『ハーメルンの笛吹き男』を発見いたしました
“常夜の図書館”を出たレイは一人、帰路についていた。
あそこから直接家に行くこともできたが、突然家に現れたレイを見たらユキはなんて思うだろうか。そう考えた結果がこれだった。
歩きながら、携帯で最新のニュースをチェックする。もちろん『児童連続失踪事件』についての情報集めだ。
期待はしていなかったが、進展はないという文字を見ると気が沈む。
溜息をつき、携帯をポケットに放り込んだ時、携帯の着信音がなった。
見たことない番号だ。レイは恐る恐る通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
『レイ様』
ラジエルだった。
なんで、俺の番号知ってるんだ。その前に図書館に電話なんかあっただろうか。
そう思って、首を振った。あそこで起こることは常識では考えられないことが起こりうるのだ。
「なんだ」
『“ハーメルンの笛吹き男”と読者を発見いたしました』
「ッ! 本当か!」
『イエス。場所は……』
駅の南部にある廃工場に、たくさんの子供たちが集められていた。いや、自ら集まってきた。というのが正しい。
その子供たちの中で、廃材を積み上げた上にコウスケは座っていた。
小学校に上がってから、友達が出来ずにずっと一人ぼっちだった。でも、物置で偶然見つけたこの本のおかげで、こんなにも、友達ができたのだ。
タイトルも、内容も全く読むことが出来ないが、本から出てきた“男の人”はとっても優しいし、もっと友達を増やしてくれた。
でも、友達を奪おうとするやつがいる。
コウスケは持っていた本を開く。頁が文字で埋もれたそれは、初めはもっときれいだった気がするが、気にするほどではない。むしろ、埋まれば埋まるほど、自分の理想が近づいている気がする。
「でてきて」
浮かび上がる文字の中心から、いろいろな色の布を着た男が現れる。
「お願い、ぼくの友達を守って」
レイがその場所にたどり着いたのは、日が沈んでからだった。途中、図書館を開け、ラジエルと合流し、読者を王とした“王国”に足を踏み入れる。
まるで、入って来いというように、子供たちが両脇に避け、道が出来た。
レイは、無言で歩きだす。ラジエルが後ろからついてきているのが分かった。
「『ハーメルンの笛吹き男』を持っているのは、君か?」
崩れ落ちた天井から、開発区の光が入り込み、どこか“常夜の図書館”を連想させた。しかし、そこにあるのは廃材を積み上げた、玉座。そこに座る読者、王の付き人のような”ハーメルンの笛吹き男”だ。
「ぼくの友達を連れて行こうとするのは、お兄ちゃんなの? それともお姉ちゃん? もしかして、二人とも?」
まだ、幼い声を残す読者は、不可解な笑みを浮かべてそう言った。
「今すぐ、その本を返却しなさい! さもないと、原本に呑まれます!」
ラジエルが、横に立った。
「やっぱり、二人ともなんだね? お願い!」
読者の声と同時に、“ハーメルンの笛吹き男”が、笛を吹く。すると、どこからともなく鼠が現れ、波のように襲いかかる。
「館長、お願いいたします」
言われるまでもない。
レイは万年筆を取り出すと、何もない虚空に突き刺した。そこがガラスのように割れるが、驚きはしない。あの後、何度練習したことか。
レイは、そのまま万年筆を九十度回転させる。
「『使用者、浅木レイ。“常夜の図書館”へ接続します』」
ラジエルが無機質な声で言う。ガチャリと、鍵の開いた音がした。
出来たのは、小さな隙間。
腕一本がようやく通るくらいの大きさだ。レイは躊躇なくその穴に腕を突っ込んだ。
すると、指先の神経が、何か固いものに触れたことを伝える。それが何であるかは、考えなくともわかる。
レイはそれを掴むと、引き抜いた。その手には、分厚い本が一冊。レイは即座に、その一説を読み上げた。
現実に現れた幻想を、ラジエルが掴み振る。大量の水の激流が全ての鼠を押し流した。
