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常夜の図書館  作者: りんめい
『ハーメルンの笛吹き男』
6/13

『ラジエルの書』閲覧を許可します

 グリム童話より『ハーメルンの笛吹き男』

 1284年6月26日の、ドイツ、ハーメルンでの災厄を描いた作品

「鼠捕り」を名乗る男が現れ、街にはびこる鼠を笛で操り、ヴェーザー川で溺死させる

 しかし、約束の報酬を支払われなかった「鼠捕り」は再び街に現れ、人々が教会に出向いている間に笛を吹き鳴らし、少年少女130人を洞窟へ連れ去った。

 そして、洞窟を閉じ、二度と出てくることはなかった。







 廃工場全体に亀裂が入った。まるで強引に握りつぶされているように。

 読者リーダーが手にする本からは、意志を持つかのように文字列が虚空に波打っている。文字は、工場の壁に張り付くと、そこを岩の壁に変えていった。

「何が起こってるんだ!?」

原本オリジナルの暴走。と言えるでしょうか。『ハーメルンの笛吹き男』は子供たちと共に洞窟に入り、内から閉ざします」

「洞窟の代わりに、ここを潰してお終いってことか」

 暴走。

 なるほど、今の状況にぴったりだ。感心してる場合じゃないが。

館長オーナー、いかがいたしましょう?」

「いかがいたしましょうってな」

 原本は読者が持ち、子供たちは閉じ込められる寸前だ。逃げていいというのなら、ユキだけを連れて今すぐ逃げ帰りたい。

 だが他の子供達を見殺しにしてそのまま生活できるほど、レイは割り切ることが出来ない。

 なら、やることは一つだ。

「ラジエル。人命が最優先だ」

 ラジエルと出会った瞬間から、既にこの事件に両足を突っ込んでいたのだ。

「イエス。管理番号ナンバー000000 司書『ラジエルの書』閲覧を許可します」

 ラジエルが言い終わると同時に靄のように現れたのは、初めて見せられた手帳ではなく、昼間に見た鎖で閉ざされた純白の本。

 天界と現世の全ての秘密を記した書。

 レイが触れると南京錠が外た。知識の奔流が、脳を攫っていくような感じがして眩暈がする。同時に、ラジエルの四肢を繋ぐ鎖が音を立てて外れた。

「本を取り戻す」

「イエス。ご安心を館長には、欠片も触れさせません」

 言い終わると、ラジエルは長大な三又矛トリアイナを手に、飛び出した。

 ハーメルンの笛吹き男は魔法使いという説がある。読者が瓦礫を飛ばしてきたトリックはそれだ。

 そして、原本の力は読者の持つ力を超えることはないのだ。

 今までは気付かなかったが、瓦礫の飛び方は単調な一直線だった。ラジエルはそれを難なく破壊して、道を作る。

 レイは、その道を走り抜けた。

「ダメ!」

 本から飛び出した、文字列が目の前に突き刺さり灰色の岩に変わる。

 一瞬、足が止まると見計らったように両側から文字列が飛んでくる。だが、レイに届く前にすべてラジエルが切り捨てた。

 空かさず、走り抜る。読者は目前だ。

 レイは、読者との距離を一気につめた。

 怯えた子供から、本を取り上げるのは簡単だった。

 抵抗される前に、安全圏に逃げ出す。

「館長」

 音も立てずに、ラジエルが横へ降り立つ。

 レイは、それを一瞥すると取り戻した『ハーメルンの笛吹き男』を開いた。

 それを見たとき吐き気を覚えた。

 アルファベットも漢字も平仮名もカタカナも無秩序に並べられた文字列。

 それぞれが、意志を持つように動き回り、虚空で形を変え、別の文字に変わっていく。

 だが、読める。

『ラジエルの書』が、『ハーメルンの笛吹き男』の情報を映し出す。

 レイは万年筆を取出し、ペンを走らせた。不必要な記述に線を引き、正しい記述を書き加える。

 岩と化していた壁は、徐々に元のコンクリートに戻り、いまだに浮遊していた瓦礫や資材は床にばらまかれた。

 レイは、訂正し終えた本を閉じると、“常夜の図書館”に放り込んだ。無表情を守っていたラジエルが、一瞬睨んだ気がしたが、気にすることはない。

 それよりも

「井場コウヘイ君」

 原本の力を失った、読者――コウヘイは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

「『児童連続失踪事件』の一番最初の被害者だ」

『ハーメルンの笛吹き男』を取り戻す際、彼の腕に触れたのだ。その時『ラジエルの書』が見せたのは彼の全てだった。

「そのすぐ後に居なくなった子は、すぐに戻ってきたし、規模がどんどん拡大していったから、ほとんど、報道されなかったけどな」

 実際は、被害者ではなく実行犯だったわけだ。

「なんで、こんなことしたんだ」

「……だ…」

「なんだって?」

「ともだちが欲しかったの!」

 堰を切ったようにコウヘイは話し出した。

「ともだちが欲しかったのに、みんな、みんなボクを無視して……。だから、あの本で……」

「そうかよ。どうせ、他人に声をかけたこともないんだろ」

 レイはそう言うとユキを抱き上げ、携帯で電話を掛ける。

「ラジエル、行くぞ」

「イエス」

 いつの間にか再び着けた鎖を鳴らし後ろに付く気配がし、背後ではすすり泣きが聞こえ始めていた。






「報告いたします。管理番号ナンバー15223 ハーメルンの笛吹き男  返却を確認しました」

 天窓から薄い月光が注ぐ“常夜の図書館”。無人のそこに、少女の声と男の声が響いた。

「了解した。引き続き原本の管理、回収を続けなさい」

「イエス。ガブリエル」

 その言葉を最後に“常夜の図書館”はいつも通りの静寂に包まれた。


「行ってきまーす」

 今日もユキは、学校へ駆けていく。レイはそれをだるい体を引きずりながら送り出した。

 強力な原本を書き換えずに具現化する。その代わりに来るのは、とてつもない疲労感だった。昨夜の徹夜も手伝って、見事に体調を崩し寝込む羽目になったのだ。

 ユキを見送ったあと、ふと点けっぱなしのテレビに目をやった。

『失踪していた子供達を無事保護』それが見出しだ。匿名の連絡で駆け付けた警官が、廃工場で蹲っている子供達を保護したのだ。

 犯人はどこかの、精神障碍者が逮捕された。警察は、匿名の電話の主を探しているようだが、全く突き止められないらしい。

 “常夜の図書館”で、電話会社の通話記録を探し出し、その時の記録を完全に消し去ったのだ。見つかるはずがない。

 レイはのっそりと自室に戻り、ベットに横になった。少し寝たら、“常夜の図書館”に行こう。


 公園は活気が戻っていた。

 事件の間外に出られなかったうっぷんを晴らすかのように、子供たちが集まっていた。

 男女問わない、その中心にいるのはユキだ。その時、ふと誰かの視線が気になった。

 あまり話したことはないが、確か、名前は……。

「あ、あのさ……」

 緊張した趣でその男の子が口を開いた。

「一緒に、遊んでもいい?」

 こういう時に、ユキが答える言葉は一つしかない。

「もちろん!」

 よく晴れた、夏の午後だった。

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