉は最後まで続かなかった。
僕の体は宙に浮いていた。前のめりの体制で。
「いって!」
顔に激しい痛みが走る。思わず手で押さえると手に血がついている。どうやら鼻から血が出ているらしい。
僕は転けたらしい。何かに躓いて。
転けたとなれば当然何に躓いたのか知りたくなる。僕はその当然に従って、痛む鼻を押さえて後ろを振り返った。
暗闇の中で後ろからの光を頼りに眼を凝らす。
「……………………………………は?」
僕の口から朝公園で起きた時とまったく同じ言葉が出た。しかし僕の眼前には朝とは比べ物にはならないくらいの景色が広がっていた。
そこには10歳程しか育ってないだろう女の子の首があった。