「たかが鼠に、三又の矛とは」
ラジエルが握るそれは、ギリシャ神話より、海洋の神ポセイドンの武器。
自身の三倍はあろう大きさのそれを、ラジエルは軽々と構えていた。
「開いた頁にちょうどあったんだ」
「納得いたしました。それでは、手筈通りにお願いいたします」
ラジエルはそういうと、“ハーメルンの笛吹き男”へ走った。多数の動物を操る“ハーメルンの笛吹き男”は、今のところラジエルに向いている。
その隙にレイは動く。
他の子供たちは虚ろな目でレイを見てきたが、興味が無いようにすぐにそっぽを向く。助かるが、不気味には変わりない。
「気付いてるよ」
「なっ!?」
ラジエルが止める間もなく“笛吹き男”が笛を吹く。
すると今まで、動かなかった子供たちが、レイの周りに集まり、動きを止める。小学生とは思えない力だ。
読者の子供はうんうんと頷いた。
「やっぱり、友達なら守ってくれるよね」
「お前の、友達なんだろ! 何させてんだ!」
「うん? 何言ってるの? 友達同士は助け合いでしょ?」
さらっととんでもないこと言いやがって。
「じゃあお兄ちゃんに、ぼくの新しい友達を教えてあげるよ。特別だよッ」
楽しそうに読者が言う。そして、レイはぞろぞろと歩いてくる子供たちの列を見て驚愕した。
結われたツインテールが、ウサギのような印象を与える、自らがよく知る少女。
「ユキ……。なんで……」
間違えようもない、自分の妹だ。もっと、早く帰っていればという後悔の念が頭に浮かぶ。
「あれ? 知ってるの? じゃあ、遊ぼうよ」
集まっていた子供たちが離れ、代わりにユキがふらふらと前に出てきた。
「おい、ユキ。目を覚ませ」
それでも、ユキは止まらない。それどころか、こぶしを握り殴りかかってきた。
寸のところで体をそらすと、空を切る音と共に、ユキとすれ違った。
「お前、俺の妹に何させるんだ!」
「遊んでるんだよ? ほら、ぼさっとしてると、痛い思いをするよ?」
頭を下げると、ユキの回し蹴りが頭上を抜けた。母親伝授の空手だ。護身用にと教えていたが、今はいい迷惑だ。
ラジエルは、“ハーメルンの笛吹き男”に阻まれ、こちらに来られない。
思ったより、力強い攻撃をかわし、ユキの肩を掴む。
「目を、覚ませっ!」
レイはユキの頭に頭突きをした。ユキはのけ反り動きを止める。
「ーっ!」
あれ、俺の妹の頭って、思ったより固い。ちょっとショック。
「館長! お急ぎください」
ラジエルに言われ、レイはハッとする。
「あれ? 駄目だよ? まだ、遊んでもらわないと」
読者が、取り出したのは金の角笛。“ハーメルンの笛吹き男”の持つそれだ。それを吹き鳴らそうとした。
「させません」
言うやいなや、ラジエルが、“ハーメルンの笛吹き男”ごと、読者の持つ笛を吹き飛ばす。
「館長、ご無事ですか?」
「あ、ああ」
“ハーメルンの笛吹き男”は廃工場のコンクリート壁に激しく衝突し、薄くなっていた。
初めから、このくらいやってくれたら、楽だったんじゃないだろうか。
「館長が、『ハーメルンの笛吹き男』の記述を分散させたおかげです」
「よくわからないけど。まあ、よかったよ」
幸い子供たちの中には、怪我をした子はほとんどいなかった。催眠の反動なのか、みんな眠っている。
「ご安心ください。全員健康そのものです」
ラジエルの言葉にほっと息をなでおろす。
「原本はどこにあるんだ」
「どこかにありませんか」
淡々というラジエルに、レイは仕方なく崩れた廃材の玉座を動かそうとした。
「……イヤダ」
声に、ふと顔を上げた。
「ヒトリハ、イヤ……」
「館長、お下がりください!」
ラジエルが、レイを引っ張った時だった。廃材の玉座が崩れ、レイのいた場所を埋め尽くした。
「トモダチハ、ゼッタイニ、ワタサナイ!」
轟音と共に、放置された廃材や、瓦礫が、宙に浮く。その奥には、本を開いた、男の子が立っていた。