不運で必至の出会い
「ふぅーこんなとこでいいだろ」
空は既に透き通るような青色は忘れ、濁ったようなオレンジ色へと変わっていた。
冷んやりとした夏の風物詩に別れを告げ、川から上がった僕と黒凛は寝床を見つけたのだった。……まあ、川に行くと言った時点でもう寝床はもう決めていたのだが。
そう、河川敷といえば、夏のうだるような熱気を持った天からの熱線を防いでくれ、かつ雨にも負けない、そして公園のようなうるさいおばはんどもの人目もほとんどない、そんな誰でも安全に無料で泊まることのできる最高の野宿用スペースなのである。…………おそらくこの河川敷の設計者は聖人君子のようの慈愛に満ちていたのだろう。
僕たちがいるのは陸橋と陸の連結部分。橋自体がかなりの大きさでおそらく六車線は作れるものだろうと思われる。当然そんなモノの下にいる僕たちは雨も当たらない、日にも当たらない、本当にここはいい場所だ。
「ウタここに住むの?」
「ああ、一時的にはな。僕の知っている場所の中ではここが一番なんだよ」
「ここが一番って――――友達のいえ………」
「うん?なんで途中で止めるんだよ」
黒凛は何か失敗をしてしまったかのように、唇を薄く噛み髪の蒼で顔を隠す。
スカイブルーが風でなびく。その隙間から僕を見る深淵のサファイアの瞳は、より一層蒼を濃くした憐憫に満ち満ちていた。
「ごめん…………」
「うん?なんで謝るんだ」
黒凛は数秒逡巡するも意を決したように言を告げる。
「だって…………友だちの家なんて有るはずも無いのに…………傷付いた?」
「はい!それアウト。それ禁句、言ったら駄目、絶対」
「やっぱりいないんだ…………」
「は!…………いや、そんなこと無い!あるに決まってるだろ」
「ある、とか言ってる時点でいないことが分かっちゃうよ」
「くっ!…………」
黒凛の憐憫に溢れた表情から発せられる僕への苦言は心をえぐってくる気がする。
--------しかしなんでそんなこと分かるんだ?
しかしこれ以上この話を続けていても、僕の涙腺が限界を迎えるだけなので大仰に話を変える。
「そういえばなんでそんなにそのマント大事そうに抱えてるんだ?」
黒凛は一瞬逡巡するような素ぶりを見せるが、心の拠り所を見つけるように背中からかかるマントを強く握りしめる。
「それは私が小さい…………」
黒凛の言葉は最後まで続かなかった。というのも黒凛が途中で言を止めてしまったからだ。
「うん?どうした黒凛。またか」
僕は正直面倒臭さを感じながらも聞いてみるが、明らかに先程とは違っていた。まるで何かに怯えているように、目を見開き先程冷やした額から数適汗を流しながら息を荒げていた。
ゾクっ!?
その時僕の背中も何かを感じる。まるで僕をいすくめるような視線。
後ろを振り返るとやばい。そんなエマージェンシーコールが僕の頭に鳴り響く。あの時とは別のやばさ。
だが、この人を呑み込むような視線。どこかで感じた気が…………
「ようやく見つけた。二度と会いたくなかったのに」
人を食ってかかるような、しかしそれでいて静かな女の声。何故か聞くだけで胸に不快感が押し寄せてくる。会ってしまった事自体が過ちであったかのような、そんな気がしてくる。
「おいおいそれは無いだろう。自分から探しておいてさ」
かはっ!と、快活に笑う男の声。調子はまさに快活のそれだが、不思議と僕には嫌悪感しかわかない。声は僕の体表を撫でるようにして鼓膜へと響く。それと同時に背中には悪寒が走ってきた。
「何なんだ、あなた達は!?」
僕は襲い来る嫌悪感に耐え切れなくなり、たまらず叫び、にも近い声を上げる。
「かはっ!何なんだ、あんた達は!?だって、初対面の人にずいぶんなご挨拶じゃないか、えらく歓迎されているな」
「僕の質問に答えてくれ!」
我慢ならない。僕は後ろを睨むように振り返る。
僕の目に飛び込んできたのは、二つの長身があった。
腰まで伸びる生々しいほど紅く染まった真紅の髪。しかし黒凛のような滑らかさと煌びやかさは持っておらず、代わりに獣を表すような荒々しさに満ち、所々威嚇するように逆立っている。色も吸い込まれるよう、というよりも呑み込まれそうと言った方が的確だ。髪同様の紅をもった双眸は釣り上がり、見つめられるだけで惹かれる、いや引き込まれる力を持っている。そして顔にはシニカルな笑みを浮かべ、僕をまっすぐに見ていた。
一方、男の方はまるで、病人のような細さと、研究員のような肌の白さを併せ持っていた。そして先の口調からは考えられないほどに弱々しく痩せた顔。しかしそこには口端を引き上げ、気味の悪い笑みを浮かべているせいで少々狂気じみているように感じる。なぜ弱々しいと思ったのかが不思議なくらいだった。
そして双方とも平均身長の僕よりもかなり高かった。
「わかったわかった。そう声を荒げないでくれ。怒ると人生損するよ若人」
「かはっ!お前はまだ他人に人生論を語れるほど歳食ってないだろうがっての」
「そうだったっけ?」
「そうだよ、てか俺に確認するようなことじゃないっての」
かはっ!と、笑う男。それに対し手の甲で口元を隠し不敵に微笑む女。
僕の不安はさらに駆り立てられる。
こんな人達と相対したくない。そして一刻も早くここから立ち去りたい。
そんな本能から来ているであろう感情が僕を支配しようとして来るが、それを無理やりに押し殺し質問を続ける。
「あなた達は一体なんなんですか?」
感情を黙らせ、出来るだけ柔和に、なおかつ自然なふうに質問する。
「おや、急におとなしくなったね。先の私の教訓は享受してくれたのかな?」
「かはっ!そうだとしたらどんな良い子なんだっての、散々茶化しておいてさ」
…………どうやら茶化しているという自覚はあるらしい。
「まあ、そう慌てなさんな若人よ、私達はただその子に用があって、同行願いたいだけなんだ」
またも口元を手の甲で隠しシニカルに笑う女性。変わらず目はしっかりと僕だけを見つめている。呑みこまれそうだ。
それにしても同行願うとは何処の裏業界だっての。
「それは出来ません。見ず知らずの不信人物においそれと承服できませんよ」
お返しとばかりににやりと諾唯するのだが、紅い女の表情は何も変わらない。
「はは、不信人物とはずいぶんな言われようだね。私達はその子の両親だ。大義名分はきちんと有るよ」
……………………は?
