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寝る子は育つと限らない  作者: クイトガ
おはようからの始まり
14/14

これからの日々を……

「かはっ!ほんとにここにいたら、相手から来てくれたぜ。たまには待つだけってのもいいかもしれねぇな」


「あなたその笑い声とやかましいテンションどうにかならないの?耳に響くわ」


 目の前に立つ荒々しい赤髪を持つ、つり目の女と、その細い身体からか一見すると脆弱と表現できるが、それを否定するように剣山のようなツンツンの白髪を持つ白衣の男。


 なんで…………


「なんであんたらがこんなところに………」


「いやなに、ただここで待ってたら来るんじゃないかなと思っただけ、ただの直感ってやつだよ」


 うかつだった………、僕は自分でも気がつかぬうちにこの人たちがどこかへと行ってしまっているものだとたかをくくっていた。


 あまりにも楽観的すぎる自分を今更ながら責める。


「かはっ!そんなに自分を責めるなよ。後悔なんざ所詮、自分の過ちを過去の自分のせいにしているだけなんだからな!」


「くっ! 逃げるぞ黒凛!」


 即座に彼らの睨めつくような視線から逃げるように、恐怖のせいか固まっている足を叱咤し、そして思わぬ再会(彼らにしてみれば思わぬではなく意図的なものだろうが)のせいだろう目をぱちくりとさせながら、直立したままの黒凛の手をにぎ…………


「かはっ! そう二度も三度も逃がしてたまるかってんだよ!」


「っ!」


 突然僕と黒凛の間に体を滑り込ませる白髪。しかし目が白髪を捉えると同時、一瞬肌が空気の僅かな揺れを感じて、細い拳が眼前へと迫る。細いが確かな敵意を剥き出しにしたそれは、僕の顔面へと吸い込まれるように近づいてくる。


「うわっ!」


 受身も取れず、無様に横転する僕の身体。耳がブワッという独特の空気の揺れを感じ取る。


「あなたここは穏便に済ませようよ」


 背後から地面を這うように伝わる冷たい女性の声。


「いや、しょうがないだろう!こいつがまた逃げようとするんだからよ」


「この単細胞。そんなことだからあなたの頭は中身のように真っ白になってしまったのよ」


「いやてめぇ!それは全く関係ないだろう!俺の髪は早熟なんだよ」


「何言ってるの26歳」


 こいつ26歳だったのか……、この老け顔と白髪からして40前半だと思ってた。


「悪いね、少年」


 と言って意外にも素直に頭を下げる赤髪の女。しかしところどころ逆だった髪のせいで誠意は全く感じられない……。むしろ嫌々ながらも仕方なく誤っているようにさえ見える。


「前回君が人が変わったようにキザいセリフを吐いて逃げたことが、この白髪単細胞の中身も真っ白な頭に相当きているようだよ」


「これ以上俺のことにふれんじゃねえ!」


 白髪が反駁するが、彼女は意にも介さないという風に天を仰ぐ。しかしすぐに視界を下界へと下ろし、地面にへたりと座り込む僕と、未だ呆然と立ち尽くす黒凛を値踏みするように見つめる。


「何がしたいんだあんたらは」


 底知れない威圧感に圧倒されそうになるも、必死の抵抗を試みる。


「だから言っているだろう。ただあの子を迎えに来ただけだよ」


 先ほど見せたような罵詈雑言を吐いてくると思ったのだか、どうやら誰に対しても辛辣な態度をとるというわけではないらしい……


「そんな証拠あるのか? あんなふざけた理由でいいわけないだろ」


 何か言いがかりを付けようと反駁する僕。しかしすぐに言いがかりだと、僕自身が思ってしまっているという事を自覚してしまう。


 この僕の気持ちは独占欲なのか? 全く思いがけない運命的な出会いをしたからそう思っているだけなのか? いや、ただ……ただ僕は


 自分と一緒にいてくれる人を奪われたくないだけなのか?


