元寝床
第2話
サバンナの地平線の先まで続く野原を思い浮かべてみた。見渡す限り平面の世界が広がっていて、短く生える草花や静寂に包まれたその場所で控えめながらも力強く枝を伸ばしている名も知らない大木。それら以外は何もその場所には存在しない。
僕は少しの寂寥感を覚える。もっと多くの草花や動物がいれば良いのに。
そして僕は同時に高揚感を覚える。睡眠命の僕にとってはこの静寂は大好きだ。誰にも邪魔されずにこの野原で昼寝をしてみたいと思う。
よし、もうそろそろ目を開けてみよう。
そこには野原は野原でもサバンナとは全く違う焼け野原が広がっていた。
「……………………はぁ」
駄目だもう驚きを通り越してため息しか出てこない。
決して広いとは言えない土地に、かつて僕の家が建っていただろうという事を示してくれるような物がたくさんあった。
中の写真は焼けてしまったであろう木製の写真たて、ドロドロに溶けて原型を崩してしまった鏡、そして僕の人生の相棒であり、友であり、桃源郷でもあるベッド。すべて家にあったものだ。
どれもかろうじて元の形が分かるくらいに焼けている。そして消火する時にかけたのだろう水が黒く広がる焼け野原を湿らせていた。
そして僕の鼻腔に微かに漂う炭の匂いが届くと同時に虚無感と悲愴感が押し寄せてきた。
僕の母親は僕が幼い頃に亡くなった。そしてそれからは父親と二人で暮らしてきた。決して仲が良いというわけでもなく、やたらとテンションの高い快活な父親が、一方的に僕に絡んでくるという関係。たまに鬱陶しくあった。
でも僕はそんな関係が嬉しかった。よく笑い合い、たまに喧嘩し、稀に悩みを相談するような関係が。
しかしそんな生活は長くは続かなかった。
母親が亡くなってから10年程経ち僕が中学生に上がりたての頃、父親は突然失踪した。ある日、いつもは夜に帰ってくる父親だったが、その日は日が変わっても帰ってこなかった。
それから僕の一人暮らしが始まった。
とにかくこの今は無き記憶の中の家には、顔も明確に思い出せない母親や、 もう会う事もないだろう父との数少ない思い出があった。
それは僕の中でひどく朧げで消えてしまいそうなぐらいのものだが、大切な思い出だった。
大切なものが無くなるのは誰だって悲しい。
それが大事であればあるこそ。
視界が少しぼやけてきたが、僕の頭は昔の思い出の事ではなくもう今日の寝床の事を考えていた。
「どこかの公園でも行くか?」
さりげなく言った一言だったが、自嘲気味になってしまった。
きっと先のオバハンの事がまだ頭に残っているのだろう。あんな暇人どもの事はすぐに忘却の彼方まで流したいものだ。
そして僕は今日の寝床を確保すべく一歩を踏み出した。
公園で寝ていたのは、昨夜何処かに出かけて帰ってきた時、家が燃えていた。なので眠過ぎて睡眠の事しか頭になかった僕は寝床を確保すべく歩き回った。そして公園に辿り着いた僕は寝転べそうな滑り台で寝た。おそらくそんなとこだろう。
なぜ家が燃えたのかや、いつ燃えたのかなど疑問点はたくさんあったが、僕の頭にはもう己の安全で快適な睡眠の事しかなかった。