僕の浮かべていた無理矢理な笑みが固まる。思考はするのだが理解が追いつかない、黒凛の両親がこの不気味な人達?そんな都合のいい理由があってたまるか。
「嘘だ、そんな証拠はどこに有る?」
ただ、虚言だと信じたくて僕は無理やり引きつった笑みを浮かべ言う。
だがそんな事は無意味だ。なぜなら……
「かはっ!証拠と言われちゃあ確固としたものを提示する事はできねぇが。…………うーん、雰囲気が似ているってのはどうだ?…………かはっ!いくらなんでも駄目だよな。そんなもんは証拠でも何でもねぇ、人間の恣意的な解釈で都合の良いようにいくらでも変わるもんな」
確かにその通りだ。しかし今回の場合は僕の頭は恣意的にでも何でもなく、彼らが両親だという事を認識していた。いや、そんな大層なものではなく、納得してしまっていたという方が適切だろう。
彼らは似ていた、雰囲気だとかそういうところだけではなくもっと根本的なところで。
最初に感じた人を呑み込むような視線。
人の裏側を見透かしたような口調。
そしてやはり男と女の双方とも黒凛に顔付きが似ているように思わされた。
これらは理由というには曖昧すぎる。しかし僕の頭は断定していた。この人達が言っていることは本当なのだろうと……
「というわけで了承してくれたのかなぼっち君。君とその子がどういう関係かは知る由もないけど今ここで君の出る幕は皆無だ」
と、言って黒凛の下へと歩を進める二つの長身。
何も言い返せない。それにもう止める理由は何も無かった。いや、むしろ僕は喜ぶべきなのだ。黒凛は本当の両親の下へと帰り、暖かくふわふわなベッドで眠り、窓からの朝の日差しで目を覚ます事ができるのだろう。
僕について来るよりは断然良い。
もうこれで僕の役目は終了…………
「うん?何だいこの手は?」
僕は真横へと腕を伸ばしていた。まるで彼らの行く手を阻むように…………
「だから関係無いと言っただろう。君の出番はここで終わりなんだ、終了だ」
さも当たり前の事を告げるように、口を動かす紅色の女性。視線はもう僕ではなく、黒凛にへと興味が移ったかのように、黒凛をまっすぐに捉え、僕を一瞥しようともしない。
自分でも何がしたいのか分からない。
「いや、…………」
微かに聞こえる少女の震えた声。見やると少女は首を横に小刻みに振り、涙を双眸に浮かべながら必死に何かを懇願していた。
…………クラ
しかし突然僕の体は支えがなくなったかのように、風に流され横にふらつく。今まで続いていたものが突然止まってしまったかのような感じ。
斜めに傾いてゆく涙を浮かべた小さな少女。それはあまりにも頼りなく、あまりにも弱い。
確かに僕はこの子の親でもなければ親戚ですらない。しかも昔からの顔馴染みというわけでもない。ただ二日前に偶然僕が見つけたということだけ。
あまりにも弱い関係。拙い関係。薄弱な関係。しかし僕は決めた、この子の親になってやろうと。
ただ、それだけなのだ…………
遠のいてゆく意識。
だめだ……昨日の夜眠るのが遅すぎたのかもしれない。まさかこんなところで寝不足が響くとは…………早寝早起きと幼い頃に散々いわれるだけはある。
ついに頬を涙が流れた黒凛は僕の視界の中で漆黒に塗り潰された
あぁ、黒凛ごめん…………
僕は何もできない。眼前にとめどなく涙を流す少女がいるというのに-------ただ眠いからというふざけた理由で…………
いや、そんなものはただの言い訳だ。おそらく僕 はただこの場から逃げたいだけなのかもしれない。この睨め付けるような視線から……
と、そんな自責の念に苛まれる僕だが、次第にその思考さえも朧げになっていく。
しかしその時、僕はふと自分の中に沈んていく意識とは別に鋭敏になっていくもう一つの意識を感じる。
それは自分の物のようで、自分の物とは違うそんな曖昧な存在。
駄目だ………もう持たない
「くくっ、あんたらの好きにはさせねえよ」
それが自分の口から出た言葉だとは思えなかった。