 もし仮にそうだとしたら……いや、仮にというまでもなく紛れもない真実だ。これが僕の真意だ。


 元々僕が首を突っ込んでいいような事ではなかった。 所詮は他人事。 関わらない方が身のため、人のため。あの時も黒凛に構わず見なかった事にして、警察に全部明け渡して、何事もなかったようにこれからも暮らせば良かった。


 黒凛という呼び方もおこがましいか……


「君だって分かっているんだろう? 私たちはその子に用があるだけだ。 君が今逃げたって私たちは背中を打ったりもしない。 勝利の悦に浸って哄笑したりもしない。ただ見送るだけだ」


 そうただの他人……。気にかける方がどうかしている。


「分かった。その子は連れていけ。僕は……関係無いのだったよな」


「そう、それが正しいんだよ。ならさようなら。二度と会うことが無いように」


 足を動かす。 前ではなく右へ。 もう何の未練も無い。 明日からまた普通の日々に戻ればいいだけの事なんだ。


 後ろからの睨めつくような視線はもう感じない。 もう彼女らにとって僕は興味の対象外…… ただの通りすがりの他人にしか見えていないのだろう。


 不快感に満ちたフィールドから逃げる。


 しかしその不快感は僕の中に残ったままだった。 必死に振り払おうとするのだが一向に拭えない。 それはただの自責の念なのだ……。


 そしていつものように目を瞑る。 みたくもない現実から逃げるように、 そして何より自分から目を逸らすために……


 あ、そういえば黒凛に謝らなきゃな……こんな自分勝手な馬鹿に付き合わせちゃったこと……


 前へと進んでいた足を止め、首だけで背後にいる黒凛を見る。


 手を連れられて僕が歩く向きとは反対の方向へと歩く黒凛。 ふと気付いたのか首を横に倒し僕を見つめる。 しかし向けられた澄んだ蒼の瞳は暗く、深く、あるのはただの喪失感だけだった。 蒼がくすんでいるようにも見えた。


 震える唇を噛み締めて、僕は最後のお別れを言う……


「ごめ……」


「ありがとう、ウタと一緒にいれて楽しかった」


 そして少女は笑う。 にかっ、 っと満面の笑みで……


 今までみてきた中で、一番綺麗で可愛くて……嬉しそうで……ぐっ!


 そして一番優しい笑顔……


 あれは僕に向けられているのだろうか。

 こんな僕に……


「ふっ」


 無意識のうちに呼気を整える。 そして膝を折りたたみ、バネのような反動を付け、一気に疾駆する僕の決して強いとは言えない両足。


 しかしいち早く気付いた白衣の白髪が素早く臨戦体制へと体のチャンネルを切り替える。 そして黒凛と手を繋ぐ赤髪の盾になるように体を滑り込ませる。


 疾駆する僕と向かい打つように相対する白髪。徐々に近づく二人の距離。 先に動いたのは白髪。 腰を低く落とし、拳を硬く握る。 腕を短く引き、そのまま足を滑らすように僕へと肉薄を試みる。そして互いの拳の射程圏に入る寸前、引いた腕を伸ばしながら地面を蹴り、最後の加速をする。


 あの時と同じ、いや、あの時とは段違いの強さ、を持った奴の拳が視界の中で大きくなっていく。 そして視界が人の肌色で埋め尽くされる寸前! 膝を折りたたむように曲げ、拳の軌道から顔を斜め下へと逸らす。 びゅっ! と言う音を立て耳を掠めていく拳。 当たれば必殺の一撃だ。 しかし僕の体はすくむことも無くただ奴の拳を視線で追っていた。


 一見すると常人離れした動きだろうが、僕は驚異的な動体視力や、何事にも動じない強靭な精神を持っているわけではない……。 むしろその逆……


 僕は感じないだけだ。 恐怖を。 いや、精神的な感情を。 感じないものにすくみようがあるわけがない。


 走ってきた勢いを殺さず、必殺の一撃を外したことによりほんの少しだが体制の崩れた白髪の懐に入る。 しかし白髪はそれを読んでいたかのように、奴の華奢な身体からは想像できないような俊敏な動きで、後ろへと一歩跳躍する。


 微かに開く二人の距離。 そして僅かに僕の射程圏からもれる白髪。 しかし僕は脚に更なる力を込め、拳を振り上げながら奴の顔面を狙いにいく。


 直線的な一発。 奴のように必殺とはいかないだろうが、ひるませるだけで十分だ!


 そして吸い込まれように奴のふざけた顔面へと伸びる今度は僕の拳。


 よし、このまま当たる!


「かはっ! 甘いんだよこの甘ちゃんが!」


 しかし完全に伸び切った僕の拳から、あろうことか、もう一歩勢いよく背後に飛ぶ白髪。 またも射程圏内ないから抜けてしまう。 しかし僕はこの一撃に体重をすべて乗せており、もう止まることも、奴との間合いを詰めることもできない。 詰みだ……


 たくっ、拳の速度から延長線上に跳躍して逃げるって、どんな膂力があの細い脚にあるんだっての。


「かはっ! 惜しかったが終わりだなあ! だから言っただろうがよ関係無いことには首を突っ込むんじゃねえってな!」


 頬へと伸びる今度は奴のおそらく全力であろう必殺の一撃。 避けることは出来ない。


 ドゴッ


 奴の体を思い切り捻らせた渾身のスクリュー。 それは僕の頬へと吸い込まれ普通は出ないであろう音が辺りにこだまする。このまま大きく体制を崩し倒れゆく僕の体。今度こそさよな……


「くそがぁ! てめぇ最初からこれを狙ってやがったな!」


 バランスを崩しながらも片脚を地面に叩きつけ、その反動のまま、バランスを崩した奴の隣を疾駆する。


 白髪はそれでも行かせまいと手を伸ばして来るが、身体の向きが、力が、全く反対の方向だ。届くわけもなく手は虚空を掴む。


 すぐさま白髪を意識の外においやり、前方に佇む黒凛だけを見る。


 しかし隣には赤い影。


 呆気に取られるわけでもなく、平然とその場に立つ赤髪。 彼女は動かない。…… 彼女に僕は映ってもいないというように。


「うおおおおー!! 黒凛ー!!」


「どうして、どうして、どうして? 何で逃げないの? いや、逃げなんかじゃない、どうして関係ないと割り切らないの!?」


 目をパチクリとさせながら茫然とする黒凛を、走っている勢いのまま抱きとめる。 そのまま赤髪の手も振り払ってしまおうとさらに力を入れるが、赤髪は抵抗することもなく黒凛と繋いでいた手を離す。


「ふっ、確かに関係ないことかもしれない……、 僕の自己満足でしかないのかもしれない……、 ただただヒーローを気取ってみたいだけなのかもしれない……、 でもそれだけなんじゃないんだよ」


 黒凛の青の光を宿す双眸をじっと見つめる。


「今僕は黒凛を助けたい……、100%全部そんな気持ちだけだとは言わない。 俺がなんでもやってやる。 面倒だって見てやる。 さみしい時には一緒にいてやる。 だから俺について来い! 余計なお世話だなんて言わせねえぞ!」


 その瞬間黒凛の瞳孔が微かに震える。


 その震えを強調するように流れてくる暖かい涙。 その涙は今まで我慢して溜め込んでいたものすべてを洗い流すようにとめどなく流れる。


「余計な……お世話なんかじゃ、ない。 嬉しい。 ぐす、 こんなにも人が、涙が暖かいなんて知らなかった…… 私ウタについて行く! どこまででも! 私の居場所になってくれる?」


「おう! 当たり前だろ。最初に言っただろうが」


 涙を隠そうともせずに破顔する黒凛。 その表情は今までの無理やり作ったような笑顔とは違い、どこまででも透き通っているように、そして積年の悩みが晴れたような清々しい笑顔だった。


 二人でどこまででも行く。 まだ文字通りの浮浪者だが、きっと生きていける。そう信じて僕らは走り出した。

今までありがとうございました

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